稀有けう)” の例文
で、どこまで一所になるか、……稀有けうな、妙な事がはじまりそうで、あぶなっかしいうちにも、内々少からぬ期待を持たせられたのである。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おれは精勤であることだけは守ったから依然として八時半には出社したが、しばしば社長室からあの稀有けうな声音のもれるのを聞いた。
陽気な客 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
次郎と月江とは、道々もうわさをして来たそのおりんが、生埋めという、稀有けう奇禍きかに会ったと聞いても、にわかに信じかねました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
されど、天、宗匠にするに稀有けうの寿命をもってしたれば、なかりしも、もし宗匠にして短命なりせば、いつの日誰によってかこれを
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼女はかなり怜悧れいりで、たといクリストフの真の独創の才を見分けることはできなかったにしろ、その稀有けう天稟てんぴんを感ずることができた。
火の中に尾はふたまたなる稀有けうの大ねこきばをならしはなをふきくわんを目がけてとらんとす。人々これを見て棺をすて、こけつまろびつにげまどふ。
斯様いうことが稀有けうでは無かったから雑書にも記されて伝わっているのだ。これでは資本の威力もヘチマも有ったものでは無い。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それで、小田急線おだきゅうせんの往復切符は一種特別な比較的稀有けうな刺激としてそれに応ずる特別の動作を誘発するに過ぎないかもしれない。
破片 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
前記ぜんき但馬地震たじまぢしん丹後地震たんごぢしんごときは初期微動繼續時間しよきびどうけいぞくじかんもつとみじかかつた稀有けうれいであるので、むし例外れいがいとみてしかるべきものである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
いかなる念願が、かかる稀有けうのみ仏を現出せしめたのであろうか。いままで我々は、彫刻の所謂いわゆる写実性によってのみこれを解せんとした。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
逸作の働いた紹介の方法も効果があったには違いないが、巴里の最新画派の作品を原画でるということは、人々には稀有けうの機会だった。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
……私は親を呪い、恋人を呪い、最後に見ずらずの男女数名の生命いのちまでも奪うべく運命づけられた、稀有けうの狂青年であったのか…………。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一 ちと手前味噌てまえみそに似たれど、かかる種の物語現代の文学界には、先づ稀有けうのものなるべく、威張いばりていへば一の新現象なり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
とう/\狼は戸を喰い破ってお堂の中を四つ這いに這いながら、犬のような牛のような稀有けうな呻り声を立て、逃げ廻る二人の旅人を追い廻す。
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
極めて稀有けうのことで、この宮川が、神通川じんずうがわとなって海に注ぐまでの間にも、二度と出くわすべき性質のものではありません。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
フェノロサは同行の九鬼くき氏とともに、稀有けうの宝を見いだすかも知れぬという期待に胸をおどらせながら、執念深く寺僧を説き伏せにかかった。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
勿論稀有けうに属する現象さ。しかし、あれを持ち出さなくては、どうして伸子が失神し鎧通しを握っていたか——という点に説明がつくもんか。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
このまえこの地方ちほうに、稀有けう暴風ぼうふうおそったことがあります。そのときは、電信柱でんしんばしらをかたっぱしからたおしてしまいました。
白い影 (新字新仮名) / 小川未明(著)
シェストフが精巧な実証的論理の才と、ポレミスト的説伏力とを兼ね備えた、稀有けうのペシミストであったことは疑いない。
この稀有けうおおげさな広告がまた小さな仙台の市中をどよめき渡らした。しかし木村の熱心も口弁も葉子の名を広告の中に入れる事はできなかった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
稀有けうの徴税法 ここに一つ可笑おかしい事がある。大蔵省でマルを量るはかりがおよそ二十種ばかりある。それから麦、小麦、豆等を量るますも三十二種ある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
かれらは主人の腕前を信じていながらも、それが稀有けうの猛鳥であると聞くからは、どんな仕損じがないとはいえない。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「それは、又、稀有けうな事でござるのう。」五位は利仁の顔と、郎等の顔とを、仔細らしく見比べながら、両方に満足を与へるやうな、相槌あひづちを打つた。
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
清浄無垢の家に生れて清浄無垢の父母に育てられ、長じて清浄無垢の男子と婚姻したる婦人に、不品行を犯したるの事実は先ず以て稀有けうの沙汰なり。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
やがて食事をえて、わがへやへ帰った宗助は、また父母未生ふぼみしょう以前いぜんと云う稀有けうな問題を眼の前にえて、じっとながめた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そは到底如実には言ひ表はしがたき稀有けう無類の意識也。今やいよ/\一点の疑をもれがたき真事実とはなりぬ。
