まなじり)” の例文
まなじりが釣り、目が鋭く、血の筋が走って、そのヘルメット帽の深い下には、すべての形容について、角が生えていそうで不気味に見えた。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
戸川志摩は雨龍の眼力にはッとしたが、見現わされた上はかねての覚悟、早くもほぞを決めて、まなじりを釣り上げ、きっと睨み返して云った。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、眼にはまなじりが鋭く切れて、それには絶えず、同じことのみ眺め考えているからであろうか、瞳のなかが泉のように澄み切っていた。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
眼瞼まぶた重げに、まなじり長く、ふくよかな匂わしきほほ、鼻は大きからず高すぎもせぬ柔らか味を持ち、いかにものどやかに品位がある。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
『えい、殘念ざんねんだ/\、此樣こんとき本艦ほんかん水兵すいへいうらやましい。』とさけんだまゝ、空拳くうけんつて本艦々頭ほんかんかんとう仁王立にわうだち轟大尉とゞろきたいゐ虎髯こぜん逆立さかだまなじりけて
帆綱を握つて身を支へ、まなじりを決して顧睥こへいするに、万畳の波丘はきう突如として無間むげん淵谷えんこくと成り、船幽界いうかいに入らむとして又たちまちに雲濤うんたうに乗ぜんとす。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
冷やかな右衛門の様子を見ると、お吉はその眼を見張ったが、まなじりに溜まった一杯の涙が一度に頬に降りかかったので思わず両袖で眼を蔽うた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
引きしまって、ぼやついたところのない音声と、南方風なきれの大きいまなじり。話につれて閃く白眼。その顔のすべての曲線がつよく、緊張していた。
風知草 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
まなじりを蒼ずませ、なにか叫びだしそうな憤怒の形相をしていたが、さすがに環境をわきまえ、無言のまま、受話器を置いた。
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その像を髪に籠められてまなじりを決して睨み立たれた美しく若き皇子みこの御勇姿は、真に絵のようであったろうと拝察されます。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
これは恐らく、京都の妻女へ送る消息でも、したためていたものであろう。——内蔵助も、まなじりしわを深くして、笑いながら
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
まなじりが、裂けると云つたらいゝのだらう。美しい顔に、凄じい殺気が迸つた。父も、子の烈しい気性に、気圧されたやうに、黙々として聴いてゐた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
われはまなじりを決して東のかたヱネチアを望みたるに、一群の飛鳥ありて、列を成してかなたへ飛び行くさま、一片のきぬの風に翻弄せらるゝに似たり。
白雲がまなじりを決してその黒船をにらんだ瞬間、ただいま決闘——と認定せる二つの人影のことは全く忘れ去りました。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お秀の方が取做とりなし顔に声をかけたが、与一はジロリと横目で睨んだまま動かなかった。のみならず頬の色を見る見る白くして、まなじりをキリキリと釣り上げた。
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼は襲撃者らを球突台たまつきだいで隔て、へやの片すみに退き、そこでまなじりを決し、昂然こうぜんと頭を上げ、筒先ばかりの銃を手にして立っていたが、その姿はなお敵に不安を与え
無念のまなじりこそ裂けてをりますが、きざんだやうな眼鼻立ちが恐怖にゆがめられて、物凄さもまた一入ひとしほです。
あの自信のない臆病おくびょうな男に自分はさっきびを見せようとしたのだ。そして彼は自分がこれほどまで誇りを捨てて与えようとした特別の好意をまなじりかえして退けたのだ。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
までたかくはないが、骨太ほねぶと肉附にくづきい、丸顏まるがほあたまおほきなひとまなじりながれ、はなたかくちしまり、柔和にうわなか威嚴ゐげんのある容貌かほつきで、生徒せいとしたしんでました。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
都下の学生にして苟くも野球の趣味を解する者は、尽くまなじりを決して戸塚グラウンドに急いだ。
目尻の刳りの美しい、謂はゞ芸術女と言ふよりも自然女と謂つた印象を与へるまなじりである。
金五郎は、きっとまなじりをあげて、藤本の顔を見た。浅黒い、眉の太い、精悍な長顔である。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
切れ長でまなじりのあがった特徴のある眼で、テーブルに坐っているとき、心もち頤をひいて、その目がどこか遠くの高いところを眺めている。女は声をあげて笑うこともない感じだった。
その一年 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
うつくしいまなじり良人をつとはらをもやはらげれば、可愛かあいらしい口元くちもとからお客樣きやくさまへの世辭せじる、としもねつからきなさらぬにお怜悧りこうなお内儀かみさまとるほどのひとものの、此人このひと此身このみ裏道うらみちはたら
うらむらさき (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
というと、神原四郎治がキリヽとまなじりつるし上げて膝を進めました。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
