すご)” の例文
不気味にすごい、魔の小路だというのに、おんなが一人で、湯帰りの捷径ちかみちあやしんでは不可いけない。……実はこの小母さんだから通ったのである。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ですが地上にどんな墳墓があろうとも、私たちは琉球の玉陵においてより、鬼気迫るものすごいばかりの墳墓を見たことがありませぬ。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
しかし権兵衛さんは、頬髯ほおひげうずまった青白い顔に、陰性のすごい眼を光らせてにらみつけるばかりで、微笑を浮かべた事さえなかった。
大人の眼と子供の眼 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
かれらが女を避けるのは、彼女の立ち居があまりに乱暴で、とげとげしくって、また仮借のないすごいような毒口をきくからであった。
雨あがる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
眼のすごい、口がおなかの辺についた、途方もない大きなふかが、矢のように追いかけてきて、そこいらの水を大風おおかぜのように動かします。
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
この女は、腹をぐるりと一巻きにして、へそのところに朱い舌を出した蛇の文身いれずみをしていた。私は九州で初めてこんなすごい女を見た。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
このものすごおそれが昼も夜も私を悩ました。昼はそのもの思いの呵責かしゃくがひどいものであったし——夜となればこのうえもなかった。
三十九 七日—六日—五日—日数が残り少なくなるに連れ、空に輝く眼の光が益々すごくなって来る。復讐に渇している怪物の眼なんだ。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
たもとを振り切って行こうとする時に、金蔵のかおすごいほどけわしくなっていたのに、お豊はぞっとして声を立てようとしたくらいでしたが
あきれるほど自信のないおどおどした表情と、若い年で女を知りつくしているすごみをたたえた睫毛まつげの長い眼で、じっと見据みすえていた。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
『オヤそう、如何どんな顔をして居て? 私も見たいものだ。』と里子は何処どこまでも冷かしてかゝった。すると母はすごいほど顔色を変えて
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ホラシオはがぬけた。オフィリャの狂態きょうたいになっての出はすごく好かった。墓場はかば墓掘はかほりの歌う声が実に好く、仕ぐさも軽妙であった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
へんにすごんだり力んだりしたところのない勤労者のこころもちで、小さい町工場での若い勤労者の生活と、そこにいる気のよい
すごいものが手元から、すうすうと逃げて行くように思われる。そうして、ことごとく切先きっさきへ集まって、殺気さっきを一点にめている。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すごさに女がおびえてもいるように見えるのを、源氏はあの小さい家におおぜい住んでいた人なのだから道理であると思っておかしかった。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ビレラフォンが聞いて来たことが本当なら、おそろしいカイミアラが住処すみかとしているのは、それらのすごいような谷の一つでした。
劇場しばいで女が切殺される時、きゃアとかあれイとか云うが、そんな事を云ったっておめえには分らねえが、すごいものだ、己も怖かった
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
トあせるばかりですごみ文句は以上見附からず、そしてお勢を視れば、お文三の顔を凝視めている……文三は周章狼狽どぎまぎとした……
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
に顔の色はみづからすごしと見るまでに変れるを、庭の内をば幾周いくめぐりして我はこの色を隠さんとらんと、彼は心陰こころひそかおのれあざけるなりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
その輪廓の正しい顔はすごいほど澄みわたって、神々こうごうしいと云ってもいゝような美しさが、勝平の不純な心持ちをさえ、きよめるようだった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その夜は、すごい月夜でした。夜ふけてから私はひとりで外へ出て見ました。このあたりも、まず、あらかた焼かれていました。
たずねびと (新字新仮名) / 太宰治(著)
そこで庭球部からすごい苦情が出て、さあ誰が昨日最後にラケットを握つたかをしらみつぶしに突きつめられた果、私の不注意といふことになり
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
主翁はもう奇怪な書生に対する恐れもなくなっていた。書生はすごい笑顔を見せたのちに右の手をあげて何も云うなと云うようにそれをった。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それと違って、スカンクスの奥さんはすごいような美人で、鼻は高過ぎる程高く、切目の長い黒目勝くろめがちの目に、有り余るこびがある。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
黄金色わうごんいろ金盞花きんせんくわ、男の夢にかよつてこれとちぎ魑魅すだまのものすごあでやかさ、これはまた惑星わくせいにもみえる、或は悲しい「夢」の愁の髮に燃える火。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
『あれ、むかうのみねかすめて、しろい、おおきな竜神りゅうじんさんが、にもとまらぬはやさでよこんでかれる……あのすごいろ……。』
