あら)” の例文
しばらくして彼は、葉が褐色に枯れ落ちている屋根に、つるもどきの赤い実がつややかにあらわれているのを見ながら、家の門を出た。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
ことあらわれ夫おそれて妻を離縁したと載せ、スプレンゲルはある人鬼がその妻を犯すを、刀をふるうて斬れども更に斬れなんだと記す。
(いゝえたれりはしませんよ。)とましてふ、婦人をんな何時いつにか衣服きものいで全身ぜんしん練絹ねりぎぬのやうにあらはしてたのぢや。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
その末期まつごの思ひに、われとわが罪をあらはし、思ふ事包まず書残して後の世の戒めとなし、罪障懺悔のよすがともなさむとて、かくなむ。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その一等端は桑畑になつて、そこいらまではどこか町中の通りらしく平坦な道路は、急に幅もばまり、石ころが路面にあらはれてゐた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
お鳥は膝頭ひざがしらあらわにしたまま、「重吉、お前はあたしの娘では——腰ぬけの娘では不足なのかい?」と毒々しい口をきいたりした。
玄鶴山房 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そろいの着物なども出来あがり、壁には花笠や山車だしの花がかかって、祭りの近づいているけしきはどの家を眺めてもあらわであった。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
彼女はたけ長いけた髪に小さい青白い花をさして、それを光りある枕の代りとし、豊かなき毛はさらにあらわなる肩を包んでいます。
私は顔があかくなった。私の眼の前には、チェリーの真白なムチムチ肥えたあらわな二の腕が、それ自身一つの生物せいぶつのように蠢動しゅんどうしていた。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そのうち夕方になると、彼女は背負いかごを背にし、あらわな両腕を組み、少し前かがみになって、たえず談笑しながら立ち去っていった。
木の皮の織物 余韻の歌謡 雑木の彫刻 それら皆あらわなままに 虐げられたアイヌ人種の生み成せる まことに尊い芸術である
郷土 (新字新仮名) / 今野大力(著)
「荒布橋」とか、「岡田君の日記」とか、「六月の夜」の一部分とかになると、其所そこに手荒で変に不調和なものがあらわれているようです。
木下杢太郎『唐草表紙』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
たちまち、侯成の衣は破れ、肌があらわれた。その肌もみるみるうちに血を噴いて、背なか一面、斑魚はんぎょうろこのようにそそけ立った。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たとへば敵の毛羽艶やかに峨冠がくわん紅にそびえたる鶏の如く、此方こなたは見苦しき羽抜鳥の肩そぼろに胸あらはに貧しげなるが如くであつたが
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
現実界に触れて実感をると、他愛もなくげて了う、げて木地きじあらわれる。古手の思想は木地を飾っても、木地を蝕する力に乏しい。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
これを掩いあるいはあらわす前景は、白檜であり椈であり、枯木であり、花とまがうサルノオガセである。小屋は遠くなかった。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
この時到らば教壇に立つ人、面皮めんぴ厚きフィレンツェの女等の、乳房ちぶさと腰をあらはしつゝそとに出るをいましむべし 一〇〇—一〇二
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
しかし、そういう物の一つも見えない水平線の彼方に、ぽっとあらわれて来た一縷いちるの光線に似たうす光が、あるいはそれかとも梶は思った。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
木々の枝を透いてあちこちのくぎづけになった別荘があらわに見えて来ますが、日向さんのところはいつも締まっていて、ひっそりとしています。
朴の咲く頃 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
暑いのか彼女は足を布団の上にあげ、病的にむっちりと白い腕も袖がまくれてあらわに布団の上に投げていた。むごたらしくも情慾的な姿だった。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
だが、この可憐なエゴイストはきに寝息を立て始めた。そして眠りが蒲団を引被っていた手をゆるめると、京子の顔は蒲団からあらわに出た。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
胸をあらわにびっくりした目つきをしてその見知らぬ男をこわごわながめながら、低く田舎いなか言葉で「どろぼう」とつぶやいた。
そのためかえつて中身の空つぽさや不親切さがあらはになつて、見てゐる方ではらはらさせられるやうな気味があるやうです。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
黄金色きんいろの飾りをしたコルセット、肩から胸まで真白な肌があらわれ、恰好のよい腰の下に雑色のスカートがぱっと拡がると
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
校長は肱枕ひじまくらをして足を縮めていびきをかいているし、大島さんは仰向あおむけに胸をあらわに足をのばしているし、清三は赤い顔をして頭を畳につけていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
