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幽
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かす
ふりがな文庫
“
幽
(
かす
)” の例文
都会育ちの先生が、よくもこれほど細かに、濃淡の
幽
(
かす
)
かな変化までも見のがさずに、山や野や田園の風物を捉えられたものだと思う。
歌集『涌井』を読む
(新字新仮名)
/
和辻哲郎
(著)
池へ山水の落ちるのが
幽
(
かす
)
かに聞える。小母さんはいつしか顔を出してすやすやと眠っている。大根を引くので疲れたのかもしれない。
千鳥
(新字新仮名)
/
鈴木三重吉
(著)
それでも近間の山には雲の影もなく、空は
水浅葱
(
みずあさぎ
)
に澄んで、
天狼星
(
シリウス
)
が水の落ちて来る左側の崖の上の雪田を掠めて
幽
(
かす
)
かに光っている。
黒部川奥の山旅
(新字新仮名)
/
木暮理太郎
(著)
そこまでは
幽
(
かす
)
かにおぼえているが、印象はそこで消えて、その先は思い出せない。その代りここまでくると年代はよほど明かになる。
夢は呼び交す:――黙子覚書――
(新字新仮名)
/
蒲原有明
(著)
プチプチという
幽
(
かす
)
かな音が聞えるのだ。何かを
舐
(
な
)
めるような音だ、執拗に耳について離れない。蒲団から顔を出して俺は怒鳴った。
蜆
(新字新仮名)
/
梅崎春生
(著)
▼ もっと見る
風は、森がする吐息のように断続的に吹いている。しばらくすると、また
幽
(
かす
)
かに遠くの遠くで、聞き覚えのある子供の泣声がした。
森の暗き夜
(新字新仮名)
/
小川未明
(著)
表通りの呉服屋と畳表問屋の間の狭い露路の溝板へ足を踏みかけると、
幽
(
かす
)
かな音で溝板の上に
弾
(
は
)
ねているこまかいものの気配いがする。
食魔
(新字新仮名)
/
岡本かの子
(著)
空はと見上げれば星一つない。雲の往来も分らぬ、真の闇でそよとの風も吹かぬ夜を、早川の渓音が
幽
(
かす
)
かに、遠く
淙々
(
そうそう
)
と耳に入る。
白峰の麓
(新字新仮名)
/
大下藤次郎
(著)
けれども、その貴さは、はるか遠くで
幽
(
かす
)
かに、この世のものでないように美しく輝いている星のようです。私から離れてしまいました。
風の便り
(新字新仮名)
/
太宰治
(著)
津軽の連山は
幽
(
かす
)
かであった。だが、北海の丘陵は右舷に近く迫っていた。何という雑草の青の新鮮さ。海はまたかぎりなく明るかった。
フレップ・トリップ
(新字新仮名)
/
北原白秋
(著)
六畳の座敷は
緑
(
みど
)
り濃き植込に
隔
(
へだ
)
てられて、往来に鳴る車の響さえ
幽
(
かす
)
かである。
寂寞
(
せきばく
)
たる浮世のうちに、ただ二人のみ、生きている。
虞美人草
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
時々私達は林の中にたたずんで、何の物音とも知れない極く
幽
(
かす
)
かな響に耳を立てたり、暗い奥の方を
窺
(
うかが
)
うようにして
眺
(
なが
)
め入ったりした。
千曲川のスケッチ
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
是と同じような心持は、今でもまだ
幽
(
かす
)
かに田舎には残っている。嫁入する者が男の帯を織って持って行く
風
(
ふう
)
は南の方の島にもある。
木綿以前の事
(新字新仮名)
/
柳田国男
(著)
その時、絶壁の遥か上、高原に当たって騎馬武者の音、馬の
嘶
(
いなな
)
き、
物具
(
もののぐ
)
の
響
(
ひびき
)
、それらに
雑
(
まじ
)
って若い女の悲鳴が
幽
(
かす
)
かに聞こえて来た。
蔦葛木曽棧
(新字新仮名)
/
国枝史郎
(著)
その瞬間であつた。一種の異臭の
幽
(
かす
)
かに浮び出るを
敏
(
さと
)
くも感覚した長次は、身体の痛みも口惜しさも忘れ、
跣足
(
はだし
)
のまゝに我家へ一散走り
名工出世譚
(新字旧仮名)
/
幸田露伴
(著)
なる程見れば、すぐ二三間向うに一台の自動車が停っていて、その
側
