じょう)” の例文
しかしそのも出来る事なら、生みの親に会わせてやりたいと云うのが、豪傑ごうけつじみていてもじょうもろい日錚和尚の腹だったのでしょう。
捨児 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
少しは邪推の悋気りんききざすも我を忘れられしより子を忘れられし所には起る事、正しき女にも切なきじょうなるに、天道怪しくもこれを恵まず。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「そうか、咲いたか。……今朝もほうきを持って掃いたに、気がつかなんだ。花も、武骨者の軒に咲いては、じょうなしよと、無情つれなかろうな」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
牛女うしおんなが、こうもりになってきて、子供こどもうえまもるんだ。」と、そのやさしい、じょうふかい、心根こころねあわれにおもったのであります。
牛女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
心と心とが戦い、じょうと意とが争い、理想と欲望とがからみ合う間にも、からだはある大きな力に引きずられるように先へ先へと進んだ。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
そのかわりにわか和尚おしょうに頼んで手紙を夫人のもとへ送り、その返書を得て朝晩にそれを読みながら、わずかに恋恋れんれんじょうを慰めていた。
悪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
男「スリルだね。閨房の蜜語がたちまちにして恐怖となる。君はその時、あの男の目の中に、深い憐愍れんびんじょうを読みとったのだったね」
断崖 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「え、ほんとうに。」と、答えたが、何だかじょうを迎えるような調子であったことに気がつき、自分一人で羞かしくなり、頬が熱くなった。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
まアねえ二拾両も遣って長襦袢でも買えと云えば、気の毒なと云って嬉しいと思って、又おはんに前よりじょうの増す事が有るかも知れませんよ
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
しかしあれはじょう分芸ぶげい七分で見せるわざだ。我らが能からけるありがた味は下界の人情をよくそのままに写す手際てぎわから出てくるのではない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「風は金波を揺がして遠く声あり、船頭、いずくンぞ耐えん今夜のじょうか、オイ、戸外そとへ行くと、怖いことがあるぜえ、承知かア」
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
彼はただ自己おのれじょうの動くがままに働くのである。彼がお葉を嫁に貰いたいと云い出したのも、決して不思議でも無理でもない。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
奥畑自身の小遣いに化けたものもあるが、大部分が妙子の手に渡ったことは確かと見てよく、妙子はそれらをじょうを知って受け取ったのみならず
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
たとい教えのある人でも、どうせ死ななくてはならぬものなら、あの苦しみを長くさせておかずに、早く死なせてやりたいというじょうは必ず起こる。
高瀬舟縁起 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
主人の口占くちうらから、あらまし以上のような推察がついた今となっては、客も無下むげじょうこわくしている訳にも行かない。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
天候じょうなくこの日また雨となった。舟で高架鉄道の土堤へ漕ぎつけ、高架線の橋上を両国に出ようというのである。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
一つずつ手をかけて、垂れをはぐって行こうとするから、じょうに打たれてボンヤリ見ていたお絃が、あわてて止めた。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
妹のじょうにほだされて、せっかくかたった仲間や同志をむざむざ裏切ることもならず、乗りかかった船突っ切ったものの可哀かわいそうなことをしてしもうた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
短篇集たんぺんしゅうを四冊出しています。尤も「可哀かわいい神様の事」という方は、切れていて続いているような話です。あどけない、無邪気な、そしてじょうの深い作です。
それでわたくし反応はんのうしています。すなわち疼痛とうつうたいしては、絶呌ぜっきょうと、なみだとをもっこたえ、虚偽きょぎたいしては憤懣ふんまんもって、陋劣ろうれつたいしては厭悪えんおじょうもっこたえているです。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「エッ、そのお子さん、お亡くなんなすったかえ——こう言うんだ。でなきゃ、言葉にじょうってものがねえや」
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
わたくしの耳にはこの「三月になるわネエ。」と少し引延ばしたネエの声が何やら遠いむかしを思返すとでも云うように無限のじょうを含んだように聞きなされた。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
持って生れた縹緻美きりょうよしと伝法肌でんぽうはだから、矢鱈やたらに身を持崩していたのを、持て余した親御さんと世話人が、じょうを明かして等々力の若親分に世話を頼んだものだそうですが
