むろ)” の例文
播州のむろでも、遊女たちを教化している。当時の遊女たちにも、今昔こんじゃくのない共通の女の悩みや反省があったことにはちがいない。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
須走すばしり口に下山、第二回は吉田口から五合目まで馬で行き、そこのむろに一泊、御中道を北から南へと逆廻ぎゃくまわりして、御殿場に下りた。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
ところで備前にあった参河守範頼は、船のないのを良いことに、むろ高砂たかさごなどで遊蕩にふけって、すっかり戦を忘れ果てていた。
籠り居るという以上、むろの薔薇にちがいないので、すると、薔薇の紅は文女だと、疎通しなかったのがふしぎなくらいだった。
西林図 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
読んでお夏が「我もむろで育ちし故、母方が悪いの、傾城けいせいの風があるのとて、何処の嫁にも嫌はるゝ、これぞい事幸ひと、なほ女郎の風を似せ」
「歌念仏」を読みて (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
太田から往昔むかしの佐野の渡しのあつた渡良瀬川を渡つて、安蘇山、都賀山の裾を掠めて、そして下野しもつけむろ八島やしまの方へと出て行つたのであつた。
日光 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
大穴のやうなむろの中に、すつぽり頭を包んで眼だけ出した酒男だちが、むろの周囲三尺ほどの層を「もみがら」で埋めてゐる。
念仏の家 (新字旧仮名) / 小寺菊子(著)
重昌は水路を和泉國境いづみのくにざかひへ出て、そこから更に乘船し、利安は陸路を播磨のむろまで行つて、そこから乘船して中津川へ歸つた。
栗山大膳 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
これは結婚けつこん先立さきだつて、あたらしいいへてる、その新築しんちくむろ言葉ことばで、同時どうじに、新婚者しんこんしや幸福こうふくいの意味いみ言葉ことばなのです。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
掃清めた広い土間に、おしいかな、火の気がなくて、ただ冷たいむろだった。妙に、日の静寂間しじまだったと見えて、人の影もない。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
また同じ国のむろとまりについた時に、小舟が一艘いっそう法然の船へ近づいて来た。何ものかと思えばこの泊の遊女の船であった。その遊女が云うのに
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そこでその大神が出て見て、「これはアシハラシコヲの命だ」とおつしやつて、び入れて蛇のいるむろに寢させました。
望むのだね。哲学にしろ、宗教にしろ、芸術にしろ、何かかう自分以外のものに縋ってゐると気持がいいからね。だから君があのむろのやうな街に魅力を
椅子と電車 (新字旧仮名) / 原民喜(著)
隣の座敷では二人の小娘が声をそろえて、嵯峨さがやおむろの花ざかり。長吉は首ばかり頷付うなずかせてもじもじしている。お糸が手紙を寄越よこしたのはいちとりまえ時分じぶんであった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼女は、数年前、江戸おかまいになる先から、そっと祠内の根太ねだをはがし根気よく地下を掘りさげて、床したの土中に、ちょっとしたむろを作っておいたのである。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
西日のむろのやうな部屋に歸るのは氣が進まなかつたが、會社に居る時間も辛かつた。心懸こゝろがけが惡くて、未だに間着あひぎの紺サアジを着て、汗みどろになつて居たのである。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
法然ほうねん様がある時むろ宿しゅくにお泊まりあそばしたとき、一人の遊女が道をたずねて来たことがある。そのとき法然様はどんなにねんごろに法を説き聞かせなすったろう。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
その夜素戔嗚は人手を借らず、蜂のむろと向ひ合つた、もう一つの室の中に、葦原醜男を抛りこんだ。
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
今は三七二老いてむろにも出でずと聞けど、我が為には三七三いかにもいかにも捨て給はじとて、馬にていそぎ出でたちぬ。道はるかなれば夜なかばかりに蘭若てらに到る。
仲間のおくめに逢おうという、そういう約束があったがために、車屋町の隠れ家を出て、烏丸、むろ町、新町、釜座かまんざ西洞院にしのとういんの町々を通って、千本お屋敷とご用地との間の
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
矢崎は明治十九年の十月には処女作『守銭奴しゅせんどはら』を公けにし、続いて同じ年の暮れに『ひとよぎり』を出版し、二葉亭に先んじて逸早いちはや嵯峨さがむろの文名を成した。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
東京などでも三月にむろ咲きの桃の花を求めて、雛祭りをするのをわびしいと思う者がある。去年のかしわの葉を塩漬にしておかぬと、端午たんご節供せっくというのに柏餅かしわもちは食べられぬ。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
吾妹子わぎもこともうらむろ常世とこよにあれどひとき 〔巻三・四四六〕 大伴旅人
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
私が若し描くんなら燃えしきる焔の上に座ってむろ咲の花に取り巻かれて居るのを描く。
