くつが)” の例文
とりわけこの岬のあたりは、暗礁の多いのと、潮流の急なのとで、海は湧立わきたちかえり、狂瀾怒濤きょうらんどとうがいまにも燈台をくつがえすかと思われた。
おさなき灯台守 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
今さらその原因をくつがえすことはできない、しかもそれに由る心苦しさは、兄のことに触れるたびに頼胤の胸をつよく圧迫するのであった。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
国境方面から次々と入る注進やら、にわかに兵糧軍馬の動員で、洛中の騒動たるや、いまにも天地がくつがえるような混雑だった。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
地所や家作や、現金を持たぬ者は、燒け出された日から、全生活をくつがへされて、ドン底に顛落したのは、間々あつた例です。
この騒ぎに少女が前なりし酒はくつがへりて、もすそひたし、卓の上にこぼれたるは、蛇の如くひて、人々の前へ流れよらむとす。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
我邦わがくに古来の貞淑の美徳が、女の学問のためにただちにくつがえされるもののごとく、もし憂える者があったらそれは誤りである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
不意に飛び出したこの六尺豊かの壮漢が、痛快というよりは乱暴極まるれ方をして、あっというまもなく、賭場とばを根柢からくつがえしてしまいました。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
平安朝の貴族主義は今やその根柢においてくつがえされていながら、なお伝統として力を保っている。武士階級も表面においてはこの伝統に逆らわない。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
母の不誠意な、薄情な態度を悲しむ心も交っていた。どの一つの感情でも、彼女の心を底からくつがえすのに十分だった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
(一三)労働は疑いもなく種類を異にするけれども、かかる種類の相違はまもなく調整され引続き永久的なものとなるから、前掲の法則はくつがえされない
もっと護謨ごむ同様に紳縮のびちゞみする樹皮きのかわなれば其穴はおのずかふさがりてだ其傷だけ残れるを見るのみなれば更にくつがえしてしもの端を眺ればこゝには異様なる切創きりきずあり
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
たとい三女史の博詞宏弁を以てしても私の意見の自信をくつがえさない限り、私はその十字火をしのいで三女史の前にこの細小の自己を主張せねばなりません。
さきに荷風の「濹東綺譚ぼくとうきたん」あり、秋声の「縮図」あり、近くは潤一郎の「少将滋幹しげもとの母」あり、しかしこの例は、何も計算器選択説をくつがへすものではない。
いんかん遠からず、支那第一次の革命はその形式に於て共和政治を獲得することが出来た。満州朝廷はくつがえされて、支那は中華民国という名を見るようになった。
ことに、このらせをけて、天地てんちくつがえったほど驚愕きょうがくおぼえたのは、南町奉行みなみまちぶぎょう本多信濃守ほんだしなののかみいもうとれんであろう。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
無名の青年 ——僕の愛は死や無常ではくつがえされない積りです。僕の愛は永遠にあなたを活かし切ります。
ある日の蓮月尼 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
デカルト哲学はカントのコペルニクス的転回によってくつがえされた。しかし今日カント哲学の立場そのものが、再び批判せられなければならぬのではなかろうか。
デカルト哲学について (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
端艇たんていくつがへすおそれがあるのでいましも右舷うげん間近まぢかおよいでた三四しやく沙魚ふか、『此奴こいつを。』と投込なげこなみしづむかしづまぬに、わたくしは『やツ。しまつた。』と絶叫ぜつけうしたよ。
一切の唯物文化は根柢からくつがえされ、アラユル精神病学はことごとく机上の空論となってしまったではないか。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
激しい水瀬みづせの石の間を乗つて行つた時は私達の身体からだをどつて、船はくつがへるかと思ふほどの騒ぎをした。
突貫 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
盆をくつがえしたような白い雨脚がさながら槍の穂先きと光って折れよとばかり庭の木立を叩いていた。
趣味をくずすものは社会そのものをくつがえす点において刑法の罪人よりもはなはだしき罪人である。音楽はなくとも吾人は生きている、学問がなくても吾人はいきている。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大暴風! 大船くつがえすでございましょう! 人間の意志、今は無益! 意志の力で押さえられるなら、さあさあ抑えてごらんなされ! 颶風を止どめ、波浪を平らげ
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
最初は頬を冷す為に玄関に出ていたなどと申立てたけれど、それは結城家の書生の証言で、たちまくつがえされてしまった。あの晩一人の書生はずっと玄関脇の部屋にいたのだ。
何者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
わが身はすぐ後にひたと寄添ってすすみ渦巻うずまく激流を乗り切って、難儀の末にようやく岸ちかくなり少しく安堵あんどせし折も折、丹三郎いささかの横浪をかぶって馬のくらくつがえり
