小唄こうた)” の例文
はるかぜは、青々あおあおれたそらわたっていました。そして木々きぎ小枝こえだは、かぜかれて、なにかたのしそうに小唄こうたをうたっていたのです。
さまざまな生い立ち (新字新仮名) / 小川未明(著)
「そいつがまた筋書きどおり、笛には縁の深い小唄こうたのお師匠さんというんだから、どう見たっておあつらえ向きの相手じゃござんせんか」
時間がたって、わたしたちが別々べつべつにねどこへ行かなければならないときになると、わたしは、かの女のためにナポリ小唄こうたをひいて歌った。
「オオ、そういうじぶんが、すでに胡蝶陣のわなちているのも知らずに……ホホホホ、かれ者の小唄こうたは聞きにくいもの——」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
五左衞門は用心棒のつもりで置いた樣子ですが、小僧から下女にまで甘く見られて、劍術よりは小唄こうた淨瑠璃じやうるりの節廻しに苦勞する肌合の男です。
その人こそ現今いまも『朝日新聞』に世俗むきの小説を執筆し、歌沢うたざわ寅千代の夫君として、歌沢の小唄こうたを作りもされる桃水とうすい半井なからい氏のことである。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
背にかついでる大きなこりの中には、あらゆる物がはいっていた、香料品、紙類、糖菓類、ハンケチ、襟巻えりまき履物はきもの罐詰かんづめこよみ小唄こうた集、薬品など。
僕は『熱き涙に泣きぬれて』という純ロシア風の小唄こうたを知ってる……あの女は純粋なのが好きでね——つまり、そもそも小唄から始まったのさ。
寄食者ゐさふらうに對する非難は、始終、私の耳へ漠然と傳はる小唄こうたになつてゐた。とても苦しい、つぶされさうな、それでゐて半分しか意味の判らぬ小唄に。
うるわしい調子で古いスペインの小唄こうたガレガを歌った、おそらく二本の木の間の綱の上に勢い込めて揺られてる美しい娘から感興を得たのであろう。
わたくしはこの忘れられた前の世の小唄こうたを、雪のふる日には、必ず思出して低唱ていしょうしたいような心持になるのである。この歌詞には一語の無駄もない。
雪の日 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
連歌俳諧もうたい浄瑠璃じょうるりも、さては町方の小唄こうたの類にいたるまで、滔々とうとうとしてことごとく同じようなことをいっている。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
昨日まで小唄こうたはやしで世渡りをしていた、素姓も知れぬてあいが黒羽二重の小袖に着ぶくれ、駄物の大小を貫木差ぬきぎざしにしてあらぬ権勢をふるい、奥はまた奥で
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
頭は月代さかやきが広く、あお向いた頸元くびもとに小さなまげねじれて附いていて、顔は口を開いてにこやかなのは、微酔ほろよい加減で小唄こうたでもうたっているのかと思われました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
二百石小姓佐野竹之助なぞは、あくまでさようしからばで四角張っているが、岡部の三十はぐっとくだけて小意気な縞物しまもの、ちょっと口三味線くちじゃみせん小唄こうたでもやりそう。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それを相手にせず、からだを前後左右にゆすぶって小唄こうたをうたい、鬚面ひげづらの男は、声をひそめて天下国家の行末をうれい、またすみの小男は、大声でおのれの織物の腕前を誇り
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
嘆きや悲しみさえも小唄こうたにして、心の傷口を洗って呉れる。媚薬びやくしびれにも似た中欧の青深い、初夏の晴れた空に、夢のしたたりのように、あちこちに咲きほとばしるマロニエの花。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
一時を快くする暴言もつひひかもの小唄こうたに過ぎざるをさとりて、手持無沙汰てもちぶさたなりを鎮めつ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「あなたひとりに身も世も捨てた」と云う小唄こうたをうたって、誤魔化ごまかして暮していた。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
ささげばたけでは、ささげがほそほそいあるかないかの銀線ぎんせんの、いな、むづかしくいふなら、永遠えいゑん刹那せつなきてもききたいやうなのでる樂器がくきに、そのこゑをあはせて、しきり小唄こうたをうたつてゐました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
流行りうかう小唄こうたうたひながらベンヺーリオーとともにマーキューシオーはひる。
それがすむと小唄こうたを四ツ五ツつけてもらうことにしていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
またしてもくちずさむ、下品げひんなる港街みなとまち小唄こうた
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
女はなほ恋の小唄こうた口吟くちずさみて男ごころをやはらぐ。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
と、小唄こうた口笛くちぶえでふいていました。
