おそ)” の例文
夕餉ゆうげが少しおそくなって済んだ、女房は一風呂入ろうと云う、糸七は寐る前にと、その間をふらりと宿を出売、奥の院の道へ向ったが
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すると日頃丈夫な父親が急に不眠症を起して、突如いきなり宿へ転地して来た。もういやも応もなかった。仕舞ったと気がついたが、もうおそい。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それはいつもムク犬がするように、今夜は少しおそくなったけれども、やはりその例で挨拶に来たものとばかり思ったからであります。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「私、こんなにおそく、この寂しい小徑こみちにあなたをお殘ししては置けない氣がします、あなたが馬にお乘りになれるのを見るまでは。」
ほ一層の探索と一番の熟考とをげて後、きたくは再び来らんもおそからず、と失望のうち別に幾分の得るところあるをひそかに喜べり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
しかし慧敏けいびんで健康な資質の人間は太陽が明らかにのぼったことを忘れない。われらの偏見をすてるにはおそすぎるということはない。
と大声あげて、団扇うちわ太鼓をたたきながら、唱名しょうみょうしているのを、ひょいひょい寝覚ねおぼえのままに聞くほど、おそくまで念じていることがあった。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
それからまたどく』としるしてあるびんから澤山たくさんめば、それが屹度きつとおそかれはやかれからだがいになるものだとふことをけつしてわすれませんでした。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
母親のおとよは学校の時間割までをよく知抜しりぬいているので、長吉の帰りが一時間早くても、おそくても、すぐに心配してうるさく質問する。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
起きて下さらなくっちゃ、おそくなるじゃありませんかと云った。御作さんの旦那だんなは九時を聞いて、今床の上に起き直ったところである。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
光一は父と語るひまがなかった、父は伯父さんと共に外出して夜おそく帰った、光一はとこにはいってから校長のことばかりを考えた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
お嬢様は毎日々々お念仏三昧ざんまいで入らっしゃいますよ、今日は盆の事ですから、方々ほう/″\お参りにまいりまして、おそく帰るところでございます
マンチュアにちっしてござれ、忠實まめやかをとこもとめ、時折ときおりそのをとこして此方こなた吉左右きッさうらせう。さ、を。もうおそい。さらばぢゃ、機嫌きげんよう。
十悪の徒、五逆の悪人でも、救いを求めれば救うてくれる慈悲光の弥陀みだ尊仏に対面させてから後、城太郎に会わせてやっておそくはない。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
十一月もおそくのある金曜日の夜、この物語と交渉のある人物の中の最初の人の前に横わっていたのは、ドーヴァー街道であった。
「……お母さんは、時どき夜おそくから、小父おじさんと一緒にお酒を飲みに行かれますので、また今夜も、そんな事かと思って……」
銀座幽霊 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
明日更に審査するとして大薬マハウシャダその家に還ると、毘女何故おそかったかと問うと、委細を語り何とか決断のしようがないかと尋ねた。
こと今日こんにちは鉄道も有り電信も有る世界にて警察の力をくゞおおせるとは到底とうてい出来ざる所にして、おそかれ早かれ露見して罰せらるゝは一つなり。
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
感情のおそい冒険が、旅にあるこのなまけ者のために、あるいはまだ取っておいてありはせぬかと、自分の厳粛な疲れた心をぎんみしてみた。
おそかれ早かれ、降参しなければなるまい。ところが、我慢をすればするほど、たまるわけだ。今すぐやっちまえば、ぽっちりしか出ないんだ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
どうせ自分は動物を馴らすのが下手なのだから、おそかれ早かれ逃げられるにきまつてゐるものなら、早く片がついた方がいゝかも知れない。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
おそかれ早かれ破裂を見ないではまないような前途の不安が二人を支配した。岸本は膳を前にして、黙って節子と対い合うことが多かった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
此大きな無遠慮な吾儘坊わがままぼっちゃんのお客様の為に、主婦は懐炉かいろを入れてやった。大分だいぶおちついたと云う。おそくなって風呂がいた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
けだ乙夜いつやの覧を経るという。一介の草莽そうもう、区々たる姓名にして、聖天子の垂知を蒙るは、何の栄かこれに加えん。児の死する、何ぞおそきや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
そのうえには、どんよりした鉛筆でぼかしたような曇った日ざしが、おそい秋頃らしく、重く、低い雲脚くもあしれていたのです。
寂しき魚 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
アーストロフ いいや、おそくなるでしょう。どうして……とてもとても……(下男に)君すまないが、ウオトカを一杯たのむよ。ほんとにさ。
