銀杏返いちょうがえ)” の例文
僕は巻煙草をふかしながら、唐桟柄とうざんがらの着物を着た男や銀杏返いちょうがえしに結った女を眺め、何か矛盾に近いものを感じない訳には行かなかった。
本所両国 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
火がぱっと燃えると、おとよさんの結い立ての銀杏返いちょうがえしが、てらてらするように美しい。省作はもうふるえが出て物など言えやしない。
隣の嫁 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
肩を絞って、胸をらすと、はるかに打仰いだ顔はややあおく、銀杏返いちょうがえしのびん引戦ひっそよいで見える。左の腕に多津吉の外套がいとうを掛けていた。
此のお客さんは銀杏返いちょうがえしですものね、——ですけど、肉附きや、体の恰好など、似ていたと思えばそんな気もしますけれど……
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
襟のかかった渋いしまめしに腹合わせ帯をしめて、銀杏返いちょうがえしにって居る風情ふぜいの、昨夜と恐ろしく趣が変っているのに、私はず驚かされた。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
薄い毛を銀杏返いちょうがえしに結って、半衿はんえりのかかった双子ふたこの上に軟かい羽織を引っかけて、体の骨張った、血のの薄い三十七、八の大女であった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
便所臭い三等車の隅ッこに、銀杏返いちょうがえしのびんをくっつけるようにして、私はぼんやりと、山へはいって行く汽車にゆられていた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「うむ、知っておった。秘伝ひでん銀杏返いちょうがえし——イヤナニ、其方そちの知ったことではないが、この丹波、ちゃんと見ぬいておったぞ」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ここの別当橋立寺とかねて聞けるはこれにやと思いつつ音ない驚かせば、三十路みそぢあまりの女の髪は銀杏返いちょうがえしというに結び、指には洋銀の戒指ゆびわして
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
作は時ならない払塵はたきの音を聞きつけて、梯子段はしごだんから銀杏返いちょうがえしの頭を出した。僕は彼女に書架の一部を雑巾ぞうきんで拭いてもらった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこにたたずんだ容姿すがたをちらと見ると、蒼ざめた頬のあたりに銀杏返いちょうがえしのびんの毛が悩ましくれかかって、赤く泣いた眼がしおしおとしてうるんでいる。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
水番というのか、銀杏返いちょうがえしに結った、年のけたおんなが、座蒲団を数だけ持って、先に立ってばたばた敷いてしまった。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
銀杏返いちょうがえしに大きな桜の花簪は清ちゃんの姉さんとお揃いで襟には色染めの桜の手拭を結んでいた姿は深く眼に残った。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
お妾は抜衣紋ぬきえもんにした襟頸えりくびばかり驚くほど真白に塗りたて、浅黒い顔をば拭き込んだ煤竹すすだけのようにひからせ、銀杏返いちょうがえしの両鬢りょうびん毛筋棒けすじを挿込んだままで
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
安行父子おやこが今やここのかどを通ると、丁度ちょうど出合頭であいがしらに内から笑いながら出て来た女があった。年は二十二三でもあろう、髪は銀杏返いちょうがえしの小粋なふうであった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
主人夫婦の外には二十二、三の息子らしい弱そうな脊の高い男と、それからいつも銀杏返いちょうがえしにうた十八、九の娘と、外には真黒な猫が居るようであった。
やもり物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その中に銀杏返いちょうがえしの艶めかしい女客が乗り込んで来たが、老紳士を見より「アラ名和先生じゃございませんか」と言葉をかけた。先生はそれをきいて思い出した。
地震なまず (新字新仮名) / 武者金吉(著)
そこから中座の筋むかい、雁治郎飴の銀杏返いちょうがえしに結った娘さんから、一かん、ゆいわたを締めつけるように買ってきた包のなかから、古典の都市がちらちら介在する。
大阪万華鏡 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
暫くすると、お金の右隣に寝ている女中が、むっくり銀杏返いちょうがえしの頭をもたげて、お金と目を見合わせた。
心中 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
私などは風体が目立って、野暮臭やぼくさいと皆が笑ったでしょうけれど、当人は平気なものでした。髪は銀杏返いちょうがえしが多く、その中に一、二人だけ洋装断髪の人がいました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
そこへ、おおきに、という女の声がし、銀杏返いちょうがえしに結った細面ほそおもての背の高い芸者が入って来た。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
わたしは、そちらにいた時のように、銀杏返いちょうがえしや、島田に髪を結ってはいないのですよ。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私のした本をうで一杯に抱えて、はじけそうな、銀杏返いちょうがえしを見せて振り向きもしないで、町風まちふう内輪うちわながら早足はやあしに歩いて行く後姿なんかを思いながらフイと番地を聞いて置かなかった
秋風 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
イヤ出たぞ出たぞ、束髪も出た島田も出た、銀杏返いちょうがえしも出た丸髷まるまげも出た、蝶々ちょうちょう髷も出たおケシも出た。○○なになに会幹事、実は古猫の怪という、鍋島なべしま騒動をしょうで見るような「マダム」なにがしも出た。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
髪は銀杏返いちょうがえしにって、赤い手絡てがらをかけて、その下に、はちの開いた静脈の透いて見える広い額、飛び出した大きな両眼、平べったい鼻、口には猿轡がはめられ、派出なメリンスの着物の上から
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
明治三十九年美的百姓が露西亜ろしあから帰って、青山あおやま高樹町たかぎちょうきょを定むるともなく、ある日銀杏返いちょうがえしに白い薔薇ばら花簪はなかんざしを插したほおまぶたのぽうとあからんだ二十前後の娘が、突然唯一人でやって来て