(
そば
)
に人らしいものが倒れてウーウーと
幽
(
かす
)
かにうめいています。
赤い部屋
(新字新仮名)
/
江戸川乱歩
(著)
温泉
(
いでゆ
)
は、やがて
一浴
(
いちよく
)
した。
純白
(
じゆんぱく
)
な
石
(
いし
)
を
疊
(
たゝ
)
んで、
色紙形
(
しきしがた
)
に
大
(
おほき
)
く
湛
(
たゝ
)
へて、
幽
(
かす
)
かに
青味
(
あをみ
)
を
帶
(
お
)
びたのが、
入
(
はひ
)
ると、
颯
(
さつ
)
と
吹溢
(
ふきこぼ
)
れて
玉
(
たま
)
を
散
(
ち
)
らして
潔
(
いさぎよ
)
い。
飯坂ゆき
(旧字旧仮名)
/
泉鏡花
、
泉鏡太郎
(著)
どこかへ引っかかるような、ほとんど聞きとれないような
幽
(
かす
)
かな声で、「わたし、……懐妊なんでございますわ。」と、云った。
田舎医師の子
(新字新仮名)
/
相馬泰三
(著)
自分は座して、四顧して、そして耳を傾けていた。木の葉が頭上で
幽
(
かす
)
かに
戦
(
そよ
)
いだが、その音を聞たばかりでも季節は知られた。
あいびき
(新字新仮名)
/
イワン・ツルゲーネフ
(著)
常臥
(
とこぶ
)
しの身の、臥しながら見る
幽
(
かす
)
かな境地である。主観排除せられて、
虚心坦懐
(
きょしんたんかい
)
の気分にぽっかり浮き出た「非人情」なのではなかろうか。
歌の円寂する時
(新字新仮名)
/
折口信夫
(著)
八畳の間の
吊
(
つり
)
ランプの下でするのですが、その片隅に敷いた床の中で、ばらばらという
幽
(
かす
)
かな音を聞きながら、いつしか私は
睡
(
ねむ
)
るのでした。
鴎外の思い出
(新字新仮名)
/
小金井喜美子
(著)
ふと醒めると、何処かで騒がしい人声が
幽
(
かす
)
かに聞える。すぐ門弟たちの
寄合
(
よりあい
)
だと分った。明け方のことが、それと共に、頭にはっと
甦
(
よみがえ
)
った。
宮本武蔵:06 空の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
種蓮華を叩く音だけが、
幽
(
かす
)
かに足音のように追って来る。娘は後を向いて見て、それから若者の肩の荷物にまた手をかけた。
蠅
(新字新仮名)
/
横光利一
(著)
しかし座を占めると同時だった。不思議なことにその千之介が
君前
(
くんぜん
)
の
憚
(
はばか
)
りもなく、突然、声をこらえ乍ら
幽
(
かす
)
かに忍び泣いた。
十万石の怪談
(新字新仮名)
/
佐々木味津三
(著)
『今日もやはり注射をしませうか』と問うたとき、『もちろん』と答へたが、それが非常に
幽
(
かす
)
かなこゑであつたさうである。
島木赤彦臨終記
(新字旧仮名)
/
斎藤茂吉
(著)
またある時は、あの白い
掩
(
おお
)
いの下で彼女が足を動かして、波打った長い
敷布
(
シーツ
)
のひだを
幽
(
かす
)
かに崩したようにさえ思われました。
世界怪談名作集:05 クラリモンド
(新字新仮名)
/
テオフィル・ゴーチェ
(著)
小さな蛾のこびりついている
窓硝子
(
まどガラス
)
をとおして、私はぼんやりと暁の星がまだ二つ三つ
幽
(
かす
)
かに光っているのを見つめていた。
風立ちぬ
(新字新仮名)
/
堀辰雄
(著)
医者が来た頃は、最早手後れになって居た。墓守が見舞に往って見ると、
煎餅
(
せんべい
)
の袋なぞ枕頭に置いて、アアン〻〻〻
幽
(
かす
)
かな声でうめいて居た。
みみずのたはこと
(新字新仮名)
/
徳冨健次郎
、
徳冨蘆花
(著)
稚い緑りの草の葉は、時々微風に
戦
(
そよ
)
いで
幽
(
かす
)
かに
私語
(
ささや
)
くことさへあるが、マルゲリトは何時も静かに深い沈黙に耽つて居る。
土民生活
(新字旧仮名)
/
石川三四郎
(著)
すると胸の奥の方で、自分はつまらぬ、平凡な、やくざな、取るに足らぬ女だ、と
幽
(
かす
)
かに
洞
(
うつ
)
ろな声で囁くものがある。……
決闘
(新字新仮名)
/
アントン・チェーホフ
(著)
と、向うの端に小さな急拵えの、明り取り窓らしいものが見えて、その
幽
(
かす
)
かな光を受けて、パッと私の眼に映ったものは!