きぞめやまなじりをつと引きゆがめ
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
彼はまなじりきて寒慄かんりつせり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
石女うまずめらしいあなたのまなじり
癲狂院外景 (新字旧仮名) / 富永太郎(著)
胆太きもぶとまなじり裂くと
新頌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
まなじりの切れたのを伏目になって、お蔦は襟におとがいをつけたが、慎ましく、しおらしく、且つ湿しめやかに見えたので、め組もおとなしくうなずいた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ほかの者も、総て抜刀ぬきみを引っげているのだ。どの顔も皆、まなじりをつりあげ、革襷かわだすきをかけ、股立ももだちくくって、尋常な血相ではなかった。
夕顔の門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まなじりが、裂けるとったらいゝのだろう。美しい顔に、凄じい殺気がほとばしった。父も、子のはげしい気性に、気圧けおされたように、黙々として聴いていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
見ているうちに、顔の色が、次第にろうのごとく青ざめて、しわだらけのまなじりに、涙が玉になりながら、たまって来る。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
頼正を始め家臣一同、歯を喰いしばりまなじりを裂き、じっと水面に見入ったがしばらくは何んの変ったこともない。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その次席が、ヴィオラ奏者のオリガ・クリヴォフ夫人であって、眉弓が高くまなじりが鋭く切れ、細い鉤形の鼻をしているところは、いかにも峻厳な相貌であった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
と云う女将おかみらしい声がして、コック部屋兼帳場の入口の浅黄色の垂幕の蔭から、色の青黒い、まなじりの釣上った、ヒステリの妖怪おばけじみた年増女の顔が覗いたと思うと
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
無念のまなじりこそ裂けておりますが、きぎんだような眼鼻立ちが恐怖にゆがめられて、物凄さもまた一入ひとしおです。
数負は、こちらの言うことがまるきり耳へとどかないようすで、まなじりも張りさけるかと思うばかりにクヮッと眼を押しひらき、ただ、脇差、脇差、と言うばかり。アコ長は歎息して
顎十郎捕物帳:24 蠑螈 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
合い乗りらしい人力車のわだちの音も威勢よく響いて来た。葉子はもう一度これは屈強な避難所に来たものだと思った。この界隈かいわいでは葉子はまなじりかえして人から見られる事はあるまい。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
何しろ、此二つの天部が、互に敵視するような目つきで、にらみあって居る。噂を気にした住侶じゅうりょたちが、色々に置き替えて見たが、どの隅からでも、互に相手の姿を、まなじりを裂いて見つめて居る。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
意気地いきじと張りを命にして、張詰めた溜涙ためなみだをぼろぼろこぼすのと違って、細い、きれの長い、情のあるまなじりをうるませ、几帳きちょうのかげにしとしとと、春雨の降るように泣きぬれ、うちかこちた姿である。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
桃色傘の女は、狐のように、まなじりをつりあげて、軽侮のいろを浮かべた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
膽太きもぶとまなじり裂くと
新頌 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
と、りんとしたまなじりの目もきっぱりと言った。簪の白菊も冷いばかり、清く澄んだ頬が白い。心中にも女郎にも驚いた容子ようすが見えぬ。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
紅をさいて吊りあがったまなじりまげこうがいもどこかへ落ちて、ありあまるお綱の黒髪、妖艶といおうか凄美せいびといおうか、バラリと肩へ流れている。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
新三郎は血を吐く思い、次第に力の抜けるに、わずかに身体を支えて悲憤のまなじりを裂きます。
扉が開くと、後向きになった二十三、四がらみの婦人を前に、捜査局長の熊城くましろが苦りきって鉛筆の護謨ゴムを噛んでいた。二人の顔を見ると、遅着をとがめるように、まなじりを尖らせたが
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
まつげが又西洋人のように房々と濃い。眼が仏蘭西フランス人形のように大きくて、まなじりがグッと切れ上っている上に、瞳がスゴイ程真黒くて、白眼が、又、気味の悪いくらい青澄あおずんで冴え渡っている。
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
まなじりも張り裂けんばかりにその窓を見上げながら、固く喰いしばった歯の間で
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
扮装みなりは堅気の商人風、年の頃は三十前後、しかし商人ではなさそうだ。赫黒い顔色、釣上がったまなじり、巨大な段鼻、薄い唇、身長五尺七八寸、両方の鬢に面摺れがある。変装した武士に相違ない。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)