やいば)” の例文
「それはわからぬ」とどなったのは、縁の上の一閑斎で、「やいばの稲妻、消えた提灯、ヒーッという女の悲鳴、殺されたに相違ない!」
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
流れるやいばを取直す間もなく、第二第三の銭は流星のごとく飛んで拳へ、額へ、そして第四の銭は危なく眼の玉を打とうとしたのです。
しかるに初めて彼は、フランス人が尊重してる尚武的な自由の意味を、おぼろに理解し始めた。それこそ理性の恐るべきやいばであった。
その梶川と一緒になって、内匠頭のやいばを奪りあげたという偶然にも些細な事で、お坊主の関久和へも、銀子ぎんす三十枚の賞賜が下がった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
取るに足らぬ女性の嫉妬しっとから、いささかのかすり傷を受けても、彼はうらみのやいばを受けたように得意になり、たかだか二万フランの借金にも、彼は
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
昨日今日、今までも、お互に友と呼んだ人たちが、いかに殿の仰せとて、手の裏をかえすように、ようまあ、あなたにやいばを向けます。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
竜之助はあえて兵馬を怖れて逃げ隠れているのではない。兵馬は目の先に近づいて、それでどうもやいばを合せることができないのです。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その脊はくつがへりたる舟の如し。忽ち彼雛鷲はいなづまの撃つ勢もて、さとおろし來つ。やいばの如き利爪とづめは魚の背をつかみき。母鳥は喜、色にあらはれたり。
と云いつゝ飛込んで一討ひとうちにと小三郎へ斬り掛りました其のやいばの下へ、鼠の頭巾を冠った人が這入ってまいり、小三郎をうしろに囲いながら
それであッてこのありさま,やいばくしにつんざかれ、矢玉の雨に砕かれて異域の鬼となッてしまッた口惜くちおしさはどれほどだろうか。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
きん小鳥ことりのやうないたいけな姫君ひめぎみは、百日鬘ひやくにちかつら山賊さんぞくがふりかざしたやいばしたをあはせて、えいるこえにこの暇乞いとまごひをするのであつた。
桜さく島:見知らぬ世界 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
彼は不意に日本刀を抜いて、裁縫さいほうしていたじぶんの女房を殺して、それから店へ出て主人を殺し、そして、己もそのやいばたおれたものであった。
指環 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そうして、暗いなかを手あたり次第に斬り廻ったが、やいばに触れるものは菜の葉や菜の花ばかりで、一向にそれらしい手ごたえはなかった。
馬妖記 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
如何なる憤怒絶望のやいばを以てするもつんざきがたく、如何なる怨恨えんこん悪念の焔を以てするも破りがたいやみ墻壁しょうへきとでもいいましょうか。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼は灌木の方へ一歩進んで手をのばすと、ベアトリーチェは彼の心臓をやいばでつらぬくような鋭い叫び声をあげて駈け寄って来た。
彼は、刻々にましてくる水面をにらみながら、ジャック・ナイフのやいばを水平にして、ガラス天井の下を横に深くえぐっていった。
時計屋敷の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
またロベルト・グイスカールドを防がんとてやいばのいたみを覺えし民、プーリア人のすべて不忠となれる處なるチェペラン 一三—
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
いくら蒲団ふとんを頭からかぶっても、意識は水のようにすみ切って、すみ切った意識の中で、苦しみのやいばが縦横に彼女の心をきりきざんでいた。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
梭櫚しゆろの毛を植ゑたりやとも見ゆる口髭くちひげ掻拈かいひねりて、太短ふとみじかなるまゆひそむれば、聞ゐる妻ははつとばかり、やいばを踏める心地も為めり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
やいばちぬらずして世界を統一することは固より、われらの心から熱望するところであるが(六二頁)、悲しい哉、それは恐らく不可能であろう。
最終戦争論 (新字新仮名) / 石原莞爾(著)
「昔、この辺に蛇身鳥じゃしんちょうやいばきじという怪物が出没いたしました。何がさて蛇体に刃の羽を生やした怪鳥でございますから……」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
のみのようなやいばのついてゐる一寸いつすんぐらゐのちひさい石斧せきふもありますが、これは石斧せきふといふよりも、石鑿いしのみといつたほうてきしてゐるようにおもはれます。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
英国公使アールコックに自分の愛妾あいしょうまで与え許している、堀織部はそれを苦諫くかんしても用いられないので、やいばに伏してその意をいたしたというのだ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかし彼の懐疑のやいばは論理そのものにまで向わなかった。真の自己否定的自覚に達しなかった。彼の自己は身体なき抽象的自己であったのである。
デカルト哲学について (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
是はとばかり眼を閉ぢ、氣を取り直し、鍔音高くやいばを鞘に納むれば、跡には燈の影ほの暗く、障子に映る影さびし。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