わたしはれいのナポリ小唄こうたの第一せつをひいた。声でさとられてはいけないと思って歌は歌わなかった。わたしはひきながら、リーズのほうを見た。
それはでたらめの言葉を並べた工場の小唄こうたの一つで、豊富にむちゃに韻をふみ、木の身振りや風の音と同じく何らの意味もなく、煙草の煙とともに生まれ
「忘られし小唄こうた」三曲のうち「そは恍惚こうこつなれ」をバトリが歌い(コロムビアJ五一八七)、「我が心にも涙の雨が降る」をクロアザが歌い(コロムビアJ五一五七)
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
小唄こうたにも、浮かれ浮かれて大川を、下る猪牙ちょき船影淡く、水にうつろうえり足は、紅の色香もなんじゃやら、エエまあ憎らしいあだ姿、という穏やかでないのがあるとおり
それらのピアノの小曲や小唄こうたに、フランスの室内音楽に、ドイツの芸術は一べつも注ごうとしなかったし、クリストフ自身もその詩的妙技をこれまで閑却していたのであるが
我は狂歌をもっ俳諧はいかいと『松の葉』所載の小唄こうたならびに後世の川柳せんりゅう都々一どどいつの種類を一括してこれを江戸時代もっぱら庶民の階級にありて発達したる近世俗語体の短詩としてつつあるなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
果樹園や畑の見えるだらだら下りの裾野平すそのだいらはてに、小唄こうたで名高いY——山の山裾が見え、夏霞なつがすみがうっすりめている中になみがきらりきらり光った。り取ってしてある熟麦の匂いがした。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
つきもない小唄こうたを口ずさんで見たが一向に気持が浮き立たず、やがて、三十九歳の蕾を相手に、がぶがぶ茶碗酒ちゃわんざけをあおっても、ただ両人まじめになるばかりで、顔を見合せては溜息ためいきをつき
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
いたたたいて「番頭さん熱いよ」とうめ湯をたのんだり、小唄こうたをうたったりすると、どうしても洗湯おゆやの隣りに住んでる気がしたり、赤児こどもが生れる泣声に驚かされたりしたと祖母がはなしてくれた。
恋の小唄こうたをくちずさみ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
わたしはハープを取って一曲ひいたが、ナポリ小唄こうたではなかった。マチアはヴァイオリンで一曲、コルネで一曲やった。
開いてみると中には、ラオーティエールと署名した二つの対話の印刷物と、労働者よ団結せよという題の小唄こうたと、弾薬のいっぱいつまってるブリキかんとがあった。
それを彼女は黙らせるために、ちょっと平手で打ったり、両手で口をふさいだりした。彼はその手に接吻せっぷんして、膝の上で彼女をおどらしながら、世に知られてる小唄こうたを歌った。
顳顬こめかみ即功紙そっこうし張りて茶碗酒引かける流儀は小唄こうたの一ツも知らねば出来ぬことなるべく、藁人形わらにんぎょうに釘打つうしときまいり白無垢しろむくの衣裳に三枚歯の足駄あしだなんぞ物費ものいりを惜しまぬ心掛すでに大時代おおじだいなり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
あたしにも苦しい事があるのよと思うよいにもぐうぐうと寝るという小唄こうたがあるけど、そっくりお前みたいだ。あんまり居眠りばかりしてないで、たまにはフランスの兄さんに、音信をしろよ。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
純情な恋の小唄こうたを好んで口誦くちずさむ青年子女にいてみると恋愛なんか可笑おかしくって出来できないと言う。家庭に退屈した若い良人おっとが、ダンス場やカフェ這入はいりを定期的にして、しかもそれに満足もしない。
わたしはゼルビノとドルスを休ませて、今度は、わたしのきな小唄こうたを歌い始めた。わたしはこんなにいっしょうけんめいになったことはなかった。
その時、少年ガヴローシュの若々しい声が防寨ぼうさいの中に響いた。彼は銃にたまをこめるためにテーブルの上に上がり、当時よくはやっていた小唄こうたを快活に歌ったのである。
善良なドイツ人として彼は、遊蕩ゆうとうな異国人とその文学とを軽蔑けいべつしていた。その文学について知ってるところはただ、仔鷲や気儘夫人などの放逸な滑稽こっけい劇と洒亭の小唄こうたとにすぎなかった。
また途切とぎれがちな爪弾つまびき小唄こうたは見えざる河心かわなか水底みなそこ深くざぶりと打込む夜網の音にさえぎられると、厳重な御蔵おくらの構内に響き渡る夜廻りの拍子木が夏とはいいながらも早や初更しょこうに近い露の冷さに
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ひかれ者の小唄こうたとはこれであろうかと、のちのち人の笑い話の種になった。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
このごろではわたしもハープをひくことをおぼえたし、なかなかじょうずに歌も歌った。とりわけわたしはナポリ小唄こうたおぼえて、それがいつも大かっさいをはくした。
グランテールのそばには、ほとんど黙り返ったテーブルの上に、二つの小さなコップの間に一枚の紙とインキつぼとペンとがあって、小唄こうたができ上がりつつあることを示していた。
われ近頃人より小唄こうたなるものを教へらる。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
それらの観念は絶望の特質たる一種の呆然ぼうぜんたる機械的な働きを取ってきた。あのロマンヴィルという名前が、昔耳にしたことのある小唄こうたの二句とともに、絶えず頭に上がってきた。