千世子(三) (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
関東の学者、道春以来、新井、むろ徂徠そらい春台しゅんだいらみな幕府にねいしつれども、その内に一、二箇所の取るべき所はあり。伊藤仁斎いとうじんさいなどは尊王の功もなけれども、人に益ある学問にて害なし。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
それで、ひとつこの若い神をこまらせてやろうとお思いになって、その晩、大国主神を、へびのむろといって、大へび小へびがいっぱいたかっているきみの悪いおへやへおかせになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
むろの方の話を纏めるにしても、浅井の力を借りないわけに行かなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
かつての「武蔵屋」のそれが露にめぐまれて咲いた野の花なら「伊勢勘」のそれはだまされて無理から咲いた「むろ」の花である。でなければ糊とはさみとによって出来た果敢はかない「造花」である。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
寂しそうに留守をしていた姪は、留守中に訪ねてくれた人達だの、種々な郊外の出来事だのを話して、ついでに、黒が植木屋の庭の裏手にあるむろの中で四ひきばかりの子供を産んだことを言出した。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
とき髪にむろむつまじの百合のかをり消えをあやぶむ淡紅色ときいろ
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
同じ花でもナオミは野に咲き、綺羅子はむろに咲いたものです。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
冬を眠り春は起きる田のむろのぬめりかはづか覺めつつあるらし
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
みなさんは、かようないしむろにはひつたことがありますか。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
さらば君氷にさける花のむろ恋なき恋をうるはしと云へ
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子増田雅子与謝野晶子(著)
松前や筑紫やむろの混り唄帆を織る磯に春雨ぞ降る
晶子鑑賞 (新字旧仮名) / 平野万里(著)
文目あやめもわかぬよるむろに濃き愁ひもて
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
むろの梅出し並べ置きとりうたひ
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「——むろで致しますのよ」
いさましい話 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
くらがりの冷えたるむろ
寂寞 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
この青き愁のむろ
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
むろを窺へ。
むろの津の港に、五六人のごまの蠅が、干鰯ほしかのように砂地で転がっていた。そして、品のよい老女が通るのを見つけて、かけをした。
梅颸の杖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これはおかで探るより、船で見る方が手取てっとり早うございますよ。樹の根、いわの角、この巌山の切崖きりぎしに、しかるべきむろに見立てられる巌穴がありました。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
山の中で、雪を売るということが、一方のむろで、シトロンやミルクキャラメルを売っているのに対して、いかにも原始的で、室でやりそうな商いではないか。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
また次の日の夜は呉公むかではちとのむろにお入れになりましたのを、また呉公と蜂の領巾を與えて前のようにお教えになりましたから安らかに寢てお出になりました。
となり座敷ざしきでは二人の小娘こむすめが声をそろへて、嵯峨さがやおむろの花ざかり。長吉ちやうきちは首ばかり頷付うなづかせてもぢ/\してゐる。おいとが手紙を寄越よこしたのはいちとり前時分まへじぶんであつた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
もと播州ばんしうむろの津にいたりけり當所は繁華はんくわみなとにて名に聞えたるむろ早咲町はやざきまちなど遊女町いうぢよまちのきつらねて在ければ吾助は例の好色かうしよく者と言ひ懷中には二百兩の金もあり先此處にてつかれを慰めうつ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
土間へ並べた青い物の気で店一体にむろのようにゆらゆらと陽炎かげろうが立っていた。
天蓋山の鉱山かなやまからも、また船津の城下からも、ひとしく二里の道程みちのりを距てた、飛騨きっての歓楽境、例えばむろの津、潮来いたこのような、遊君または狡童こうどうなどの売色の徒、館を並べ、こと、笛、鼓
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
妻も一しょに見た鞆の浦のむろは、今も少しも変りはないが、このたび帰京しようとして此処を通る時には妻はもう此世にいない、というので、「吾妹子」と、「見し人」とは同一人である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)