いちご)” の例文
碧梧桐君と余とが毎朝代り合って山手のいちご畑に苺を摘みに行ってそれを病床にもたらすことなども欠くべからざる日課の一つであった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
同様な美の香りは、熟したいちごの香りが日に暖まった秋の森から立ちのぼるように、フランスのあらゆる芸術から立ちのぼっていた。
中央には以前に住んだ人が野菜でも造ったらしい僅かの畠の跡があって、その一部に捨吉は高輪の方から持って来たいちごを植えて置いた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
火曜と木曜には、同宿のもの一同に白パンに蜜入りの汁、それにいちごか塩漬けの玉菜、それから碾割ひきわり燕麦えんばくがつくことになっております。
いちごいろ薔薇ばらの花、可笑をかしな罪の恥と赤面せきめんいちごの色の薔薇ばらの花、おまへの上衣うはぎを、ひとがみくちやにした、僞善ぎぜんの花よ、無言むごんの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
いちご、茶、乾魚といったような土地の名物を持たせてやりましたが、やがて先方からも、大村の名産なぞを送って来たように覚えています。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
道には川砂を敷きましたし、菫色すみれいろの小さな貝殻も交じっています。私のいちごも食べていただきましょう。私がそれに水をやっていますのよ。
何か事が起ったのかと思って、上り掛けに、書生部屋をのぞいてみたら、直木と誠太郎がたった二人で、白砂糖を振り掛けたいちごを食っていた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この日比谷公園から程とおからぬ丸ノ内の竜宮劇場りゅうぐうげきじょうでは、レビュウ「赤いいちごの実」を三ヶ月間も続演しているほどだった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そうしてそのうちに、だんだんと園芸の方へ頭が傾いて来たらしく、農場内の自宅の庭へいちご胡瓜きゅうりの小さな温床フレームを造ったり
衝突心理 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それがあたしの、いちごのみはじめだったのだ。食べはしなかったが、その赤さは充分に私をよろこばせ、最後までそのお皿をとりかえさせなかった。
先日、その牧師さんが、いちごの苗をどっさり持って来てくれて、私の家の狭い庭に、ご自身でさっさと植えてしまいました。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
たひ味噌汁みそしる人參にんじん、じやが、青豆あをまめとりわんたひ差味さしみ胡瓜きうり烏賊いかのもの。とり蒸燒むしやき松蕈まつたけたひ土瓶蒸どびんむしかうのもの。青菜あをな鹽漬しほづけ菓子くわしいちご
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そして、餓鬼のように、野葡萄のぶどうや山いちごを食べ草のくきを噛む。渓流にかがみこんで、小魚や水にむ虫まで口に入れた。血をるべく食うのである。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それからこっちは、山羊と、いちごと、牡蠣かきで命を繋いで来たんだ。どこにいても人間ってものはね、人間てものはどうにかやってゆけるもんだねえ。
第五十三 いちごのグラスカスター 生の苺をそのまま直ぐ裏漉しにして一杯半ほど前の通りにカスターへ混ぜます。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
……その夜、彼がある大部屋の女優にもらったのだといい、皿にいちごを盛って出してくれたのを私は憶えている。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
といつて、いちごのジヤムを少しつつ子供達にあてがつてゐた。すると一人の薄ぎたない腕白はつまらなささうに
同書どうしよ崔禹錫さいうせき食経しよくきやうを引て「さけ其子そのこいちごあかひかり春うまれて年の内にゆゑにまた年魚ねんぎよと名く」と見えたり。
御養嗣逸人氏は園芸の研究家で、今世にもてはやされる福羽いちごというのは同氏のはじめられたものと聞きました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
伸子は紙袋から、いちご模様の紙にくるまれたチョコレートをつまんで口に入れ、同じように頬ぺたをふくらましている素子とつれ立って、広場の入口まで来た。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
いちごを一摘み分捕って、乃公は食卓テーブルの下にかくれた。テーブル掛が下まで垂れているから見つかる気遣いはない。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
果物くだものやばらのバックは新しいと思う。「初夏」の人物は昨年のより柔らかみが付け加わっている。私は「いちご」の静物の平淡な味を好む。少しのあぶなげもない。
昭和二年の二科会と美術院 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
おかあさんが子どもをさがしますと、道のそばでいちごを摘んでおりました。しかしておかあさんはその苺をだれがそこにはやしてくださったかをうなずきました。
庸三が包装の隙間すきまからのぞいてみると、しなびた菜の花の葉先きがみだしていて、それが走りのいちごだとわかった。——枕元においたまま、彼はまたうとうとした。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
先天的に剛に出来ている人と、同じく先天的に柔に出来ている人とあるは、あたかも動物にもかめもあれば海月くらげもあり、植物にもくりもあればいちごもあるがごとくである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
