むくろ)” の例文
世話役が佐介のむくろをさげて雑木林のほうへ来、ひと振りして無雑作に周平のいる草むらへ投げこむと、すぐつぎの試合がはじまった。
春の山 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
よ、かしらなきむくろ金鎧きんがい一縮いつしゆくしてほこよこたへ、片手かたてげつゝうままたがり、砂煙すなけむりはらつてトツ/\とぢんかへる。陣中ぢんちうあにおどろかざらんや。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「いかさまのう。なぞが解ければ恐るるところはない。どこかほかのところにむくろが沈んでいるはずじゃ。手を分けて残らず捜してみい」
仏は、一日一夜、これに説き、これに教え、浄戒じょうかいをさずけたのです。——果たして、王子勇軍の醜いむくろは七日めに死んだのであります。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
厳石いそうへに生ふる馬酔木あしびを」と言はれたので、春がけて、夏に入りかけた頃だと知つた。おれのむくろは、もう半分融け出した頃だつた。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
あたしのむくろはまだあの井戸の底にあるはずだから、後日のちとはいわず即刻いまにも引き上げて明日の酉の日の分に入れてみようじゃないか——と。
神楽堂もむなしく戸を下ろしていれば、見晴しの、むかしながらの崖のうえに並んだ茶店もたゞその心細いむくろをさらしているばかりだった。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
けれども、お蝶らしい女を発見することはできないで、腐れた肉をむさぼ有象無象うぞうむぞうの浅ましいむくろを、まざまざと見せつけられたに過ぎません。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ひるんで一人、逃げるのを、太刀を返して宙にねた。首が前、むくろが後、二つになってくたばったのは、三宝に切られたと云うやつである。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ソーニャは空しいむくろの上に倒れ、両手でひしと抱きかかえ、やせ細った胸に頭を押しつけたまま、じっと身動きもしなかった。
明代や清朝になっては、書画篆刻なにもかも無精神のむくろに成り了った。いわばマネキンにインチキ衣裳着せたようなものだ。
陶磁印六顆を紹介する (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
今となっては後悔もして居るが、その時は青年の客気かくきで、女一人のむくろを横たえる位の事は何んとも思っては居なかった——
死の予告 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
妖怪変化は、そのまま葬っては、幽冥界から再び帰ってくるおそれがある。まず皮を剥いで取って置き、むくろは油をかけて焼いてしまえ、これ者共。
純情狸 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
数日にしてこの不可思議な詩人は終に冷たいむくろとなった。葬儀の時坪内先生の弔文が抱月氏か宙外氏かによって代読されたことを記憶しておる。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
さらすう分間ぷんかんまゝわすられてたならばかれとき自分じぶんほつしたやうにつめたいむくろから蘇生よみがへらなかつたかもれなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
彼は石盤のような顔色になり、紫色になった唇は泡をブツブツやって、——たった五分前までは生きていた彼のからだは、恐ろしいむくろになっていた。
すべて世の交際まじらひを避けおのがわざを行はんためその僕等と共にとゞまりてこゝに住みこゝにそのむくろを殘せり 八五—八七
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
四郎左衛門の投げ附けた首を拾つた上野と一しよに、下津が師匠のむくろかたはらへ引き返す所へ、横山も戻つて来た。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
したが、マンチュアへはあらためて書送かきおくり、ロミオがおやるまでは、ひめ庵室あんじつにかくまっておかう。不便ふびんや、きたむくろとなって、死人しにんはかなかうもれてゐやる!
