人魂ひとだま)” の例文
これをもって、死霊しりょう生霊いきりょうの人に憑付することを信ずる徒はなはだ多し。また、世間に人魂ひとだまというも、生霊、死霊と同一物たるべし。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
黙々とした水夫かこ、おびえた夢にとまをかぶっている旅客、人魂ひとだまのような魚油燈、それらを乗せて、船脚は怖ろしいほどはやくなっている。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この身動みじろぎに、七輪の慈姑くわいが転げて、コンと向うへ飛んだ。一個ひとつは、こげ目が紫立って、蛙の人魂ひとだまのように暗い土間に尾さえく。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ちょうど生きた人魂ひとだまだね。て門を這入ってみると北風ほくふう枯梢こしょう悲断ひだんして寒庭かんていなげうち、柱傾き瓦落ちて流熒りゅうけいいたむという、散々な有様だ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
重なり合った闇の竹藪を通して、まるで怪談の人魂ひとだまのように、チロチロと揺ぐ光り物が見えた。賊の照らす懐中電燈かしら。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
安政あんせい末年まつねん、一人の若武士わかざむらいが品川から高輪たかなわ海端うみばたを通る。夜はつ過ぎ、ほかに人通りは無い。しば田町たまちの方から人魂ひとだまのやうな火がちゅうまようて来る。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
空を仰げば明日は天気、一点雲なき星月夜、と大きく抛物線ほうぶつせんを描き、青く光って飛ぶ物がある。人魂ひとだまではない流星だ。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
こんな寒い夜でもだるま船が出るのか、お養父さんを迎えに町へ出てみると、雁木がんぎについたランチから白い女の顔が人魂ひとだまのようにチラチラしていた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
途端とたん! 一同は思わずハッとした様子、それは何故なぜかと云うに、今しも不意に一つの巨大おおきな流星が空中に現われ、青い光は東から西へ人魂ひとだまの如く飛んで
黄金の腕環:流星奇談 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
それはとにかく、われわれの子供の時分には、火の玉、人魂ひとだまなどをひどく尊敬したものであるが、今の子供らはいっこうに見くびってしまってこわがらない。
人魂の一つの場合 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
道は沼に沿うて、へびのように陰鬱いんうつにうねっていた。その道の上を、生きた人魂ひとだまのように二人は飛んでいた。
死屍を食う男 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
「あれを——気が付きませんか、橋場ばしばのあたりでしょう。闇の中に尾を引いて、人魂ひとだまが飛びましたよ」
光を学んだ数百の燈籠が、人魂ひとだまの楽しい舞踊かのように、プカプカと、ゆれながら、海上をただよう。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
新聞によれば、七十五年間は市の中央には居住できないと報じているし、人の話ではまだ整理のつかない死骸しがいが一万もあって、夜毎よごと焼跡には人魂ひとだまが燃えているという。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
南校なんこはらとは、大学南校のあった跡だと後に知った。草ぼうぼうとして、あるよい、小川町の五十稲荷ごとおいなりというのへ連れてってもらった帰りに、原で人魂ひとだまというのを見た。
「でも、あたし本当に、人魂ひとだまがとぶところを見たことがあってよ。あれは四年前の夏だったかしら」
ふしぎ国探検 (新字新仮名) / 海野十三(著)
利用したのさ。甲羅へりんを塗って庭へ逃して置いたら、夜になって、家のものが絶叫したんだ。人魂ひとだまが出たって騒ぎさ。そこで思いついて、君の方のお寺へ持って行った
ある温泉の由来 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
尚お視廻みまわすと、壁は元来何色だったか分らんが、今の所では濁黒どすぐろい変な色で、一ヵ所くずれを取繕とりつくろったあとが目立って黄ろいたまを描いて、人魂ひとだまのように尾を曳いている。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
奈何に二人は世にある多くのためしを思出して、死を告げる前兆しらせ、逢ひに来る面影、または闇を飛ぶといふ人魂ひとだまの迷信なぞに事寄せて、この暗合した事実に胸を騒がせたらう。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
人魂ひとだまかなんぞのように、ふらふらと宙に迷って、提灯だけが月夜に浮き出したもののようです。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
夏は青々として眼がさめる。葭切よしきり水鶏くいな棲家すみかになる。螢が此処からふらりと出て来て、田面に乱れ、墓地を飛んでは人魂ひとだまを真似て、時々は彼が家の蚊帳かやの天井まで舞い込む。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
月光の影まばらな林の中には、主人あるじの首をはじめ五つの首が人魂ひとだまのように飛び廻っていた。みんな面白そうに笑いながら、地上じべたや樹から虫か何かを探してっているのであった。
轆轤首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
取にがしては殘念であらうと人の愁ひを串談に思ふものもあり、諸説みだれて取止めたる事なけれど、恨は長し人魂ひとだまか何かしらず筋を引く光り物のお寺の山といふ小高き處より
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
五寸も距離があり身体は地球から二、三寸上を、人魂ひとだまの如くフワリフワリと飛んでいる如く感じられてならぬ、心常に落付かない、その代り夏は葦張よしずばり、風鈴、帷子かたびらの如くすずしい
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
