ほしいまま)” の例文
からだて頂をし、もって万一に報ずるを思わず、かえって胸臆きょうおくほしいままにし、ほしいままに威福をす。死すべきの罪、髪をきて数えがたし。
続黄梁 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その上に、もっと悪いことには、名ばかりの妻として、ほしいままにした物質上の栄華が、何時いつの間にか、彼女の心に魅力を持ち始めていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
されどもほしいままに謝張を殺し、みだりに年号を去る、何ぞ法を奉ずると云わんや。後苑こうえんに軍器を作り、密室に機謀を錬る、これぶんしたがうにあらず。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
新しい曙光はほしいままな美と享楽とに充ちた世界を照らし初めた。かくて私は彼らの生活に Aesthet らしい共鳴を感じ得るようになった。
転向 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
之を明治の社会に応用致し候わば所謂いわばわざわい未萌みほうに防ぐの功徳くどくにも相成り平素逸楽いつらくほしいままに致しそろ御恩返も相立ち可申もうすべく存候ぞんじそろ……
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
高低のある広い地は一面に雑草を以ておおわれていて、春は摘草つみくさ児女じじょの自由に遊ぶに適し、秋は雅人がじんほしいままに散歩するにまかす。
新一と京子とはその四阿の板の腰掛けに国民服と甲斐甲斐しい紺飛白こんがすりのもんぺ姿を並べて、眼前の眺望をほしいままにしながら語り合っているのである。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
例えば、英仏同盟して露西亜ロシアを討った事がある。露西亜ロシアほしいままに人の国を侵略するということに付いて、英仏は露西亜ロシアに向って戦いを開いたのである。
東亜の平和を論ず (新字新仮名) / 大隈重信(著)
京都の盛り場へ出歩いたり、女だてらに木太刀を取って遊侠の徒に交じったり、手のつけられない乱行をほしいままにした。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
代次郎は勘定奉行武田準左衛門じゅんざえもんの孫である。準左衛門は天保四年十二月二十日に斬罪に処せられた。津軽信順のぶゆきしも笠原近江かさはらおうみまつりごとほしいままにした時の事である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その間に動いてゐる氣宇の爽大さはいよ/\背後の富士をして獨りその高さをほしいままならしめてゐるのである。
独り立山連峰のみは日本アルプスに於ける万年雪の一大宝庫たる名をほしいままにす可きあらゆる条件をそなえて、崢嶸そうこうたる峰巒を飾るに、白雪燦然たる四個の大カールと
黒部峡谷 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
東北は山又山を重ねて、琅玕ろうかん玉簾ぎよくれん深く夏日のおそるべきをさへぎりたれば、四面遊目ゆうもくに足りて丘壑きゆうかくの富をほしいままにし、林泉のおごりきはめ、又有るまじき清福自在の別境なり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
利爪りさう深くその身に入り、諸の小禽痛苦又声を発するなし。則ち之を裂きてほしいまま噉食たんじきす。或は沼田せうでんに至り螺蛤らかふついばむ。螺蛤軟泥中にあり、心柔輭にうなんにして唯温水をおもふ。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
陋巷ろうこうに窮死させた、あの残忍な一味の主魁しゅかいが、今や、一世の栄華をほしいままにして、公方くぼうの外戚らしく権威を張り、松浦屋の残映たる、自分の舞台を、幕を張りめぐらした
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
島原の領主が暴政をほしいままにして人民をしいたげ、年貢の外にあらゆる名目をつけて重税を課し、之に応じない者は厳罰に処し、或ひは妻女を捕へて水責にする習はしであつたが
特に社会科学に於てその総合乃至折衷の才をほしいままにした彼は、形式論理学を如何に社会科学に適用すべきかという社会科学方法論を、おのずからここに展開することになった。
辞典 (新字新仮名) / 戸坂潤(著)
当時西郷の敗亡を袖手しゅうしゅ傍観したる板垣氏はひとり民権派の首領たる名誉をほしいままにして、政界の将来に大望を有するに至る、これを十年十一年の交における政論の一局状となす。
近時政論考 (新字新仮名) / 陸羯南(著)
おもむろにを唱えながら楼門の上にたたずんで焚死ふんしして節義を全うし英雄の名をほしいままにした。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ジャックは、魔法の外套を着た通り魔のように、暗黒から暗黒へと露地横町ろじよこちょうを縫ってその跳躍をほしいままにした。彼の去就きょしゅうの前には、さすがのロンドン警視庁も全然無力の観さえあった。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
英訳本と対照するにやはりほしいままに原文を抜いたり変えたりした箇処は少しもなかった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
時には自国の者が徒党を組んで同胞から掠奪をほしいままにすることさへあつたのぢや。
玉蜀黍殻とうきびがらといたどりの茎で囲いをした二間半四方ほどの小屋が、前のめりにかしいで、海月くらげのような低い勾配こうばいの小山の半腹に立っていた。物のえた香と積肥つみごえの香がほしいままにただよっていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
もし彼をして力を絵画に伸ばさしめば日本画の上に一生面を開き得たるべく、応挙おうきょ輩をして名をほしいままにせしめざりしものを、彼はそれをも得為えなさざりき。余は日本の美術文学のために惜む。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
とにかく権太は菊五郎が一世に名をほしいままにせる色悪いろあくを代表すべきほどのものにて、燕翁えんおうが三代目菊五郎の権太はやや意気に過ぎて、この役は五代目の方かえりて幸四郎に近きが如しといひしは
私はB君や、B君の隣家となりの主人に誘われて、根津村を見て廻った。隣家の主人はB君が小学校時代からの友達であるという。パノラマのような風光は、この大傾斜からほしいままに望むことが出来た。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ですがこの友禅はその名を独りほしいままにするわけにゆかないのです。別の世界で美しい花を開いた「びん型」があるからです。染のことを知るほどの人は沖縄の型付けを忘れることは出来ません。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
