八百屋やおや)” の例文
節季はむろんまるで毎日のことで、醤油屋しょうゆや、油屋、八百屋やおや鰯屋いわしや乾物屋かんぶつや、炭屋、米屋、家主その他、いずれも厳しい催促さいそくだった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
おんなは、れるのをっていました。やがて、晩方ばんがたになると、まちへいってみました。もう八百屋やおや小僧こぞう夜店よみせしていました。
初夏の不思議 (新字新仮名) / 小川未明(著)
めそのことは人があまり知らずに、小魚などといいますが、鰻のごく細いのです。それは肴屋さかなやでなくて、八百屋やおやが持って来ました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
取り残したいもの葉に雨は終日降頻ふりしきって、八百屋やおやの店には松茸まつたけが並べられた。垣の虫の声は露に衰えて、庭のきりの葉ももろくも落ちた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
この五十・五十二番地の建物の一階は、荒廃した小屋同様で、八百屋やおやなどの物置きになっていて、二階とは何らの交渉もなかった。
橋のたもとにある古風な銭湯の暖簾のれんや、その隣の八百屋やおやの店先に並んでいる唐茄子とうなすなどが、若い時の健三によく広重ひろしげの風景画を聯想れんそうさせた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
本郷ほんごう駒込こまごめ吉祥寺きちじょうじ八百屋やおやのお七はお小姓の吉三きちざに惚れて……。」と節をつけて歌いながら、カラクリの絵板えいたにつけた綱を引張っていたが
伝通院 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
子猫がほしいという家族の大多数の希望が女中の口から出入りの八百屋やおやに伝えられる間にそれが積極的な要求に変わってしまったらしい。
ねずみと猫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
八百屋やおや干枯ひからびて積んであるものを買わず、足まめに近くに百姓家ひゃくしょうやがあれば自分で買いに行くがいい。かえって安価につくかも知れない。
味覚馬鹿 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
出入でいり八百屋やおやの女房が飛んで来て、「大変でござります、唯今こちらさまのお猫さんが横町の犬に追われて向うの路次ろじに逃込みました、」
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
砂糖屋でいた頃も、八百屋やおや肴屋さかなやにお前と呼ぶことを遠慮したが、当時はまだそのことば紆曲うきょくにしてただちに相手をして呼ぶことを避けていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ある八百屋やおやの店で、干からびたような水菓子を買っている加世子と女中の姿が、ふと目につき、均平は思わず立ちまった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「用がないからゆけよ、おれはここで八百屋やおや豊公とよこうを待っているんだ、あいつおれの犬に石をほうりやがったからここでいもをぶんどってやるんだ」
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
八百屋やおやの女房が自転車に乗って走ったらはでな仕事となるし、百号を手古摺てこずってナイフで破ったといえばはでな事をしたと感心してもいいのである。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
細君は気軽な人物で何事もあきらめのよいたちだから文句はない。愚痴一つ言わない。お菊お新の二人も、母を助けて飯もたけば八百屋やおやへ使いにも行く。
二老人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
私がこんなにれられたのは珍らしい。八百屋やおやお七の年齢だから、惚れ方が無茶だ。私達はあっちのホテル、こっちの旅館、私の家にまで、泊り歩いた。
二十七歳 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
雑巾ぞうきんまで売っている都会の生活にあきれながら、となりの米屋で白米一升を袋に入れてもらい、八百屋やおやにより、乾物屋で高野豆腐こうやどうふと切り干大根を買った。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
最後の夕餉ゆうげをしたためた食器。最後の時間まで照していたランプ。それらは、それらをもらった八百屋やおやが取りに来る明日の朝まで、空家の中に残されている。
過古 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
日々ひび得意先を回る魚屋さかなや八百屋やおや豆腐屋とうふやの人々の中に裏門を通用する際、かく粗末そまつなる木戸きどをくぐらすは我々を侮辱ぶじょくするなりといきどおる民主主義の人もあるまい。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
界隈かいわいの景色がそんなに沈鬱ちんうつで、湿々じめじめとして居るにしたごうて、住む者もまた高声たかごえではものをいわない。歩行あるくにも内端うちわで、俯向うつむがちで、豆腐屋も、八百屋やおやも黙って通る。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
昔の八百屋やおやしちの世界から、女性の放火と云うものは、何となく激しい熱情的なものを感じさせますが、女の罪名にも、強盗なんて云うのは聞いても怖い感じです。
町では天秤棒を生活の要具としていたのは、今までは八百屋やおや肴屋さかなやとがしゅであった。配給の時代には問題はなかったが、その前にもすでに八百屋は車になっていた。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
いつもは真面目な顔をして、ご用を聞いている、八百屋やおや万屋よろずやまでも、仲間入りをして、一そうに笑いくずれているために、玄関に案内の声のあるのも耳にはいらず
女中訓 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
日は川の方へまわっていて、町の左側の障子にえているのだが、その照り返しが右側の方の家々の中まで届いている。八百屋やおやの店先に並べてあるかきが殊に綺麗きれいであった。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
