いわお)” の例文
旧字:
さっきの異人に負けず劣らずの大兵で、肩などはいわおのように盛りあがり、首筋はあくまでも赤く、まるで蘇芳すおうを塗ったようであった。
重吉漂流紀聞 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ましてや石は君が代の国歌にもある通り、さざれ石のいわおとなるまでには、非常に永い年数のかかるものと考えられていたのであります。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
蟻田博士の自信は、いわおのようにゆるがなかった。博士の自信に満ちた様子がうかがわれると、それだけに新田先生は悲しくなった。
火星兵団 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その上、重く堅いいわおを火の力によりつんざき、山形にわたくしを積み上げさせたということは、あだおろそかのすさびに出来る仕事ではない。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いわおも砕けよとばかり、躰当りをくれた。仕切戸は少しきしんだが、樫材かしざいの頑丈な造りで、もちろん壊れるようなけしきは微塵みじんもなかった。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もとよりうしろは見も返らず、少年はお雪を抱いたまま、ひだを蹈み、角にすがって蝙蝠こうもりずるがごとく、ひらりひらりといわおの頂に上った。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
或は奔湍いわおを噛む激流と化して嵯峨たる奇岩怪石のひまを迸り、或は幾丈の瀑布ばくふげんじて煙霧を吐きながら絶壁を落ちて行きます。
金色の死 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
十市皇女とおちのひめみこ(御父大海人皇子、御母額田王)が伊勢神宮に参拝せられたとき、皇女に従った吹黄刀自ふきのとじ波多横山はたよこやまいわおを見て詠んだ歌である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
姉の寝ていたまくらもとのすすけたふすまに、いわおと竹を描いた墨絵の張りつけてあった事だけが、今でもはっきり頭に残っている。
亮の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
いわおり抜いて造った家の部屋と部屋との仕切りにはむしろが釣ってあるばかり有明ありあけの灯も消えたと見えて家の内は真っ暗だ。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
茅野停車場の十時五十分発上りに間に合うようにと、いわおの温泉を出たのは朝の七時であった。海抜約四千尺以上の山中はほとんど初冬の光景である。
白菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
余は一本のからかさを思います。それはどうしたのかはっきり判らぬがとにかく進藤いわお君が届けてくれたのだ。進藤巌君というのは中学の同級生であった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それから、大山おおやまいわお〕とか井上いのうえかおる〕とかいう如きは、左様さようの政治上の野心のある人でない。特に、大山の如きは政治の趣味すら持たれぬ様である。
それもちがう。おそろしい大自我、いわば大私たいしといったような御自分の自信はなんぴとよりもお強くいわおみたいにその貌心ぼうしんの奥に深く秘めてはおられる
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
皆さんの毎日お歌いになる君が代の唱歌にもさざれ石のいわおとなりてこけのむすまでと申してございます通りであります。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
一丈のいわおを、影の先から、水際の継目つぎめまで眺めて、継目から次第に水の上に出る。潤沢じゅんたく気合けあいから、皴皺しゅんしゅの模様を逐一ちくいち吟味ぎんみしてだんだんと登って行く。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
瞬きもせずににらんでいたが、やがていかなる隙を見出しけん、いわおも通れと突き出す槍先、和尚の胸板むないた微塵みじんに砕いたと思いきや、和尚が軽く身を開いて
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「それ山も倒れてついに崩れいわおも移りてそこを離る、水は石を穿うがち浪は地のちりを押流す、汝は人の望を絶ち給う」
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
あたかも海辺のいわおが一時泡沫ほうまつにおおわれるがように、襲撃軍におおわれてしまったが、一瞬間の後にはまた、そのつき立ったまっ黒な恐ろしい姿を現わした。
浅虫というところまで村々みな磯辺いそべにて、松風まつかぜの音、岸波のひびきのみなり。海の中に「ついたて」めきたるいわおあり、その外しるすべきことなし。小湊こみなとにてやどりぬ。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ぽっちりと目をあいて見廻す瞳に、まずあっしかかる黒いいわおの天井を意識した。次いで、氷になった岩牀いわどこ。両脇に垂れさがる荒石の壁。したしたと、岩伝うしずくの音。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
光一に送られたいわおは家へはいるやいなやわがへやへころがりこんだ。いままでこらえこらえた腹だたしさと悲しさと全身のいたみが、急にひしひしとせまってくる。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
あの時は飛瀑ひばくの音、われを動かすことわがこころのごとく、いわおや山や幽𨗉ゆうすいなる森林や、その色彩形容みなあの時においてわれを刺激すること食欲のごときものありたり。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
会津あいづ生れの山川捨松すてまつは十二歳(後の東大総長山川健次郎男の妹、大山いわお公の夫人、徳冨蘆花とくとみろかの小説「不如帰ほととぎす」では、浪子——本名信子さんといった女の後の母に当る人)
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
