いた)” の例文
汝ラヴィーナを失はじとて身を殺し、今我を失ひたまへり、母上よ、かの人の死よりさきに汝の死をいたむものぞ我なる。 三七—三九
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
『可哀さうに! 恐ろしい火山の煙りが、あの勇敢なプリニイを窒息させたんですね。』とジユウルがいたましさうに云ひました。
即ちこの長歌及び反歌は、旅人の心持になって、あたかも自分の妻をいたむような心境になって、旅人の妻の死を悼んだものである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「……いや申しおくれたが、お父上の国香殿の御死去。はるかに、お噂はきいた。さぞ御無念でおわそう。おいたみ申しあげる」
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また、その人々のうちには、あの時いっそと思いに死んだ方がしであったなどと思った人もないとはいえない。世にいたましいことである。
九月四日 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「ミニシミル」の句は前書がないと意味が十分に受取りにくいけれども、八雲のいう通り、「死んだ子をいたんでいる母の悲みを意味している」
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
夫人は、口でこそ青年の死をいたんでいるものゝ、その華やかな容子ようすや、表情の何処どこにも、それらしいかげさえ見えなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ついした自分の粗忽そこつから置き忘れてしまった腑甲斐ふがいなさを自ら憐れみ、いたみ、くやみ、あせり、憤るの情に堪えません。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
吉原へつとめ奉公にやられたとは扨も/\いたはしき事如何にむかしの恩あればとて夫程までに御夫婦が御心盡こゝろづくしをなされしものを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
虎は安南語を解し林中にあって人が己れの噂するを聞くという。因って虎を慰めいたことばを懸けながら近寄り虎が耳を傾け居るすきを見澄まし殺すのだ。
一門の人々、思顧のさむらひは言ふも更なり、都も鄙もおしなべて、いたしまざるはなく、町家は商を休み、農夫は業を廢して哀號あいがうこゑ到る處にちぬ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
たしかに、ニコラス・クレーグ船長はいたましい死を遂げたのではなかったものと思う。彼の青く押し付けたような顔には、輝かしい微笑を含んでいる。
在るが故によろこぶべきか、きが故にいたむべきか、在る者は積憂の中にき、亡き者は非命のもとたふる。そもそもこのかつとこの死とはいづれあはれみ、孰をかなしまん。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
その様子が、どうも、弟の死をいたんでいるのとはどこかちがうように見えた、と、あとでそう言っていた者がある。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それは友人の死をいたむとか悲しむとかいうはっきりした感情ではなくて、自分自身が真暗な墓穴の中に引込まれるような、一種の恐怖に似た不快さだった。
あれよあれよとばかりに自ら恐れ、自らいたみ、且つ泣き、且ついかり、且つ悔いて、ほとんどその身を忘るる時
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ふだんから偏屈な独りぼっちの男だったので、友人一人いたみに来なかった。また知らしてやる処もなかった。
母親 (新字新仮名) / 若杉鳥子(著)
たつた一人の御跡取時之助樣の御壽命をのろはれ、殿御腹立ちももつとも至極だが、まゝしき仲を疑はれて生害して身の潔白けつぱくを示された、奧樣の御心中もおいたはしい。
ふだん姉を可愛かわいがって、荒い言葉一つかけたこともない父が、人前もなくこんなにもののしりつけているのは、姉の死をいたむ父の痛恨の一種だったかも知れません。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
集に存ずる所の三絶句の一は、亡妻をいたんで作つたものらしい。「二月十五日夜呼韻。風恬淡靄籠春園。遠巷誰家笑語喧。零尽梅花枝上月。把杯漫欲復芳魂。」
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
伝七はそう云ったが、盂蘭盆うらぼんに死んで行った薄命の女達をいたんだのであろう、その眼は涙に濡れていた。
柴田の横死おうしいたむよりも、むしろ痛快がっているらしい私語が、はじめはひそひそとであったが、しまいにはほとんど公然と、未亡人の眼の前で、ささやきはじめられた。
誰が何故彼を殺したか (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
自分たち門弟は皆師匠の最後をいたまずに、師匠を失つた自分たち自身を悼んでゐる。枯野に窮死した先達を歎かずに、薄暮に先達を失つた自分たち自身を歎いてゐる。
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
筒井は手をついていたみの言葉をのべた。父という人は満足げにその言葉を受けて、軽く頭をさげた。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
この詩も近ごろった人をいたんだ詩であることから、詩の中の右将軍の惜しまれたと同じように、世人が上下こぞって惜しんだ幾月か前の友人の死を思うのであった。