の国へ帰りく船と申す如き心地も此夜頃このよごろに深く身に沁みさふらひしか。ピアノの音、蓄音器の声もせず、波のひゞきのみすごげに立ちり申しさふらふ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「でもろくろ首のお鳥の方が美人といふんでせうね。あれはすごいが、これは可愛い方で、あつしは誰が何んと言つても此方こつちへ札を入れますよ」
銭形平次捕物控:167 毒酒 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
千恵ひとりで、ものすごいほど明るい月夜でした。芝生がいちめんまるで砂浜みたいに白く浮いて、遠くの松原が黒ぐろと影を描いてゐました。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
そのうち、家中の人達の眼に、当の若殿頼正が、日に日にすごいように衰弱するのが、不思議な事実として映るようになった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ね、向うと此方に立ってね、剣を持って互に真中に進み寄ると、突き合い切り合いをやったんだよ、すごかったんだろうな。
決闘場 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
眼も何かを見た瞬間、そのままわばったように動かない。——その情景は、漁夫達の胸を、のあたり見ていられないすごさで、えぐり刻んだ。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
「そうやった。眼がすごいようにり上がって、お園さんのあの細い首が抜け出たように長うなって、こわいこわい顔をして」
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
これもやはり『奥の細道』に在る句で、折節おりふし五月雨の降る頃であったので、最上川の水勢を増してものすごい勢で流れているのを咏じたのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
一見してぞっとするようなすごみのある人でありますけれど、その行なうところを見るとそういう凄い殺伐の方でなくって
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
板倉の心臓が、えらいすごさで波を打って、胸がぐうッと盛り上ったりぐうッとへこんだりしてたけど、全身麻酔云うたらあないなるもんか知らん。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこで私が精々ぱり・ごろめかして独りですごがっているところへ、突然この「港のわたり」をつけたやつがあるんだが
内心如夜叉にょやしゃたとえ通りです。第一あなたがたの涙の前には、誰でも意気地いくじがなくなってしまう。(小野の小町に)あなたの涙などはすごいものですよ。
二人小町 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
すごいといって、生れてから、こんな凄い気がしたことはない——と、お綱は後で、万吉にもしみじみ話したことである。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と検事が云ったが、すごい当りをみせた大江山も至極しごく同感どうかんだった。しかしジュリア達の出演時刻のこともあるので、時間が足りないからめにした。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
これらは深海の底にできた火山であって、噴火の時は、ものすごい景観を呈したことであろう。ハワイの付近は、現在は約二万フィートの深海である。
黒い月の世界 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
「山里は冬ぞさみしさまさりける、人目も草もかれぬと思へば」秋の山里とてその通り、宵ながらすごいほどに淋しい。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
畜生もう逃さんぞ。逃すものか。火炙あぶりだ。捕まえろ。捕まえろ。入り乱れて聞こえて来るのだ。どすどすとすごい足音が地鳴りのように響いて来る。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
鮨桶を抱へ、花道にて反身になりての見えの極めてすごかりしため、幸四郎はいつもわつと受けさせしよしなるが、菊五郎もなかなかの大舞台なりき。
これもまた凄さを具象化したものとは言えるであろうが、しかし人のすごさの表情を類型化したものとは言えない。総じてそれは人の顔の類型ではない。
面とペルソナ (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
そうして、彼女のひどくやつれた、すごいほど美しい顔を眺めて、なんとなくぞっとするような感じを起こしました。
メデューサの首 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
以上いじやう概括がいくわつしてその特質とくしつげると、神佛しんぶつたうといもの、幽靈ゆうれいすごいもの、化物ばけもの可笑おかしなもの、精靈せいれうむしうつくしいもの、怪動物くわいどうぶつ面白おもしろいものとる。
妖怪研究 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
道々、ものすごい火傷者を見るにつけ、甥はすっかり気分が悪くなってしまい、それ以来元気がなくなったのである。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
ところが、その頃、船の前端にある彼の部屋に、夜遊びに行ってみると、何かのきっかけで、Kさんが、「女子選手ッて、みんな、すごいのばかりだね」
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
自然界の何か異様な物すごいものが今にも現われて来はしないかと、クリストフはたえずびくびくしていた。彼は駆け出した。胸がひどく動悸どうきしていた。