たま)” の例文
何よりも私は世間の者より狂人扱いにされる事がたまらなく苦痛なのでありまして、此のまま此の苦痛が果し無く続くものであるならば
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
あゝ……有難ありがたうよ……うもピリ/\痛んでたまらない……深く切つたと見えて血が止まらない……モシ少々せう/\お願ひがございますがな
「どうもね、寒くってたまらないから、一杯御馳走ごちそうになろうと思って。ええ、親方、決してその御迷惑を掛けるもんじゃありません。」
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すると背後でわあっと喊声かんせいをあげた。平一郎はどこまで卑屈な奴だろうと思った。彼はたまらなくなって、展げられた傘をすぼめつつ
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
お化粧中は口三味線くちじゃみせん浄瑠璃じょうるりを語るのですからたまりません、私は全くこの草鞋裏の親切だけは御免だとつくづく思ったのであります。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
ソレカラ長崎に出たとき、二十一歳とはいながらその実は十九歳余り、マダ丁年ていねんにもならぬ身で立派な酒客しゅかくただ飲みたくてたまらぬ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
男は女が自分に愛されようと身も心も投げだしてくると、すきだらけになった女のあらが丸見えになりたまらなく女が鼻につくそうです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
「だって可恥はずかしいじゃないか。お前さんの前だけれど、あの御父さんに出られてたまるもんですか。お前さんの顔にだってかかります」
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
我他彼此がたびしするのが薄々分るので、弥以いよいよもってたまらず、無い用をこしらえて、この時二階を降りてお勢の部屋の前を通りかけたが、ふと耳を聳て
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
有体ありていに言えば、少年の岸本に取っては、父というものはただただ恐いもの、頑固がんこなもの、窮屈でたまらないものとしか思われなかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
A 馬鹿ばかつちやいかん。統計とうけい神聖しんせいだ。勝手かつて算出さんしゆつしてたまるもんか。それよりかきみおれ今度こんど年賀状ねんがじやう趣向しゆかうせてやらう。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
ずかしそうに顔を赤らめながら言うのを見ると、今度こそたまらぬという様子で、門弟たちは腹をみながらひいひい笑い崩れた。
半化け又平 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そしてその児が意地の悪いことをしたりする。そんなときふと邪慳じゃけんな娼婦は心に浮かび、たかしたまらない自己嫌厭けんおちるのだった。
ある心の風景 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
彼女は杖の所有主もちぬしの中年の紳士を睨め付けたが、対手あいては一向知らん顔ですまして居た。女の怨めし気な表情はたまらなく彼を嬉しがらせた。
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
離れて極めて自然な感じがするじゃないか。菖蒲湯しょうぶゆに這入って粽を食った時は、僕はいつでも此日本と云う国が嬉しくてたまらなくなるな
浜菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
そしてたたずんでいた女たちがたまらなくなったのであろう。ワッと泣き出す声やすすり上げる声が、一時にそこここから湧き起ってきた。
生不動 (新字新仮名) / 橘外男(著)
悟空ごくうの身体の部分部分は——目も耳も口も脚も手も——みんないつもうれしくてたまらないらしい。生き生きとし、ピチピチしている。
そしてその沈黙が、やがて啓介にはたまらない圧迫となってきた。信子は火鉢によりかかるようにして、畳の上に視線を落していた。
二つの途 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
化粧をしたり、そして、それらの変装を、うちの者達に少しも悟られないよう、こっそりとやっている気持が、又たまらなく愉快なのです。
覆面の舞踏者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
父と下町へ行くのはいつも私の楽しみにして居たことで、此日もかういはれるとうれしくてたまらず、父の手にひかれてイソ/\行升ゆきました。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
なになんでも望遠鏡ばうゑんきやうのやうにまれてはたまらない!ちよツはじめさへわかればもうめたものだ』此頃このごろではにふりかゝる種々いろ/\難事なんじ
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
「馬鹿野郎……あのうちに電話を取ってたまるか……折角ノンビリと気保養している時間を、外から勝手に掻き廻わされるじゃないか」
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
汗水たらして激しく山登りをして来た上に、握飯には有付けず、塩からい冷肉を無暗むやみにパク付いたので、とてたまったものではない。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
お駒は唯一人、怖々こはごはで病室に坐つてゐたが、てもたまらぬといふ顏をして、玄關に廣い蚊帳を吊つて寢てゐる竹丸の蒲團に這ひ込んだ。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
