素知そし)” の例文
と屏風を開けて入り、其の人を見ると、秋月喜一郎という重役ゆえ、源兵衞はきもつぶし、胸にぎっくりとこたえたが、素知そしらぬていにて。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
およそ父の弱点が喜びさうなところをいて、素知そしらぬ顔で父の気分を持ち直させることに、気敏けざと幇間ほうかんのやうな妙を得てゐた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
しかし、それと同時に、彼はつねに素知そしらぬ顔で正義に味方し、自らそれと名乗らずして、誠実な革命主義に加担していた。
彼は感嘆の言葉を呑みこむと、また元の通り口をつぐんでしまった。が、さすがに若者は素知そしらぬ顔も出来ないと見えて
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
仔羊たちが、ごくごく乳を吸っている間、おっさん連は、脇腹わきばらを鼻の頭で激しく小突こづかれながら、安らかに、素知そしらぬ顔で、口を動かしている。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
自分はお兼さんの愛嬌あいきょうのうちに、どことなく黒人くろうとらしいこびを認めて、急に返事の調子を狂わせた。お兼さんは素知そしらぬ風をして岡田に話しかけた。——
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
造麻呂、黙ってうなずき、素知そしらぬ顔で竹籠たけかごを編み続ける。なよたけ、竹簾たけすだれを下して、右手奥の部屋に消える。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
声に驚き、ける玩具おもちゃの、手許てもとに近づきたるを見て、糸を手繰りたる小児こどもひらいて素知そしらぬ顔す。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
其中で私一人其様そんな事を思うのは何だか薄気味悪うすきびわるかったから、狼狽あわてて、いや、馬鹿気ているようでも、矢張やっぱり必要の事なんだろうと思直おもいなおして、素知そしらん顔して
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「いずれ帰国した上で、ゆるゆるいたすが、船の中では一切素知そしらぬふうをよそおっているようにな。よいか」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そーっとはいり込んで、陳列棚ちんれつだなの上に飛び上がって、ひょいと帽子ぼうしけて素知そしらぬ顔をしていました。
不思議な帽子 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
その彼の凝視の中には不作法ぶさはふなまでの直情徑行と、詮索的な斷乎だんこたる頑固さが動き、それは今迄この未知の客に對して素知そしらぬ顏をしてゐたのも遠慮からではなく
すぐ新聞を目八にさし上げて、それに読み入って素知そしらぬふりをしたのに葉子は気がついていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
私達わたくしたちは三じゃくほどへだてて、みぎひだりならんでいる、切株きりかぶこしをおろしました。そこは監督かんとく神様達かみさまたちもおをきかせて、あちらをいて、素知そしらぬかおをしてられました。
見合せ居たりしがマアたれならんと申すに傳吉されば私しとなりすむ彌太八と云ふ者のよし申し僞り金子をかたり取りたるはと云ひながら昌次郎のかほを見ればぎよつとせしが素知そしらぬ體にかほ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
白井はバスの来るのを待つて、それに乗り、やがて素知そしらぬ振りで自分の家の格子戸を明けた。上り口の障子に火影がうつつてゐて、話声もしてゐながら誰一人出迎るものがない。
来訪者 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
三四日前に橋の上で逢つたきり、名も知り顔も知れど、口一ついたではなし、さればと言つて、乗客と言つては自分と其男と唯二人、隠るべきやうもないので、素知そしらぬ振も為難しにくい。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
父が丹精して置いた畑を荒らしてまわり、甘蔗と間違えて西洋箒黍ほうききびんで吐き出したり、未熟の水瓜をそっと拳固で打破って川に投げ込んで素知そしらぬ顔して居たり、悪戯いたずらばかりして居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
何處どこへお客樣きやくさまにあるいてたのと不審ふしんてられて、取越とりこしの御年始ごねんしさと素知そしらぬかほをすれば、うそつてるぜ三十日みそか年始ねんしけるうちいやな、親類しんるゐへでもきなすつたかとへば
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それに自分は今度のしばゐでは作者であり、伊藤公は普通たゞ観客けんぶつに過ぎない。作者が観客けんぶつに座を譲るやうな気弱い事では作者冥加みやうがに尽きるかも知れないからと、そのまゝ素知そしらぬ顔でじつと尻をおちつけてゐた。
つね素知そしらぬふりながら
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
二人とも、そこに突っ立ったまま、両手をポケットに入れ、素知そしらぬ顔で、踏段ふみだんのほうに気をくばっている。と、やがて、にんじんは、レミイをひじ小突こづく。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
素知そしらぬ顔で仰有ったものでございますから、大殿様もとうとうを御折りになったと見えて、にがい顔をなすったまま、何事もなく御立ちになってしまいました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
はたから注意するとなお面白がって使いたがる癖をよく知っているので、叔母は素知そしらぬ顔をして取り合わなかった。すると目標あてはずれた人のように叔父はまたお延に向った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あんな素知そしらぬかおをしてられても、一から十までひとこころなか洞察みぬかるる神様かみさま、『このおんなはまだ大分だいぶ娑婆しゃばくさみがのこっているナ……。』そうおもっていられはせぬかとかんがえると
なしけるが新道の玄柳げんりう方にて調合てうがふなしもらはんと出行いでゆくていゆゑ素知そしらぬかほ臺所だいところ立戻たちもどりたり又彼の玄柳げんりうは毒藥のことを請合うけあひけれども針醫はりいの事なれば毒藥どくやくもとめんことかたしと思へば風藥かぜぐすりふく
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
彼は素知そしらぬ顔をして隣りの者の杯を引ったくっていた。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ねがへど、ひめことなしび、素知そしらぬけはひ
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
代助はもとよりそれより先へ進んでも、なお素知そしらぬ顔で引返し得る、会話の方を心得ていた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
せんとて日野家へ承まはるべき儀有之候間安田平馬へいま佐々木靱負ゆきへの兩人當役所へ差出さるべしと達しられしかば日野家に於ては何ごとならんと怪しまれしが安田佐々木の兩人はかねおぼえのあることなれば素知そしらぬ面は爲すものゝ心中に南無三ばうと思ひ其夜ひそかに兩人并びに願山とも申合せ跡を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
代助は固よりそれよりさきすゝんでも、猶素知そしらぬかほ引返ひきかへる、会話の方を心得こゝろえてゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
けれども自分は話しの面倒になるのを恐れたから、素知そしらぬ顔をしてわざと緩々ゆるゆる歩いた。そうしてなるべくそうに見せるつもりで母を笑わせるような剽軽ひょうきんな事ばかり饒舌しゃべった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
津田は素知そしらぬ風をした。お秀は遠慮なくその証拠というのをげた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)