あな)” の例文
方角も真直まっすぐじゃないが、とにかく見える。もしあなの中が一本道だとすれば、この灯を目懸めがけて、初さんも自分も進んで行くに違ない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
鉱山のあなの闇が不思議の赫きになつて、歎息の声が哄笑の声になる。丸で種類の変つた人間が丸で性質の変つた冒険をするのが面白い。
防火栓 (新字旧仮名) / ゲオルヒ・ヒルシュフェルド(著)
馬車あまた火山のあなより熔け出でし石を敷きたる街をひて、間〻馬のその石面のなめらかなるがためにつまづくを見る。小なる雙輪車あり。
戦場へ出ても、長陣の時などは、野原にあなを掘らせて、坑のなかに桐油紙とうゆしをしきつめ、それへ湯をいっぱい汲みこんで、ひたったりした。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
運命なのか、地面へ飛び下りるつもりの彼女は、丁度そのあなへどんと俯伏うつぶせにちこんだ時、如何どうとも全力が尽きてしまった。
昔掘った金のあなの跡が、蛙のはらわたを拡げたように山の中へ幾筋も喰い込んでいまして、私共なんぞも雨降り揚句なんぞにそこへ行ってみると
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
月が不意に入って四辺あたりが急に真暗になってしまった。大異は驚いて歩いた。そこには深い深いあながあった。大異の体はその中へ堕ちてしまった。
太虚司法伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
むをず、まつ東面とうめんはうあなひらかうとして、草原くさはらけてると、其所そこけの小坑せうかうがある。先度せんど幻翁げんおう試掘しくつして、中止ちうししたところなのだ。
私がもし秦の始皇帝ならば、くべき書、うずむべきあなはいかほどあるか。私は相応に知っている。決して文芸に就いては風俗壊乱のみをねらうべきでない。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
旧約の少年ヨセフが、父の命により十人の兄を尋ね来てあなに打込まれはては売られし所と伝ふ。この処に径一丈ばかりの泉あり。ヱル・ハフイレーの泉と称す。
「ここで、すこしやすんでゆこう。」と、良吉りょうきちは、自転車じてんしゃめて、さながら、あなのあちらの、ちがった、世界せかいからでもいてくるような、かぜむねれていました。
隣村の子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
汝についてはまた汝の契約の血のために、我かの水なきあなより汝の被俘人とらわれびとを放ち出さん。(九—一一)
「俺達も、年を取れば、青のようになるんだろうなあ。青! 俺達も今にこのあなの中でお前のようになるんだよ。お前よりももっともっと惨めになるかも知んねえ。」
狂馬 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
河内介は彼の頭上に高貴な夫人が君臨するのを暫く待っていたけれども、あまり久しくそのあなふちに留まる訳に行かないので、その日はむなしく引き返したのであった。
炭坑と云えば一寸つらいようだけれど、何もあなの中へはいって仕事をするのじゃなし、普通の事務員だと云うから、却ってそんな所で働いた方が面白かないでしょうか。
野ざらし (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
最後に氷の張り詰めた大地にあなを掘って、その犬と一緒に其処にはいって抱合って死ぬことにするんだが、と、その有様を寝床へ入ってから、よく想像して見たりした。
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「それで、あなたは、その火のあなん中へ落ちたいのですか。そして永遠に燒かれたいのですか。」
大勢の家来が寄って、その柱にどろどろした油をしたたかに塗り始めると、ほかの家来どもはたくさんの柴を運んで来て、柱の下の大きいあなの底へ山のように積み込んだ。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
如来にょらいこの辺を経行した時猴が蜜を奉ると仏これに水を和してあまねく大衆に施さしめ、猴大いに喜び躍ってあなちて死んだが、この福力に由って人間に生まれたと載す。
臧はこのことを聞くともう数人の者をつれていってあなぐらあばきはじめた。そこに四、五尺の深さになったあながあった。しかしそこには石ころばかりで金らしいものはなかった。
珊瑚 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
彼奴あやつは元来詐欺賭博いかさま入獄いろあげして来た男だけに、することなす事インチキずくめじゃが、そいつに楯突たてついた奴は、いつの間にかあなの中で、彼奴あいつの手にかかって消え失せるちう話ぞ。
斜坑 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
韓非子かんぴし商鞅しょうおう李斯りしらの英傑が刑名法術の政策を用いたからであって、その二世にして天下を失うに至ったのは、書を焚き儒をあなにしたに基づくことは、人の知るところであるが
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
自分の跨がっているあなの直前は背丈位の石垣になっていて、隣の家の横側がその石垣と密接している。物音はその一番奥の所でしている。表からたんの積んだのが見えている辺である。
鼠坂 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
私邸に起臥しては朝暮衣食いゝしの獄に繋がれ、禁庭に出入しては年月名利のあなに墜ち、小川の水の流るゝ如くに妄想の漣波さゞなみ絶ゆるひまなく、枯野の萱の燃ゆらむやうに煩悩の火燄ほのほ時あつて閃めき
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