突兀とっこつたる岩などは誠に少なかったから割合に安楽でありましたけれども、何分雪の中ばかり一人で進んで行くのですからたまらない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
源太早くも大方察して老婆としよりの心の中さぞかしと気の毒さたまらず、よけいなことしいだして我に肝煎きもいらせし清吉のお先走りをののしり懲らして
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
私はそれまでにも何かしたくってたまらなかったのだけれども、何もする事ができないのでやむをえず懐手ふところでをしていたに違いありません。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私は歯痒はがゆくてたまらなくなって私の健康さを見せびらかし、私の強いいのちの力をいろいろの言葉にしてあなたの耳から吹き込んでやった。
健康三題 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いやだ厭だ厭だ、たまらない……」と彼は身震いして両耳をおおった。それ故彼は、めったな事には人に自分の姓名をあかしたがらず
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
と、そんな悔いさえ交じって、可惜あたら、棒に振った生涯が、腹が立って、たまらない。——しかし自分だけは、多少はやりかけた、となぐさめた。
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は彼の口から、彼の幸福さうな赤い顔に似合しいやうな浮々した言葉が、無造作むざうさに浴びせかけられることを思ふとたまらない気がされた。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
「沼南の大臣になるならおれが第一番に反対運動する、国家の政治が沼南のお天気模様で毎日グラグラ変られてたまるもんか、」と。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そして手を叩いてゐるうちに、みんな、猫に頬冠ほほかむりをさせて逆さに這はすことが、とてもたまらなく面白く愉快に思はれて来ました。
仔猫の裁判 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
自分が眠っている間も、あの人たちはじっと身動きもせずに立ちつづけているのだろう、と思うとたまらないなさがこみ上げて来た。
大船おほふなはつしてしまへば最早もう國府津こふづくのをほか途中とちゆうなにることは出來できないとおもふと、淺間あさましいことには殘念ざんねんたまらない。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
美妙は好きで好きでたまらないが、このお母さんや、もっと強いおばあさんがいる、この家の者にはなりきれないと思うのだった。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
批評家はこんなにまでして『河口』の評判を立てたが、たつた一つ、ぢかに栖鳳氏に出会つて、この話をしないのが残念でたまらなかつた。
たまらない人なんでございます、よほど腕の利いた人で、無暗に人が殺したいのです、手にかけておいて、矢の倉の方へ逃げました
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「なるのだ! 逆に取って、逆に出るのだから、たまらないのだ。預っている他人の品物は、売っても質入してもいけないのだ。」
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「貴様※みたいな、よそから来たものに馬鹿ばかにされてたまっか。早く銭を払え、銭を。ないのか、この野郎。ないならして物食った。こら」
祭の晩 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ところが、その翌くる日がたまらないんです。僕は娘の病気を妻に告げるも気の毒だし、お医者を招ぶ勇気もありませんでした。
誤診 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
もうたまらなくなって、義助は梯子を駈けおりて行くと、一人の女が宿屋の若い者らに押しすくめられて、表へ突き出されているのであった。
恨みの蠑螺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「だがね、無利子同様の安利子で、いつまでも貸していたんじゃ、手前の方だってたまりませんからね。なんとか一つ早く……」
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
そういう奴がみんないまの話の爺やみたいに、何処の誰ということもなしに死んで行くんだと思うと、ちょっとたまらない気がしますね。……
朴の咲く頃 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
子供の時から利根川で、父と共に若鮎に親しんでいた私であるから、ここで鮎の跳ねるのを見て、矢も楯もたまらなくなったのは当然であった。
想い出 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
爺さんは慈悲心の深い人でしたから、これを見ると可哀かはいさうでたまらなくなりました。そこで爺さんは人混みを押分けて前に出て申しました——
竜宮の犬 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
その上そういう連中のしつけの悪さが、彼にはいやでたまらなかったし、また彼等の個人的な弱点を、彼はふしぎなほど鋭く看破していたのだった。
ですから彼はピシアスとデイモンとの二人のこの信実と友愛とを見ると、本当に何よりもうらやましくてたまりませんでした。
デイモンとピシアス (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
「おお、」と母親ははおやうめいた。「わたしは千じょうもあるそこへでもはいっていたい。あれをかされちゃア、とてもたまらない。」
「止せ」ダネックはたまらなくなったように、叫んだ。なにより、彼をきたてたのはケルミッシュに寄り添っているケティの像のような姿だ。
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)