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「あれ、じょうこわいねえ、さあ、ええ、ま、せてるくせに。」とむこうへ突いた、男の身が浮いた下へ、片袖を敷かせると、まくれた白い腕を、ひざすがって、お柳はほっ呼吸いき
木精(三尺角拾遺) (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こんな稼業かぎょうをしてるんだから、いつまでも——一生その人にじょうを立ッて、一人でいることは出来ないけれども、平田さんを善さんと一しょにおしでは、お前さん済むまいよ。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
実験室とはいえ自邸の一隅いちぐうにとどめることの出来るのは何となく気強いことだったし、食事についても、何くれとなくじょうこもった手料理などをすすめることが出来ることを考えて
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しげ そうよ、涙あこぼしている暇も無えずらよ! お前はそうたじょう無しだあ。
鈴が通る (新字新仮名) / 三好十郎(著)
「私は必要のないことをじょうにまかせてしゃべるような人間ではございません」
私はそんな犬振りでじょうを二三にするような、そんな軽薄な心はいささかも無い。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
立っていた春吉君は、そのとき、いい知れぬ羞恥しゅうちじょうにかられた。
(新字新仮名) / 新美南吉(著)
じょうなしのいじわるなエゴイスト!」とドゥーニャは叫んだ。
自然なじょうに結ばれた平穏無事な親と子になっている。
一つ身の着物 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
夫婦のじょう
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
彼には父が違っている、——しかしそのために洋一は、一度でも兄に対するじょうが、世間普通の兄弟に変っていると思った事はなかった。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
中二階の悲痛な声を耳にすると、大事の前の小事と、心を鬼にしてきた弦之丞も、かれを残して去ることはじょうにおいてしのびなくなった。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
卒然としてこのしょのみを読めば、王に理ありて帝に理なく、帝にじょう無くして王に情あるが如く、祖霊も民意も、帝を去り王に就くきを覚ゆ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「あれは、私の相手を勤めた婦人は、井上次郎の細君だったのか」そして、云い難き悔恨かいこんじょうが、私の心臓をうつろにするかとあやしまれました。
覆面の舞踏者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
肉の足らぬ細面ほそおもてに予期のじょうみなぎらして、重きに過ぐる唇の、ぐうかを疑がいつつも、手答てごたえのあれかしと念ずる様子である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「やい、勘作さん、おまえさんのようなじょうなしがどこにある、おまえさんはなんのうらみがあって、私の仕事の邪魔をした」
ある神主の話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
おじいさんは、それらの文字もじににじむ、親思おやおもいのじょうをうれしく、ありがたくかんじ、手紙てがみをいただくようにして、また仏壇ぶつだんのひきだしへしまいました。
とうげの茶屋 (新字新仮名) / 小川未明(著)
主人の口占くちうらから、あらまし以上のやうな推察がついた今となつては、客も無下むげじょうこわくしてゐる訳にも行かない。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
それにわたくしはしゃみせんの曲をかんがえまして、文句のあいだにおもしろい合いの手などをくわえて、いちだんとじょうのふかいものにいたしました。
盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と勧められ、くよ/\して客を取る気もなくじょうのある様なふりをするも外見みえかは知れませんが、皆来てはくやみを云う。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「あああ、子供でさえも、思う人のことを、あんなに、夢にまで口に出すのに……ほんとににくらしいじょうなしだ」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
かれは日記に「荻生君はわがじょうの友なり、利害、道義もってこの間をおかし破るべからず」と書いた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
じょうのいたるところ、いかんとも忍びがたし……さぁ、どうでもしろというわけで、意気込みときたら、すばらしいもんだった……戦争をしている国の国民の一人として
春雪 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その慙恨ざんこんじょうられて、一すいだもせず、翌朝よくちょうついけっして、局長きょくちょうところへとわび出掛でかける。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
大木のほうでも矢野が頭脳あたまのよいばかりでなく、性質が清くてじょうに富んでるのを愛している。
廃める (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
われわれはいち外濠そとぼりの埋立工事を見て、いかにするとも将来の新美観を予測することの出来ない限り、愛惜あいせきじょうは自ら人をしてこの堀に藕花ぐうか馥郁ふくいくとした昔を思わしめる。
(お前さんがじょうを立てているほど、お艶ちゃんのほうでも情を立ててくれているのかい)
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)