うと)” の例文
下剃の幾松をうとましく見たのはまことに自然な成行きで、幾松がそれを悲観して、極度の憂鬱症メランコリーに陥ったのも考えられることでした。
老年期の父の血を受けたせいか、とかく感激性に乏しく、情熱にも欠けており、骨肉の愛なぞにもうといのだと思われてならなかった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
さぎなりといつはくはせ我を癩病らいびやうになし妻子親族にうとませたり故に餘儀なく我古郷を立去て原の白隱禪師はくいんぜんしの御弟子となり日毎に禪道ぜんだう教化けうげ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
『新古今』以後門派の争ひはげしく、形式を論じて実際にうとく、花はかく詠むもの月はかく詠むもの、千鳥の名所は何処々々どこどこに限り
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
気先きさきうとくて察しられなかった。ベケットもエベットも顔にこそは出さないが、そういうことならどんなにか迷惑したこったろう。
重吉漂流紀聞 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
しかも村野はひどく筆不精ぶしょうたちで、赤座の手紙に対して三度に一度ぐらいしか返事をやらないので、自然に双方のあいだがうとくなって
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
去る者日々にうとしとは一わたりの道理で、私のような浮世の落伍者はかえって年と共に死んだ親を慕う心が深く、厚く、こまやかになるようだ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
さるほどに親族うからおほくにもうとんじられけるを、くちをしきことに思ひしみて、いかにもして家をおこしなんものをと左右とかくにはかりける。
またいかに他人が自分をうとんじても、我はあくまでも自らおもんじて、所信をつらぬくという、みずからいさぎよしとするところがなければならぬ。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
一説に曰く、桔梗の方がにわかに公をうとんずるようになったのは、公が最初の約束にそむいて則重の嗣子しゝを殺害したのが原因であると。
けれどもささらで神経を洗われる不安はけっして起し得なかった。要するに彼らは世間にうといだけそれだけ仲の好い夫婦であったのである。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
日頃、玄蕃のようでなく、何となく主君からうとまれていることを知っている勝助は、常に口数を慎んでいるふうであったが、このとき
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しばらくの間友の下宿へもうとくなっていたが、悲しい事情のために再び家をたたんで下宿住いをしなければならぬ事になった時
雪ちゃん (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
読書好きな人で、ひまさえあれば居間にこもって書物を読んだり書き物をしたりしている。利殖りしょくの道にはうとい人だと、誰でもが言っていた。
万年青 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
兄弟の父は今申す鎧師、その頃は鎧師などいう職業はほとんどすたっていましたし、それに世渡りの才はうとい人で、家は至って貧乏でした。
しかし山津波に襲われた夜の、父と母とのあの呼び声だけで、自分がうとまれたり故意に冷たく扱われていたのでないことがわかったのだ。
榎物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かどのお札をさえ見掛けての御難題、坊主に茶一つ恵み給うも功徳なるべし、わけて、この通り耳もうとし、独旅ひとりたび辿々たどたどしさもあわれまれよ。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は斯う口に出かゝる問ひを、下を向いてぐつとつばと一しよに呑み込み呑み込みし、時にうとましい探るやうな目付を彼に向けた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
「三郎は然ういうことにうとい方ですから、見ても分らないんですわ。年も二十一から二十六までを順々に言っているんですもの」
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
相覧の子を周覧ちかみと云つた。父は子を教ふるに意を用ゐなかつた。周覧は狭斜に出入し、悪疾に染まつてみゝしひになり、終に父にうとんぜられた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
同時にまた私の進まなかった理由のうしろには、去る者は日にうとしで、以前ほど悲しい記憶はなかったまでも、私自身打ち殺した小夜さよの面影が
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それかのをんなは、最初はじめの夫を失ひてより、千百年餘の間、蔑視さげすまれうとんぜられて、彼の出るにいたるまで招かるゝことあらざりき 六四—六六
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
彼の為人ひととなりを知りて畜生とうとめる貫一も、さすがに艶なりと思ふ心を制し得ざりき。満枝は貝の如き前歯と隣れる金歯とをあらはして片笑かたゑみつつ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
芝居は眼にうつたへる方が主で、耳に愬たへる方が従であるといふやうに解釈するものがあるとすれば、それはあまり芝居の歴史にうとすぎます。
演劇漫話 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