支那の蛟同様水の主たる蛇が人に化けて兇行するものをもとミヅチと呼びしが、後世その変形たる河童が専らミヅシの名をほしいままにし、御本体の蛇は池の主淵の主で通れどミヅチの称を失うたらしい。
紫という色は、ほかのすべての色を打消して、自分の美をほしいままにするものだと何やらの本で見た事があるが、もしそうだとすれば絶世の美人と呼ばれる女の嗜好しこうは自然と一致するものではあるまいか。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
不断は空想が大胆な翺翔こうしょうほしいままにして、640
ほしいままなる——それを聴くのだ。
逸見猶吉詩集 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
三ヶ津の総芸頭そうげいがしらとまで、たたえられた坂田藤十郎は傾城買けいせいかい上手じょうずとして、やつしの名人としては天下無敵の名をほしいままにしていた。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
世間にはもう飾磨屋の破産を云々うんぬんするものもある。豪遊の名を一時にほしいままにしてから、もうだいぶ久しくなるのだから、内証は或はそうなっているかも知れない。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その時から北部の遊牧の民は馬にまたがって争闘を好み、なかなか強大なるものであった。馬に跨って侵略をほしいままにする時にはほとんど猛火の原野を焼く如き勢いである。
東亜の平和を論ず (新字新仮名) / 大隈重信(著)
利爪りそう深くその身に入り、諸の小禽痛苦又声を発するなし。則ちこれをきてほしいまま噉食たんじきす。或は沼田しょうでんに至り螺蛤らこうついばむ。螺蛤軟泥なんでい中にあり、心柔輭にゅうなんにして唯温水をおもう。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
何坪何合のうちで自由をほしいままにしたものが、この鉄柵外にも自由を擅にしたくなるのは自然のいきおいである。あわれむべき文明の国民は日夜にこの鉄柵にみついて咆哮ほうこうしている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この点に於ては彼は一も二も無く貫一の師表たるべしといへども、その実さばかりの残刻と譎詐きつさとをほしいままにして、なほ天におそれず、人にはばからざる不敵の傲骨ごうこつあるにあらず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
私は四度目の登山には是非とも荒蕩こうとうたる黒部の峡谷から、処女の純潔を保てる大雪渓の雪を蹈んで、この日本に於ける最高の花崗岩たる名をほしいままにすき立山の絶巓に攀じ登り
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
補佐する高資たかすけに至っては——長崎高資に至っては、貪慾どんよくにして苛察かさつの小人、賄賂をむさぼり訴訟を決し、私情をもって人事を行い、ひたすら威服をほしいままにす。……人心北条氏を離れおるぞ!
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
真宗崩じて後、其きさきにくしみを受け、ほしいままに永定陵を改めたるによって罪をこうむり、且つ宦官かんがん雷允恭らいいんきょうと交通したるを論ぜられ、崖州に遠謫えんたくせられ、数年にして道州にうつされ、致仕して光州に居りてしゅつした。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
四月の十五日頃から、私達は花ざかりの世界をほしいままに楽むことが出来る。それまでこらえていたような梅が一時に開く。梅に続いて直ぐ桜、桜からすももあんず茱萸ぐみなどの花が白く私達の周囲に咲き乱れる。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
どうぞお胸におといになって、ほしいままに受けられた
シテすす使ム/門弟誰カ能ク場ヲほしいままニスルヲ得ルカ/子寿晴潭敵手ト称サルニ/堪フ可ケンヤ我在リテ彼先ンジテ亡ブヲ/ 其三 東京西洛変ジテ窮リ無シ/詩法如今亦混同ス/何処ノ江湖ニカ正派ヲ存スル/鴛城ひとリ寺崎翁有リ〕
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ずざっとこう云うたちの男が尊敬を受け、それに乗じて威福をほしいままにすると云うのが常である。しかるに上条で幅を利かせている、僕の壁隣の男はすこぶる趣を殊にしていた。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
利爪りさう深くその身に入り、諸の小禽痛苦又声を発するなし、則ち之を裂きてほしいまま噉食たんじきす。或は沼田せうでんに至り、螺蛤らかふついばむ。螺蛤軟泥中にあり、心柔輭にうなんにして唯温水をおもふ。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
したがって文芸の作物に対して、我を忘れ彼を忘れ、無意識に(反省的でなくと云う意なり)享楽をほしいままにする間は、時間も空間もなく、ただ意識の連続があるのみであります。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
多時しばらく静なりしのちはるかに拍子木の音は聞えぬ。その響の消ゆる頃たちまち一点の燈火ともしびは見えめしが、揺々ゆらゆらと町の尽頭はづれ横截よこぎりてせぬ。再び寒き風はさびしき星月夜をほしいままに吹くのみなりけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
よって其の護衛を削り、其の指揮宗麟そうりんちゅうし、王を廃して庶人となす。又湘王しょうおうはくいつわりてしょうを造り、及びほしいままに人を殺すを以て、ちょくくだして之を責め、兵をってとらえしむ。湘王もと膂力りょりょくありて気を負う。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
利爪りさう深くその身に入り、諸の小禽せうきん痛苦又声を発するなし。すなはち之を裂きてほしいまま噉食たんじきす。或は沼田せうでんに至り、螺蛤らかふついばむ。螺蛤軟泥中にあり、心柔輭にうなんにして、唯温水をおもふ。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
坊ばは隣りから分捕ぶんどった偉大なる茶碗と、長大なる箸を専有して、しきりに暴威をほしいままにしている。使いこなせない者をむやみに使おうとするのだから、いきおい暴威をたくましくせざるを得ない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)