父子おやこ)” の例文
また、ひとかごのたちばなの実をひざにかかえ、しょんぼりと、市場の日陰にひさいでいる小娘もある。下駄げた売り、くつなおしの父子おやこも見える。
父と子とは、思想も感情もスツカリ違つてゐたが、負けぬ気の剛情なところだけが、お互に似てゐた。父子おやこの争ひは、それだけ激しかつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
仕度いと思つてゐるのさ。貧乏といふよりも僕は、あの父子おやこの世にも稀な純情に打たれてゐるんだ。世が世なら僕は盗棒を働いてゞも……
露路の友 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
「旦那、気が付きなすったかい。父子おやこ主従三人一緒に死ぬのも因縁事だ。へッへッ、かえってあきらめが付いてようがしょう」
奥州のある城下町で切支丹宗門の者十一人が磔刑はりつけにかかったという噂を聴いた時に、彼はすぐに伝兵衛父子おやこの名を思い出した。
半七捕物帳:33 旅絵師 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
... 義理の間にせよ父子おやこで結婚は許されないでせう」と云ふと、モリエエルは苦悶しながら「是非ぜひ結婚する事を許してれ」と云ふ。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
あの男の顔つき目つきはこの仮説を支持するに充分なもののように思われた。そうだとすれば実にかわいそうな父子おやこである。
蒸発皿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
私はそう感じたと同時に、この三角形の印のある手紙が、最近どんな恐怖を秋川父子おやこに投げ与えているか、という事もはつきりと感じられた。
殺人鬼 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
お銀様が父と言い争っている時分から、この家の縁先の網代垣あじろがきの下に黒い人影が一つうずくまっていて、父子おやこの物争いを逐一ちくいち聞いていたようです。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
風呂につかっていると、ちょうど窓から雨にぬれた山のみどりまゆに迫って来て、父子おやこの人情でちょっと滅入めいり気味になっていた頭脳あたまが軽くなった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
雪子は貞之助と悦子が浮き浮きしているのに比べて、幸子の気勢が上らないのに早くも心づいていたのであったが、翌朝父子おやこが出かけてから
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
誠にとんだ負傷けがいたしまして……うも相済あいすみませぬことでございます、お蔭様かげさま父子おやこの者が助かります、はい/\……。
そこで父子おやこ久しいあひだ反目はんもく形勢けいせいとなツた。母夫人はまた、父子の間を調停てうていして、ひやツこい家庭をあたゝめやうとするだけ家庭主義の人では無かツた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
重田父子おやこは、昨日曜夜の夜行で退京した。二人の在京中、一度君にも出て来てもらいたいと思っていたが、ついにその機会が見つからなかった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
った女中が一足先きに戻って、後片付をすましていた。父子おやこは、まるで長旅からでも帰って来たような気がした。
(新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
そして其処に泳いでゐる小さな魚の影を見たと云つては大騒ぎをして父子おやこして町に釣道具などを買つて来たりした。
村住居の秋 (新字旧仮名) / 若山牧水(著)
王が一口飲んだ時、全く驚かされたことに、ポポ父子おやこがとてつもなく奇妙な吠声ほえごえを立てて、之を祝福した。こんな不思議な声は、まだ聞いたことがない。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
思わず赤くなったが、松江たち父子おやこには、はっきりひびかなかったらしく、ただ感謝かんしゃのまなざしでうけとられた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
ふるい、小形こがた汽船きせんって、うみうえをどこということなく、ひがしに、西にしに、さすらいながら、めずらしいいしや、かいがらなどをさがしていた父子おやこ二人ふたりがありました。
汽船の中の父と子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
音羽町へやりたりしが此時すでに家主は殺され父子おやこ行衞ゆくゑしれぬとて長家はかなへわくが如く混雜こんざつなせば詮方せんかたなく立返へりつゝ云々と三個みたりに告て諸共もろともにお光の安否あんぴ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
親のないチョビ安に同情して、父子おやことなって茶壺を預かることになったのだが、その日から、毎日毎晩得体の知れない人間が、この小屋のまわりをうろつく。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
一人やなんぞ、気にもしないで、父子おやこは澄まして、ひとの我に対する表敬の動揺どよめきを待って、傲然ごうぜんとしていた。
桔橰はねつるべから水を汲んで、眞ツ蒼に苔の蒸した石疊の井戸端で、米を洗つてゐた赤い襷の乙女は、自分たち父子おやこの姿を見ると、周章てて籾を乾した蓆に蹴躓づきつゝ
父の婚礼 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
見たところ貧しい、けれど平和な家庭らしく、父子おやこはまるでお友達同士のような親しみをもって、毎晩のようにこんな調子で議論を闘わしては笑っているのでした。
少年探偵呉田博士と与一 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
かう暖かい叱責を父子おやこに加へ乍ら、母は私を連れて行つて奥の間に寝かした。太陽がまだ明るく障子をかすめてゐた。戸外そとには明るくて騒がしいおそい午後がつた。
父の死 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
父子おやこ三人がまっ赤な顔になり、唾をとばしてわめきあったりどなりあったりする。なかなかの壮観であるが、三男の出三郎だけは決してそのなかまに加わることはない。