それからややしばらくの間その少年は、気がうとくなっていたようだったと、同じ村の今三十五六の婦人が話をしたという(早川孝太郎君報)。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
紅のリボンのお駒というは、今年十五にて、これも先妻の腹なりしが、夫人は姉の浪子をうとめるに引きかえてお駒を愛しぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
このグルウプをうとんじて来出し、そういうわたくしまで、何だかこれ等の友達に秘密を構えねばならなくなった仕儀を感じて来たからでした。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私は都会育ちで木や草には馴染みがうすく、とんとうとい方なのだが、いつかいぬしでの樹に親しみを感ずるようになった。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
すゝめもなさずるものは日々ひゞうとしの俚諺ことわざもありをだにれば芳之助よしのすけ追慕つゐぼねんうすらぐは必定ひつぢやうなるべしこゝろながくとき
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
しかるに私たちの物を識る力は、時間と空間とに縛られている。時が隔たれば忘却し処が異なればうとくならざるを得ない。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
二人は、一年ぐらいは仲しだったが、だんだん、いろんなことで、貧富の区別が、わかりはじめると、自然うとくなった。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
飯のき方まで手を取らないまでにして世話してもらったのであるが、月日のつに従い、この新夫婦はその恩義を忘れたかのようにうとくなった。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
わたしは学問をする人間で、書物にうずもれているものですから、実生活のほうには、これまでずっとうとかったわけです。
吉原のことも遂に去るもの日々にうとく、忘れるような事になりましょうから、早く御新造をお持たせ申すが宜うございます、万事わたくしにお任せなさい
かゝる事はほとけうとき人らにもかたりきかせて教化けうぐゑ便よすがともなすべくおもへども、たしかに見とゞけたりといふ証人しやうにんなければ人々空言そらこととおもふらん
西田先生は、世事にうといいわゆる哲学者ではない。人生の種々の方面について先生が深い理解を持っていられるのを知って驚くことがしばしばある。
西田先生のことども (新字新仮名) / 三木清(著)
予は詩人がしばらく空しき想像を離れて、先づ天地と人生とを見んことを希望す。彼等世に遠かるが故に世とうとき也。
詩人論 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
只圓翁の茶事にうとかりし事は御説の通りに候。そこに只圓翁の尊さが出て来るのに候。只圓翁の茶の手前は決してうまいものにては無かりし筈に候。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
しかし、お君はムク犬を粗末にするわけではなく、ムク犬もまた主人をうとんずるというわけではありませんでした。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
譬へば木葉落ち盡したる梢にとまる小鳥の如し、そをの内に養ひしは世の人にいやしまれうとまるゝ猶太教徒なり
事情にうとい外国の婦人の身をもって、果して適当な配偶者を異郷に見出みいだすことが出来たであろうか、こうした掛念けねんがありありと老婦人の顔に読まれた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ここをたたいて開けて頂こうかしら。いやいや、この夜更けに、そんなことをしたなら、はしたない心の内を見すかされ、猶更なおさらうとんじられはしないかしら。
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かくの如く将門思惟す、およそ当夜の敵にあらずといへども(良兼は)脈をたづぬるにうとからず、氏を建つる骨肉なり
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
その時から朱のくるのが漸くうとくなって、月に一度か二度しかこないようになった。ある夜来て細君に言った。
陸判 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しかし頭ばかりで手のうとい国民である上に英政府が多年の巧妙な経営に馴致じゆんちされて居るのだから、支那の革命党の様な実行の危険は永久におこるまいと想はれる。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「風流の道は賢くとも、武道はうとかろうと存じます。武士の魂の刀など、どんなものを差しておらるるやら」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかるに本院の侍従にのみ思いを遂げず、その欠点を聞いて思いうとみなばやと思えど何一つの欠点を聞かず。
伯父は幾分いくぶんか眉をひそめてその思慮無はしたなきをうとんずる色あれども伯母なる人は親身しんみめいとてその心根こころねを哀れに思い
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
それをまかしと云って、その時期には自然○○○がうとくなり、稼ぎが低くなるのであるから、その対策として、楼主側では「釘抜」と呼ぶ制裁法をそなえていた。
絶景万国博覧会 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
少し月の光がうとく成つたと思ふやうでも、まだ瓜畑には一杯の明るさであります。蚊帳越しではありますが彼の目には白い瓜がやつぱり目に映るのでありました。
白瓜と青瓜 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)