つま)” の例文
辰男はインキに汚れた骨太い指でつまんで大口に食べた。そして、冷たくなつてゐる手を内懷に入れて温めながら暫らく息休めをした。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
うちの狗か。」判事はだしぬけにみちの真中で鼻をつままれたやうな顔をした。「それぢや仕方がない、盗まれた肉代は幾らだつたね。」
……とうとう鼻をつままれても解らない真の闇になると、そのうちに重たい靴底がフンワリと、海底の泥の上に落付いたようである。
怪夢 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
手でズボンをつまみ上げて折目も拵え終ったが、それでもまだ迎えに来ず、ええクソ帰ってしまおうか今帰ろうかといらいらしていたが
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
『まだ、空は暗い。浅右衛門様のお駕が見えてから、つまみ出しゃあいいだろう。一両の宿賃だ。もうちっと、寝かしておいてやれ』
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで彼等は同時に箸を著け、同時に一塊いっかいの蛇肉をつまむ。——いやいや。どうも蛇肉ではグロだ。やっぱり鰻という方がいい。
幸福な家庭 (新字新仮名) / 魯迅(著)
が、やがて、指の先で、自分の皿の底からパンのかけらをつまみ上げ、真面目まじめに、無愛想に、そいつをルピック夫人めがけてほうったものである。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
と言って山崎譲が、七兵衛の手につまみ上げたものを見ると、それは径一寸ばかりの真鍮しんちゅうの輪にとおした、五箇いつつほどの小さな合鍵でありました。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
踏んづけたものを、斜酣は右の手でつまみあげた。蛇だ蛇だ。蛇は鎌首に楕円の波を打たせて持ちあげるが、なかなか斜酣の手まで鎌首が到達しない。
採峰徘菌愚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
さうするとばあさん思案しあんしつゝしかすみやかにつなひとつをつまんでははなしたりまたつまんだりきはめていそがしげにうごかす。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そう言って夫人はわたくしのたもとの八ツ口の根元を指先でつまみ、指先の早業で下着の裏や襦袢じゅばんの地質をあらため見ました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
優しくせなを押したのだけれども、小僧には襟首をつまんで引立てられる気がして、手足をすくめて、宙を歩行あるいた。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その時の私の驚きようったら、きつねつままれたということがあるが、ほんとにそうでないかしらとさえ思いました。
小さい時分にはよくつまみ出してやった大人たちは、意固地いこじに逃込むのを憎がって、この頃は手をだすのを見つけるたんびにざまあみやがれと言って笑った。
わたしは外からかえるとすぐ赤児の顔を、その柔らかい頬をつまんでみなければ、書斎へはいらなかった。その抓み方が痛そうだと、女はよく抗議を言った。
童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
發見はつけんしたのはこのしゆ例外れいぐわいで、突起つまみいのである。其代そのかはり、兩端りやうたん二箇宛ふたつづゞ小孔せうこう穿うがつてある。ひもるゐしたものとほして、それをつまやうにしたのかもれぬ。
また隠さない明けッ放しの内臓を見せても世間で別段鼻をつまんでにがい顔をするものがないからでもありましょうが、私の所へ時々若い人などが初めて訪問に来て
文芸と道徳 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ひょいとつまんで見せました、(水銀は表面張力が強いですから抓んだことには愕きませんでしたが)
宇宙爆撃 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
書生は主翁の衣服きものつまんで引っぱった。主翁は云うとおりになって書生の方へ寄った。そこには書生が開けたままの障子しょうじいていた。主翁は障子の方へ注意していた。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
つまみ上げられたように、北方の天にねられている、まるで麦酒ビールの瓶を押し立てたようだと、高頭君は半ば恐怖を抱いて言った、その壮容は、殉教者や迷信者を作って
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
男は然程さほど注意を惹かないが、ゆきふ女がおいも若きも引る様な広いジユツプ穿いて、腰の下迄ある長い黒の肩掛を一寸ちよつと中から片手で胸の所の合目あはせめつまんで歩くのが目に附く。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
などすこし異様のことさえ口走くちばしり、それでも母の如きお慈悲の笑顔わすれず、きゅっとつまんだしんこ細工のような小さい鼻の尖端、涙からまって唐辛子とうがらしのように真赤に燃え
創生記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
『まさか! 這麽こんな小さいの着られやしないわ。』と、笑ひ乍ら縫掛けのそれをつまんで見せる。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
試に武甲信の三州界に兀立ごつりつする甲武信こぶし岳の頂上に立って俯瞰すると、千曲、笛吹、荒川の三川が三本の糸をつまみ上げたように直ぐ脚の下まで上って来ているのを見るであろう。
奥秩父 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
神棚の燈明とうみょうをつけるために使う燧金ひうちがねには大きな木の板片が把手とってについているし、ほくちも多量にあるから点火しやすいが、喫煙用のは小さい鉄片の頭を指先でつまんで打ちつけ