艶書 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そうですよ、父子おやこでワイ/\言うから、私も溜まりません。差当り二人の心持を静める為め、辞表を書いて見せました。一時の緩和策です。無論提出の意志はありません。
秀才養子鑑 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
彼はある日散歩のついでにふと柳島やなぎしま萩寺はぎでらへ寄った所が、そこへ丁度彼の屋敷へ出入りする骨董屋こっとうやが藤井の父子おやこと一しょにまいり合せたので、つれ立って境内けいだいを歩いている中に
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ハハハハ、間諜だけは本当だ。けれども、私は人殺しでも悪漢でもない。君達が父子おやこで私を
計略二重戦:少年密偵 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
それにこうして父子おやこわかれわかれになっていても、おとうさんとにいさんのあいだないしょの約束やくそくがあって、どちらがけてもおたがいにたすうことになっているのかもしれない。
鎮西八郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
旦那様は随分他人ひとにはひどくおあたりになりましても、貴嬢あなたさまばかりには一目いちもく置いていらしたのが、の晩の御剣幕たら何事で御座います、父子おやこの縁も今夜限だと大きな声をなすつて
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
それだが卯平うへいまたひとりでむつゝりと蒲團ふとんにくるまつてとき父子おやこにんはなしきこえた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
自分の暇潰ひまつぶしにいい出した当人で仕方もないが、どうも、野見さん父子おやこに対して気の毒で、何んとも申し訳のないような次第でありましたが、さりとて、今さら取り返しもつかぬ。
広海父子おやこも大原も頬の落ちん心地ここちしてこの珍味を賞しけるが続いてずる魚の料理
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
たとえば父子おやこが激論をしていると、急に火事が起って、家が煙につつまれる。その時今まで激論をしていた親子が、急に喧嘩けんかを忘れて、互に相援あいたすけて門外に逃げるところを小説にかく。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
中将の書斎には、父子おやこただ二人、再び帰らじと此家ここでし日別れの訓戒いましめを聞きし時そのままに、浪子はひざまずきて父のひざにむせび、中将はき入るむすめせなをおもむろになでおろしつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
女の方の病気さえなければ、橋本父子おやこに言うことは無い——それがあの人達の根本おおね思想かんがえです。だから、ああして女の関係ばかり苦にしてる。まだ他に心配して可いことが有りゃしませんか。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
大宅おほや父子おやこ多くの物を二一〇まひして罪をふによりて、百日がほどにゆるさるる事を得たり。かくて二一一世にたちまじはらんも面俯おもてぶせなり。姉の大和におはすをとぶらひて、しばし彼所かしこに住まんといふ。
よしそれとても、今日よりは、ここを我が身の死に処。心の限り養生をさせましてのその上に、御全快にもなるならば。父子おやこ二人が身を捧げ、同じ汚れの名にも染む、人の為にも尽くすぞならば。
移民学園 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
戦えば、わがデンマークは必ず勝ちます。なに、前から機会をねらっていたのだ。レヤチーズは、尊い犠牲になってくれました。父子おやこそろって、いや、レヤチーズの霊は必ず手厚く祭ってやろう。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
父子おやこ二人の眼の前へ、一通の書面がひらかれた。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
『……しかと、わからんが、もう移転ひっこしの荷を、ぼつぼつ本所へ送っているのは事実だ。然し吉良父子おやこが移った様子はまだないらしい』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
父と子とは、思想も感情もスッカリ違っていたが、負けぬ気の剛情なところだけが、お互に似ていた。父子おやこの争いは、それ丈激しかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
雨はしとしと降って来たので、父子おやこは濡れながらに路を急いだ。父子のうしろに黒い影が付きまとっていることを、二人ともに知らなかった。
心中浪華の春雨 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼女の造るのは靴の甲の方で、女の手に及ばない底づけは父の分担であり、この奇妙な父子おやこの職人は、励まし合って仕事にいそしむのだった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
其の日は丹治父子おやこが帰り、さて五日になりますと、多助はなんにも知らず馬を引いて諸方を歩いて、夕方帰ってまいりました。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
店から住居を抜けると、裏は二た戸前の土蔵と物置があって、その間に弥惣父子おやこの住んでいる小さい家があります。
ペータア父子おやこが近日横浜を出帆するなら、それを見送りがてら行くのもよいと、幸子はそうも思い付いたが、生憎あいにくと又、出帆の当日が地蔵盆に引っかかるので
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
広すぎてさびしくなった食卓に、父子おやこ二人がはじめて差向いで食事をしてみたくもあったが、お互いにそれが却って寂しさを増しはせぬかという懸念もあったのだ。
(新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
が、鋳たものが運八父子おやこで、多津吉の名が知れると、法界屋の娘の言葉も、お上人様が坊主になった。