予が見神の実験 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
「狐狸の悪戯いたずらか天狗の業か、何んにしても稀有けうの事ではある。声はあっても形はない木精やまびこそっくりのはなわざじゃ」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いくら作っても始めから金銭的なまた社会的なむくいは少いのであります。もし雑器が高価なまた稀有けうな品であるならたちまち存在理由を失ってしまいます。
益子の絵土瓶 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
四者のみずから知らざるがごとく相寄るは、水に沈み行く稀有けうなる群像のさまをおもわしむ。池底のごとき沈黙。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
「おや、それア稀有けうだこと。……ほかになんか妙な様子はなかったかい。ちょっと思い当ることもあるんだが」
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そして院主をしてあへて財を投じて此稀有けう功徳くどくを成さしめたのは、實に師岡氏未亡人石が悃誠こんせいの致す所である。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
けれども、このような稀有けうの奇縁を、ときのまのうちに失い去ってしまうことは、夢の中でもない限り、私共の地上では、決して致さぬならわしのものです。
紫大納言 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
文学史上稀有けうな存在意義をもち、古典文学中比肩するもののないようなユニークな芸術性をうちたてながら、しかもなお「雨月物語」は孤高な文学であった。
雨月物語:04 解説 (新字新仮名) / 鵜月洋(著)
文学史上稀有けうな存在意義をもち、古典文学中比肩するもののないようなユニークな芸術性をうちたてながら、しかもなお「雨月物語」は孤高な文学であった。
ことに「山みこ」という語が、すでにあの時代の土佐にあったとすれば、必ずしも稀有けうの例ではなかった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
悪紙悪墨の中にきらめく奔放無礙の稀有けうの健腕が金屏風きんびょうぶや錦襴表装のピカピカ光った画を睥睨へいげい威圧するは
狭い窮屈な詩であるともいえるが、また特殊な稀有けうな詩とも言えるのである。即ち花鳥諷詠に限られた詩であるということは俳句の短所でもあれば長所でもある。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
わたるべき處なきまで己が最初はじめ故由ゆゑよしめたまふものに汝の負ふ稀有けうの感謝を指して請ふ 六七—六九
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
有名な一八〇八年九月スコットランドのストロンサ島に打ち上がった五十五フィートの大海蛇は、これを見た者宣誓して第七図を画き稀有けうの怪物と大評判だったが
私人には入道の宮へだけ、稀有けうにして命をまっとうした須磨の生活の終わりを源氏はお知らせした。
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
なぜなれば、この汽船が今出あっている災難というのが、一通りや二通りの災難ではない、じつに前代未聞の稀有けうな出来ごとであることを感づいていたからであった。
海底大陸 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ある稀有けうの堅忍不抜な、野心勃々ぼつぼつたる勤勉が加わって、その勤勉が彼の趣味の潔癖な感じ易さと闘いながら、烈しい懊悩のうちに、異常な作品を生み出したからである。
稀有けうの立場にあったためで、彼の天分のみを以てすれば、あの万葉調の擬古作品をなしたに過ぎまいということは、私の述べたところですでに感じられたことであろう。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
読めば読むほど若い捨吉は青木が書いたものの中にこも稀有けうな情熱に動かされた。田辺の留守宅では、捨吉は今までのような玄関番としても取扱われないように成った。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この極端なる画風は俳優を理想的の美貌と定めたる伝来の感情に牴触ていしょくする事はなはだしきがためこの稀有けうなる美術家をして遂に不評のために筆を捨つるのやむなきに至らしめき。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
立春りつしゆんぎてから、かへつ黄昏たそがれ果敢はかないうすひかりそらちるはず西風にしかぜなにいかつてかいて/\まくつて、わたつても幾日いくにちまぬほど稀有けう現象げんしやうともなうて
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
足を引き止むるようなある不安な何物かを感ずる稀有けうな時期は、かかるところから到来する。
然も自分が此稀有けうなる出來事に對する極度の熱心は、如何にして、何處で、此出來事に逢つたかといふ事を説明するために、實に如上數千言の不要むだなる記述を試むるをさへ
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
勘藏の話で想ったからう見えたか、なんにしても稀有けうな事が有れば有るものだ、と身の毛だちて、気味悪く思いますから、是より千住へ参って一晩泊り、翌日早々下総へ帰る。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
こういう凡人の相貌を芸術化するという稀有けうな役割を持つ能面が、野卑な悪写実に走らずして、最も高雅な方向に向ったのは、一に当時の洗煉せんれんされた一般的美意識によると共に
美の日本的源泉 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)