かじ)” の例文
しかし、今になって他の道に走ったって恵まれるものでは無い! 石にかじりついてもやって見せるという気が私の心の中に起こった。
女の好きな国文の素養があって、歌や韻文も上手じょうずなら芝居や音楽をもかじっていて、初対面のものを煙に巻く博覧の才弁を持っていた。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「そらよ、こっちがだんの分。こりゃお源坊のだ。奥様おくさんはあらが可い、煮るともうしおにするともして、天窓あたまかじりの、目球めだまをつるりだ。」
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
するとロッセ氏は、とつぜん吾れにかえったらしく、ふーっと、くじらのようにふかい溜息ためいきをついた。そして私にかじりついたものである。
こうだ、本にばかりかじり付いて、運動とか趣味とかいうものを考えないと、勢い現代の若い婦人方には受が悪い、とこういうのだ。
判官三郎の正体 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
海竜王寺を出ると、村で大きな柿を二つほど買って、それを皮ごとかじりながら、こんどは佐紀山さきやまらしい林のある方に向って歩き出した。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「さっき、白夷シヤン人の召使が聴きかじってきたんだがね。ここへ何でも、『天母生上の雲湖』ゆきの新隊がのり込んできたというのだ」
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
さぎからすぐらいの見分けは誰にだってつくさ、これでも念流と小野派を少しばかりかじっているからね、名を聞かせてもらえないか」
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
美味うまそうなのを二本買って、母と二人でかじる。塩があればもっと美味いだろう。二人で、手分けして、両側を軒並みに声をかけて行く。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
山羊の夫婦はそのなかで、とんぼ返りをうったり、金網に体をすりよせたり、鋭い歯で板や、針金をガリガリかじったりして、暮している。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
そしてテオドラ夫人の手料理は、とりわけその点によく気をけてあるやうに、猫のやうな口もとをして勢ひよくビフテキにかじりついた。
それならば生物なまものばかりかじっているに限る。野蛮人種のように煮もせず焼きもせず、肉でも野菜でもなまで食べるのが一番無造作だ。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
二人が海から帰つて来て、朝餉あさげの膳に向つた時、素戔嗚は苦い顔をして、鹿の片腿かたももかじりながら、彼と向ひ合つた葦原醜男に
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
塩鮭しゃけは骨だけ別に焼いてかじった。干物は頭からみんなかじってしまうし、いなごや蝸牛まいまいつぶろを食べるのを教えたのもこの人だ。それが怒鳴った。
放課後寄宿舎に帰ると、室から室に油を売つて歩いてゐた以前とは打つて変り、小倉服を脱ぐ分秒を惜んで卓子テエブルかじりついた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
ねずみが何かかじっているんだ、安心しろと云うと、妻はそうですかとありがたそうな返事をした。それからは二人とも落ちついて寝てしまった。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それは米友でなくても、山路を旅して腹の減った時分に、握飯をかじるほどおいしいものはおそらくこの世になかろうはずのものであります。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一口かじってから、私は気持が悪いことを表示し、無言劇の要領で胃のあたりを撫でて見せたら、彼等はその意味をすぐ悟った。
スマックなぞかじりに立寄るくらいでしたが、KOの柴山や上原などは、よくかよっていて行けばいつも顔を合せるほどでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
勘次かんじこゝろよくおつぎにめいじた。おつぎはふる醤油樽しやうゆだるから白漬しろづけらつきやう片口かたくちしておつたのそばすゝめた。勘次かんじは一つつまんでかり/\とかじつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
鰹節かつおぶしや生米をかじって露命をつなぎ、岩窟いわやや樹の下で、雨露をしのいでいた幾日と云う長い間、彼等は一言も不平をこぼさなかった。
入れ札 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あれは何か木片かなんかをかじらせるがいい——それを見てもわかるが、大切にも育てられたがあんまり手入れはとどかなかったね、あの鳥は。
オカアサン (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
主人と妻と女児むすめと、田のくろ鬼芝おにしばに腰を下ろして、持参じさん林檎りんごかじった。背後うしろには生温なまぬる田川たがわの水がちょろ/\流れて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
誰が先にその求人の事務所に乗りつけるか、まるで自転車競走です。そして一々すげなく断られて帰って来ます。そして朝飯のパンをかじります。
褐色の求道 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
仏さまの頭へ笊を植えるなどは甚だ滑稽こっけいでありますが、これならば漆喰のかじり附きもよく、案としては名案でありました。
