知己ちき)” の例文
源吉の調べとあはせて、もう一度平次の頭で整理して見ましたが、下手人はお小夜の知己ちきで、木戸を開けて狹い庭から通して貰つて
そのうちに某町の豪家で婚礼があって、親戚知己ちきをはじめ附近の人びとがめでたい席へ招かれて御馳走になった。それは秋の夜であった。
女賊記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しかし、そのまへにおとうさんとおかあさんには成すべき或る事がありますのです。それは昔の大方の知己ちきを見て廻ることです。
秋の夜がたり (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
吾輩は無論泥棒に多くの知己ちきは持たぬが、その行為の乱暴なところから平常ふだん想像してひそかに胸中にえがいていた顔はないでもない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
知己ちきを六十六国に有する一代社交の顕著なる中心となり、逍遙院前内府の文名が後の代まで永く歌人の欽仰するところとなり
だが、それは一ぴきさるなのである。猿が話しかけるのはすこしへんだ。忍剣には、あの三太郎猿さんたろうざるにも知己ちきがないはずであった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は知己ちきを百代ののちに待たうとしてゐるものではない。だから私はかう云ふ私の想像が如何いかに私の信ずる所と矛盾むじゆんしてゐるかも承知してゐる。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
家族、親戚知己ちき、自分の社会的地位など一切のものと絶縁して、生れかわりたいのだが、しかし金だけは持って行きたい。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
おそろしく鐵拐てつか怒鳴どなつて、フトわたし向合むきあつて、……かほて……雙方さうはう莞爾につこりした。同好どうかうよ、と前方さきおもへば、知己ちきなるかな、とひたかつた。
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
と寛一君はもう悉皆すっかり知己ちきに感じてしまった。学校時代にカンニングの手伝いをして退学になりかけた丈けのことはある。頼まれゝば何でもする。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
私は老爺さんの心根を思って、駄目と知りながら知己ちきの鉱山所長にその明細書を見せたら、その人は首を振っていった。
私のどんな放恣醜態ほうししゅうたいの日にもイエはかつて一度も不機嫌な顔を見せたことはなかったのだが。そして、イエはこんな知己ちきの言を吐いて私をまいらせた。
前途なお (新字新仮名) / 小山清(著)
そしてどうやら二人の武士は、二人ながら老人を追従けては行くが、武士達二人はお互いに知己ちきであるようにも思われぬ。二人は他人であるらしい。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
だから二人は知り合ってから、まだ一年と経たないのに十年来の知己ちきよりも親しく見えた。それはどっちも探偵趣味に生くる者同士だったからであった。
地獄街道 (新字新仮名) / 海野十三(著)
馬車の中では、田舎紳士の饒舌じょうぜつが、早くも人々を五年以来の知己ちきにした。しかし、男の子はひとり車体の柱を握って、その生々した眼で野の中を見続けた。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
世に「知己ちき」という言葉がありますが、ハンターこそはジェンナーのよき知己であったといわねばなりません。
ジェンナー伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
たとい専門にやるとしたところが、もしそういうことを専門に取調べるというと、いかに親しい私の知己ちきの大蔵大臣でもきっと疑いを起すに違いないです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
三次聞て大いに笑ひ何と云はるゝや長庵らう牢屋らうやくるしみにて眼もくらみしや確乎しつかりし給へ小手塚の三次なりと云ひければ何ぞ牢内らうないの苦しみがつよければとて知己ちきの人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
今よりのちは大いにそれを取り出して、独り郷党きょうとう知己ちきの間のみならず、弘く世の中のために利用してもらう必要がある。すでに家と家との目の見えぬ垣根かきねは取れた。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
夫の頭が変であることは、すでに友人や知己ちきの間には相当知れ渡っているのかもしれない。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
汚い草履ぞうりをはき汚い二重回しをきた私の肩を、瓶口は十年の知己ちきのように親しげに叩いて
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
武村兵曹たけむらへいそう彼等かれら仲間なかまでも羽振はぶりよきをとこなに一言ひとこと二言ふたこといふと、いさましき水兵すいへい一團いちだんは、ひとしくぼうたかとばして、萬歳ばんざいさけんだ、彼等かれらその敬愛けいあいする櫻木大佐さくらぎたいさ知己ちきたる吾等われら
さればこそくれやすき、秋日あきのひ短時間たんじかんに、糸子いとこ主從しゆうじう竹村夫人たけむらふじん胸中きようちう知己ちきとぞなれりける
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
混雑のなかをくぐりぬけて、自分たちの乗るべき線路のプラットホームに立って、先ずほっとした時に、倫敦ロンドン知己ちきになったO君とZ君とが写真機械携帯で足早にはいって来た。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
真によく対手あいてんでもらうためには、対手が自分の親友知己ちきであり、自分の心持ちや性格やを、充分によく知っているものでない限り百万言を費して無駄むだになる場合が多い。