宮のむくろよこたはりし処も、又はおのれ追来おひきし筋も、彼処かしこよ、此処ここよと、ひそかに一々ゆびさしては、限無かぎりなおどろけるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
さうしてうす黄色く濡れた糸をくるくると枠にまくと几帳が無惨にほごされてしまひに西にしどつちの形したむくろがでる。それを兄は餌箱にいれて釣り堀へとんでゆく。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
うむ、捜神記そうしんきか何かで読んだぞ、万一轆轤首のむくろを見つけた時、その骸を即刻別の場所へ移しておくがよい、首が骸を移されたのを知れば、恐れあえいで、三たび地を
轆轤首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
君がたに命がけで活躍してもらいたいことはもちろんだが、しかし一方において、私としては、ここにいる君がたのうちの一人でもを、冷たいむくろにするに忍びない。
火星兵団 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この憎むべき矢に射貫いぬかれた美しい暖い紅の胸を、この刺客の手にたおれたあわれな柔かい小鳥のむくろを。
少年・春 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
と、思うと、仇敵とも、敵とも、感じようのない、みじめな牧のむくろの前に立って、何んのために——何うして、ああまで一家が、苦労したのか、判らなくなってしまった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
盛んな通夜が二晩、今日は午前から邸内最後の読経どきょうと焼香が行われ、正午頃には雪子さんのむくろを納めた金ピカの葬儀車が、川手家の門内に火葬場への出発を待ち構えていた。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それからのわたくしはただ一たましいけたきたむくろ……丁度ちょうどむしばまれたはなつぼみのしぼむように、次第しだい元気げんきうしなって、二十五のはるに、さびしくポタリと地面じべたちてしまったのです。
夫人の語るところによれば、キャプテン深谷氏は昨夜ゆうべもあの奇妙な帆走セイリングに出掛けたと云う。そして今朝はもう冷たいむくろとなって附近の海に愛用のヨットと共に漂っていたのだ。
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
彼のむくろはすでに苛酷ににじんだ苦悩は去ってセラフの哀悼歌が人々の心に悲しくこだました。
地図に出てくる男女 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
そが上にしるされたる妖術ようじゅつを解かんとて、竜のむくろを道より押しのけ、勇を鼓してやかたの白銀の床を踏み、楯のかかれる壁へ近づきけるに、楯はまことに彼の来たり取るを待たずして
または煙突が崩れてゐたり小屋や小さな物置が壓潰おしつぶされてゐたり、そして木立や林が骸骨のやうになツて默々としてゐる影を見ては、つい戰場に於ける倒れた兵士のむくろを聯想する。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
堅いむくろとなって横わっている自分の前では、もう一人のこれも自分には違いない自分が、厭な辛いことを健気けなげにも最後まで忍び、雄々しい生涯を終った自らを、感歎し、賞揚し追慕して
地は饒なり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
あの獣臭いむくろだけを私に残しておいて、いずこかへ飛び去っておしまいになり、そのうえご自分の抜骸ぬけがらに、こんな意地悪い仕草しぐさをさせるなんて、あまりと云えば皮肉ではございませんか。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そうして多くの信徒の興奮と感激との間に、当の本人は霊魂のみを大神おおかみに召されて、若いむくろを留めて去ったのである。およそ近代の宗教現象の記録として、これほど至純なる資料はじつは多くない。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「宮崎、やろうぜ、どうせ、階級戦線にむくろを曝す吾々だ」
十姉妹 (新字新仮名) / 山本勝治(著)
お前のそのつもりつもったむくろが、豊饒な土壌をつくり
落葉 (新字新仮名) / 木村好子(著)
こえなきむくろひとだかり、もだ冷笑ひやわらひ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
わがむくろは今ぞ
佐藤春夫詩集 (旧字旧仮名) / 佐藤春夫(著)
しるしなきにはあらずかし、御身のむくろく消えて、賤機山に根もあらぬ、裂けし芭蕉の幻のみ、果敢はかなくそこに立てるならずや。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
枕をならべて討死した扈従こじゅうの面々のむくろをあわれと見やりながら、ついにそれらの者の死を生かし得ない刻々に取り巻かれて、信長もついに
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
巌岩いその上に生ふる馬酔木あしびを」と聞えたので、ふと、冬が過ぎて、春もけ初めた頃だと知った。おれのむくろが、もう半分融け出した時分だった。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
青い水をしずかにひらいて、いのちのないむくろを受け取り、それを静寂な海の花園に横たえるために、ゆるやかに、ゆるやかに、おし沈めてゆく……
墓地展望亭 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
死の花嫁は、斯うして新聟の家へ、冷たいむくろとなって担ぎ込まれたのです。店先には行列に付いて来た、盛装の人たち。
抱き合ったままのいたましいむくろを守りながら、折からの上げ潮を乗り切って漕ぎに漕ぎつ、急ぎに急ぎつ、さしかかったのは大川名打ての中州口なかすくちです。
呟きながら十平太は東の空を振り仰いだが、「今頃むくろは晒されていようぞ。ああもう頭領とも逢うことが出来ぬ」
私はこれで一先ひとまず居士追懐談の筆をめようと思う。私は今でもなお、居士の新らしいむくろの前で母堂の言われた言葉を思い出すたびに、深い考に沈むのである。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
彫像にはアポロン、アテナ、アレスの三神がその父ゼウスの傍にありてフレーグラの戰ひ(地、一四・五五—六〇參照)に死せる巨人等のむくろを見る状をあらはせり
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
そして、胃袋を開いて細かに検すると、青虫のむくろがその山女魚や岩魚の胃袋にも、数多く入っていた。
莢豌豆の虫 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
意地悪く評せば、せっかく御苦労様というより仕方のない能書のむくろを書き出すまでである。
現代能書批評 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
手を放すと、肥満した女のむくろが、朽木くちきのように、自分の足もとに倒れたことを知りました。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)