あらわ)” の例文
旅団参謀は血肥ちぶとりの顔に、多少の失望を浮べたまま、通訳に質問の意を伝えた。通訳は退屈たいくつあらわさないため、わざと声に力を入れた。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そうして私達の不和ももうどうにもならないところまで行っているのをその事でお前にあらわに見せつけられたような気がしたのだった。
楡の家 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それが、その時の私達には、ベッドの上に横になる勇気さえなかったのだ。着物を脱いで、肌をあらわすことなど思いも及ばなかった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
屏風びょうぶの上へ、肩のあたりがあらわれると、潮たれ髪はなお乾かず、動くに連れて柔かにがっくりと傾くのを、軽く振って、根をおさえて
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
十六世紀にレオ・アフリカヌスが著した『亜非利加紀行デスクリプチヨネ・デル・アフリカ』に婦女山中で獅に出会うた時その陰をあらわせばたちまち眼を低うして去るとある。
翠緑みどり眼醒めんばかりの常磐樹ときわぎが美しい林間の逍遥路を作り、林泉の女神の彫刻の傍にはいずれが女神と見紛う真っ白な肌もあらわ
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
されどもはたらき目だちて表にあらわれたるはかへつていやしき処あり。内にはたらきありて表ははたらきなきやうなるが殊にめでたきなり。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
花中かちゅう多雄蕊たゆうずいと、細毛さいもうある二ないし五個の子房しぼうとがあり、子房は花後にかわいた果実となり、のちけて大きな種子があらわれる。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
内密の日記を読んできかして、一種の輝きを帯びたあらわな眸で、彼の方を、じっと窺っている彼女の心を、彼はどう取っていいか分らなかった。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
……なべて、美人の美の、真をあらわに見ようとなれば、悩ませてみるか、泣かせてみるか、呵責かしゃくしなければ見えてまいりませぬ
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「先生は、小さくて可愛いいんですのネ」彼女は肥ったあらわな二の腕を並行にあげて、取って喰うような恰好かっこうをしてみせた。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
谷の下手には純ピラミッド形の針木岳が全容をあらわし、上手には五色ヶ原から流れ落ちる水が数条の瀑布をかけ連ねている。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
遮莫さまらばれ、重ねて云ふが私の全作品はことごとく旧東京への愛情と云ふか、挽歌と云ふかその以外にはなく、さうしてその最もあらわな集成が、此である。
「東京恋慕帖」自序 (新字旧仮名) / 正岡容(著)
春夏秋の怠りもまた冬になるとあらわれるのである。池水がよごれて居れば氷が美しく見えない。木の掃除が行きとどいてゐなければ枯葉を乱すおそれがある。
冬の庭 (新字旧仮名) / 室生犀星(著)
この穴から右へ行く内に列石の見事にあらわれたのがあった。口絵に挿入してあるのは別の所のであるが、形においては同様だ。石の高さは二尺余、奥行七八寸。
周防石城山神籠石探検記 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
とが/\しきに胸を痛めて答うるお辰は薄着の寒さにふるくちびる、それに用捨ようしゃもあらき風、邪見に吹くを何防ぐべき骨あらわれし壁一重ひとえ、たるみの出来たるむしろ屏風びょうぶ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
残夢これを見て彼は義経公の旗持ちだったというと、福仙もまた人に向って、残夢は常陸坊だと告げたともいうが、そんな事をすればあらわれるにきまっている。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
夫の目を忍びて小説家某と密通し、事のあらわれんとするや姦婦姦夫ともに為すところを知らず、人跡断えたる山中の一ツ家に隠れ、荒淫幾日、遂に相抱いて縊死いしす。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
内臓が、そっくりそのまま腹の甲にのってあらわれる。そこで第一に胆嚢と膀胱とを除き去らねばならない。もしこれを傷つけると、到底食い物にならないからだ。
すっぽん (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
康子が川の中にあらわれている岩の頭を飛び飛びに越して来るとき、清三は手を貸そうとした、康子は軽くそれを拒んだ、もちろん清三の親切を拒んだのではない
須磨寺附近 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
何ぞこの堅城を彼らに譲り野外防禦なきの地にたちて彼らの無情浅薄狭量固執の矢にこの身をあらわすべけんや
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
ということは、前にいった、あらわにそれを模倣する店の一、二軒といわず続いてあとから出来た奴である。
雷門以北 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
容色だけ一寸美しく見える事もあるが、真に内から美しいのか、偶然目鼻立が好いのかはすぐあらわれる。
(新字新仮名) / 高村光太郎(著)
革の美しさはもとより、漆塗の色、刺し方の術、組紐くみひもの技、間然かんぜんする所がありません。特に籠手のようなものは、革の性質から生れた形の美しさが、あらわであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
水は崖の下にむせんでいた。水色の夜の空は、白い建物の間からあらわれ出て、星は穿うがたれた河原の小石のように散っている。瓦や亜鉛の家根やねの上を月の光りが白く照した。
薔薇と巫女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
美しくゆひ上げたるこがね色の髪と、まばゆきまで白きえりとをあらわして、車の扉開きしつるぎびたる殿守とのもりをかへりみもせで入りし跡にて、その乗りたりし車はまだ動かず
