紺碧こんぺき)” の例文
西の屋根がわらの並びの上に、ひと幅日没後の青みを置き残しただけで、満天は、しゃのやうな黒味の奥に浅い紺碧こんぺきのいろをたたへ、夏の星が
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
更にそのすえが裾野となって、ゆるやかな傾斜で海岸に延びており、そこに千々岩ちぢわ灘とは反対の側の有明ありあけ海が紺碧こんぺきの色をたたえて展開する。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
飛行将校が指示しめす海上を見下せば、なる程、紺碧こんぺきの海水の下に、黒い鯨のような物が、南へ南へと、恐るべき速力で進行している。
骸骨島の大冒険 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「毒風肌を切る」葱嶺パミールをこえるに当って、玄奘は「竜王のひそむ大竜池」のほとりを通っている。それは、紺碧こんぺきの「無限の深淵しんえん」なのである。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
太陽が高くのぼって、おそろしいいきおいを占め、海がしだいに紺碧こんぺきをふかめ、そしてかれがタッジオを見ることを許される時なのである。
まっさおな空と、紺碧こんぺきの海——轟々ごうごうと未だに振動が伝わって来る大事件がおこっていようとは思われないような海が、はるばると見渡される。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
深淵を逆さに刷くような、紺碧こんぺきのふかい雲形——きょう一日の小春日を約束して、早暁あかつきの微風は羽毛のごとくかぐわしい。
脚下には新緑に掩われた幾つ何十かの山々の背が波のうねりのような起伏を見せて、その向うには一望はてしもない青海原が渺々びょうびょうたる紺碧こんぺきを拡げていた。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
そのとき、暮れなんとする春の夕空は、ひがし一面を紺碧こんぺきめ、西半面の空は夕やけに赤く、琵琶びわの湖水を境にして染めわけられたころあいである。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
恐々こわごわながら巌頭がんとうに四つんいになると、数十丈遥か下の滝壺は紺碧こんぺきたたえて、白泡物凄ものすごき返るさま、とてもチラチラして長く見ていることが出来ぬ。
千束町せんぞくまちとぶの前から自転車に乗って、紺碧こんぺきの空の下にかすんでいる上野の森を目標に、坦々たん/\たる一本路を一直線に走って行く己は、なんだか体に羽根が生えて
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
天気晴朗で雲影なく、紺碧こんぺきの湖は古鏡のように澄みわたり、そのおもてに箱根三国の翠巒すいらんが倒影している。
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そして、それが、いつ移るともなく、水色から濃紺に変じていって、一点の雲もない紺碧こんぺきの空となった。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
また、紺碧こんぺきうみは、くろみをふくんでいます。そしてたかなみえずきしせているのでありました。
宝石商 (新字新仮名) / 小川未明(著)
川は紺碧こんぺきになつて川原をつくつて流れてゐる。谿間を隔てて向うは二たび一つの高原を形成してゐる。高原は一めんに紅葉し、静かな家がそこここに散在してゐる。
イーサル川 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
かなぐり脱いだ法衣ころもを投げると、素裸の坊主が、馬に、ひたと添い、紺碧こんぺきなるいわおそばだがけを、翡翠ひすい階子はしごを乗るように、貴女きじょは馬上にひらりと飛ぶと、天か、地か
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たとえまた、兄さんの百年の後においても、この美しい景色けしきをもった故郷こきょうをどうして見すてることができましょう。翠緑すいりょくにつつまれた山、紺碧こんぺきの水をたたえた谷。
ジェンナー伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
紺碧こんぺきの空は高く澄み渡って、一昨日おとといの豪雨に洗い清められた四囲の景色が、暑くも寒くもない初秋の太陽の光を一杯浴びているのが、平常いつもでさえ美しいそのまちながめを
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
そこからはそよ/\と風にさゞなみをうつてゐる広い青田が一と目に見わたされ、松原の藁屋わらやの上から、紺碧こんぺきの色をたゝへた静かな海が、地平線を淡青黄色うすあをぎいろの空との限界として
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
雪はすつかりれて、一天の紺碧こんぺき、少し高くなつた冬の朝陽が、眞つ白な屋根の波をキラキラと照らす風情は、寒さを氣にしなければ、全く飛出さずにはゐられない朝でした。
太陽とともに彩っている。色彩の音楽。すべてが音楽であり、すべてが歌っている。金色の亀裂きれつのある真赤まっかな往来の壁面、上方には縮れっ毛の二本の糸杉、周囲には紺碧こんぺきの空。
この池はいったいどんな仲間をもっているというのだろう? しかもそれはその紺碧こんぺきの水の色のうちに、青い憂鬱魔ではなく青衣の天使をもっているのだ。太陽はひとりである。
しかしながらそのためにまた水は紺碧こんぺきを加え、容量は豊富に深沈しんちんたる山中の幽寂境を現出した。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
今日は紺碧こんぺきの空に女の脇腹のやうな線を一しほくつきりと浮き出させて、美しい雲が、丘の高い部分に小さくそびえて末広に茂つた木の梢のところから、いとも軽々と浮いて出る。
鳥の歌、小川のささやき、息吹いぶいている春の香り、やわらかい夏の官能、黄金色の秋の盛観、さわやかな緑の衣をつけた大地、爽快そうかい紺碧こんぺきの大空、そしてまた豪華な雲が群がる空。