「もうしもうし花魁おいらんえ、と云われてはしなんざますえとふり返る、途端とたんに切り込むやいばの光」という変な文句は、私がその時分南麟からおすわったのか
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
カピ長 えい、けんぢゃといふに。いあれを、モンタギューの長者ちゃうじゃめがをって、おれよがしにやいばりをる。
死体には一面に太いひだが盛り上っていて、肋骨が浮き上り、傷は左横から、やいば様のもので頸動脈が貫かれていた。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
この人達の耳にも、死刑になると云う話がもう聞えたので、中には手をつかねてやいばを受けるよりは、むしろフランス軍艦に切り込んで死のうと云ったものがある。
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
今度こそはようように待たれたむっつり右門の太刀たちのさばきに接しられそうな形勢となりましたが、剣もまたその心をくんでか、細身二尺三寸の玉散るやいば
男は次第にやいばを抜き出しながら、茶色の髯の奥で光る白い歯を見せて、ゆるやかに微笑んで、僕の顔を見た。
不可説 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
坦々たんたんの如き何げんはばの大通路を行く時も二葉亭は木の根岩角いわかど凸凹でこぼこした羊腸折つづらおりや、やいばを仰向けたような山の背を縦走する危険を聯想せずにはいられなかった。
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
と云って前へ出るとみた刹那せつな、男の右手にぎらりとやいばが光り、体ごとだっと通胤へ突っかけて来た。みんな思わずあっと云った。まさにきょをつく一刀である。
城を守る者 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
法師二『言葉も知らぬ下司げすなおやじ。その上にやいばなぞ抜身でげ、そもそも此処ここいずれと心得居る。智証大師伝法灌頂かんじょうの道場。天下に名だたる霊域なるぞ』
取返し物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
子貢は、その明敏な頭脳に、研ぎすましたやいばを刺しこまれたような気がした。孔子はたたみかけて云った。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
それをそんなりに受けるような綿貫と違いますよって、うわべは「そうですか、そらその方がええでしょう」いいながら心の中では嫉妬しっとやいばぎすましてて
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
何人の女が、自分に迷って死んだであろう……あまつさえ、旧い朋友を、やいばにかけた事さえあるのです。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
⦅ああ息苦くるしい、息苦くるしい!⦆さう、彼は人間らしくない奇怪な声で呻いた。その声はやいばのやうに人の胸を貫いた。が、不意に死人は地の下へ消え失せてしまつた。
徒刑場よりもむしろ死刑台のほうが、地獄よりもむしろ虚無のほうが、徒刑囚の首枷へよりもむしろギヨタン氏のやいばへこの首をわたしたほうが! 徒刑とは、おお!
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
ねずの三武が、やッとりかけてきたが、やいばの立てかたも知らぬ出鱈目でたらめさで、笑止なばかりであった。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
倉地が旅に出た留守に倉地の下宿に行って「急用ありすぐ帰れ」という電報をその行く先に打ってやる。そして自分は心静かに倉地の寝床の上でやいばに伏していよう。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
アルトヴェル氏は、窓掛をあげて、真暗な庭園にわの方を覗いてみると、濡れた樹々の枝はやいばのように光り、秋の木の葉が風に吹きまくられて、ばらばらっと壁を打った。
犬舎 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「親はやいばをにぎらせて、人を殺せと教えしや、人を殺して死ねよとて、二十四までも育てしや。」
婦人作家 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
鋼鉄はがねの如く真剣に、やいばの如く剛直な妻」と、或る戯詩の中で、彼はファニイの前にかぶとを脱いだ。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そしてそのあらそいは、ついにやいばに血を塗るところまで突き詰められなければならなかったのだ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
かゝれ/\と刀柄つかをたゝけば、応と意気込む覚えの面々、人甲斐ひとがいも無き旅僧たびそう一人。何程の事やあらむとあなどりつゝ、雪影うつらふ氷のやいばを、抜きれ抜き連れきそひかゝる。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
反対に全国の武士は、ほとんどすべてが、天皇を見すて、天皇にむかって、弓をひき、やいばをむけていたことはたしかであった。この史実は、それを抹殺しえないのである。
やいばへ此の毒を塗って置けば遣り損じた所で其の人が働きを失って追っ掛けて来る事が出来ません、其れだから仕損じる恐れの有る場合に、此の様な毒を塗って置くのです
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
そこには、肉迫して来るやいばの潮の後方に、紅の一点が静々しずしずと赤い帆のように彼の方へ進んでいた。長羅はひらりと馬首を敵軍の方へ振り向けた。馬の腹をひと蹴り蹴った。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
行きついたはてわずかなはずみにやいばを合わすようになることも、もう、眼に見えて迫っていた。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)