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
で、美女の評価がくつがえされた感があるが、今日のモダンガールぶりは、まだすこしも洗練を経ていない。強烈な刺戟しげきは要するにまだ未熟で、芸術的であり得ないきらいがある。
明治大正美人追憶 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
彼は細君の立脚地をくつがえしてることには気づかなかった。残酷なまでに細君を落胆さしていた。それに感づくと彼女以上に苦しんだ。しかしもうやったことでしかたなかった。
私の今日の惨めな生活、瘠我慢やせがまん、生の執着——それが彼の一滴の涙によって、たとえ一瞬間であろうと、私の存在が根柢からくつがえされる絶望と自棄を感じないわけに行かなかった。
父の出郷 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
まず毎度ながら圓朝の教養は、このまくらにおいては断見の論という一種の唯物論を見事にくつがえした釈迦の話から神経病の存在、ひいては幽霊の存在肯定説を簡単に披瀝している。
然し、それがもし真実だとすれば、感動の伝導法則が根本からくつがえされてしまわねばなりません。勿論、痛みをその部分以外にも覚えると云う事は、日常しばしば経験される事でしょう。
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
しかるに古今内乱の歴史を見れば、人民の力はつねに政府よりも弱きものなり。また内乱を起こせば、従来その国に行なわれたる政治の仕組みをひとたびくつがえすはもとより論をたず。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
も見ずして迯行にげゆきけり然ば松葉屋まつばやの二かい天地てんちくつがへるばかりのさわぎになりあるじ半左衞門はんざゑもんを始として皆々みな/\かいかけ來り見るにへい四郎はあけそみ苦痛くつう有樣ありさまにのた打廻うちまはかたはらに瀬川せがは懷劔くわいけん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その一脚を懸けられてもたちまち船がくつがえる、がこの怪物鶏を怖れるからとて
アジヤ大陸の東北部における遊牧民族の活動によってその地方のシナ人の政治的勢力がくつがえされ、半島におけるそれもまた失われたので、ヤマト(邪馬台)の君主はその頼るところがなくなった。
そうすれば当然成立すべき資格をもっていない組合が成立していることになって、谷中派の立場をくつがえさないまでも、根柢こんていのぐらついたものであることを世間に知らせることも出来ますし、また
前車のくつがえるを見て私の進んで行く道のいましめとした訳でございました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
北斎はここにおいて支那画の典型に遠ざかると同時に浮世絵在来の形式を超越し、しかしてまた自己の芸術の基礎をくつがへさざる範囲において甚だ適度に西洋画の新感化を応用したるものといふべし。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と内藤夫人はお茶の残りを飲もうとして覚えずお茶碗をくつがえした。
好人物 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
いわゆるビネー・シモン氏法によってくつがえしてしまいたいのだ。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
もはやそんな生暖なまぬるい想像はくつがえされるべきことであろう。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
このゆふべ、くつがへしぬる
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
ここに、またくつがへり
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
一指いつしそらくつがへす
全都覚醒賦 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ただ引きずり廻されるのみならず、それがために、ほとんど船がくつがえるか、または引裂けるように、帆柱のみがいきり立って動いているとしか思われません。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
然し、たった今、熱魂ねっこんの一声に、柳営をくつがえすような大騒動を起したその人とは思えぬような沈着な態度で
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ロマンティックではあったが、少しの甘美さもなく、当時においては想像を絶する大規模の管弦楽の創作を企て、古典の形式主義を根底からくつがえそうとしたのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
かく観ぜんと思い詰めたる今頃を、わが乗れる足台はくつがえされて、くびすささうるに一塵いちじんだになし。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
フランスに関する彼の考えは、そのためにくつがえされた。彼は一般に伝えられてる意見どおりに、フランス人とは円満な社交的な寛大な自由好きな民衆だと、これまで信じていた。
なほ我地位をくつがへすに足らざりけんを、日比ひごろ伯林ベルリンの留学生のうちにて、或る勢力ある一群ひとむれと余との間に、面白からぬ関係ありて、彼人々は余を猜疑さいぎし、又つひに余を讒誣ざんぶするに至りぬ。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
……アッハッハッハッそれは当然で、かりにも天下をくつがえそう、徳川幕府を傾けようという、明暦義党の方々が、まだ少年の萩丸様などを、誘拐しようなどとは思いませぬからな。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)