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
アグネスは丈が高く胸が張って体全体に男の子のような感じがあるが、でも笑う時は笑くぼや眼の輝やきや、優しい歯並らびがあらわれて本当に可愛いい少女の容貌になる。
母と娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
あらわには云い得ず、暗に匂わす彼女の苦しさの歪みかと解することも出来れば、また一方どこかで、自分に衝って来ている角の鋭さも感じられ、矢代は返答に窮して黙っていた。
旅愁 (新字新仮名) / 横光利一(著)
平野を流れる利根とねなどと違い、この川の中心は岸のどちらかに激しく傾いている。私達は、この河底のあらわれた方に居て、溝萩みぞはぎの花などの咲いた岩の蔭で、二時間ばかりを過した。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
上野の猟夫が次第に深山に入り、この山の特殊の山容によりてかく呼びしにあらざるか、この山の地図にあらわれたるものは、明治二十一年刊行農商務省地質調査所の日光図幅なりとす
平ヶ岳登攀記 (新字新仮名) / 高頭仁兵衛(著)
旋条がかなり磨滅し、撃鉄や安全環はニッケルが剥落して黒い生地きじあらわし、握りの処のエボナイトの浮彫うきぼりも、手擦れで磨滅してしまっている。少くとも十年以上使用したものである。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
悄気しょげた風を見せまいと一層心を励まして顔に笑いを出そうとしていると、長田は、ますます癖の白い歯を、イーンとあらわしてなぶり殺しのとどめでも刺すかのように、荒い鼻呼吸をしながら
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
ひでりつづきの時は、水がれて、洲があらわれるし、冬になれば、半分ほども水が落ちるというのに、今までの雨つづきで、水は、かさにかかって、蜥蜴とかげ色に光りながら、はやり切って流れている。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
しかししまりはよさそうゆえ、絵草紙屋の前に立っても、パックリくなどという気遣きづかいは有るまいが、とにかく顋がとがって頬骨があらわれ、非道ひどやつれているせいか顔の造作がとげとげしていて
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼の顔は、初めの挨拶の時は極めて他処よそ行きであったが、進んで、ツシタラが彼等の獄中での唯一の友であったことを語る段になると、急に、燃える様な純粋な感情をあらわしたかに思われた。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
自分で合点の行かぬほど気がひるんだ、何でも今が、恐ろしい秘密のあらわれ来る間際に違いない、人生に於ける暗と明との界であろう、先生の此の次の言葉が恐ろしい、恐ろしいけれど又待ち遠い
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
周囲が団栗どんぐり丈較せいくらべだから、すぐに頭角をあらわす。優良若旦那の好一対、お神酒徳利として認められたのはつとにこの頃からだった。調子に乗って、手張りも熾んにやったが、大きな損はしない。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
公然の秘密と言うよりも寧ろ公然の公けとして醜体をあらわす者こそ多けれ。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
松山に渡った一行は、毎日編笠あみがさを深くして、敵の行方ゆくえを探して歩いた。しかし兵衛も用心が厳しいと見えて、容易に在処をあらわさなかった。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
船室にりて憂目うきめいし盲翁めくらおやじの、この極楽浄土ごくらくじょうど仏性ほとけしょうの恩人と半座はんざを分つ歓喜よろこびのほどは、しるくもその面貌おももちと挙動とにあらわれたり。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
笑って取り合わなかったが、いよいよもって油紙に火のついたように、髪を逆立てて太腿ふとももあらわにじだんだ踏んで眼をつるし上げた。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
病気がだいぶよくなった隆吉は、背を円くして日向の縁側に蹲まりながら、あらわな鋭い眼付をして周平の方を見上げた。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
川長のおよねは、猿轡さるぐつわをかけられてやぶの中に横伏せとなったまま、もがき疲れたか、はぎあらわにグッタリとしていた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
成程なるほど戸浪三四郎の向いには、桃色のワンピースに、はちきれるようにふくらんだ真白な二の腕もあらわな十七八歳の美少女が居て、窓枠に白いベレ帽の頭をもたせかけ
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その真下よりはや上手に当って、四、五丈の瀑が全容をあらわしながら、白く懸っているのがのぞまれた。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
御迷惑かけてはすみませぬ故どうか御帰りなされて下さりませ、エヽ千日も万日も止めたき願望ねがいありながら、とあとの一句は口にれず、薄紅うすくれないとなって顔にあらわるゝ可愛かわゆ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
事に臨んで身をかくすに妙で、虎巧みにその身を覆蔵すと仏経に記され、〈虎骨甚だ異なり、咫尺しせき浅草といえども、能く身伏しあらわれず、その虓然こうぜんたる声をすに及んで
陸中江刺えさし黒石くろいし正法寺しょうぼうじで、石地蔵が和尚に告げ口をしたために常陸かいどうの身の上があらわれた。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
あらわになった彼女の象牙色の肉が盛り上る其処そこには可愛らしいジャンダークのたて刺青いれずみしてある。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
準平は平素県令国貞廉平くにさだれんぺいの施設にあきたらなかったが、宴たけなわなる時、国貞の前に進んでさかずきを献じ、さて「おさかなは」と呼びつつ、国貞にそむいて立ち、かかげてしりあらわしたそうである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)