つと)” の例文
彼は縄梯子なわばしごに取りすがって、舷檣の頂きに登ろうとつとめた。それはあたかも去りゆくものの最後の一瞥いちべつを得んと望むかのように——。
ところが、鍋島家なべしまけの役筋の方では、訴えられて非常に弱った。殊に、刈屋頼母かりやたのもは極力それを揉み消し、百助と久米一との和解につとめた。
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
詩以外には何も念頭に無いというあどけない表情をつとめて、晩秋の寒さをこらえ、午後三時には、さすがに男は浮かぬ顔になり
犯人 (新字新仮名) / 太宰治(著)
と今頃漸く世間並みの心掛けにつとめている。お父さんにしても新聞記者に金は出来るものでないという自信があるから、至極諦めが好い。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
彼らが日々の衣食のために働かねばならぬ時間を、つとめて短くしようとしている国家の目的も、主としてはここにあるのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
二人共平生へいぜいの通りの樣子をしようとつとめた。しかし彼等が戰はねばならぬ悲しみは完全に征服され、または隱しおほはれるものではなかつた。
船長は僕のこの向う見ずな考えを諫止かんししようとつとめたが、僕は高級船員の居候いそうろうを断わって、かの一室を独占することにした。
これはうちの親方の使う口上こうじょうの一つであった。わたしはなるべくかれと同じようなしかつめらしい言い方でやろうとつとめた。
いな、誤らざるどころでない、実によく穿うがっていることを感じて、その後ますます恩誼おんぎを知るの感を深めることについて、心のうちにつとめている。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
動物どうぶつ標本ひようほんみな、ぱのらまの風景ふうけいなかに、それをあしらつて、自然しぜん景色けしきなかにそれ/″\動物どうぶつんでゐるところせることにつとめてをりますから
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
彼等かれらさらはるいたつたことを一さい生物せいぶつむかつてうながす。くさこゝろづいて活力くわつりよく存分ぞんぶん發揮はつきするのをないうちはくことをめまいとつとめる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
わたくしは一しょう懸命けんめいるべくなみだせぬようにつとめましたが、それはははほうでも同様どうようで、そっとなみだいては笑顔えがおでかれこれと談話はなしをつづけるのでした。
ただ考えたのは、何とかして、検札けんさつ旅客訊問りょきゃくじんもんあみ引懸ひっかかるまいとして、こそこそ逃げ込むことばかりにこれつとめた。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
我らは彼の作物たる万象に上下左右を囲まれて呼吸している。さればそれに依て益々ますます神を知らんとつとむべきである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
この店員は自分のもの他人ひとに取られまいとする時には京都弁を使ふが、他人ひとから何か貰ひ受けたいやうな折には、つとめて京都訛りを押し隠さうとする。
実は拙者も折々は、そのように思わぬこともないが、そういう考えの出る時にはつとめて消そうと試みて来ました。
村井長庵記名の傘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
幸之助の家出、お北の家出、両家ともにつとめて秘密にしていたのであるが、女中らの口からでも洩れたと見えて、早くも組じゅうに知れ渡ってしまった。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もつと落着おちついて防火につとめることもできたらうし、また不断から用意して、適当な設備もできた筈ですからね。
フアイヤ・ガン (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
しかし彼は衣食する上にはある英字新聞の記者をつとめているのだった。僕はどう云う芸術家も脱却だっきゃく出来ない「みせ」を考え、つとめて話を明るくしようとした。
彼 第二 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこで外貨國債ぐわいくわこくさい利拂資金りばらひしきんとして、また我國全體わがくにぜんたい對外的たいぐわいてき支拂資金しはらひしきんとして、在外正貨ざいぐわいせいくわ補充ほじうつとめたのである。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
座員と懇意こんいになることをつとめたから、若し彼等の間に秘密があれば、とっくに知れていなければならぬ筈なのに、不思議と何の手掛りを掴むことも出来なかった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そんな事があり得るだらうか、と言つたやうな平次の顏を見乍ら和七は一生懸命辯解につとめるのです。
もう一度、ぶるぶるッと身をふるわせた歌麿は、何とかして金兵衛の姿を、眼の先から消そうとつとめた。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
彼はさう堅く歯を噛み合はして、まぶたを堅く閉ぢて、もう一遍寝入らうとつとめて見た。塊的かたまりになつた睡気は然し後頭の隅に引つ込んで、眼の奥がえて痛むだけだつた。
An Incident (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
不勉強位であったから、どちらかと云えば運動は比較的好きの方であったが、その運動も身体からだが虚弱であった為め、規則正しい運動をつとめてやったというのではない。
私の経過した学生時代 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その後も、小平太はできるだけ自分の心の動揺どうようを同志の前に隠すようにつとめた。もっとも、彼が同志に心のうちをさとられまいとするには、もう一つほかに理由があった。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