仁王門
(新字新仮名)
/
橘外男
(著)
一
際
(
きわ
)
世間がしんと致し、水の流れも止り、草木も眠るというくらいで、壁にすだく
蟋蟀
(
こおろぎ
)
の声も
幽
(
かす
)
かに
哀
(
あわれ
)
を
催
(
もよ
)
おし、物凄く
怪談牡丹灯籠:04 怪談牡丹灯籠
(新字新仮名)
/
三遊亭円朝
(著)
そこで、墓番は用心に用心をして歩いてゆくと、まもなく、マランヴェール路の方角にあたって、
幽
(
かす
)
かな灯影が見えた。
墓
(新字新仮名)
/
ギ・ド・モーパッサン
(著)
初めての推参に長居は失礼と、
幽
(
かす
)
かに鳴り渡る浅草寺の鐘の音に、初めて驚いたように伝二郎はそこそこに暇を告げた。
釘抜藤吉捕物覚書:07 怪談抜地獄
(新字新仮名)
/
林不忘
(著)
が、
日頃
(
ひごろ
)
いかつい
軍曹
(
ぐんそう
)
の
眼
(
め
)
に
感激
(
かんげき
)
の
涙
(
なみだ
)
さへ
幽
(
かす
)
かに
染
(
にぢ
)
んでゐるのを
見
(
み
)
てとると、それに
何
(
なん
)
とない
哀
(
あは
)
れつぽさを
感
(
かん
)
じて
次
(
つぎ
)
から
次
(
つぎ
)
へと
俯向
(
うつむ
)
いてしまつた。
一兵卒と銃
(旧字旧仮名)
/
南部修太郎
(著)
落着きもなく
手擦
(
てす
)
り
際
(
ぎわ
)
へ出て庭を眺めたり、額や掛け物を見つめたりしていたが、
階下
(
した
)
に飼ってある
小禽
(
ことり
)
の
幽
(
かす
)
かな啼き声が、
侘
(
わび
)
しげに聞えて来た。
黴
(新字新仮名)
/
徳田秋声
(著)
幽
(
かす
)
かに聞える
伝通院
(
でんずういん
)
の
暮鐘
(
ぼしょう
)
の
音
(
ね
)
に誘われて、
塒
(
ねぐら
)
へ急ぐ
夕鴉
(
ゆうがらす
)
の声が、
彼処此処
(
あちこち
)
に聞えて
喧
(
やか
)
ましい。既にして日はパッタリ暮れる、
四辺
(
あたり
)
はほの暗くなる。
浮雲
(新字新仮名)
/
二葉亭四迷
(著)
不動のなかの動は、その
涅槃
(
ねはん
)
への
幽
(
かす
)
かな誘いなのかもしれない。千三百年間、ついぞ安定を知らなかった現在まで、こうして佇立しているのである。
大和古寺風物誌
(新字新仮名)
/
亀井勝一郎
(著)
幽
(
かす
)
かな薔薇の花片の落る音が耳に入り、また相手も聞いたことを知つて居るのであるから、此の時は歓談も尽きて沈黙が二人を領して居たに違ひない。
註釈与謝野寛全集
(新字旧仮名)
/
与謝野晶子
(著)
私はその
境界
(
きょうがい
)
がいかに尊く
難有
(
ありがた
)
きものであるかを
幽
(
かす
)
かながらも
窺
(
うかが
)
うことが出来た。そしてその
醍醐味
(
だいごみ
)
の前後にはその境に到り得ない生活の連続がある。
惜みなく愛は奪う
(新字新仮名)
/
有島武郎
(著)
