しご)” の例文
隅の階子段はしごだんて空ざまに髯をしごいた。見よ、下なる壁に、あのひぐまの毛皮、おおいなる筒袖の、抱着いたごとく膠頽べたりとして掛りたるを——
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ただふところから縄を出してしごくような素振そぶりをしたり、またそこらにあったものを引き寄せるような仕事をしているうちに、寝ていた幸内が
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しごきの仕事で、毎日晝過から夕景まで、横山町の問屋仲間を廻るのが菊之助の仕事、これは總七ならずとも、皆んな知つて居ります。
手のなかの髪の毛をスーイスーイしごいてみたり、クルクルと拳へ巻きつけてみたりしながら、しきりにその辺を眺め廻していたが
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
浄瑠璃の「寺子屋」で、源蔵に近づきになつてゐる人達がたまに訪ねてゆくと、爺さんは長い髯をしごきながら色々な自慢話を始める。
それにも山の法則があって、他人のりかけたものに手をつけることはできなかった。手をつけた印には木の葉をしごいてあった。
仙術修業 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
グルグルと解いたは紫のしごき、首へ纒うとキュ——ッひと絞め! くたばったかな? いや駄目だ! 人の馳せ来る足音がした。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
腰は海老えびの様に二重に曲つて、地にも届きさうな長い白髯をしごきながら、よぼ/\と梅の樹間を彷徨さまようて居るのが、時々私達の眼に入つた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
老人は自分から胸元を見下し、指を拡げて裏から白髯はくぜんしごいた。長い白髯は春の光の中で、支那素麺そうめんのように清らかに輝いた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
と云いながら倉前へ来て見ますと、の縮緬のしごきが一本、そばに浴衣が有りまして、ポタリ/\と血が垂れて居ますを見て由兵衞は慄え上り
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
葉縁にはするどき細鋸歯がならんでしごけばよく手を切る事は人の知っている通りである。支那の書物にも「甚ダ快利ニシテ人ヲ傷クルコト鋒刀ノごとシ」
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
かさねえでよきこともれでつてくろうな」といふおつぎのこゑけるのであつた。わづかどぜう味噌汁みそしるれてはしほねしごいて與吉よきちへやつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
それを押しけて生々した張合いのある精神が背骨を伝って、ぐいぐい堕気をしごき上げるので、かの女は胸を張ったちゃんとした姿勢で、むす子と向い合った。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この敵、ただ者に非ず——と見ながら権之助は、満身を気にふくらませて、杖をうしろにしごきながらもう一度
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
前後も不覚にいびきを掻き始めたその寝入りばなを、逆さにしごくようにあわただしく叩き起されたのであった。
ほこらの前に住んでいる湯沢医者が、ひげしごきながら縁先へ出て来て、食肉鳥のような声を絞った。
或る部落の五つの話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
……その吾輩が長髯ちょうぜんしごきながら名刺を突き出すと、ハガキ位の金縁を取った厚紙に……日本帝国政府視察官、医典博士、勲三等、轟雷雄チョツデヨンウウン……と一号活字で印刷してある。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それほど、新兵衛はそのしごき出す三間の大身の鎗の鋒先ほこさきで、さきがけ殿しんがりの功名を重ねていた。そのうえ、彼の武者姿は戦場において、水ぎわ立ったはなやかさを示していた。
(新字新仮名) / 菊池寛(著)
すると隆法老僧は、自慢の白髯の、それも甚だまばらなのを、無理に兩手でしごきながら
ごりがん (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「うん、そうじゃ」司令官の別府大将は、頤髯あごひげをキュッとしごいて、目を閉じた。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
壁面の上部にはわずかの罅隙をもとめて根を托した禾本かほん科らしい植物の葉が、女の髪の毛をいたように房さりと垂れて、葉末からは雫でも落ちているらしく、手でしごいたように細くなっている。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
しごかれて砕かれて、滝になったり、淵になったりして、消えて行く……。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
と新太郎君はしきりに髪の毛をしごき始めた。煩悶はんもんがあると必ずこれをやる。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
酒をんで赤い顔した女連おんなれんが、兵隊に仮装して、長い剣をガチャガチャひきずりながら、宴会のところに、「万歳万歳」と云ってころげこんで来ると、長いひげしごいているえらい将校の人たちも
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