その他の智識としては馬琴ばきん為永ためながの小説や経国美談、浮城うきしろ物語を愛読し、ルッソーの民約篇とかを多少かじっただけである。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
お庄は体の大きい叔母と膝を突き合わして、湯島の稽古屋けいこやかじったことのある夕立の雨や春景色などを時々一緒にうたった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
武佐寺での尊氏は、油幕を引いた大庭に床几をおき、朝も昼糧ひるがても、うるちに味噌をつけたような物を床几のままでかじっていた。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は雪をつかんでかじりだした。身心の疲労をしずめるため、しばらく彼は、やわらかい雪に背をもたせてながくなっていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
政界勢力関係についての内幕を聞いて来たり、ファッシズムの進行状態、戦争や満洲の問題のニュースをかじつて来て、大声で自分たちに披露する。
現代詩 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
と云って、羽田の悪酒を詰めるでもありませんから、船中ではありでもかじりましょう。食いさしを川の中へ捨てると、蝕歯むしばの痛みがとま呪法まじないでね
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
この事をどこかで高橋が聞きかじり、例のごとくアーノルド男邸の地下室へ食いに往って悪戯いたずらをするうち猴の真似をした。
彼らは常にその良人に見捨てられては、たちまち路頭に迷わんとの鬼胎おそれいだき、何でもかじり付きて離れまじとはつとむるなり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
私は野村の首つたまにかじりついてやらずにゐられなかつた。彼はハッキリ覚悟をきめてゐた。男の覚悟といふものが、こんなに可愛いゝものだとは。
続戦争と一人の女 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
己はまだこの世の土にかじり付いていたいのだ。お前に逢うてのおそろしさに、己のばくが解けてしまった。どうやらこれからは本当に生きて見られそうな。
あるいは親の足をかじりながら、親の足を噛る事も当節はなかなか素人の考える位い容易な仕事でもないそうだが、様々の苦労を尽している次第である。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
の殿様然たる剛力どのには、水を汲みに行こうとはいわねば、天幕を張る手伝いをするでもなく、ただ焚火にかじり着いてはや居眠りを始めてござる。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
御茶がわりにコンニャックと雪をかじって、一息いれた後、いよいよここを発って、急な鋭い氷の山稜にとっついた。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
私は公園の山のベンチに腰をかけて、上野の山を眼界にして左右にひろびろと広がった白い焼野原を見ながら、花屋敷の前で買って来た梨の実をかじった。
死体の匂い (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
第一、今時いまどきは大抵の奴あ英語の少し位かじつてるから、中学生だか何だか、知れたもんぢやないぢやありませんか。
葉書 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
自主自由のなまかじりにて無政無法の騒動なるべし。名分と職分とは文字こそ相似たれ、その趣意はまったく別物なり。学者これを誤り認むることなかれ。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
彼はあわてて、今かじりかけていたベビーゴルフのボールほど大きい梅漬を、めんつの中へ投げ込んで、股引ももひきでちょっとこすった手を彼の女の前へ差し出した。
案内人風景 (新字新仮名) / 百瀬慎太郎黒部溯郎(著)
その内で、こう言やア可笑おかしい様だけれども、若手でサ、原書もちったアかじっていてサ、そうして事務を取らせてはかく者と言ったら、マア我輩二三人だ。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そこで彼は石を投げ捨て、歩きながら大根をかじって、この村もいよいよ駄目だ、城内にく方がいいと想った。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
何處どこからかうおまへのやうなひとれの眞身しんみあねさんだとかつてたらどんなにうれしいか、くびたまかじいてれはそれぎり往生わうじやうしてもよろこぶのだが
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
背中から下された孫は、母の顔を見ても、大叔父の顔を見ても、直ぐベソをかいて、祖母の懐にかじり付いた。
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
太股をはじけ出した参右衛門は、糖黍の青茎をかじってみてはふッふ、ふッふと笑っている。少し鍋が煮えて来ると、蓋を取ってみて、汁を一寸指につけては
えて精限り根限り弾いた「黒髪くろかみ」のようなやさしいものや「茶音頭」のような難曲やもとより何の順序もなく聞きかじりで習ったのであるからいろいろのものを
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
わたくしまった途方とほうれ、くにもかれないような気持きもちで、ひしとまくらかじりつくよりほか詮術せんすべもないのでした。
が、彼が天窓を閉めて捕えにかかると、戯談じょうだんにちょっと逃げ廻って、すぐラム・ダスの首にかじりつきました。