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
思いがけなくそこの葭戸際よしどぎわには、銀杏返いちょうがえしのびんがほつれた、まだ頬の色の蒼白いお敏が、気づかわしそうに坐っていました。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「しゃもになさいますか、中肉、それにロースとございますけど」太った銀杏返いちょうがえしの女中はにこにこしてしゃべっている。
貸家探し (新字新仮名) / 林芙美子(著)
写真のお増は、たっぷりした髪を銀杏返いちょうがえしに結って、そのころ流行はやった白いきれあごまで巻きつけて、コートを着ていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
色の浅黒い眉毛まみえの濃い大柄おおがらな女で、髪を銀杏返いちょうがえしにって、黒繻子くろじゅす半襟はんえりのかかった素袷すあわせで、立膝たてひざのまま、さつ勘定かんじょうをしている。札は十円札らしい。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
眉のやや濃い、生際はえぎわい、洗い髪を引詰ひッつめた総髪そうがみ銀杏返いちょうがえしに、すっきりと櫛の歯が通って、柳に雨のつやの涼しさ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
銀杏返いちょうがえしに結った頭髪かみでもせず、黒い衿巻えりまきをして、お召の半コートを着ている下の方にお召の前掛けなどをしているのが見えて、不断のままである。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
女は十九か二十歳はたちぐらい、色白の小綺麗な娘ですが、見るからに野暮な田舎娘のこしらえで、引っ詰めに結った銀杏返いちょうがえしがむごたらしくくずれかかっていました。
半七捕物帳:66 地蔵は踊る (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
発止はっし! 投げた小柄を、植木屋、肘をたてに、ツーイと横にそらしてしまった。柳生流秘伝銀杏返いちょうがえしの一手……銀杏返いちょうがえしといったって、なまめかしいんじゃアない。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
物馴れない純一にも、銀杏返いちょうがえしに珊瑚珠さんごじゅ根掛ねがけをした女が芸者だろうということだけは分かった。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
民子は今日を別れと思ってか、髪はさっぱりとした銀杏返いちょうがえしに薄く化粧をしている。煤色すすいろと紺の細かい弁慶縞べんけいじまで、羽織も長着も同じい米沢紬よねざわつむぎに、品のよい友禅縮緬ゆうぜんちりめんの帯をしめていた。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
文金高島田ぶんきんたかしまだでなくば桃割れ銀杏返いちょうがえしの美人を想像させたものであるが、昨今そういう山の手の住宅区域を歩いてみても琴の音を聞くことはほとんど皆無と言ってもいいくらいである。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
さまざまな玩具おもちゃを手にさげたその中には根下ねさがりの銀杏返いちょうがえしや印半纏しるしばんてんかしらなどもまじっていて、幾艘いくそう早舟はやぶねの音をそろえ、碇泊ていはくした荷舟にぶねの間をば声を掛け合い、しずかうしおに従って流れて行く。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それからチュッチュッと鳴る紅絹裏もみうらの袂、———私の肉体は、凡べて普通の女の皮膚が味わうと同等の触感を与えられ、襟足から手頸てくびまで白く塗って、銀杏返いちょうがえしのかつらの上にお高祖頭巾こそずきんかぶ
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
二人とも銀杏返いちょうがえしに結っています。私一人は長く伸したおかっぱでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
後向うしろむきだったから、顔は分らなかったが、根下ねさがりの銀杏返いちょうがえしで、黒縮緬くろちりめんだか何だかの小さな紋の附いた羽織を着て、ベタリと坐ってる後姿が何となく好かったが、私がお神さんと物を言ってる間
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
それは金助ではない、金公とは似ても似つかぬ一人の女、しかも、小山の揺ぎ出でたようなかっぷくの大女、銀杏返いちょうがえしに髪を結って、縞縮緬しまぢりめんかなにかを着て、前掛をかけている。あきれ果てた主膳は
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
拝殿下はいでんしたから舞台下までは、次第下りに一面むしろを敷きつめ、村はもとより他村の老若男女彼此四五百人も、ぎっしり詰まって、煙草をったり、話したり、笑ったり、晴れと着飾った銀杏返いちょうがえしの娘が
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
じゃこの芳年よしとしをごらんなさい。洋服を着た菊五郎と銀杏返いちょうがえしの半四郎とが、火入ひいりの月の下で愁嘆場しゅうたんばを出している所です。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
銀杏返いちょうがえし、何度も水をくぐった疲れた単衣ひとえ、別にこんな姿で行きたい家もないけれど、とにかくもう汽車は尾道にはいり、肥料臭い匂いがしている。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
毛並のいい頭髪あたま銀杏返いちょうがえしに結って、中形ちゅうがたのくしゃくしゃになった寝衣ねまきに、あか仕扱しごきを締めた姿が、細そりしていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
銀杏返いちょうがえし、襟つきの縞八丈しまはちじょう黒繻子くろじゅすひっかけ帯で、(たけくらべ)を書くような婦人も、一人ぐらい欲しいとは、お思いになりませんか、お互いに……
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しっとりとした容姿すがたをして、なりもつくろわず、不断着の茶っぽい、だんだらの銘仙めいせん格子縞こうしじま袷衣あわせを着て、形のくずれた銀杏返いちょうがえしのびんのほつれ毛をで付けもせず
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
黒襟かけた三すじ縦縞たてじまの濃いお納戸なんどの糸織に包んで、帯は白茶の博多と黒繻子くろじゅす昼夜ちゅうや、伊達に結んだ銀杏返いちょうがえしの根も切れて雨に叩かれた黒髪が顔の半面を覆い、その二
時勢の推移上銀杏返いちょうがえしがすたれて束髪そくはつが流行すると同じように、やむをえぬ次第と考えられます。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)