やしき)” の例文
「ほら、ざっとしぼって乾かしておいてくんな、——心配するなってことよ、そんな腐った単衣なんざ、おやしきへ帰りゃ何枚でもあらア」
お嬢さんはすぐおやしきへ帰って下さい、そして僕が電話をかけたら、すぐに警官をつれて駈けつけてこられるようにしておいて下さい。
骸骨島の大冒険 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
まあ今夜は、やしきへお泊んなさい。そして何だな、明日、わしが紹介して進ぜるから、王晋卿おうしんけいさまのおやかたへでも一つ伺ってみるんだな。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「はじめは存じませんでした。はじめての晩、内へ泊りに見えました時は、どこのかおやしきの、若様だとそう思っていたんですって。」
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「そんなことは、皆んな、大きなおやしきに一人ぽつちで雇はれて、暮してゐることが判つてゐる人には、大方誰にでも云ふのでせう。」
私はいつものようにたのに「ええこんなに、そう、何千株と躑躅つつじの植っているおやしきのようなところです」と、私は両手をひろげて
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
このやしき女三にょさん尼宮あまみやの三条のお邸に近かったから、源侍従は何かの時にはよくここの子息たちに誘われて遊びにも来るのであった。
源氏物語:46 竹河 (新字新仮名) / 紫式部(著)
それは近ごろ不思議な事を承わる、御存知の通り、拙者は当やしきに生れて已に二十余年に相成るが、左様な事は見もせず聞も及ばぬ
お住の霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私はその美術家の苦しい骨の折れた時代をよく知っているが、いつのまにか人もうらやむような大きなやしきを構え住むようになった。
分配 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ヘルンが妻を連れ出す所はたいてい多くは寂しい静閑せいかんの所であり、寺院の墓地や、やしきの空庭や、小高い見晴らしのおかなどであった。
平山はきのふあけ七つどきに、小者こもの多助たすけ雇人やとひにん弥助やすけを連れて大阪を立つた。そしてのち十二日目の二月二十九日に、江戸の矢部がやしきに着いた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
公爵家の紋章で美々びびしく装われた三十三頭の牛が、羅馬の街上に、その尨大な石材をいて、ノメンタナ街のやしきへ練り込みました。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
表も麻にするとしたら、先のおやしきでお子さま方のにお拵へになつたやうな更紗さらさ型のもよかつた。それなら裏の麻も白いのがよくうつる。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
「へん、ここをどこだ」声をおとして、「ここは鮫洲さめずのお大尽だいじんのおやしきさ、お邸と知って、奥さまをもらいに来てるのだが、てめえはなんだ」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それから二月ばかりして、新右衛門はまたなにがしやしきへ来た。そして座敷に飾りつけてあつた先日こなひだの屏風を不思議さうにじつと見てゐた。
さあ、おやしきへ飛んで帰って、それから医者を呼ぶやら、灌腸かんちょうをするやら、大騒ぎになりましたが、本当に神様も無慈悲な方でございまス。
長イスがやしきをはこびだされたのも、それからトラックにつまれて、どこかへ走りだしたのも、小林君にはよくわかっていました。
大金塊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
とある大家たいけの別荘のようなやしきのまえを通りましたら琴や三味線や胡弓こきゅうのおとが奥ぶかい木々のあいだかられてまいるのでござりました
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
して見るとこのやしきで仕事をしようと云う連中は、かねて彼の家、マチニヨン町とシャートーブリヤン町の家へ忍び込んだやつらと同一だ。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
「では、やしきから芸娘ウンロウにわしのこれを届けさせて貰おう。シンガポールから届いた極上のがあるんだ。あれをやったら、ここのは吸えんよ」
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
また木目が馬鹿に奇麗だと云って、茶室ちゃしつ床柱とこばしらなンかになったのもある。根こぎにされて、都のやしきの眼かくしにされたのもある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
藤井や岡本の住居すまいと違って、郊外に遠い彼のやしきには、ほとんど庭というものがなかった。車廻し、馬車廻しは無論の事であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その翌日旅行免状を受けるために司令長官のやしきへ行き、朝から待って居りましてようやく午後五時頃に国王代理に遇うことが出来ました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
早速出かけて來て見ると、ぶんに過ぎた大きなやしきであつた。荒れ古びてこそをれ、櫻の木に圍まれて七百坪からの廣さがあつた。
樹木とその葉:04 木槿の花 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
主人は父のやしきへ出入りする唯一の青年といってよかった。他に父が交際している人も無いことはなかったが、みな中年以上か老人であった。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
わたくしがおやしきにゐられなくなつたわけは、あなたにはおわかりでございませう。たゞ、それは、わたくしの胸にだけ納めて、奇麗に御暇を
