とどろ)” の例文
電信柱のごうごうと云ううなりも蓮沼のカサカサと云う音も聞えなくなって、ただ海のとどろきばかりがいまだに地響きをさせて鳴っている。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
またあのせかせかした歩みの拍節タクトから生みだされて、たえず彼につきまとって離れなかったとどろくような楽旨モチーフも、彼の耳から消え失せた。
満廷粛として水を打ちたるごとくなれば、その靴音くつおとは四壁に響き、天井にこたえて、一種の恐ろしき音をして、傍聴人の胸にとどろきぬ。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ちょうど二時頃銃声がとどろいたので、館中がすくむような恐怖に鎖されてしまって、誰一人現場にせつけようとするものはなかった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そして、馬車や自動車が、あの橋板をとゞろかすごとに、静子も自分が来たのではないかと、彼女の小さい胸をとどろかしているに違いない。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
私は、私の胸はどんなにかとどろいた事でしょう。ふつつかもの花子に愛するというお言葉……何だかもったいないような気が致しますの。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
さっきから、もう、何度彼女の手に触れようとして、せなへ手を回そうとして、そのたんびに胸をとどろかせていたか、知れないのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
昔、南海に武名をとどろかしたサモア戦士の典型と思われる体躯たいくと容貌だ。しかも、之が、はしにも棒にもかからない山師であろうとは!
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
城は、慶長八年の十一月十五日にちた。その落城の際の彼の働きこそ、当時しばらく中国の武人たちにとどろいたものであった。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふととどろいたお政の声に、怖気おじけの附いた文三ゆえ、吃驚びっくりして首をげてみて、安心した※お勢が誤まッて茶をひざこぼしたので有ッた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
夜陰にとどろく車ありて、一散にとばきたりけるが、焼場やけばきはとどまりて、ひらり下立おりたちし人は、ただちに鰐淵が跡の前に尋ね行きてあゆみとどめたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ですがとどろく雷鳴に神の威光を感じたり、吹きすさぶ嵐にその怒りをおそれたりする気持ちは、素朴な人たちの感情とも見られます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
一首の意は、天皇は現人神あらひとがみにましますから、今、天にとどろいかずちの名を持っている山のうえに行宮あんぐうを御造りになりたもうた、というのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
綱手は、一寸、胸を、とどろかしたが、もう、袋持も、邸も、女中頭も、兵太夫も——それから、世の中さえ、怖ろしくはなかった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
阿波の海部川かいふがわの水源には、とどろきの滝、一名を王余魚かれいの滝という大きな滝があって、山の中に王余魚明神という社がありました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
折から撃ッて来た拍子木は二時おおびけである。本見世ほんみせ補見世すけみせかごの鳥がおのおのとやに帰るので、一時に上草履の音がとどろき始めた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
かくの如く長崎の港門は、むしろ外舶に対して狭窄きょうさくとなりたるにかかわらず、我が辺海の波濤は、頻年ひんねん何となく咆哮ほうこうして、我が四境しきょうの内にとどろけり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
銃声がとどろく。硝子ガラスこわれる音。悲鳴ひめい途端とたんに又もや腰掛がぶうんとうなりを生じて美女の顔を目懸めがけて飛ぶ。これは美貌の男の防禦手段だった。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
全山にとどろくばかりの大音声だいおんじょうは、山々の峰にこだまして、なみいる大衆の心をゆさぶった。前座主は、東塔の南谷みなみだに、妙光坊に入られる事になった。
滝のとどろきがかすかに感じられた。ずっと頭の上でそれを感じたのである。からだがその響きにつれてゆらゆら動いて、みうちが骨まで冷たかった。
魚服記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
我輩の友人にアーヴィンという文士として相当に名をとどろかした米人がある。この人が昨年の夏頃作った詩がある。これを読んで我輩はおおいに感服した。
真の愛国心 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
彼は自分の奥底に、暴風雨のとどろきをまだもっているし、荒立った海が示してくれたある深淵しんえんの轟きをまだもっている。
知っている人は知っている、知らない人は知らない、これぞ十八文の名声天下にとどろく(?)道庵先生の謦咳けいがいの破裂であることは間違いがありません。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
遠く戦陣のとどろきをもたらす片すみの人なき広い野原、昼間の寂寞せきばく、夜間の犯罪、風に回ってる揺らめく風車、石坑の採掘車輪、墓地のすみの居酒屋
天才少女の名をとどろかした頃はシューマンとの間に美しい愛情が芽生え、それが退引のっぴきならぬ状態にまで生長していった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
さてはと梅子の胸とどろくを、松島はづ口を開きつ「我輩が松島と云ふ無骨漢ぶこつものです——御芳名は兼ねて承知致し居ります」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
