かんがえ)” の例文
明治七年の四月になって河野は大阪から泉州せんしゅうの貝塚へ移り住んだ。その時分から彼の敬神のかんがえは非常に突きつめたものになっていた。
神仙河野久 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
職業にしようというほどのかんがえはなかったであろう後に彼女が琴曲の師匠として門戸を構えたのは別種の事情がそこへ導いたのであり
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ただ職人の積りで居るのだから、政治のかんがえと云うものは少しもない。自分でもようとも思わなければ、また私は出来ようとも思わない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
と、坂と嶺とをあきらかに区別して書いてあるのは、坂の頂きが嶺であると思っていた昔の人のかんがえを示したものと解してよいように思われる。
(新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
たまたま苦労らしいなげきらしい事があっても、己はそれをかんがえの力で分析してしまって、色のめた気の抜けた物にしてしまったのだ。
彼女は危険を預防よぼうするかんがえで、七つの小さなものを木箱の中に入れ、自分の部屋の中に置いて、母兎を箱の中に押入れては乳をのませた。
兎と猫 (新字新仮名) / 魯迅(著)
謎の女のかんがえは、すべてこの一句から出立する。この一句を布衍ふえんすると謎の女の人生観になる。人生観を増補すると宇宙観が出来る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
またちっとでも強情ねだりがましい了見があったり、一銭たりとも御心配をかけるようなかんがえがあるんなら、私は誓って口は利かんのです。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし彼は、ある時斎藤が、偶然その隠し場所を発見したということを聞くまでは、別に確定的なかんがえを持っていた訳でもなかった。
心理試験 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかるにおうとのぞみは、ついえずたちまちにしてすべてかんがえ圧去あっしさって、こんどはおも存分ぞんぶん熱切ねっせつに、夢中むちゅう有様ありさまで、ことばほとばしる。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「このかんがえが先入主となりて、ただ大な声と目をむくだけで気魂精神更に加はらず」といひ、菊五郎の秀吉のみを大に褒めしは例の片贔負かたびいきなり。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
わたくしなんぞのかんがえでは、一体新思想というものが、もうまとまって出来ているかどうだか、も少し待って見なくては分らないと思うのですから。
「何かよいかんがえはないかねえ。お父様は今までにそんなことにれていられないから、ひどく苦にしていらっしゃるのだが。」
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
あるいはまた、一夜に髪の色を白くするような事件に捲きこまれて見たいというような愚にもつかぬかんがえを抱いて居たのである。
狂女と犬 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
このかんがえは、留吉をたいへん気安くして、元気よく玄関の前まで、留吉を歩かせました。「御用の方はこのボタンを押されたし」
都の眼 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
その点にかけてはおときの方は、さほど世話になったと云うかんがえも深くはないので、どんな裏長屋でもいいから一軒構えたいと年中せがんでいた。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
それァいいかんがえだ。おいら達もはじめは乞食か何かになった気でやり始めたんだがね。やって見ると思ったより収入みいりはあるしね。なかなか面白いんだ。
そんな女々めめしいかんがえはすこしも持っていません。力のあらん限り、どこまでもこの怪人をやっつけなければならぬと、かたく決心をしていました。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かよは、おかあさんが、まだ生徒せいと時代じだいから、この学校がっこうおしえていられる先生せんせい生活せいかつかんがええると、なんとなくとうとあたまがるようながしました。
汽車は走る (新字新仮名) / 小川未明(著)
「原子核内の勢力が兵器に利用される日が来ない方が人類のためには望ましい」というかんがえは、八年前も今も変らない。
原子爆弾雑話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
涙ながら霊を祭るとかいふ陳腐なるかんがえを有り難がるも常人ならば詮方せんかたなきも、文学者たらん者は今少し考へあるべし。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
元のところへ来て、プッと消えた、私は子供心にも、不思議なものだとは思ったが、その時には決して怖ろしいという様なかんがえは、少しも浮ばなかった。
子供の霊 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
が、余りいろいろな慾張よくばりなかんがえが次から次と頭の中にいて来ますので、どうと言って急に考がきまらない風でした。
蕗の下の神様 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
この快楽を菜食ならば著しく減ずると思う。殊に愉快に食べたものならば実際消化もいいのだ。これをビジテリアン諸氏はどうおかんがえであるかうかがいたい。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
またこのかんがえは日本精神という語の用いられない前から存在したものではあるが、日本精神運動にもそれが含まれまたは合流して来たことは疑がなかろう。
日本精神について (新字新仮名) / 津田左右吉(著)
こっちから恩恵を施してやるのだという太々しいかんがえは持たないまでも、老妓の好意を負担には感じられなかった。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
