馴染なじみ)” の例文
寒山拾得の出来損いだろうなんぞと悪口を叩かれるので、最初から、弁信、米友でございと名乗ってしまえば、お馴染なじみは極めて多い。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
話し手の方の青年は馴染なじみのウエイトレスをぶっきら棒な客から救ってやるというような表情で、彼女の方を振り返った。そしてすぐ
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
さく年の初夏しよか兩親れうしんの家から別居べつきよして、赤坂區さかく新町に家を持ち、馴染なじみのその球突塲たまつきばとほくなるとともにまたほとんどやめたやうなかたちになつた。
文壇球突物語 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
この界隈の踊り場には、地つきの商店の子弟が前垂まえだれを外して踊りに来る。すこし馴染なじみになった顔にたまたま小初は相手をしてやると
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
二人の刑事の顔、壮平爺さんの嬉しそうな顔、そしておさ馴染なじみの清子の無邪気むじゃきな顔、——それが見る見るあでやかな本牧の女の顔に変る。
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そのうちに馴染なじみの芝居茶屋の若い者や劇場の出方でかたなどが番附を配って来る。それは郵便のように門口かどぐちから投げ込んでゆくのではない。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
旅で馴染なじみを重ねた人々にも別れを告げて、伊豆の海岸を離れて行くお種は、来た時と帰る時と比べると、全く別の人のようであった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
をさな馴染なじみの小池といふ畫家を、(その畫家が東京から大阪ゆきの汽車に乘つてゐる姿を、)夢みるやうに、空想する場面である。
「鱧の皮 他五篇」解説 (旧字旧仮名) / 宇野浩二(著)
自宅うちにいると皮肉やで毒舌で、朝から晩まで女房に口小言をいっている藤木さんも、アンポンタンには馴染なじみ深い面白い大人だった。
粒選つぶよりの仲居たちで、たいていもう馴染なじみであったが、そのなかの一人が、保馬の顔を見てあっと声をあげ、袂でさっと顔をおおった。
いしが奢る (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
以前は私共のお馴染なじみであった、若い盲唖学校の生徒が、松村の肩につかまって、しきりと何か、持前のお喋りをやっているのであった。
二銭銅貨 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかし大深はタッタ一度の馴染なじみなもんだから愛子の近眼に気付いていなかったし、愛子の方も、そんな事までは打明けなかったんだね。
近眼芸妓と迷宮事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
これで当人はわたし江戸えどっ子でげすなどと云ってる。マドンナと云うのは何でも赤シャツの馴染なじみの芸者の渾名あだなか何かに違いないと思った。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これ遊女あそびめタイデなり、いたく心にかなへりやと問へる馴染なじみの客に答へて、げにあやしくとこそといへるはかれなりき 一三三—一三五
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
小夜子はあまりお馴染なじみでもない座敷だと、少しサアビスをしてから、息ぬきに銀座辺へタキシイを飛ばすこともまれではなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
こうした色々な感じは、わたしには馴染なじみの深いもので、あなたの論文にしても、わたしはなんだか覚えがあるような気持で読みました。
「ナニ、長崎以来のこと? それはもう、そなたもくりかえし申されたとおり、古い馴染なじみじゃ。さまざまのことがあろうなあ——」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
みぎ車麩くるまぶのあるのをつけて、おかみさんと馴染なじみだから、家内かないたのんで、ひとかゞり無理むりゆづつてもらつたので——少々せう/\おかゝをおごつてた。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
家の方は、S(略称「バラさん」という)父、寿江、私とお馴染なじみの看護婦のお母さんが来ていてくれるので私は本当に安心していられる。
かれはその三日前ばかりから、湯田中に流連ゐつゞけして、いつもの馴染なじみを買つて居たが、さて帰らうとして、それに払ふべき金が無い。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
あまつさえ大阪より附き添い来りし巡査は皆草津くさつにて交代となりければ、めてもの顔馴染なじみもなくなりて、きが中に三重県津市の監獄に着く。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
ほとんど毎日遊びに来、社員のべてと馴染なじみになってしまったのであるが、井谷の娘とは特に仲が好くて「光ちゃん光ちゃん」と呼んでいた。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いつもひとり往って弾きもし歌いもすることになっている。老女歌野うたの、お部屋おたつの人々が馴染なじみになって、陸を引き廻してくれるのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
はいって来ると、ここの白粉おしろいの女と馴染なじみと見えて、奥の上がりがまちに思い思いに腰をすえて、勝手な冗談口を交わしはじめる。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