西北の空に突然彗星すいせいがあらわれて、はじめ二三尺の長さのものがいつか空いっぱいに伸びて人魂ひとだまの化物のようにのたうちまわったかと思うと、地上ではコロリという疫病が流行はやりだして
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
たとへば夜けてから澤山の獲物えものを持ツて獨でくらい路を歸ツて來ると、不意に行方ゆくてから、人魂ひとだまが長く尾を曳いて飛出したり、またはのかはうそといふ奴が突然だしぬけ恐ろしい水音をさせて川に飛込むだり
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
ところがまた反響が例のごとく向うへ延びて、突き当りがないもんだから、人魂ひとだま尻尾しっぽのように、かすかに消えて、その反動か、有らん限りの木も山も谷もしんと静まった時、——何とも返事がない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
タキは人魂ひとだまみんたまなくこおかなく燃やし、独りして歌ったずおん。
雀こ (新字新仮名) / 太宰治(著)
「ひ、人魂ひとだまが……と、飛んでいきやしたが……」
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「あれは人魂ひとだまだ。」といった者もあった。
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
二、落ちては登る人魂ひとだまの復原運動。
人魂ひとだまは消えてこずゑ燈籠とうろかな
点心 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
むしほたる人魂ひとだまか。
桜さく島:春のかはたれ (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
……そのあとへ、人魂ひとだまが一つ離れたように、提灯の松の下、小按摩の妄念は、列の中へ加わらずに孤影㷀然けいぜんとして残っている。……
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その霧のなかに、ブランブランと、人魂ひとだまのようにゆれている魚油ぎょゆのあかり。ギリギリ、ギリギリと帆綱ほづなのきしむ気味の悪さ……
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただし、確かに鬼火という中には、狐火、人魂ひとだま、不知火等、すべて夜間に光り、俗に不思議とみなさるる現象を含んでおる。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
僕も宿の者と一緒に門口まで見送ると、葬列に付き添って行く宿の者の提灯二つが、さながら二人の女の人魂ひとだまのように小さくぼんやりと迷って行った。
山椒魚 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
着物が湿っているので、威勢いせいよくは燃え上らぬ。青い焔が、着物の裾や袖を、人魂ひとだまみたいに、不気味に這っている。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
樹木森々たる浅間の社地! ボーッと人魂ひとだまが燃えたからである。が、よく見ると対に並んだ、常夜燈のであった。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
室蘭の町は廃墟はいきょのように、雪の灰の中からところどころのぞいていた。人魂ひとだまのようにまちの灯が、港の水に映っていた。のろいの声を揚げて風が波をつき刺した。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
名代なだいの気丈なものだったそうですが、ある夜、もうかれこれけて、夏の夜でしたが、涼み台もしまおうという時分に、その後家のうち軒前のきさき人魂ひとだまがたしかに見えたと
人魂火 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
怪談なんかに話が飛ぶと、たい子さんも千葉の海岸で見た人魂ひとだまの話をした。この人は山国の生れなのか非常に美しい肌をもっている。やっぱり男に苦労をしている人なり。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
花尻の森から人魂ひとだまが飛んだというあの噂を聞いて、それからいい心持はしなかった、あれを、知らずらず今晩まで持越したもの、こんな晩には早寝に限ると気がついたが
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
余り気味のいものでは無い、シーンとした真夜中ごろ、青い光がスーと天空から落ちて来る有様は、あたか人魂ひとだまでも飛んで来たよう、それがった瞬間は、だれでもハッと思い
黄金の腕環:流星奇談 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
するとその投影かげの中から、群青ぐんじょう淡紅色ときいろのパラソルが、人魂ひとだまか何ぞのようにフウーウと美しく浮き出して、二三間高さの空中を左手の方へ、フワリフワリと舞い上って行ったが
空を飛ぶパラソル (新字新仮名) / 夢野久作(著)
とりにがしては殘念ざんねんであらうとひとうれひを串談じようだんおもふものもあり、諸説しよせつみだれて取止とりとめたることなけれど、うらみなが人魂ひとだまなにかしらずすぢひかもののおてらやまといふ小高こだかところより
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
冬は陽で夏は陰に当ると老人はいう、なるほど幽霊や人魂ひとだまが出るのは、考えて見ると夏に多いようだ、幽霊の綿入れを着て、どてらをかぶった奴などはあまり絵でも、見た事はないように思う。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
幾千年の後にはこの古池が、人の知らぬに、落ちた椿のために、うずもれて、元の平地ひらちに戻るかも知れぬ。また一つ大きいのが血を塗った、人魂ひとだまのように落ちる。また落ちる。ぽたりぽたりと落ちる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「僕のはね、『空飛ぶ円盤と人魂ひとだまの関係について』というんだ」
ふしぎ国探検 (新字新仮名) / 海野十三(著)
月夜の白張しらはり、宙釣りの丸行燈まるあんどう、九本の蝋燭ろうそく、四ツ目の提灯ちょうちん、蛇塚を走る稲妻、一軒家の棟を転がる人魂ひとだま、狼の口の弓張月、古戦場の火矢の幻。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)