やがてまた、そこらの
双陸
(
すごろく
)
や
棋石
(
ごいし
)
に触れるような響きがして、誰か
幽
(
かす
)
かな溜め息をついているようにも聞かれた。
中国怪奇小説集:12 続夷堅志・其他(金・元)
(新字新仮名)
/
岡本綺堂
(著)
二郎も
貴嬢
(
きみ
)
もこのわれもみなかの国の民なるべきか、何ぞその色の遠くして
幽
(
かす
)
かに、恋うるがごとく慕うがごとくはたまどろむごとくさむるがごときや。
おとずれ
(新字新仮名)
/
国木田独歩
(著)
うるさい事と思ふにつけ、身の不束が数えられ、これより後のお名折になるまいものかと、何とやら、すまぬ心が致しますると、
幽
(
かす
)
かにいふを打消して。
移民学園
(新字旧仮名)
/
清水紫琴
(著)
ちょっとの間はどこで泣いているのか判らなかったが、それは、彼の真向かいのベッドだった。頭からすっぽり布団を被って、それが
幽
(
かす
)
かに揺れていた。
いのちの初夜
(新字新仮名)
/
北条民雄
(著)
頼み置て其身は神田三河町二丁目千右衞門店なる
裏長屋
(
うらながや
)
へ
引越
(
ひつこし
)
浪々
(
らう/\
)
の身となり惣右衞門七十五歳女房お時五十五歳
悴
(
せがれ
)
重
(
ぢう
)
五郎二十五歳親子三人
幽
(
かす
)
かに其日を
大岡政談
(旧字旧仮名)
/
作者不詳
(著)
それから父は、俳諧の歌仙(つけあい)の実例を挙げて、その
幽
(
かす
)
かな心持や面白味を懇々と説き立てたが、母にはとうとう何のことやら分らなかったらしい。
私の母
(新字新仮名)
/
堺利彦
(著)
わたしは少女に目を
注
(
そそ
)
いだ。すると少女は意外にも
幽
(
かす
)
かに
眶
(
まぶた
)
をとざしてゐる。年は十五か十六であらう。顔はうつすり
白粉
(
おしろい
)
を
刷
(
は
)
いた、
眉
(
まゆ
)
の長い
瓜実顔
(
うりざねがほ
)
である。
わが散文詩
(新字旧仮名)
/
芥川竜之介
(著)
黒い木橋は夢の国への通路のように、
幽
(
かす
)
かに幽かに、その尾を羅の
帳
(
とばり
)
の奥の奥に引いている。そして空の上には、高層建築が
蜃気楼
(
しんきろう
)
のように
茫
(
ぼう
)
と浮かんでいた。
猟奇の街
(新字新仮名)
/
佐左木俊郎
(著)
余程ひどく
撲
(
なぐ
)
られたとみえて、鉄製の
巌丈
(
がんじょう
)
なデレッキが
幽
(
かす
)
かに曲りをみせて、その足元にころがっていた。
雪
(新字新仮名)
/
楠田匡介
(著)
その男、学生を見るより
幽
(
かす
)
かな声にて、「『だらし』にかかりて困りおるゆえ、搏飯あらば賜れ」という。
おばけの正体
(新字新仮名)
/
井上円了
(著)
幽
常用漢字
中学
部首:⼳
9画
“幽”を含む語句
幽暗
幽寂
幽閉
幽界
幽邃
幽霊
幽鬱
幽咽
幽冥
探幽
幽明
幽囚
深山幽谷
幽玄
幽霊船
幽鬼
幽魂
幽静
幽遠
幽微
...