こけを被ぶりたる大石乱立らんりつしたる間を、水は潜りぬけて流れおつ。足いと長き蜘蛛くも、ぬれたるいわおの間をわたれり、日暮るる頃まで岩にこしかけてやすらい、携えたりし文など読む。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
見ゆる限り海波が渺茫びょうぼうとして、澎湃ほうはいとして、奔馬のごとくに盛り上がって、白波が砕けて奔騰し、も一度飛び散って、ざざーっとはるかの眼下のいわおに、飛沫しぶきをあげています。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
谷川の川辺のいわお、かむさぶる木々の叢立むらだち、めづらしと見したまはむ、くすしともめでたまはむ。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
惨めなる生活の波は、彼の下に立ち騒いでも、両者の間には共通なものが何かあったか? 破壊を事とするこの世のあらゆる悩みは、そのいわおにたいして砕け散ったではないか。
ただそれだけでは私らの形而上学的欲求が許してくれない。快楽主義の奥に何か欲しいではないか。少なくともいわおのごとき安心の地盤に立って堂々と快楽が味わいたいではないか。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
格言を意訳すると「決心はいわおでもとおす、我々が一緒になれぬことがあろうか」となる。
氏が凡ての虚偽と堕落とに飽満した基督旧教の中にありながら、根ざし深く潜在する尊い要素に自分のけだかさを化合させて、いわおのように堅く立つその態度は、私を驚かせ羨ませる。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
名代福山なだいふくやま蕎麦そば(中巻第一図)さては「菊蝶きくちょうの紋所花の露にふけり結綿ゆいわたのやはらかみ鬢付びんつけにたよる」瀬川せがわ白粉店おしろいみせ(中巻第八図)また「大港おおみなと渦巻うずまきさざれ石のいわおに遊ぶ亀蔵かめぞうせんべい」
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
合爾合カルカ、戦争の話をしてあげよう。ねえ、勇ましい合戦の話を——この成吉思汗ジンギスカンは、鉄の額をしているぞ。剣のくちばしを持っているぞ。まだある、槍の舌を備えている。いわおのような心なんだ。
千たび語りても、なお、母はいわおの如く不動ならば、——ばかばかしい、そんなことないよ、何をそんなに気張っているのだ、親子は仲良くしなくちゃいけない、あたりまえの話じゃないか。
思案の敗北 (新字新仮名) / 太宰治(著)
さけび雲走り、怒濤澎湃どとうほうはいの間に立ちて、動かざることいわおの如き日蓮上人の意気は、壮なることは壮であるが、煙波渺茫びょうぼう、風しずかに波動かざる親鸞上人の胸懐はまた何となく奥床おくゆかしいではないか。
愚禿親鸞 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
ある晩、平生いつものように俺はそこを歩いていた、それは月の好い晩であった、海はしずかいで、灘一面に蒼白あおじろい月がしていた、俺は波の飛沫しぶきのかかるいわおの上を伝いながら、ふと前の方を見ると
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
朝夕のたつきも知らざりし山中やまなかも、年々の避暑の客に思わぬけぶりを増して、瓦葺かわらぶきのも木の葉越しにところどころ見ゆ。尾上おのえに雲あり、ひときわ高き松が根に起りて、いわおにからむつたの上にたなびけり。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
かつふれていわおの角に怒りたるおとなひすごき山の滝つせ
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
道徳的腐敗の濁流の中にいわおのごとくに屹立して
わが脚下あしもとなるいわおの重くすわれる如く
命終せんとして雲に化しいわおに化す。そこに生死を解脱げだつして永世に存在を完うしようとする人間根本の欲望さえ遂げ得られるのではないか。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それが更に成長して、しまいにはこのようないわおとなったのだといい伝えております。(伝説の下伊那。長野県下伊那郡竜江村)
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
砂山に生えまじる、かやすすきはやがて散り、はた年ごとに枯れ果てても、千代ちよ万代よろずよの末かけて、いわおは松の緑にして、霜にも色は変えないのである。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一首は、鴨山のいわおを枕として死んで居る吾をも知らずに、吾が妻は吾の帰るのを待ちびていることであろう、まことに悲しい、という意である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
どうと倒れたかと見れば、重蔵は袴の裾をひるがえしてパッと跳び上がるなり振りかぶった無想妙剣の一念力、いわおも砕けろと玄蕃の脳天目がけて来たのを
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
茫然ぼうぜんたるアーサーは雷火に打たれたるおしの如く、わが前に立てる人——地をき出でしいわおとばかり立てる人——を見守る。口を開けるはギニヴィアである。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
縄の末端は、大樹の向う三間ほど先にある手水鉢ちょうずばちの台のような飛び出たいわおの胸中に固く縛りつけられてあった。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
右のいわおを貫かんとつとめ、人の幸福の生きた泉をそれよりほとばしり出させんとつとめていた。
川はここへ来て急カーヴを描きつつ巨大ないわおの間へ白泡を噴いてたぎり落ちる。さっき大谷家で聞いたのに、毎年いかだがこの岩につかって遭難そうなんすることが珍しくないと云う。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
氷の河も、雪のいわおも、灌木の茂みも、山々も、灰色の霧にうずもれて次第に姿が見えなくなった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)