政治家はただ民を民衆という一団として見、経済学者は数を以てのみ人を見、軍人はあたかも将棋の駒を動かすが如きかんがえを以て部下の兵に臨むのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
そりゃあ、なる程、人のまだ考えたことのないかんがえを考えている子供だとか、あらゆる不公平を無くしてしまう工夫をしている子供だとか云うのもいました。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それでこの話はおじゃんになったのですが、しかし小鳥屋の才取さいとりをするこの仙人は、わたしに鳥を売りつけようというかんがえは思いきらなかったものと見えます。
オカアサン (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
天地といえども壊滅は予約されているし、第一、自己が死んでこの世に消滅した後の作品の不朽と否とを心にかけるという事自身が既に卑しいかんがえではないか。
永遠の感覚 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
実はそんな世間並な年輩染みたかんがえに名を仮りて、幽里子の家と素性とを突き留めたかったのかも知れません。
僕も昔は同感だったが、今のかんがえで見れば、子規の蕪村ビイキが公平を失しているように思われる。芭蕉俳句のモチーヴは、元来非常に単純なものなのである。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
まだ何のかんがえもない子供でしたから、そんなに悪いことだとも思わず、吉公がうまく二銭の苞を、取ったことを、何かエライことをでもしたように、感心しました。
納豆合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
れば先生のかんがえにては、新聞紙上に掲載を終りたる後、らにみずから筆をとりてその遺漏いろうを補い、又後人の参考のめにとて、幕政の当時親しく見聞したる事実に
これまで多くの人々はふだんの平和に甘えて、だらけたかんがえにおち、お金の上でも、間違った、むだのついえの多い生活をしていた点がどれだけあったかわかりません。
大震火災記 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
これでは『仮令たとえんでも……。』というかんがえ橘姫たちばなひめむね奥深おくふかきざまれたはずでございましょう。
それでは貴様あなたは宇宙に神秘なしと言うおかんがえなのです、要之つまり、貴様にはこの宇宙に寄する此人生の意義が、極く平易明亮めいりょうなので、貴様の頭は二々ににんで、一切いっせつが間に合うのです。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
あっしあ加州の御客に聞いておぼえましたがネ、西の人はかんがえがこまかい。それが定跡じょうせきです。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
こうしたかんがえを一瞬間のうちに頭にひらめかした私は、又も、何者かに追駈おいかけられているような予感がして、チョット腕時計と電気時計を見較べた。どちらも十二時に四分前である。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
父親はこのごろ為吉が妙にふさいでばかりいるのが合点がてんがいかないのでした。為吉はまだやっつでしたが、非常に頭のよい賢こい子で、何かにつけて大人おとなのようなかんがえを持っていました。
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
以上の二ヶ条より辛じて松明を得て針路を探り候ともいかにして吾々の満足する批評者を得申えもうすべき、このことについては失望の嘆声を発するのほか何らのかんがえも浮び申さず、嗚呼ああ
師を失いたる吾々 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
そのかんがえ慧敏けいびんなことと、その論鉾の巧みなことと、その綜合的の方法、などの力に富んでいることは驚くべきものであって、今でも繰返して読むだけの価値ねうちはたしかにあるものである。
今世風の教育 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
番「いゝや物取ではない、何でも是は粂之助の仕業しわざに相違ないというわたいかんがえだ」
闇夜の梅 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「不承知か、困ッたもんだネ。それじゃ宜ろしい、こうしよう、我輩が謝まろう。全くそうした深いかんがえが有ッて云ッた訳じゃないから、お気に障ッたら真平まっぴら御免下さい。それでよかろう」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「そうよ……それはいいかんがえだわ……でもいい工合ぐあいに来てくれればいいわね。」
直観ということは、単に過程が否定せられて、一度的に最終の真理が見られるということではない。それはきわめて幼稚な神秘的なかんがえである。芸術的直観といえども、そうしたものではない。
デカルト哲学について (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
彼はもうせき込んで、水木の顔を覗込んだ。だが水木は、如何にもかんがえ深そうに
魔像 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
それに毎週一度ずつ此方こちらからほかの人を御馳走しては費用も随分かかります。私のかんがえには何か外の意味で家族的の交際を開いて多くの家族を一堂にあつめる工風くふうをした方がよかろうと存じます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そういうかんがえが南里君の食慾を駆り立てた——「そうだ。今夜こそ、おれは」南里君は自分の決意をたしかめるもののように心の中で繰り返した。その夜、南里君は計画どおり娘に近づいていった。
鶺鴒の巣 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
愛する魂——むろん相互愛に充たされたる夫婦は、永久に別れてしまうことはできない。兎角とかく人間のかんがえは、時間と空間とに拘束されているので、われ等の住む世界の真相が、腑に落ち難いようである。