源氏物語:36 柏木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
楽人はいたみの曲を奏し、市人は感嘆の声をおしまず、文章家は彼女が生れたおりから死までが、かくなくてはならぬ人に生れたことを、端厳たんごんな筆につづりあわせたであろう。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
時ならぬ三時間の大暗黒は、神の独子イエスの死をいたむために着けた宇宙の喪服でありました。
しか他人たにんいたむ一にち其處そこ自己じこのためには何等なんら損失そんしつもなくて十ぶん口腹こうふくよく滿足まんぞくせしめることが出來できる。他人たにん悲哀ひあいはどれほど痛切つうせつでもそれは自己じこ當面たうめん問題もんだいではない。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
燕王範を垂れて反をあえてし、身さいわいにして志を得たりと雖も、ついに域外の楡木川ゆぼくせんに死し、愛子高煦は焦熱地獄につ。如是果にょぜか如是報にょぜほうかなしいたむ可く、驚く可く嘆ずべし。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
いたはしや花瀬は、夫の行衛ゆくえ追ひ駆けて、あとより急ぐ死出しでの山、その日の夕暮にみまかりしかば。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
上宮太子の薨去こうきょは、推古天皇の三十年二月二十二日夜半であった。時に御年四十九歳、当時の人々が、太子の薨去をいかに深くいたんだかは日本書紀にもしるされているとおりである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
シュタルケンファウストは嘆息して、武士の涙を注いで友人の時ならぬ非運をいたんだ。それから自分が引きうけた厄介な使命のことをしみじみと考えた。彼の心は重く、頭は混乱した。
まもなくブラドンの態度が一変してなんら妻の死をいたむようすがなくなったので、クロスレイ家の人々は、それをひどく不愉快に思って、排斥はいせきの末、彼を下宿から追い出すにいたった。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
否、もうのみの音を聞く日が迫ってきたと強く想像してみて下さい。私はあの江戸を記念すべき日本固有の建築の死をいたまずにはおられない。それをもう無用なものだと思って下さるな。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
いたましい追憶に生きている爺さんの濁ったような目にはまだ興奮の色があった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そこでその季節シーズンを二人で暮らしたが、その年の終わるころに私のこのくだらない恋愛の火焔ほのおは燃えつくして、いたわしい終わりを告げてしまった。私はそれについて別に弁明しようとも思わない。
彼女はいたましさと悲しさが胸いっぱいになって、両手で彼をいだいた。
ああ、内のこの悪戯いたずらと外のいたましい心とのこの対照よ。子供ながらに、いや、子供なればこそ私は、叔母と祖母とをこの時ほど純真な正義感の上から憎んだことはなかった。高は答えるのだった。
五月九日 楠目橙黄子くすめとうこうしいたむ。(五月八日午後三時三十分逝去)。
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
武田博士は、眼をつぶって、好敵手の最期をいたむのであった。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
子として、父の死をいたまぬものが、どこにあろう。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いたましい混沌の泥洲。その岸の孤独な蘇鉄。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
いたみは悲しむ者のいのちを時ならぬにうばい
かへらぬたまをいとどしくいためる窓の
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
いたましむ者が他にありましょうか
いたまぬならねどしゆうへなほさらにづかはしくかげになり日向ひなたになり意見いけん數々かず/\つらぬきてや今日けふ此頃このごろそでのけしきなみだこゝろれゆきてえんにもつくべしよめにもかんと言出いひいでしことばこゝろうれしく七年越しちねんごしのえて夢安ゆめやすらかに幾夜いくよある明方あけがたかぜあらくまくらひいやりとして眼覺めさむれば縁側えんがは雨戸あまど一枚いちまいはづれてならべしとこ
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
こゝに彼等その非情の罪業をいたむ、こゝにアレッサンドロあり、またシチーリアにうれへの年を重ねしめし猛きディオニシオあり 一〇六—一〇八
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
お蝶の書置は簡単なもので、お筆や吉之助の問題には何にも触れていなかったが、そのいたましい最後はお筆に対して、一種の復讐手段となった。
有喜世新聞の話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
毎年雷に人が打たれて死ぬと云ふ、悲しい、いたましい例は、此の一番あぶない区域の背の高い木の下に雨やどりをしたりする事から出来るのだ。
「そこを落ち延びると、たちまち紀州勢が現われて藤本殿はあわれ斬死きりじにじゃ。いたましいことではあるが、その働きぶりは、さながら鬼神のすがたであった」
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)