体裁ていさい)” の例文
旧字:體裁
もともと、抜け目の無い男で、「オベリスク」の編集は世間へのお体裁ていさい、実は闇商売やみしょうばいのお手伝いして、いつも、しこたま、もうけている。
グッド・バイ (新字新仮名) / 太宰治(著)
かれは歌を読むのをやめて、体裁ていさいから、組み方から、表紙の絵から、すべて新しい匂いに満たされたその雑誌にあこがれ渡った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「どうですあたったでしょう。あたしはあなたがなぜそんな体裁ていさいを作っているんだか、その原因までちゃんと知ってるんですよ」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
学校といえば体裁ていさいがいいが、実は貧民窟ひんみんくつ棟割長屋むねわりながやの六畳間だった。すすけた薄暗い部屋には、破れたはらわたを出した薄汚ないたたみが敷かれていた。
此方こなたには具足櫃ぐそくびつがあつたり、ゆみ鉄砲抔てつぱうなど立掛たてかけてあつて、ともいかめしき体裁ていさい何所どこたべさせるのか、お長家ながやら、う思ひまして玄関げんくわんかゝ
士族の商法 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
長門ながと赤間あかまヶ関せき、播州の室津などはそれである。ことに室津は都近い船着きであったから、遊里の体裁ていさいをなすまでに繁昌したものと見えます。
かかる苦心は近頃やまい多く気力乏しきわが身のふる処ならねば、むしろ随筆の気儘なる体裁ていさいをかるにかじとてかくは取留とりとめもなく書出かきいだしたり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
……「海」の話はこれだけである。もっとも今日こんにちの保吉は話の体裁ていさいを整えるために、もっと小説の結末らしい結末をつけることも困難ではない。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その反対に、いかに体裁ていさいがよく意匠をらした立派なものでも、肝腎のレコード保存の目的を満たすに不十分なものであれば、勿論これも不合格だ。
こちらが照れてしまうほどになり、大きな身体からだをもじもじさせ、スカアトのひだを直したりして体裁ていさいつくろってから、大急ぎでけ去ってしまいました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
それにしても、これぢやああんまり体裁ていさいが悪いから、もう少し何とか店附みせつきくしようと云つてゐるんですが、例の区画整理がまだ本当にまらないんでね。
赤い杭 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
やくにもたぬものを、体裁ていさいだけでごまかすなんて、ほんとうにわるいことだな。」と、いわれたのでした。
正二くんの時計 (新字新仮名) / 小川未明(著)
世間的の体裁ていさいなどを云っていられない、断然別居しよう、小供には可哀そうだがしかたがない、そして、別居を承知しないと云うならひと思いに離別しよう
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そしてその体裁ていさいをして荒涼なるジェネアロジックの方向を取らしめたのは、あるいはかのゾラにルゴン・マカアルの血統を追尋させた自然科学の余勢でもあろうか。
なかじきり (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その外体裁ていさいを変えれば色々の料理が出来ますから少しは御自分で工風くふうして御覧なさいまし。私どもでは日本料理の玉子酢から西洋料理の淡雪あわゆきソースというものを工風致しました。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
(無論自然死ではないのだ)二川家では過失で多量の催眠剤を呑んだ為かも知れないと、新聞記者に話したが、それは一つの体裁ていさいであって、過失という事は全然あり得ないのだった。
それで津村は、自分の家の祖母が亡くなった年の冬、百ヶ日の法要を済ますと、親しい者にも其の目的は打ち明けずに、ひとり飄然ひょうぜんと旅におもむ体裁ていさいで、思い切って国栖村へ出かけた。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
年月を経るにしたがい学風の進歩することあらば、その体裁ていさいもまた改まるべし。
また再興した新富しんとみ寿司本店も今までに見られないものを持って臨んでいる。これもまた、寿司王国を示している。こんなふうに寿司屋は体裁ていさいではグングンと万事に改良し進歩を示している。
握り寿司の名人 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
世間への体裁ていさいからばかりでなく、実際に、六十の坂を越してから、なお、働き続けねばならない自分の親を、彼は心の底から気の毒に思って、出来るだけの慰撫いぶを心掛けているのであったが
山茶花 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
せいぜいできることは、お体裁ていさいを作るために形をかえでそれを満足させることでしょう。しかし、だからといって、時代の力は軽蔑けいべつはできませんよ。うそを本気でやらせる力もあるんですから。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
第一、外聞がいぶんが悪いよ。ああ云うものは当世の情事好いろごとごのみのすることで武人の血を引く石ノ上ノ綾麻呂の息子ともあろうものが、あんなものにかぶれるなどと云うことは大体、体裁ていさいがよくないからな。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
そして姉妹にまで体裁ていさいを作らねばならない境遇の中で、気ばかりつかって暮しているカヤノに、同情と反感の交錯こうさくした気持で、背中をどやしつけてやりたいようなもだもだしたものを持たされた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
猿楽の狂言および俗間の茶番狂言なるもの体裁ていさいさらにし。今一歩を進め、猥雑わいざつに流れず時情にへだたらず、滑稽の中に諷刺をぐうし、時弊を譏諫きかんすることなどあらば、世の益となることまた少なからず。
国楽を振興すべきの説 (新字新仮名) / 神田孝平(著)
今日けふならではの花盛はなざかりに、上野うへのをはじめ墨田川すみだがはへかけて夫婦ふうふづれをたのしみ、隨分ずいぶんともかぎりの体裁ていさいをつくりて、つてきの一てう良人おつと黒紬くろつむぎもんつき羽織ばをり女房にようぼうたゞすぢ博多はかたおびしめて
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