秘密の代償 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
彼女がそうして朝田あさだ社長のやしきに通いだしてから五日目の朝、彼女の赤ん坊は急に母乳を離れてミルクについたためか、熱を出したのだった。
猟奇の街 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
市ヶ谷の奥様が驚いてくるまで来られた。わたしの報告と青木家の報告とがおやしきでカチ合つたのだから、驚かれるのも無理はない。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
わたしの部屋はやしきの古いほうの棟にあり、どっしりした家具は、巨人がこの世に住んでいた時代につくられたものかもしれないと思われた。
人の子を瓦のはしのやうに思つて居るそんな人間を養つて置く広いやしきや無用な塀の多い街を私は我子を置いて死にところとはよう思ひません。
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
高見権右衛門が討手うっての総勢を率いて引き上げて来て、松野右京のやしきの書院の庭で主君の光尚みつひさえっして討手の状況を言上ごんじょうする一段のところで
やしきの焼け跡では、さびしく花をつけた蔓薔薇つるばらの二、三枝を折りとった。あとで、石橋氏の墓前に、供えたいと思ったからである。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
林が私のために、やしきの奥さんにびてくれてから、私は林が好きになった。そして林が奥さんに言ったように、私達はほんとに友達になった。
こんにゃく売り (新字新仮名) / 徳永直(著)
と云い放し、孝助ばかり残る事になりましたから、源次郎も当てがはずれ、挨拶も出来ない位な始末で、なんともいう事が出来ずやしきへ帰りました。
「あの文房具屋から四軒目のところに、そうだ、お前の学校の物理学教室の真ん向かいにあたるところだ、あそこに大きなおやしきがあるだろう?」
少年探偵呉田博士と与一 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
老爺さんの二女——総領娘はある大名やしきに御殿奉公をしていた——私の母は九歳だったが、男髷おとこまげにしていたので小刀を差して連れられて逃げた。
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「ははあさようか、いや解ったぞ。察するところそのほうはやしき近くの町人であろう。それで事情を知っているのであろう」
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
清盛は西八条のやしきで父を地べたにけり落としたそうです。その時父がかんむりをたたき落とされて、あわてて拾おうとしたことまで彼らは語りました。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
ギンヤ——というのは、銀やと書くべきか銀弥ぎんやと書くべきか、よくわからないが、ともかくもこれがこのやしきにおける風間光枝の源氏名げんじなであった。
什器破壊業事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
宝字五年、光明太后の五周忌に当っていたので、八月に、上皇は天皇をつれて薬師寺に礼拝、押勝の婿の藤原御楯のやしきに廻って、酒宴があった。
道鏡 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
厳しい宗教的雰囲気の中に育てられた白面病弱の坊ちゃんが、急に、自らの純潔を恥じ、半夜、父のやしきを抜け出して紅灯のちまたをさまよい歩いた。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
……れぞはや御領主樣ごりゃうしゅさまへ。カピューレットどのゝやしきへもはしった。モンタギューどのをおこしてい。あとものは、さがせ/\。
翠色すゐしよくしたヽるまつにまじりて紅葉もみぢのあるおやしきへば、なかはしのはしいたとヾろくばかり、さてひとるはそれのみならで、一重ひとへばるヽ令孃ひめ美色びしよく
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
うばひ取られし事他聞たぶんも宜しからず當家の恥辱ちじよくなりとて改易かいえき申付られ尤も憐愍れんみんを以て家財は家内へ與へられたれば通仙が後家ごけお竹并びに娘お高はやしき
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ソログーブはおさなときからはは奉公先ほうこうさきやしきで、音楽おんがく演劇えんげきなどにしたしむ機会きかいち、読書どくしょたいするふか趣味しゅみやしなわれた。
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
それから、何の、走って、走って、とうとう向うの青くかすんだ野原のはてに、オツベルのやしきの黄いろな屋根を見附みつけると、象はいちどに噴火ふんかした。
オツベルと象 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
このやしきで奇怪な出来事が連発してきたので、すくなくとも仏露両国のスパイは、とうからこのベルリン・ドロテイン街の大邸宅とその美しい女主人
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
或る悩ましく花のれるような夕方、姉弟が来て筒井に告げた。それはこの一とまわりのあいだ、毎日のようにやしきをうかがう男がいるとのことだった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ぜんに奉公していたやしきで、ことのほか惜しまれたということ、ちいさい時分から、親や兄に、口答え一つしたことのない素直な性質だということも話した。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「其様な勝手なことを有仰おつしやツたツて可けないわ。そりや何うせおやしきにゐらツしやるやうなことは無いんですからね。」
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)