村中で穀物をしごき出す
畑の祭 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
人の形が、そうした霧のなかに薄いと、可怪あやしや、かすれて、あからさまには見えないはずの、しごいてからめたもつれ糸の、蜘蛛の幻影まぼろしが、幻影が。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あなた、これがお米なの。それともお麦?」と夫人は稲穂の一つをしごいて手に取つた。「まあ贅沢だわね、外套を着てますよ。」
黄八丈の財布が一つ、しごいて見ると、中から出たのは、數も百二十枚、昨夜女隱居が盜られたといふ小判にまぎれもありません。
その庖丁はうちやうのとん/\とあひだせはしく八人坊主はちにんばうずうごかしてはさらさらとわらしごおとかすかにまじつてきこえる。おしな二人ふたり姿すがたまへにしてひど心強こゝろづよかんじた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
たいして疲労つかれてもいないらしい。審判席では定吉先生が、さも驚いたというように、長い頤髯ひげしごいていた。眉の間に皺が寄っていた。神経的の皺であった。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それをしごいて一文字に、群衆の中へ飛び込んでしまった、その早いこと。生薬屋の屋根の上からねらいを定めようとした猟師の藤吉は、火縄を吹いて呆気あっけに取られ
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
又四郎は手に取ってしごいてみたりした。さっき物陰に潜んでいるに通った庭番の持物などであろうが
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
千本格子の中から聞える三味線は、長唄のものを使っているらしく、浄瑠璃のあの節太い写実の調子はやさしくしごかれ、たゞ美しいだけの抒情詩の耳触りになっています。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
新婦の母親の頓野老夫人も、ちょっと中腰になって押止めにかかったが、新夫婦が強いて行こうとするのを見た頓野老人が、山羊鬚をしごいて老夫人を押止めた。小声で囁いた。
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
こういいながら、忠直卿は槍をしごいて二、三間後へ退りながら、位を取られた。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「や、白髪じゃねえか。」呻いた藤吉、ぐいと濡髪をしごいてみてから
机の上に肘をついて、髪の毛を両手でしごいていた新太郎君は間もなく
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
彼の 白髭をしごくだろう。
おや、顔に何かついている?……すべりをしごいて、思わずでると、これがまた化かされものが狐に対する眉毛につばと見えたろう。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
岡本氏はかういつてその入れたいといふ羽織の襟を指先でしごいてみせた。細かい銘仙のかすりで大分皺くちやになつてゐる。
死骸の懷ろには、鬱金うこんの胴卷がありますが、しごいて見ても、中は空つぽ、びた錢一つ入つては居りません。
でにぎりしめて、ぎゅうと、しごいてみると、伸びとりとの調和に、無限な味と快感がおぼえられる。武蔵は、お甲からもらった黒樫くろがしの木剣を常に離さなかった。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
同時に飛び退いた小一郎は、引き抜いた下緒をピューッと振り、一つしごくと早襷はやだすき! 袖が捲くれて二本の腕が生白くニュッとみ出したが、つづいて聞こえたは鞘走る音だ。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この島山に住む人は、山のわたくし同様、驚異でいのちに傷目をつけられ、美しさにいのちの芽を牽出され、苦悩にしごかれて、希望へと伸び上がらせられなければならない。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
田植たうゑ同勢どうぜい股引もゝひき穿いたまゝどろあしをずつとほりみづてゝ、股引もゝひき紺地こんぢがはつきりとるまで兩手りやうてでごし/\としごいた。けたどろけぶりごとみづにごらしてずん/\とながされる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
七兵衛は行燈あんどんの下で麻をしごいて、それを足の指の間へはさんで小器用に細引ほそびきこしらえながら
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その時に、紅軍の大将たる忠直卿は、自ら三間柄の大身の槍をりゅうりゅうとしごいて、勇気凜然と出場した。まことに山の動くがごとき勢いであった。白軍の戦士は見る見るうちに威圧された。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
お美野の死体の傍ににじり寄ると、はじめ一応た時と同じように、ちょっと申訳にちらと頸筋を拭いて手をやってみたのち、それから、死体の首に結んであった細引きを両手にしごきながら、何か
某名士氏は八十幾歳の高齢で悠々と白髯をしごいて御座った。
恐ろしい東京 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しごけば、するすると伸び、伸びつつ、長く美しく、黒く艶やかに、ぷんと薫って、手繰り集めた杯のうちが、光るばかりに漆をく。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)