わらび)” の例文
斯う訊いて、彼女の道伴れになったのは、野山から柴を取って売ったり、わらびを取って売ったりして生活している、あきよ嬶であった。
(新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
辰男の明方の夢には、わらびえる学校裏の山が現われて、そこには可愛らしい山家乙女やまがおとめが真白な手をきだして草を刈りなどしていた。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
してみると屈原よりも、漁父の方に達見がある。またかの伯夷はくい叔斉しゅくせいは、天下が周の世となるや、首陽山に隠れ、わらびを採って食った。
教育の目的 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
と笑っているところはまるで飢饉の実話以上……ここいらは首陽山にわらびを採った聖人の兄弟以上に買ってやらなければならぬと思う。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
今朝、上野を出て、田端、赤羽——わらびを過ぎる頃から、向う側に居を占めた、その男の革鞄が、私の目にフト気になりはじめた。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし、山のわらびが膳に上る季節でありながら、それを甘辛あまからに煮つけてしまつたでは、折角の新鮮な山の物の風味に乏しい。惜しいことだ。
桃の雫 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
昼御飯の代りに煮抜にぬきたべながら、大仏殿の屋根から生駒山いこまやまの方見てますと、「この前わらび土筆つくしたんと採ったわなあ、姉ちゃん」
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さう言はれてみれば、ある日のこと、尾根伝ひに国境へ通ふ風景の良い路で、わらびを乾してゐる娘から明らかに秋波を送られた経験もあつた。
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
その麓には温泉場などもあり、この地方の農民が春や秋の休み日に、よく三々五々打連れてわらびや栗を採りに登る山であった。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
わらびの餅をこねている女主人としての必死の営みの姿などは、ブルジョア的欺瞞をもって婦人大衆の眼前から完全に覆いかくされているのである。
婦人雑誌の問題 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
駕籠の中の細君は、道々採つたわらびをハンケチに巻いて持つてゐて、駕籠が休む度に、そこから下りて、あたりの草原の中を頻りに探しなどした。
女の温泉 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
すなわち駒場野・板橋野に猪狩ししがりが催され、あるいは川口・わらびの間が鹿の多い林であった時代には、右等の馬蹄形地は優に隠田を耕作するに足り
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「いき」に左袒さたんする者は amour-goûtの淡い空気のうちでわらびを摘んで生きる解脱げだつに達していなければならぬ。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
わらびのやうな手を眼にあてゝ何かは知らず泣き出せば、ゑゝこれ猪之は何したものぞ、と吃驚しながら抱き止むるに抱かれながらも猶泣き止まず。
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
豊脆な独活うどわらびの味噌汁に舌鼓を打ちつつ、雪の峠を横断しては温泉から温泉へと辿り歩いた奥上州の暢気だった旅。
冬の山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
ここでも、わらびや浦和でも、多少の乗客の出入でいりはあったが、純一等のいる沈黙の一等室には人の増減がなかった。詠子さんは始終端然としているのである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
わらびめしでからきめにあっているので、彼としてはその正体が知りたいし、できることなら対決したい相手であった。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
志貴皇子しきのみこよろこびの御歌である。一首の意は、巌の面を音たてて流れおつる、滝のほとりには、もうわらびが萌え出づる春になった、よろこばしい、というのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
見ろ、ペトゥロー、お主はちやうどいい時に間にあつただぞ、明日あしたはイワン・クパーラぢや! 一年のうち今夜ひと晩だけ、わらびに花が咲くのぢや。この
わらびが半身を現わしていた,われわれはこれを見ると,そらそこにも! おお大層に! ほらここにも! なんとまア! などとしきりに叫びながら小躍こおどりを
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
目の前の提灯屋の屋根瓦の隙間から、白いわらびのような煙が、幾条いくすじとなくスーッスーッと立ちのぼり始めた。手首を挟まれた女は早くも迫る運命に気がついた。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
わらびみてえなものばっかり食ってんのや。……筍はお好きだっか。そうだっか。このへんの筍はなあ、ほんまによろしうおまっせ。それはやわうて、やわうて……
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
これへわらびを入れるもおかしいから止しましょう……へえお盃を戴きます、わたくしも若い時分には随分大酒たいしゅもいたしましたが、もう年を取ってはすぐに酔いますなア
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
わらびの奈良茶、上尾博労新田あげおばくろうしんでんの酒屋、浦和焼米坂やきごめざかの焼米、といったような名物に挨拶しながら、熊谷で、梅本の蕎麦を食べないということが心残りになるらしい。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それから宿に行ったら、君たちはわらび採りの御遊ぎょゆうだと聞いたから、みちおそわってやって来たんだ。なに、明日あすは帰らなけりゃならん。邪魔に来たようだな。はッはッ
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