我々にとっては、彼等を同じ運命のあなに放り込んでしまうことが必要なのだ。
常におのれ博士はかせぶりて、人をこばむ心のなほからぬ、これをさそうて信頼義朝があたとなせしかば、つひに家をすてて一一六宇治山のあなかくれしを、一一七はたさがられて一一八六条河原に梟首かけらる。
あなの深さが二尺余りに達したが、甕の口が出て来ない。
白光 (新字新仮名) / 魯迅(著)
さてこゝにあな穿うがてば「よし」といひて
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
あなの奥
カンテラ (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
右の腕を繃帯ほうたいで釣るして左の足が義足と変化しても帰りさえすれば構わん。構わんと云うのに浩さんは依然としてあなから上がって来ない。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いくら無住同様な寺にせよ、らんや建具は手当り次第、まきにしているし、大小便をしたあなに土さえけて行こうとした様子もない。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其代そのかはり二十八にちには大失敗だいしつぱいをして、あなるとたちま異臭ゐしう紛々ふん/\たるもの踏付ふみつけた。これは乞食こじき所爲しよゐだとおもふ。
運命のあな黙々として人を待つ。人は知らずらずその運命に歩む。すなわち知らずというとも、近づくに従うて一種冷ややかなるはいを感ずるは、たれもしかる事なり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
そしてその底から淋しい感激がこみ上げてきた。——自分は一思いに九州へ落ちて行こう、真暗なあなの中へでも。身を捨てて生きて働いてやれ!——そう彼は心のうちで叫んだ。
野ざらし (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
青は鉱山主の温情主義から、あなの中に養われていた。十何年間を、地の底の暗闇くらやみの中に働いていたのであったが、最早すっかり老衰してしまって、歩くことさえも自由ではなくなっていた。
狂馬 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
燕王手をって笑って、李九江りきゅうこう膏梁こうりょう豎子じゅしのみ、未だかつて兵に習い陣を見ず、すなわあたうるに五十万の衆を以てす、これ自らこれあなにするなり、と云えるもの、酷語といえども当らずんばあらず。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その設計に従ってその時自分がヌクヌクともぐり込もうとしたあなの、何と、うじうじと、ふやけた、浅間しくもだらしないものだったか。今の三造には腹が立って腹が立って堪らないのである。
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
しかもその行方定めぬ旅というのが、火のあなへ転げ込んで行く、お雪ちゃんの赤ん坊そのままです——あなたは自分の赤ちゃんが、地獄の火の坑へ這入はいって行くのをそのままに見ておられますか。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
火のあなから流れ出た熔巌ようがんめたような色をしている。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
さてこゝにあな穿うがてば「よし」といひて
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
「火が一面に燃えてるあなです。」
「——敵もまた城内から、同じ方向へあなを掘り進めて来たものらしく、爆薬の火計にかかって坑内のお味方はほとんど全滅をこうむりました」
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
腰を折ったり、四つにったり、背中をよこちょにしたり、頭だけ曲げたり、あな恰好かっこうしだいでいろいろに変化する。そうして非常に急ぐ。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「私はやはり九州の炭坑へ行きます。あなの中へはいってでも働きます。」
野ざらし (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
うしてうちに、松下しようか南面なんめんはう大概たいがいつくしてしまつた。は九ぐわつ幻翁げんおう佛子ぶつしの二にんともつて、らうとしたが、あなは、まつ根方ねかたまで喰入くひいつてしまつて、すゝこと出來できぬ。
炭坑のあなは二つに区別されている。竪坑たてこう斜坑はすこう
狂馬 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
鎌倉にこそ入ったが、そして直義をもとらえはしたが、尊氏自身もまた、みずから掘ったあなにひとしい重囲に墜ちていたのだった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
着いて見ると、あなが四五畳ほどのおおきさに広がって、そこに交番くらいな小屋がある。そうしてその中に電気灯が点いている。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
龐徳ほうとくは、手足にからむ味方を踏みつぶして、ようやくあなから這い出して、坑口あなぐちから槍の雨を降らしている敵兵十人余りを一気に突き伏せ
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
明かなる君が眉目びもくにはたと行き逢える今のおもいは、あなを出でて天下の春風はるかぜに吹かれたるが如きを——言葉さえわさず、あすの別れとはつれなし。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)