応仁の乱れが始まって以来の東奔西走で、古い馴染なじみを訪ねる暇もなかったのである。自分としては戦乱にはもう厭々あきあきしている。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
此のたびお聞きに入れまするは、業平文治漂流奇談と名題なだいを置きました古いお馴染なじみのお話でございますが、何卒なにとぞ相変らず御贔屓ごひいきを願い上げます。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「いえ。そうじゃ御在ません。」と宗吉はたもとから珠数を取出しながら、「先生だからおはなし申しますが、実は以前馴染なじみの芸者で御在ます。」
あぢさゐ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
馴染なじみの女の格子先を、二三軒ならず冷かして廻つたことは、市五郎の口から何んの隱すところなく、ブチまけられたのです。
そうしてあとにはまだこの土地に馴染なじみのない他所者よそものの別荘番が残って、村人からも忘れられたように、ひっそりと暮らしているきりです。……
朴の咲く頃 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
奈良、大和路やまとじ風景は私にとっては古い馴染なじみである。あたかも私の庭の感じさえする。さてその風情ふぜいの深さも、他に類がない。
枕頭まくらもとには軍医や看護婦が居て、其外彼得堡ペテルブルグで有名なぼう国手こくしゅがおれのを負った足の上に屈懸こごみかかっているソノ馴染なじみの顔も見える。
ひとほうけとやら、こんな場合ばあいには矢張やは段違だんちがいの神様かみさまよりも、お馴染なじみみの祖父じじほうが、かえって都合つごうのよいこともあるものとえます。
我国の店先きでお馴染なじみのいろいろな品が、沢山並べてあったが、恐らくこれはこの博物館の出品物と、交換したのであろう。
結局お前が顔を出せば当らず障らずだろうと思う。お前は松浦さんと去年からの馴染なじみだから、そのしゅうとさんを見舞いに行く分には差支えあるまい
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
数年前の大杉と少しも違わない大杉であった。そのあとから児供こどもを抱いて大きなおなかの野枝さんと新聞の写真でお馴染なじみの魔子ちゃんがついて来た。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「若い人はいやな役だと迷惑がるからね。やはり昔馴染なじみの者は気心が双方でわかっていてどんなことでもしてもらえるよ」
源氏物語:22 玉鬘 (新字新仮名) / 紫式部(著)
夢だったのに違いない。公園の森を通り抜け、動物園の前を過ぎ、池をめぐって馴染なじみの茶店にはいった。老婆が出て来て
乞食学生 (新字新仮名) / 太宰治(著)
知られる樣になる斯の如くして馴染なじみが出來るとくづを買求かひもとめらるゝなりさうさへすると先々で何時いつものくづ屋さんがきたから最早申刻なゝつどきならん夕膳ゆふぜんの支度を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
昔から写真でお馴染なじみの大正池の眺めではなくて、恰度ちょうどその時雲の霽間はれまにその全貌ぜんぼうを現わした焼岳の姿と色彩とであった。
雨の上高地 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「というのは他でもない。おれとお前とは二年越し、馴染なじみを重ねた仲だのに、あんまり心持ちが判らなさ過ぎるからよ」
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
気の置けさうにない連中れんぢゆうだが、まだ馴染なじみが浅いので食堂で顔を合すばかり、僕は相かはらず二等室へ出掛けて日をくらして居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
轟然ごうぜんと飛ぶが如くに駆来かけきたッた二台の腕車くるまがピッタリと停止とまる。車を下りる男女三人の者はお馴染なじみの昇とお勢母子おやこの者で。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
定宿と云っても、云うほど深い馴染なじみでもない。本藩の下屋敷に出向かなくなって以来のことだ。ここまで来ると、往来は目立ってはげしくなった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
拙者せつしやふるくから此石とは馴染なじみなので、この石の事なら詳細くはししつて居るのじや、そもそも此石には九十二のあながある、其中のおほきあなの中にはいつゝ堂宇だうゝがある
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
「折角おきぬさんともお馴染なじみになったのに、そのうち引越さなきゃならないなあ。いつまでもおかみさんに迷惑をかけているわけには行かないし。」
早春 (新字新仮名) / 小山清(著)
私はこの昔馴染なじみを思い出すごとに、いつでも決まって忘れ得ぬ留萌の不思議な一夜を思い出さずにはいられなかった。
生不動 (新字新仮名) / 橘外男(著)
島原の狭い町をぬけて南風楼なんぷうろうについたのが六時まえ、老女将じょしょう初め昔馴染なじみで、商売離れての手厚いもてなしに旅の心がどれほどくつろいだことであろう。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
ところが、白旗氏には今また、もう一人、船橋あたりにお馴染なじみの女があって、三日にあげず体じゅうに香水をふりかけては出かけて行くのであった。
気に入ったお馴染なじみの題目のいくつかは、その紙面からずっと浮き出して見えた。そしてその活字のかげに、古い城だの、あおい湖だのの姿が揺曳ようえいしていた。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
そうして相手が気のつかないように、そっとポケットへ手巾ハンカチをおさめた。それは彼が出征する時、馴染なじみの芸者に貰って来た、ふちぬいのある手巾ハンカチだった。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)