微笑びしょう)” の例文
わたしはふたたびあの見おぼえのある顔を、化粧したほおとちぢれたひげとを見ました。この男はまたわたしを見上げて微笑びしょうしました。
ちょっと皮肉ひにくなところがありますが、やさしい微笑びしょうをたたえた皮肉で、世の中の不正やみにくさに、それとなくするど鋒先ほこさきを向けています。
母の話 (新字新仮名) / アナトール・フランス(著)
折々おりおりにわ会計係かいけいがかり小娘こむすめの、かれあいしていたところのマアシャは、このせつかれ微笑びしょうしてあたまでもでようとすると、いそいで遁出にげだす。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
もう子どもたちもくちびるをゆがめて微笑びしょうするくらいではすまなくなった。みんなはいっぱい口を開けてわらいだしてしまった。
田中中尉は不相変あいかわらず晴ればれした微笑びしょうを浮かべている。こう云う自足じそくした微笑くらい、苛立いらだたしい気もちをあおるものはない。
文章 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ちょっと侮蔑あなどり微笑びしょうくちびるの上にただよわせて自分を見たが、それなり元の通り柱に背をせて、黙って読みかけた書物をまたひざの上にひろげ始めた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あの眼差まなざしもあの微笑びしょうも、てんで見当らなかったけれど、それでいてこの新しい姿になっても、わたしにはやはり素晴すばらしいお嬢さんと思われた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
瑠璃子夫人は、三宅の思い切った断定を嘉納かのうするように、ニッと微笑びしょうもらした。信一郎は初めて、口を入れて、直ぐ横面よこっつらたたかれたように思った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼等を見るとその男の子はにっこりと微笑びしょうした。が、私にも気がつくと、人見知りでもするかのように、橋の下の渓流けいりゅうの方へその小さな顔をそむけた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
仁太や正は海軍に配置はいちされていた。平時へいじならば微笑びしょうでしか思いだせない仁太の水兵も、いったまま便たよりがなかった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
このらぬ少年しょうねんは、その往来おうらいぎるときに、ちょっと太郎たろうほういて微笑びしょうしました。ちょうどったともだちにかってするように、なつかしげにえました。
金の輪 (新字新仮名) / 小川未明(著)
大ぜいの中で、明智だけは、少しもとりみだしたところもなく、口もとに微笑びしょうさえうかべているのでした。
怪人二十面相 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かれはつめたく微笑びしょうしながらペンをおいた。しかし、それと同時にかれの眼をひいたものがあった。それは机の上に開いたままになっていた「歎異抄」だった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
そして戸が少しあいて、行儀ぎょうぎよく帽子ぼうしをとった小さな禿頭はげあたまが、人のいい目つきとおずおずした微笑びしょうと共にあらわれるのだった。「皆さん、今晩は。」とかれはいった。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
風は一週間もつづいたが、それがやむと天地にわかになごやかになり、春の光はききとしてかがやき、碧瑠璃へきるりの空はすみわたって、万物新たに歓喜の光に微笑びしょうした。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
たき竜神りゅうじんさんはいつものように老人ろうじん姿すがたでおあらわれになり、微笑びしょううかべてわれるのでした。——
微笑びしょうをもってながめていた伊那丸は、愛らしいやつ、——たのもしいやつ——そう思ってうなずいた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雪子は被皮ひふを着て、物に驚いたような頓狂とんきょうな顔をしていた。それに引きかえて、美穂子は明るい眼と眉とをはっきりと見せて、愛嬌あいきょうのある微笑びしょう口元くちもとにたたえていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
きのときに会った、だぼはぜ嬢さんや、テエプを投げてやった可憐かれんむすめも、みんな集まっていて、会えばおたがいに忘れず、なによりも微笑びしょうが先に立つなつかしさでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
彼女は蒼白な顔をし、恐怖に満ちた目をしていながら、唇の上には微笑びしょうを浮べておりました。
黄色な顔 (新字新仮名) / アーサー・コナン・ドイル(著)
自由を得た喜びの微笑びしょうを唇の上にたたえて、梯子段はしごだんけ降りて、どこか病気や、胸の悪い事や、ゆるゆると死んで行く有様の見えていないところへ、どこか、ある不明なもの
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
「ほほう、君もどうやら事件のあったことを信用して来たようだネ」と警部は微笑びしょうしながら「だがかく、当面の相手は何とも説明のつけられない変な生物いきものが居るらしいことだ。 ...