此際は寛はよもぎわらびを採るに野にいずるも、亦他の人も蒔付に出るも、小虫は一昨年に比すればなかばを※じたり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
そこで兄は、さきの妻のトシエと、笹の刈株で足に踏抜きをこしらえ、すねをすりむきなどして、ざれついたり、甘い喧嘩をしたり、わらびをつむ競争をしたりしていた。
浮動する地価 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
彼女はジェムをおいて駈けだし、駈けながらわらびをぱりぱり踏みくだいて、松林の中へ姿を消した。
「これ、わらびとは違いますって言うつもりやったんやなあ」信子がそんなに言って庇護かばってやった。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
発見者であるわらび取りの娘の手籠てかごにいれられ、ゆられゆられしながら太郎は村へ帰って来た。
ロマネスク (新字新仮名) / 太宰治(著)
頭をかきむしッたような『パアポロトニク』(わらびたぐい)のみごとなくき、しかもえすぎた葡萄ぶどうめく色を帯びたのが、際限もなくもつれからみつして目前に透かして見られた。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
更に進んで「仄歩しよくほけはしけれども。わらび首陽しゆやうに折るの怨なく。岩窓がんさうに梅遅けれども。とつぎて胡語を学ぶの悲みなし。」といふに至りては、伏姫の心既に平滑になりて、苦痛全く
しかも、ふぐの味は山におけるわらびのようで、そのうまさは表現し難い。と言うふぐにもうまいまずいが色々あるが、私の言っているのはいわゆる下関のふぐの上等品のことである。
河豚のこと (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
天葢てんがいというても兩端りやうたんわらびのやうにまかれたせま松板まついたを二まいあはせたまでのものにすぎない簡單かんたんなものである。すゝけたかべにはれもふるぼけたあか曼荼羅まんだら大幅おほふくかざりのやうにけられた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
宿の主はそこの岩の根の土を少し穿ってみて、わらびの芽が出かゝっていると、わたくしに見せて呉れました。五月の頃は、これが大きくなり、女持のステッキほどのも採れるという話。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
叔斉殿が首陽山にわらびの乏しいのを感じたか、ソロ/\山のふもとに下りて、賊地の方にノッソリ首を出すのみか、身体からだ丸出まるだしにして新政府に出身、海陸の脱走人も静岡行の伯夷、叔斉も
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
十二月(大正十一年)初め博文館から「イノシシノゲンコハヤクオクレ」と電信あり、何の事か判らず左思右考するに、上総でわらびを念じ、奥州では野猪の歌を唱えて蝮蛇まむしの害を防ぐとか。
あの阿闍梨あじゃりの所から、雪解ゆきげの水の中から摘んだといって、せりわらびを贈って来た。
源氏物語:48 椎が本 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ぜんまいや、稀にわらびも立つが、滅多に見かえる者も無い。八十八夜だ。其れ茶もまねばならぬ。茶は大抵たいてい葉のまゝで売るのだ。隠元いんげん玉蜀黍とうもろこし、大豆もかねばならぬ。降って来そうだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
土地のふくらみやなだらかな線や——苔やヒースの花や、花の咲いた芝や、きら/\したわらびや、色の柔らかい花崗岩みかげいは等で山の背や峽谷に與へられてゐる荒い彩色いろどりを眺めて私の眼は樂しんだ。
鹿どもは毎日雨戸をあけるのを待ちかねては御飯をねだりに揃ってやってきた。若草山でんだわらびや谷間で採ったふきやが、若い細君の手でおひたしやおつけの実にされて、食事を楽しませた。
遊動円木 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
大方は米糠や麦糠ふすまを糧にし、対屋の梁を伝う、やまかがしや青大将はご馳走のうちで、荘園の上りを持たぬ官務や神祇官は、わらび根や笹の実を粉にして、枯渇した腹の養いにしているという。
奥の海 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
西の端には物を置くのに便利な様に閼伽棚あかだなを造ったりして色々と住居らしい設備をして行った。自分の寝床には東の端にわらびの穂を取って来て敷いて置いた。西南の方には竹のつり棚を造った。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
何処の山でとれたわらびだとか、裏につた柿だとか、郷里の地酒だとか、どこ名産の羊羹だとか、誰それに焼かせた壺だとか、娘の縫つたチヤンチヤンコだとか、まあさういふ類ひの品物ならば
田舎いなかではわらびの根も田螺たにしも、藁も杉の皮も食うと言うが、江戸の者は一体何を食やあいいんだ——昨日も昌平橋の側で三人、今日はお茶の水で二人、此界隈だけでも、何十人何百人行倒れになるか
黄金を浴びる女 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
パチニョの荒湿地、一名「蕨の切り株トッコ・ダ・フェート」——それには、また人々の中がザッとざわめき立ったほどだ。読者諸君も、わらびの切り株とはなんて変な名だろうと、ここで大いに不審がるにちがいない。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
あるいはわらび取り、あるいは茸狩きのこがりに、城下近い山へ行くこともあった。山の上で弁当を食うことは宜かったが、茨にかき裂かれなどして茸など取ることは、私には唯面倒な事としか思えなかった。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
小出方面でわらびふきがなくなる頃に、蕨や蕗がこの谷では盛んであるから、それを小出の町へ売出したりする気である、まだ棲めばいくらも収入を見出す事が出来ると思う、呉服屋が来るではなし
平ヶ岳登攀記 (新字新仮名) / 高頭仁兵衛(著)
それからまた、日本につぽんつくられたとおもはれるものに、蕨手わらびてつるぎといふのがありますが、これはおほきなつるぎにはなくて、ちひさいかたなにたくさんありまして、つかあたまわらびのようにまがつてゐるものであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
わらび 九一・一八 二・八三 〇・一三 一・四一 三・二七 一・一八
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)