そうした様子がから駄々だだっ子で、あの西洋にまで貞奴の名をとどろかして来た人とは思われないまであいがなかった。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
芳子はこれを認めて胸をとどろかした。父親は不快な感を抱いた。けれど、空想にふけって立尽した時雄は、その後にその男が居るのを夢にも知らなかった。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
鉄道馬車は今よりとどろめて、朝詣あさまいりの美人を乗せたる人力車が斜めに線路を横ぎるも危うく、きたる小鰺こあじうる魚商さかなや盤台はんだいおもげに威勢よく走り来れば
銀座の朝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すると偶々たまたまその場にいた祖父が、「馬鹿野郎。子供のくせに、いまから金をためることなんか覚えて、どうするんだ。」と百雷のとどろくような声を出した。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
足元からくずれ落ちる真黒な山路も、物ののような岩の間をとどろき流れる渓川たにがわも、慣れない身ながら恐れもなく、このような死人の息さえきこえぬ山奥で
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
「車にお乗り。」そして彼は胸をとどろかしながら彼女の肩に手をかけた。彼女はもう一度鋭く彼を見詰め、それから不意に彼の胸を押しけて駈けだした。
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
とどろく音、枝の裂ける音、そうして光りが十ヤードばかり——松ややぶや、ありとあらゆる物が坂の下へ崩れ落ちて来て、われわれの道をふさいでしまった。
世をとどろかす事業をげて見せばやと、ある時は髪結かみゆいとなり、ある時は洗濯屋、またある時は仕立物屋ともなりぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
烏の足掻あしがきの雪の飛沫ひまつから小さな虹が輪になって出滅する。太鼓の音が殷々いんいんとどろく。向う岸の稲荷いなりの物音である。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
同時に尻大いに開いて五十サンチの巨砲をとどろかしたが、さすがのしたたかもので、客の怪しみ問うに対してツイ豆をたべたものですからといったとある。
が、しかし見よ、その瞬間に、すさまじい音がとどろいて露路が火の海に一変したことを! 右手に並んでいた家並みが、焼けて崩れて落ちたからであった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すると彼女の想像通り、五六間離れた処を歩くその男の姿が見えたので、はッと胸とどろかせながら、いそいで向き直って今までより歩度を速めて歩きだした。
凍るアラベスク (新字新仮名) / 妹尾アキ夫(著)
いよいよ飛び込んだ! 折から二竜山にりゅうざんの方面より打ち出した大砲が五六発、大空に鳴る烈風をつんざいて一度に山腹にあたって山の根を吹き切るばかりとどろき渡る。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それから後は秀吉の旗の下に就いて段々と武功を積んだが、ことに九州攻めには、堀秀政の攻めあぐんだ巌石がんじゃくの城に熊井越中守を攻め伏せて勇名をとどろかした。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
山がかりの巌から、滝がとどろき流れおち、孟宗竹もうそうちくの植込みのあいだから、夏は燈籠とうろうが水の飛沫しぶきをあびて、涼しい風にゆらぐ寒竹やはぎのなかに沈んでいた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
やがて時計の長短針が一つになって十二時を指すと、音楽堂の上から一発の砲声がとどろいた。と思うと大鷲おおわしのごとく両翼を拡げた飛行船は徐々に上昇し初める。
月世界競争探検 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
海は、動いて、とどろいて、騒々しくて、人間の叫ぶ声が聞えませんが、この広い沙漠の裡にあっては、沈黙が人間の声を吸い取ってしまうのです。怖しい沈黙!
日没の幻影 (新字新仮名) / 小川未明(著)
さて展覧会の当日、恐らく全校数百の生徒中もっとも胸をとどろかして、展覧室に入った者は自分であろう。図画室は既に生徒及び生徒の父兄姉妹で充満いっぱいになっている。
画の悲み (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
と、突然、まったく突然、その家の洗面所と思われる方にすさまじい水道のほとばしる音が、あたりの静けさと、欹てた耳とに、数十倍に拡大されて、とどろきわたった。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
胸をとどろかして待つた其人では無くて訪ねて来たのは信吾であつた。智恵子は何がなしにバツが悪く思つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
それまで死に身になって稼いだので、女と聞いて胸のとどろく時はいたずらに過ぎ去って、心が落ち着いていた。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
サクセフォンは呻吟し、酒樽型の太鼓は転がるようにとどろき、それにフィドルがすがり、金属性の合の手が絡み——ピアニストはうに洋襟カラアを外してクウなげうっていた。
踊る地平線:11 白い謝肉祭 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
西洋の婦人と自在に会話を取かわしている得意なありさまに胸をとどろかせたりしていたずらに時を過した。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
暫くはさすがの峨眉山がびさんも、くつがへるかと思ふ位でしたが、その内に耳をもつんざく程、大きな雷鳴がとどろいたと思ふと、空に渦巻いた黒雲の中から、まつ赤な一本の火柱が
杜子春 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)