喫煙四十年 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
蝶蜂は形を問わず、おのが好む花の色したよい加減な作り物に付き纏う事あり。南米産のさるに蠅の絵を示すと巧拙構わずつまみに来るを親しく見た。画が巧みなるにあらず、猴の察しがよいのだ。
感じ早い氏の頭に驚くべき速力を以て僅少の時間内にいやうへ畳み込んだ日本の百千の印象が今其の一端をつまんで引越して見ると、ぞろ/\と釣し柿のやうにつながつて際限なくめくれて来るから
露都雑記 (新字旧仮名) / 二葉亭四迷(著)
むっくり起きあがると大あぐらをかき、長い顎のさきをつまみ抓み
顎十郎捕物帳:16 菊香水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
森々しん/\と致して鼻をつままれるのも知れません。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
つまみの厚い土耳古トルコ煙草に火をつける。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
たらちねのつままでありやひなの鼻 蕪村
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
辰男はインキに汚れた骨太い指でつまんで大口に食べた。そして、冷くなっている手を内懐に入れて温めながらしばらく息休めをした。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
と、赤地錦の——といっても余りに古びて金襴きんらんの光よりは、垢光あかびかりの方がよけいにする巾着の耳をつまんで、武蔵の顔の前へ出した。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
吾輩が昨夜ゆんべ焼いてしまった心理遺伝論のおしまいに、附録にして載せようと思っていた腹案の骨組みだけをつまんで話すと、こうだ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
検校はだしぬけに鼻でもつままれたやうに、顔中をくしやくしやさせた。そして富尾木氏のわきに坐つた相客の方へ首をぢ向けた。
イクラのひとつまみを、口にふくんでそれを唾液でよくぬらし、それをぱっぱっと渓流の落ち込みへ吐いた。つまり、寄せ餌にするつもりであったのである。
鱒の卵 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
と当って見ると、いやつまんだつめの方が黄色いくらいでござったに、しょうのものとて争われぬ、七りょうならば引替ひきかえにと言うのを、もッと気張きばってくれさっせえで
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
桶屋の小僧の平太郎が蝙蝠の一ぴきを竿さおでうち落して、両翅りょうばねつまみ拡げ、友達のなかで得意顔をしている。
蝙蝠 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
自分が案内をして傍についていて、どうのこうのと言うよりは、道庵そのものを一かたまりつまみ込んで置きさえすれば、それで病人に対しての万事は足りている。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
下駄げたとほくへばされたり、ころがつたり、紙包かみづゝみもちおとしたりしてこゑあひまじつた。彼等かれらにはへおりてからおもむろにかみひらいて小豆飯あづきめしつまんでべた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その代り膏気あぶらっけもなかった。彼はぱさぱさした手で、汚れた風呂敷の隅をつまんで、それを鄭寧ていねいに折った。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこで二万銭の賞金を懸けて二人の自衛団が危険を冒してやっとこさと垣根を越えて、内外相応じて一斉に闖入ちんにゅうし、阿Qをつまみ出しておみやの外の機関銃の左側に引据えた。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
と誰かいうと、このお旗本は、杯口ちょくを下のぜんの上において、痩身そうしんの男が、猫のように丸めた背中をくねらし、木乃伊みいらみたいに黒い長い顔から、つまみよせた小さな眼を光らせて
喜村は、オーバーのポケットから小猫のような犬をつまみ出した。ポケットテリヤだった。
睡魔 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
其の洋服代も美奈子がばう新聞社へ売つた小説の稿料の中から支払つたので妻がの目も眠らずに働いた労力の報酬の片端である。又一枚しか無い保雄の大島の羽織がつまみ出された。
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
正可まさか! 這麽こんな小いの着られやしないわ。』と、笑ひ乍ら縫掛のそれをつまんで見せる。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
可なり急いだけれども山葵わさび谷の三角点まで行かぬうちにとっぷりと日は暮れて、鼻をつままれてもわからない真の闇となってしまった。肝心な提灯は山の上に置き忘れて来たことに気が付く。
初旅の大菩薩連嶺 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
それを隷官にわし、また往って大市橋のある処へ出たが、その橋の袂にいる乞児を見つけると、隷官を曳きとどめるようにして、突然その乞児の肩におどりあがり、頬を打ちおもてつまみだした。
義猴記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
と医者は大笑して、ようやく手の皮をつまみ上げるのを止めた。そして
葛根湯 (新字新仮名) / 橘外男(著)
あるいは岩石の節理がくれ立ちて、木輪が、磨滅した木の肉から浮ぶように、つまみ上がって見えたりするが、雪の動作は、それとは反対に岩石を擦り円め、滑らかにさせ、磨き上げるのである。
高山の雪 (新字新仮名) / 小島烏水(著)