春の最初のスズメ! 一年は前よりもさらに若い希望ではじまるのだ! 半ばあらわになった湿った野のうえに聞えるアオコマドリ、ウタスズメ
「人は天地陰陽の気を受けて、魂魄を納めている、もしその陽が衰えて陰が盛んになれば、その色がたちまち表にあらわれるが、本人には解らない」
碧玉の環飾 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
病に頬の肉が落ちてからその眼は平素よりも大きくなっていた、そしてその清く澄んだ黒目の輝きがあらわになっていた。
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
髪を三つ輪に結って、総身をお召の空色のマントに包み、くッきりと水のしたたるような鮮やかな美貌びぼうばかりを、これ見よがしにあらわにして居る。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
つるが長く/\延びて居た。この辺へも、人はどよみをつくつて居る。大きな乳房の胸をあらはに一人の女が店頭みせさきに、壜詰びんづめの酒を日に透して見て居た。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
感情は内にめて置いてあらわに出さずにその感情の上に立って客観写生をせよという意味であります。この方法で何十年間か過してまいりました。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
れの徳義とくぎは——「かくすよりあらはるゝはなし」——へれば——「外見ぐわいけんかざるな、いく體裁ていさいばかりつくろつても駄目だめだ、かはづぱりかはづさ」
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
れた西の空には、真黒に針葉樹を鎧うた七面山の尨大な山容が望まれ、行手には天子山脈の天子ヶ岳が尖った頂上を徂来する雲の間からあらわして
春の大方山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
彼は手首をあらはにして、私の方に差し出した。血のは頬からも唇からも失せて、だん/\蒼ざめてゐた。私はどうしていゝかこうじ果てゝしまつた。
〔譯〕前人は、英氣えいきは事をがいすと謂へり。余は則ち謂ふ、英氣は無かる可らず、圭角けいかくあらはすを不可と爲すと。
あらわなお尻を振りながら。昇り尽して頂上に立った時、突然、三人の口から、びっくりする様な叫び声が爆発した。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この「人言を」の歌は、皇女が高市皇子の宮に居られ、ひそかに穂積皇子に接せられたのがあらわれた時の御歌である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
木深いためではなく、あらはに見ゆる山の肌が黒いので、愛鷹の峰とちがつて何となく寂しく寒く眺められてゐた。
村住居の秋 (新字旧仮名) / 若山牧水(著)
異境につちかわれた一輪の花の、やはり、実を結びがたいなやみとはかなさがあらわにあらわれていて、ぼくには如何いかにも哀れに、悲しい夢だとおもわれたのです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
その叢の蔭の方には、古い僧院の崩れた跡があって、浮彫の円柱や、壊れた門や、壊れた廻り廊下や、破れた窓などが悲惨な姿をまざまざとあらわしていた。
と、その乾いた唇がたるんで、再びあらわれた歯を見ると、濃厚なぬらぬらした鳶色の粘液が一杯にかぶさっていた。
青蠅 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
薄給の家庭教師ででもあろうかと思われる、せた、醜い女である。竿さおのように真っ直な体附きをして、引き詰めた束髪の下に、細長いくびあらわしている。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
夫人は髪の毛にこてをかけ、雀の巣のようなモヤモヤの中から雪白の歯をあらわしているが、著物は支那服で……
幸福な家庭 (新字新仮名) / 魯迅(著)
するとAとEも、そつちの方が道順だつたので、一緒に加はる事になつた。それで私はあらはに、彼等に対する不快を、放散させる事が出来なくなつて了つた。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
つまり、自分という人間との交渉を、できるだけあらわなかたちにしたくないと警戒ばかりしているのである。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
焼岩の大きな割れ目の内部は、光沢つやうるわしい灰青色の熔岩があらわれている、三島岳つづきの俵岩たわらいわの亀裂せる熔岩塊と、すれすれによじ登ったが、ベエカア山や
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
検屍官は更にテーブルのはしへ廻って、死体のあごから頭の上にかかっている絹のハンカチーフを取りはずすと、咽喉いんこうがどうなっているかということがあらわれた。
ホールボーリン岬の北に、陸がずっと続いていて、潮が低いので、長く延びた黄ろい砂地をあらわしていた。
本名は川島金之助といってある会社の株式係をしていたがつかい込みの悪事があらわれて懲役に行ったのである。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
男はみな跣足はだしで、薄い鼠色の着物をきて、胸のあたりをあらわに見せていた。それにつづいて、水色のうすものを着た八人の女が唐団扇とううちわのようなものを捧げて来た。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)