これはな願ひを聞くものかな、おそかれ早かれ、いづれ持たねばならぬ妻なれば、相應ふさはしき縁もあらばと、老父われも疾くより心懸け居りしぞ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
その夜、かの女はおそく、こんなことを話し合える夫と妻とについて内心不思議がりながら、逸作に規矩男と自分との経過のあらましを話した。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
天保丁酉は柏軒が既に二十八歳になつてゐる。その学に志した時が二十前後であつたと云ふにかなはない。是はおそきに失する。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
熊さんのお内儀かみさんは、馬鹿ばか正直なかわりに疑い深いたちでした。このごろ熊さんの帰りがおそいのに腹をたてていました。
島の小女おとめは心ありてかくおそくも源が舟頼みしか、そは高きより見下ろしたまいし妙見様ならでは知る者なき秘密なるべし。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
既往の事はしばらいて、これよりは何卒国家の為に誠実真面目になつてこの国の倒れる事を一日もおそからしめんことを御願申すのでございます。
政治の破産者・田中正造 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
五月十四日、昨夜さくや父がおそく帰って来て、僕を修学旅行にやると云った。母も嬉しそうだったし祖母もいろいろむこうのことを聞いたことを云った。
或る農学生の日誌 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「ケイズ釣に来て、こんなにおそくなって、お前、もう一ヶ処なんて、そんなぶいきなことを言い出して。もうよそうよ。」
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その晩は、真智子の母が訪ねて来て、みんなとおそくまで話しこんだ。真智子も無論一緒について来ていた。話は今日の出来事で持ちきりだった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
これけだし、すでに腹の畑はこやしができ、掘り起こされて土壤どじょうが柔かになり、下種かしゅの時おそしと待っているところに、空飛ぶ鳥が偶然ぐうぜんりゅうおとしたり
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
君! マダム・ハヤミの奴、大理石の経帷子きょうかたびらきこんで昨夜おそく神戸へ行ったぞ、おい、君。女の肉体讃美はよさないか。
飛行機から墜ちるまで (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
あたりがすっかりしずまりきったのは、もうそのもだいぶんおそくなってからでしたが、そうなってもまだあわれな子家鴨こあひるうごこうとしませんでした。
そこで弟子たちが注意申し上げて、「ここは寂しき所、はや時もおそし。人々を去らしめ、周囲まわりの里また村にきて、己がために食物を買わせ給え」
そういう時に、細君が一座敷つとめて、おそくなってから、亭主の座敷に顔を出したりすると、また座が賑やかになる。
パーティ物語 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
それがおそかれ早かれ克服されなければならない懸案であることには僕も至極同感なのだが、仮に何時いつの日かこの遠いイメージが実現されたにしても
翻訳の生理・心理 (新字新仮名) / 神西清(著)
蒼蠅うるさいよ、などという母ではない。何処迄も相手になって、其意味を説明して呉れて、もうおそいから黙っておと優しく言って、又彼方あちら向いて了った。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
もうおそかった。招かれてる二人の友は夜中に帰っていった。クリストフはシュルツと二人きりになった。彼は言った。
おそくまで仕事をしてから床に這入はいつたので、重々しい睡気ねむけが頭の奥の方へ追ひ込められて、一つのとげ/\した塊的かたまりとなつて彼の気分を不愉快にした。
An Incident (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
僕は小学校を卒業したばかりで十五歳、月を数えると十三歳何ヶ月という頃、民子は十七だけれどそれも生れがおそいから、十五と少しにしかならない。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
妻も私の研究に非常に興味を持ち、私の助手として働いてくれました。私たちは朝はやくから夜おそくまで働きました。
人工心臓 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
「子供がどうしてい悪いがわかるものかね。たとえよかったにしても、秦には及ばないよ。秦の方がだめになったら、その時にしてもおそくはないよ。」
阿英 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
気にへましたのですか昨日午後ふいと外出致しまして、夕方おそくお酒をいたゞいて帰つて参りましたがそれきりろくに口もきかないでやすんでるのですよ。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
もちろん老人の心にて孫の生まるるは悦ぶことなれども、孫の誕生がおそしとて、これをその子の不幸と言うべからず。試みに天下の父母たる者に問わん。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
フランクの世に知らるることのはなはおそかった原因ではあるが、同時にそれは、ルーテル派の信仰に生涯を託して
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)