民さんは植木屋の夏がれどきに八百屋やおやをやり、貸シが多くなりもだもだのあげく、長屋のお内儀かみさんの顔をぶんなぐり、その場で巡査じゅんさにつかまって留置場にほうり込まれた。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
片町といふ所の八百屋やおやの新いものあかきがみえしかば土産にせんとて少しかふ、道をいそげばしとど汗に成りて目にも口にもながれいるをはんけちもておしぬぐひ/\して——
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それからしばらくして、彼はとある裏通りの八百屋やおやの店の前に、なにげなくたたずんでいた。青物を並べた店先に、近所のおかみさんらしいのが三、四人買い物をしている。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「オイ、八百屋やおやはつさん、そんなおめえ、天秤棒てんびんぼうなどかつぎだして、どうしようってんだ」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
日頃顔を見知った八百屋やおや夫婦も、本町から市町の方へ曲ろうとする角のあたりに陣取って青い顔の亭主と肥った内儀かみさんとが互に片肌抜かたはだぬぎで、稲荷鮨いなりずしけたり、海苔巻のりまきを作ったりした。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一軒の小さな八百屋やおやがあって、あかる瓦斯ガスの燃えた下に、大根、人参にんじんねぎ小蕪こかぶ慈姑くわい牛蒡ごぼうがしら小松菜こまつな独活うど蓮根れんこん、里芋、林檎りんご、蜜柑の類がうずたかく店に積み上げてある。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
先日八百屋やおやふきとうを持って来ましたから一度に沢山蕗味噌ふきみそを拵えておきました。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
といってもやはり千や二千の人出はあった。で、そうした人たちを相手に、肉屋や飲食店や呉服屋や菓子屋や薬屋や八百屋やおやや、その他各種各類にわたって四方八方から集まって来て店を出した。
今では魚屋や八百屋やおやばかりになった狭苦しい南京町ナンキンまちを肩をすり合せるようにして通り抜けたりしたのち、今度はひっそりしたほとんど人気のない東亜通りを、東亜ホテルの方へ爪先つまさきあがりに上った。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
でもこんなのらくらの遊び人の絵をともかくも一文や二文で買ってくれ手があるから不思議なもんさな! どうで雪舟せっしゅうも元信も拝むことのできぬ肴屋さかなや八百屋やおや熊公くまこう八公がわたしのご上客だ。殿様だ。
近所の八百屋やおやさんが宅へ参りまして、家内に、冗談のように
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
「なるほど、二十一歳、身分はなし、年に千二百フラン、ポンメルシー男爵夫人が八百屋やおやに二スーのせりを買いに行こうってわけだな。」
かえらぬことをおもっていると、チリチリチンとすずおとがして、八百屋やおや小僧こぞうさんが、やさいをせて、自転車じてんしゃはしらせてきました。
はととりんご (新字新仮名) / 小川未明(著)
男は洋服を着た魚屋さかなやさんとでもいった風体ふうていであり、女はその近所の八百屋やおやのおかみさんとでも思われる人がらであった。
Liber Studiorum (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
かど八百屋やおやで野菜を買って帰ろうとした時、お千代はその名を呼ばれても誰であったか思い出せなかったくらい、久しく見かけない人に出逢であった。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
踏切の八百屋やおやでは早く店をしまい、主人あるじ長火鉢ながひばちの前で大あぐらをかいて、いつもの四合の薬をぐびりぐびりっている、女房はその手つきを見ている
郊外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
しかしこの土地へ来て、一番銀子の身についたのは読書で、それを教えてくれたのは、出入りの八百屋やおやであった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
母親は帰りに、八百屋やおやに寄って、茄子なす白瓜しろうりなどを買う。局の前で、清三は母親を先に帰して、荻生さんのへやで十時過ぎまで話して行くことなどもあった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
豊松は八百屋やおやの子で小学校を卒業するまでに二度ほど落第した、チビ公よりは二つも年上だが、そのかわりに身体からだが大きく力が強い、そのわりあいに喧嘩が弱く
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
「ばかだなあ、あんな女を思って。思ったってしかたがないよ。第一、君と同年おないどしぐらいじゃないか。同年ぐらいの男にほれるのは昔の事だ。八百屋やおやしち時代の恋だ」
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
伊藤は牙籌がちゅう一方の人物で、眼に一丁字なく、かつて応挙おうきょ王昭君おうしょうくんの幅を見て、「椿岳、これは八百屋やおやお七か」といたという奇抜な逸事を残したほどの無風流漢であった。
まだ下谷したや長者町ちょうじゃまちで薬を売っていた山崎の家へ、五郎作はわざわざ八百屋やおやしちのふくさというものを見せに往った。ふくさは数代まえ真志屋ましやへ嫁入したしまという女の遺物である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
合総がっそうの頭をユラリとさせて、かつぎ八百屋やおやをしている長屋の若者のほうを、ふり向いた。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼は常に月末になると行方をくらます習慣で、自然僕が借金取の応待をせざるを得ぬ立場になる。借金取と言っても、事実は家主、八百屋やおや、電燈、水道、そういう当然なる料金の類い。
青い絨毯 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
行きつけの八百屋やおやの店でたけのこ蚕豆そらまめときぬさやを少々買う。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「そうですとも、なかなかの丹精たんせいじゃありません。」と、八百屋やおや主人しゅじんもおかみさんも、おじいさんに同情どうじょうをしないものはありませんでした。
初夏の不思議 (新字新仮名) / 小川未明(著)