そうして宅へ帰ったら瓦が二、三枚落ちて壁土が少しこぼれていたが、庭の葉鶏頭はげいとうはおよそ天下に何事もなかったように真紅しんくの葉を紺碧こんぺきの空の光の下に耀かがやかしていたことであった。
烏瓜の花と蛾 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
女房たちは尽きぬ思いに血涙を止め得ず、昔の美しい面影は跡さえも止めていなかった。そして、浜に立って紺碧こんぺきの海を見つめる人の数がふえ、その眼には望郷の涙が溢れていた。
十分昇り切った朝の太陽のもとに、紺碧こんぺきの潮が後から後から湧くように躍っていた。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その輝かしい光明こうみょう紺碧こんぺきの色を、あけひろげたたましいの底まで深く吸い込んだりした。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
碧色——三尺の春の野川のがわおもに宿るあるか無きかの浅碧あさみどりから、深山の谿たにもだす日蔭の淵の紺碧こんぺきに到るまで、あらゆる階級の碧色——其碧色の中でもことあざやかに煮え返える様な濃碧は
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
明るい紺碧こんぺきの海上に、密林の島が浮いてゐるといふだけでも、自然の不思議さである。船ははしけを離してしまふと、また、エンヂンの音をはしくたて始めた。海上は相当波が荒い。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
あおかすんだ春の空と緑のしたたるような東山とを背負って名桜は小高いところに静かに落ちついて壮麗な姿を見せている。夜には更に美しい。空は紺碧こんぺきに深まり、山は紫緑に黒ずんでいる。
祇園の枝垂桜 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
あのとき、底の浅い流れの上に紺碧こんぺきの空にうかぶ白い雲のかげが映っていた。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
まだすっかり陽はおちていずに、水平線のうえにうずくまりかさなりあった鰯雲いわしぐもはまっ赤に染まり、雲と雲とのすきまから、金色の放射線が紺碧こんぺきの中天へつきささるようにのびだしています。
人魚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
女たちの泳いでいるそのあたりは、岩組が開らけ水がたたなわり、広い渕をなしていたが、蒼空を一片だけ切り取って来て、さながらそこへはめ込んだかのように、水は凄いまでに紺碧こんぺきであった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
紺碧こんぺきの空に、真赤なアカグマ国の旗がひるがえっている鉄筋コンクリート建の、背はそう高くないけれど、思い思いの形をしたビルディングが、倉庫の中に、いろいろな形のはこを置き並べたように
二、〇〇〇年戦争 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そのつきは、紺碧こんぺきそらまくからくりいたやうにあざやかだつた。
彼女こゝに眠る (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)
爺さんはそう言って、今度は紺碧こんぺきの大空に向けて煙をきあげた。
喫煙癖 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
空は紺碧こんぺきに晴れ渡っている。どこかで山蝉やまぜみが鳴きはじめた。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
その下には紺碧こんぺきにまさる青き流れ
犯人 (新字新仮名) / 太宰治(著)
紺碧こんぺきの空のした
詩集夏花 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
西の屋根瓦やねがわらの並びの上に、ひと幅日没後の青みを置き残しただけで、満天は、しゃのような黒味の奥に浅い紺碧こんぺきのいろをたたえ、夏の星が
蝙蝠 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
紺碧こんぺきの海に対し、渚にはまるで毒茸どくたけ園生そのうのように、強烈な色彩をもったシーショアパラソル、そして、テントがところせまきまでにぶちまかれる。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
そしてうっとりと紺碧こんぺきのいろを見つめている。同時に、打ちよせる小さな波がかれの足の指をひたしているのである。
紺碧こんぺきれていくそらもと祭壇さいだんに、ろうそくをともして、いのりをささげているようにもられたのです。
手風琴 (新字新仮名) / 小川未明(著)
深山を下ること二里余り、紺碧こんぺきの水をたたえたる湖のほとりへ出た。ここで渇したるのどを清水にうるおし、物凄き山中を行くと、深林の中に人が歩るいたらしい小径しょうけいがある。
かなぐり脱いだ法衣ころもを投げると、素裸すはだかの坊主が、馬に、ひたと添ひ、紺碧こんぺきなるいわおそばだがけを、翡翠ひすい階子はしごを乗るやうに、貴女きじょは馬上にひらりと飛ぶと、天か、地か
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
西の甲武こうぶ連山はあかねにそまり、東相豆そうずの海は無限の紺碧こんぺきをなして、天地はくれないこんと、光明とうすやみの二色に分けられ、そのさかいに巍然ぎぜんとそびえているのは、富士ふじ白妙しろたえ
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雪はすっかりれて、一天の紺碧こんぺき、少し高くなった冬の朝陽が、真っ白な屋根の波をキラキラと照らす風情は、寒さを気にしなければ、全く飛出さずにはいられない朝でした。
紺碧こんぺきの空が、ドス黒く曇ってきた。そこに現われた一点の深紅の色が、みるみる広がっていった。広がるとともに、それは雄大なひだを作って、カーテンのようにさがってきた。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)