戸板からしずくが落ちて、日和ひよりつづきで白く乾いている庭のこいしの上へしたたり、潰れたいちごのような色をした。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いちごは毎年移してばかり居たが、今年は毎日喫飽くいあきをした上に、苺のシイロップが二合瓶ごうびん二十余出来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
わが庭広からず然れども屋後おくごなほ数歩の菜圃さいほあまさしむ。款冬ふきせりたでねぎいちご薑荷しょうが独活うど、芋、百合、紫蘇しそ山椒さんしょ枸杞くこたぐい時に従つて皆厨房ちゅうぼうりょうとなすに足る。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
すると先生は軽快な口調で、この屋敷がさう呼ばれるのは決していちごれるからといふ訳ではないので、実は、フレジエと云ふ人が現今の規模に改修したからなのです。
路に沿って我々は折々、まるい、輝紅色の草いちごを見たが、これは全然何の味もしなかった。今迄に私は野生の草苺を三種類見た。人家の周囲には花が群れて咲いている。
お茶とビスケットと、ジャムとバターが出て、そのあとでまた、クリームのかかったいちごが出た。
嫁入り支度 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
いやな名がついていれど、もとよりなんら毒はない。ヘビイチゴとは野原でへびいちごの意だ。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
いまごろだといちごの砂糖煮もパンとつけあわせて美味いし、いんぎんのバタり、熱いふきいもに、金沢のうにをつけて食べるのなど夏の朝々には愉しいものの一つだと思う。
朝御飯 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
大井と田村は、熟したいちごのような赤い顔で、調子の高い鼾をかいている祖父の枕元に坐り
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
いちごの苗を買ってやった。草花の種子や球根やをいろいろ遠い所からわざわざ取り寄せてやった。くわや、鎌や、バケツや、水桶や、如露じょろや、そう云ったものを一式揃えて持たせた。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
午後、杉山部落を辞し、一路バスで清水しみずに行き、三保付近の進んだ農業経営や久能くのう付近のいちご石垣いしがき栽培さいばいなど見学し、その夜は山岡鉄舟やんまおかてっしゅうにゆかりの深い鉄舟寺ですごすことにした。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
八月には、花時には多くの野生の蜜蜂を牽きよせたいちごの大きなかたまりが、次第にそのかがやくビロードのような真紅の色を帯び、これもその重みで倒れてやわらかい茎を折った。
まぶしそうにその眼を半分ざしているおかげで、平生の特徴を半分失いながら、そしてその代りにその瞬間しゅんかんまでちっとも目立たないでいたくちびるだけがいちごのようにあざやかに光りながら
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その時何と思ったか、犬は音のしないように娘の側へ這い寄ったと思うと、着物の裾をくわえて引っ張って裂いてしまって、直ぐに声も出さずに、いちごの木の茂って居る中へ引っ込んだ。
真のトルーフル中最も重要なはチュベール・メラノスポルム。これは円くてあらいぼを密生し、茶色または黒くその香オランダいちごに似る。上等の食品として仏国より輸出し大儲けする。
わたしからほんの五、六歩はなれた所——青々したエゾいちごしげみに囲まれた空地あきちに、すらりと背の高い少女が、しまの入ったバラ色の服を着て、白いプラトークを頭にかぶって立っていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
上等なのは、桐の箱入りで、デコレーションの附いた、スポンジケーキが、ギッシリと詰っていて、その上へ、ザーッと、小さな銀の粒や、小さないちごの形をしたキャンディーが掛けてあった。
甘話休題 (新字新仮名) / 古川緑波(著)
ねえさん、えらい済んまへんけどいちごがおしたら、後で持ってきとくれやす」
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
いちごの所まで辿たどりつくと、ちょっとひと休みして、鼻を左右に突き出しながらいでみる。それからまた動きだすと、葉の下をくぐったり、葉の上へ出たり、今度はもうちゃんと行先を心得ている。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
いちごのように点々と毛穴が見え、その鼻が顔の他の部分と何の連絡もなく突兀とっこつと顔の真中につき出しており、どんぐりまなこが深くち込んだ上を、誠に太く黒い眉が余りにも眼とくっ附き過ぎて
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
待っていたようにバスが唸り出し、いちご売りが人を呼び、町かどの巡査は人間性を理解しつくしたもののごとく長閑のどかにほほえみ、ふたたびいつものヴィクトリヤ停車場まえの妙にひなびたすなっぷだ。
みちにかけだしていって、あなたのお帰りをお待ちしたりして。家のうらのきれいな木の下にテーブルを用意しましたわ。それから、とってもおいしいいちごをつんできましたの。あなた、お好きでしょ。
(新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
そして少し恨むような目つきをして、始めてまともに葉子を見た。口びるまでがいちごのようにあかくなっていた。青白い皮膚にめ込まれたそのあかさを、色彩に敏感な葉子は見のがす事ができなかった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
○フレッシュのいちごクリーム、ブライトな日傘ひがさ、初夏は楽しい。
現代若き女性気質集 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)