彼は自分の滑稽こっけい商売にも似合わぬ顔つきを人には見せたくないとつとめているのだが、努めれば努めるほど顔その物が反対に言うことをきかなくなって、鏡にでも映してみれば
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
彼は一切いっさいつのを隠して、周囲に同化す可くつとめた。彼はあらゆる村の集会しゅうかいに出た。諸君が廉酒やすざけを飲む時、彼はさかなの沢庵をつまんだ。葬式に出ては、「諸行無常」の旗持をした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ねえ、私達はいさぎよくその恩を被ようではありませんか! さうして愛をゆたかに持つことにつとめ、それをすべてにさゝげることに、決して自分の利益りえきを考へないやうにと心掛こゝろがけませう。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
出來できかぎ長命ちようめいをさせるようにつとめなければならないことがおわかりとなりますでせう。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
「いつ頃から君はここで、こんな風にしているの」私はつとめて、平然としようと骨折りながらいた。彼女は今私が足下の方にうずくまったので、私の方を見ることを止めて上の方に眼を向けていた。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
例の瘰癧るいれきのO君とはただ文学上において話せるのみだ。彼は根本的思索には心が向かっていない。彼は考えずしてただ味わおうとのみつとめている。彼の唯一の根底は生の刺激すなわち歓楽である。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
にわ金魚鉢きんぎょばちに、なにかかくしているとがついてからは、近所きんじょからもつまはじきされている老人ろうじんたいし、ことさら親切しんせつにしてやつて、そのかくしているものがなにかということをるのにつとめたのでした。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
つとめずして自然にソレが私の体にそなわって居るといってもよろしい。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
信者たち、つとめよ
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
と、家康もそれにたいして、“変通へんつう”をふくみ、つとめて、こころも体もやわらかにもち、そしてしばしを、小幡の本丸で休息していた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つとめてその煩累はんるいを避け、各自家限りの農業を行おうとして、勢い右申すがごとき能率の高いいわゆる労力省略機械の必要を感じて来たのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
けれども彼を喜ばせる爲めにさう——本當にさう感じたやうに救はれたやうに見せようとつとめた。だから私は滿足したやうな微笑を浮べて答へた。
わたしの弁護士べんごしは、犬がその日のうちに寺にまよいこんで、寺男が戸をめたとき、中へ閉めこまれたものであるということを証拠しょうこてようとつとめた。
かくのごとき考えをもってその欠点を矯正きょうせいせんとつとめるものがあるかと思って、新たに工夫をめぐらすに至る人もあろうと思い、僕は本問題をひっさげたのである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そのなかには「鬼談」というところまでは到達しないで、単に「奇談」という程度にとどまっているものもないではないが、そのなるものはつとめて採録した。
こま犬 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そこでのことを極力きよくりよくつとめたのであるが、其結果そのけつくわ億圓おくゑん以上いじやう在外資金ざいぐわいしきん買取かひとることが出來できたのである。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
だが、読んであることに気がつきはしなかったかどうか。夫人は大五郎氏の表情からそれを読もうとつとめたが、彼の気抜けのした様な顔は、何事をも語っていなかった。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
銀太夫君は師匠から芸を習うと共に、師匠のインテリ啓発けいはつつとめた。鐘師匠かねししょうは我儘な人だけれど、気心は極く好い。腹を立てゝも、長くこだわらない。奥さんも同じことだった。
心のアンテナ (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
つとめて心を引き立てるように、いろいろ注意を加えましたが、どうも一向きき目がない。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そしてふたたび、書中の文言もんごんを疑うように、まなこをそれへつとめてみたが、疑うべくもない文字の上へ、はや滂沱ぼうだと涙がさきにこぼれていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
學院インスティテユーション」といふ字の意味を考へながら、最初の言葉と聖書の句との間の關係を知らうとつとめてゐる時に、私の直ぐ背後で咳拂せきばらひがしたので頭を向けた。
ミリガン夫人は、リーズがまだ話をしようとつとめていることを話して、医者はもうじきなおると言っていると言った。
病臥中、はじめの一週間ほどはつとめて安静を守っていたが、日がだんだんに経つにつれて、気分のよい日の朝晩には縁側へ出て小さい庭をながめることもある。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
つとめて幼少の時にえがいた理想をやしなうことは年々歳々ねんねんさいさいれゆく心の色香いろかを新たむるの道であろうと信ずる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)