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ドッカとして飛散りし花をひねりつ微笑びしょうせるを、寸善尺魔すんぜんしゃくま三界さんがい猶如ゆうにょ火宅かたくや。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
おまえはいつでも二十はたちの青年のむす子で、私はいつでも稚純ちじゅんな母。「だらしがないな、羽織はおりえりまがってるよ、おかあさん、」「生意気いうよ、こどものくせに、」二人は微笑びしょうして眺め合う。
巴里のむす子へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
がやがて微笑びしょうの影のようなものが彼女の顔にうかんだ、そして彼女は椅子に腰を下ろした。「ねえ、君はこう考えないかね」アンガスは女のなんにも気にとめないような風をしてこう云った。
運命よ願わくば私の方針に微笑びしょうをもって好意を示せと言うの外はない。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
キーシュは目をあげて微笑びしょうしました。
負けない少年 (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
喬之助がニッコリ微笑びしょうしたのである。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
質問を受けてお登和嬢微笑びしょうを含み
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
わたしは課業かぎょうつづけてやるようにかれに目くばせした。かれは注意を感謝かんしゃするように微笑びしょうした。そしてまた本を読み始めた。
それじゃ基督ハリストスでもれいきましょう、基督ハリストスいたり、微笑びしょうしたり、かなしんだり、おこったり、うれいしずんだりして、現実げんじつたいして反応はんのうしていたのです。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
辰子は姉の予想したよりもはるかに真面目まじめに返事をした。と思うとたちまち微笑びしょうと一しょにもう一度話頭わとうを引き戻した。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
従順な、しかもかたくなな微笑びしょうである。この微笑を見ただけでもわたしは、ああ、もとのジナイーダだなと思った。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
この知らぬ少年は、その往来をすぎるときに、ちょっと太郎の方をむいて微笑びしょうしました。ちょうど知った友だちにむかってするように、なつかしげに見えました。
金の輪 (新字新仮名) / 小川未明(著)
このふたりも、口もとに微笑びしょうをうかべながら、こけのむしたおかうす暗いしげみのほうをながめました。
しかし、どの顔よりもかれの注意をひいたのは、相変わらず木像のように無表情な荒田老の顔と、たえず皮肉な微笑びしょうをもらして塾生たちを見わしている鈴田の顔であった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「じゃ、一人でお帰りなさい」と私はいまはもう微笑びしょうらしいものさえうかべながら返事をした。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
と、彼女は、微笑びしょうをもって、それへはるかな注意ちゅういをおくっている。——すると、その灯はえて、つぎにはやや青味あおみをもった灯が、ななめに、雨のようなすじを三たびかいた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
するとおじいさんは満足まんぞくらしい微笑びしょう老顔ろうがんたたへて、おもむろにわれました。——
と富士男は微笑びしょうした。そうしてはるかの棒を見やった。かれはもとより勝敗しょうはいに興味をもたなかった、負けたところでさまでの恥でもないし、勝ったところでほこるにたらず、こう思っている。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
探偵はそういって、みょうな微笑びしょうをうかべましたが、小林君には、先生の考えていらっしゃることが、少しもわからぬものですから、その微笑が、なんとなくうすきみ悪くさえ感じられました。
少年探偵団 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
こうした幸福の持続が、あんまりおそろしく、身体をひるがえし、バック台の方へげて行き、こっとん、こっとん、微笑びしょうのうちに、二三回ひいてから、また、手摺まで走って行ってはあなたに手をあげ
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
父の妻としての母からきくのとはちがった父の姿、なみだどころか微笑びしょうさえ浮かんで想像される若い日の父の姿、語る人の親愛感からであろうか、父ははつらつとした好もしい青年であったと知った。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
それから顔に微笑びしょうを見せて、縫物を取り出して、つくえそばへ寄った。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
マルモ隊長はカンノ博士を見で、微笑びしょうした。
三十年後の世界 (新字新仮名) / 海野十三(著)
顔丈には、強いて微笑びしょうを浮べながら。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
『これは奇妙きみょう妄想もうぞうをしたものだ。』と、院長いんちょうおもわず微笑びしょうする。『では貴方あなたわたくし探偵たんていだと想像そうぞうされたのですな。』
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
阿媽港甚内あまかわじんないのほかに、誰が内裏だいりなぞへ忍びこみましょう? わたしはこの言葉を聞くと、必死にもがいているあいだでも、思わず微笑びしょうを洩らしたものです。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ジェイムズ・ミリガンれいの白いとんがった歯をむき出して、にこにこしながらはいって来た。ところがわたしの顔を見ると、微笑びしょうがものすごい渋面じゅうめんになった。
二人はならんで馬を歩ませていた。父は何やらしきりに彼女に話しかけながら、胴体どうたいをすっかり彼女の方へかたむけ、片手を馬の首についていた。父は微笑びしょううかべていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)