なにね深川の方の知己ちきの処に蟄息して居たが、遠州えんしゅうの親族の者が立帰って来て、何か商法を始めようと思うのだ、それに就いて蠣売町かきがらちょううちが有るから、その家を宿賃でかりつもり
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
親戚、知己ちきの間はもちろん、遠隔な土地にいる者をすら電報でかつぐことがある。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
その医者は三田村(碁を打っていた友人だ)の知己ちきで、彼に伴われて私宅を訪ねたのである。面談した応接間はこぢんまりして、壁には風景画がかけられ、隅の卓には花が飾られていた。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
しこうして彼が力よりも多くの感化を及ぼし、彼が人物と匹敵する、ある点においては、むしろ彼より優れる弟子を出したるは何ぞ。「感は知己ちきり」の一句これを説明して余りあるべし。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
そして茂緒にむかっても、十年の知己ちきのような、なれなれしさで話しかけた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
こうして絶対に盗難の憂をなくするため、ほとんど要塞のように厳重な設備が出来上がったので、大佐はいよいよ邸宅改築の披露を兼ね、自慢のつづれの錦を展観させるべく一夕いっせき知己ちきを招いた。
丁度ちょうどこれと同様な話を、そののちにまたある知己ちきからも聞いた事があった。
テレパシー (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
多く言うを要しない知己ちきこころよさが、胸から胸へと靉靆あいたいとしてただよう。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
文登ぶんとう周生しゅうせいせい生と少い時から学問を共にしたので、ちょうど後漢の公沙穆こうさぼく呉祐ごゆうとが米をく所で知己ちきになって、後世から杵臼ききゅうこうといわれたような親しい仲であったが、成は貧乏であったから
成仙 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
娑婆しゃばの空気に触るる事の嬉しく、かつは郷里より、親戚知己ちきの来り会してなつかしき両親の消息をもたらすこともやと、これを楽しみに看守にまもられ、腕車わんしゃに乗りて、監獄の門を出づれば、署の門前より
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
世間が君を誤解しても、君の知己ちきが誤解しなければよいではないか。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
秋のある月の夜であったが、私は書生一人れて、共同墓地のわきに居る知己ちきの家を訪ねた、書生はすぐ私よりきに帰してしまったが、私があとからその家を辞したのは、かれこれ十一時近い頃であった
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
江戸へ参れば知己ちき朋友は幾人も居て、段々面白くなって来た。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
知己ちき いやしくはざれば
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
下手人はお小夜の知己ちきで、木戸を開けて狭い庭から通して貰って、一気にお小夜を殺して帰ったというほかには何の手掛りもありません。
けれど政職だけは、さすがに若い彼を家老に抜擢ばってきしたほどだけの知己ちきである。ほかの家来が疑っているような事は毛頭考えてもいないふうだった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
親戚知己ちきは集まって来たが、日頃疎遠の人が多く、倭文子誘拐事件以来、畑柳家の相談役の様な立場にある三谷が、さしずめ葬儀委員長であった。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
おほきくたな。)——當今たうこん三等米さんとうまい一升いつしようにつき約四十三錢やくよんじふさんせんろんずるものに、𢌞米問屋くわいまいどんや知己ちきがあらうはずはない。
深川浅景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
彼はおおい肝癪かんしゃくさわった様子で、寒竹かんちくをそいだような耳をしきりとぴく付かせてあららかに立ち去った。吾輩が車屋の黒と知己ちきになったのはこれからである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
はからざりき、私がネパールにおいて最大有力なる知己ちきを得んとは。これまた仏陀の妙助みょうじょであると感謝しました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
お糸さんは私がそういう本に興味を示すのを見て云った。「清ちゃんはわせのように見えるところもあるけれど、ほんとはおくてなのね。」けだし知己ちきの言であろう。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
(藤岡蔵六の先輩知己ちき大抵たいてい哲学者や何かなるべければ、三段論法を用ふること斯くの如し。)
学校友だち (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それがまたなまじな小言こごとなどよりどれほどか深く対者あいての弱点を突くのです。また氏の家庭が氏の親しい知己ちきか友人の来訪にう時です、氏が氏の漫画一流の諷刺ふうし滑稽こっけいを続出風発ふうはつさせるのは。
十年の知己ちきのように話しかけられたことで安江は初対面のあいさつもぬきに
雑居家族 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
おもうにこれただ一例のみ。高材逸足の士、出頭の地を求めんと欲す、万一知己ちきに遭う、あるいはなり。もし遭うあたわずんば、彼らは利器をいだいて、拘文死法の中に宛転えんてんたらざるべからず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)