と立花君は体裁ていさいを飾る男だから、発表するのに甚だやぶさかだった。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
店がひけてから三丁ほど先に在るカフェ・ネオンの別荘(というと体裁ていさいがいいが、その実、このカフェの持主の喜多村次郎きたむらじろう邸宅ていたくにして同時に五人ばかりの女給が宿泊するように出来ている家で、実は彼女等の特殊な取引が行われるために存在する家だともいう)
電気看板の神経 (新字新仮名) / 海野十三(著)
市中の電車に乗って行先ゆくさきを急ごうというには乗換場のりかえばすぎたびごとに見得みえ体裁ていさいもかまわず人を突き退我武者羅がむしゃらに飛乗る蛮勇ばんゆうがなくてはならぬ。
朝起きたら、歯の痛みが昨夜ゆうべよりひどくなった。鏡に向って見ると、左の頬が大分だいぶれている。いびつになった顔は、たしかにあまり体裁ていさいいものじゃない。
田端日記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
こんな体裁ていさいのいい偽善はない。病人はいじめるだけいじめる。ジャンボーははやしたいだけ囃す。その代り医者にかけてやると云うのか。鄭重ていちょうの至りである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
又「別に締りはない、たゞ栓張棒しんばりぼうが有るばかりだが、泥坊の入る心配もない、かくの如き体裁ていさいだが、どうだ」
子供が出来て見ろ、大きな腹を抱えて学校に通うなんて余り体裁ていさいのいいものじゃない。結局、それでは食って行けないっていうことになる。だから俺は思うんだ。
一おうの体裁ていさいは整っておりますが、中はまだほんとうに修復が出来ていないらしく、何んとなく殺風景で、明るい太陽の下で見ると、人間が住んでいそうもありません。
九つの鍵 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
それにしても余りに乱雑な体裁ていさいだと思いながら、こんよく読みつづけているうちに「深川仇討の事」「湯島女殺しの事」などというような、その当時の三面記事をも発見した。
西瓜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
見えすいたお体裁ていさいに対するたたかいです。ケチくさい事、ケチくさい者へのたたかいです。
美男子と煙草 (新字新仮名) / 太宰治(著)
酒屋さかやのおじさんが、あのおとこは、べつに仕事しごともせず、競輪けいりんや、競馬けいばで、もうけたかねで、ぶらぶらしてらすんですって。そして、お体裁ていさいにあんなよけ眼鏡めがねをかけているのだって。
春はよみがえる (新字新仮名) / 小川未明(著)
湯壺は去年まで小屋掛こやがけのようなるものにて、その側まで下駄げたはきてゆき、男女ともに入ることなりしが、今の混堂立ちて体裁ていさいも大にととのいたりという。人の浴するさまは外より見ゆ。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
... 出してみましょう。きっと吃驚びっくり致しますよ。まだほかにお芋の使い方はございませんか」お登和「体裁ていさいをかえればまだ色々なものになりますが、湯煮て裏漉うらごしにしてお芋を一日しておもちを ...
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
変ったといっても店の体裁ていさいや職人小僧のたぐい、お客の扱いに別に変ったところはなく、「銀床ぎんどこ」という看板、鬢盥びんだらい尻敷板しりしきいた毛受けうけ手水盥ちょうずだらいの類までべつだん世間並みの床屋と変ったことはない。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
外面の体裁ていさいに文野の変遷へんせんこそあるべけれ、百千年の後に至るまでも一片いっぺんの瘠我慢は立国の大本たいほんとしてこれを重んじ、いよいよますますこれを培養ばいようしてその原素の発達を助くること緊要きんようなるべし。
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
さて、第三にお願いしたいのは、おたがいの生活に組織をあたえるための工夫をこらしてもらいたいということである。それは、むろん、ここの共同生活の体裁ていさいをととのえるために必要なのではない。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「たいていこういうふうにしようと思うんだ。沢田(印刷所)にも相談してみたが、それがいいだろうと言うんだけれど、どうも中の体裁ていさいはあまり感心しないから、組み方なんかは別にしようと思うんだがね」
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
そんな見識はただの見栄みえじゃありませんか。よく云ったところで、うわつら体裁ていさいじゃありませんか。世間に対する手前と気兼きがねを引いたら後に何が残るんです。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
勿論その住民の階級職業によって路地は種々異った体裁ていさいをなしている。日本橋際にほんばしぎわ木原店きはらだな軒並のきなみ飲食店の行燈あんどうが出ている処から今だに食傷新道しょくしょうじんみちの名がついている。
かたがた保吉は前のような無技巧に話を終ることにした。が、話の体裁ていさいは?——芸術は諸君の云うように何よりもまず内容である。形容などはどうでも差支えない。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして読みさしの雑誌をとりあげて、貸し主の前には体裁ていさいのいいことを言って返してしまった。
私は生れてから、こんなに体裁ていさいの悪い思ひをした事は無いよ。本当にひどいよ。
お伽草紙 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
わたくしは忌憚きたんなき文字二三百言をけづつて此に写し出した。しかし其体裁ていさい措辞そじは大概窺知きちせられるであらう。丁卯は慶応三年である。大意は「人君何天職」の五古を敷衍ふえんしたものである。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
君なぞは食物を舌でばかり味わうと思うから間違まちがっている。食物の味を心に感ずるのは眼と鼻と舌との三つである。盲目者は別にして誰でも先ず食物に対すれば眼を以てその体裁ていさいる。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
其処そこじゃア御挨拶が出来ぬ故何卒どうぞ此方こっちへ這入って下さい、此の通り今稽古を仕舞って一杯初めた処で、甚だ鄙陋びろう体裁ていさいるが、どうぞ無礼の処はお許し下すって、これへお這入り下さい
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)