えが)” の例文
旧字:
彼は人差指を伸ばして蚊帳の中の空間に一つの半円をえがいた。方太太はその半円を見ていると、たちまちその手は嘗試集を攫んだ。
端午節 (新字新仮名) / 魯迅(著)
それ故に、交換の曲線をえがきまたはその方程式を作ることは困難であるというのは、根拠のない批難を私共に加えようとする者である。
また「上風に」のに、「音なき麦を」のをが、てにをはとしての重要な働きをして、句の内容する象景をえがいてることは言うまでもない。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
そのためか、燈火の火色はたえず揺らぎ、夜霧のかさがぼっとかかって、牧谿えがく遠浦帰帆の紙中の墨にまでにじみあうような湿度であった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伊太利亜イタリア名家のえがける絵のほとんど真黒まくろになりたるを掛けあり。壁の貼紙はりがみは明色、ほとんど白色にして隠起いんきせる模様および金箔きんぱくの装飾を施せり。
試みに四国八十八ヶ所めぐりの部を見るに岩屋山海岸寺といふ札所の図あり、その図断崖だんがいの上に伽藍がらんそびえそのかたわらは海にして船舶を多くえがけり。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
あの電気看板は、早くこわしてしまうがいいぞ。おい、すうちゃん、あの電気看板はいつも桃色の線でカフェ・ネオンという文字をえがいている。
電気看板の神経 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「空がげるようだ。——羅馬ロウマ法王の冠かも知れない」と甲野さんの視線は谷中やなかから上野の森へかけて大いなるけんえがいた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
万に一は自分の身にかなうこともあらんかとひとひそかに夢をえがきたることもなきにあらざれども、畢竟ひっきょう痴人の夢にして、迚も生涯に叶うべき事に非ず。
人生の楽事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
恋愛を知らずして、恋愛をえがくは。殆んど素人の、水先案内をなすが如し。いはんや、異性の人の、恋愛においてをや。
一青年異様の述懐 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
馬上の将軍は馬丁をわずらわすまでもなく、たづなを絞りて容易に乗り静めつつ、一回圏をえがきて、戞々かつかつと歩ませ去りぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
抽斎は鑑賞家として古画をもてあそんだが、多く買い集むることをばしなかった。谷文晁たにぶんちょうおしえを受けて、実用の図を作る外に、往々自ら人物山水をもえがいた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しかし浴場に附属した礼拝堂と図書館と画廊と音楽堂と運動場の建築が必要であると云って、それで三人でこの仮想的浴場のプランをえがいてみたりした。
電車と風呂 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
絵画は見るためにえがかれる美術品であるが、着物とか机とかは工藝品であって使用するために作られるのである。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
その室の三方には屏風びょうぶとも衝立ついたてとも判らないものを立てまわして、それに色彩の濃い奇怪な絵をえがいてあった。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
お隅は、一鵬斎芳藤いちほうさいよしふじえがくとした浮世絵なぞをそこへ取り出して来る。舶来と和物との道具くらべがそれぞれの人物になぞらえて、時代のすがたを描き出してある。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
初めは確かに、弟の死を悲しみ、その首や手の行方ゆくえいきどおろしく思いえがいているうちに、つい、妙なことを口走ってしまったのだ。これは彼の作為さくいでないと言える。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
小児に近い不安を味わっていた太古から、引続いて同じ鳥が同じ歓喜をもたらしていたゆえに、これを神とも幸運とも結びつけて、飛び姿を木に刻み壁にえが
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
もしまたこの積雲の間に、二十五菩薩をえがいたならば、それは実に素ばらしい来迎図らいごうずでなければなるまい。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
眉の鮮かさ、色の白さに、美しき血あり、清き肌ある女性にょしょうとこそ見ゆれ、もしその黒髪の柳濃く、生際はえぎわさっかすんだばかりであったら、えがける幻と誤るであろう。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あなたは常に特定の変化の直接のかつ一時的の諸結果を心にえがいているが、しかるに私はこれらの直接のかつ一時的の諸結果を全然度外視し、そして私の全注意を
さて『僧伽羅刹そうぎゃらせつ所集経』一と二に有翅飛鬼、また羅刹有翅とあり、ハーバート・スペンセルが欧州で天魔に翅をえがくは、蝙蝠を怪獣とせるに基づくといえるごとく
朱塗りの欄干らんかんえがいたように、折れ曲っている容子ようすなぞでは、中々大きな構えらしい。そのまた欄干の続いた外には、紅い芙蓉ふよう何十株なんじっかぶも、川の水に影を落している。
奇遇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
歿する二十日あまり前の明治二十三年の正月には病中ながら「尚抱壮図迎此春」という詩を作ってその志をのべ、盛んに理想をえがいて死の既に迫れるを知らなかったそうだ。
何んでも黄色な暗くなった空に、驚いて怪しな声で、ぐるぐると輪をえがきながら啼いていた。
不思議な鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
男女混浴……国貞くにさだえがくとまではいかないが、それでも裸形らぎょう菩薩ぼさつが思い思いの姿態をくねらせているのが、もうもうたる湯気をとおして見えるから、与吉はもう大よろこび。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ルーベンスの名画から抜け出して来たようなたのしげな邪気あどけないその顔は、どんなに人をひきつけたことでしょう、大勢の画家たちが我勝ちにとえがいたのも尤もなことでした。
ここおいて才子は才をせ、妄人もうじんもうほしいいままにして、空中に楼閣を築き、夢裏むりに悲喜をえがき、意設筆綴いせつひってつして、烏有うゆうの談をつくる。或はすこしくもとづくところあり、或は全くるところ無し。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
石谷貞清も浅黄あさぎに金の五の字をえがいた指物見せて、二の丸近くに押しよせた。しかし崖は数丈の高さであり堀も亦至って深い。城兵また多く来襲して、貞清自らも肩を槍で衝かれた。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
左方さほうに立つがけの側面をえがくに北寿は三角形の連続を以てし、またそのふもとよこたわる広き畠をばと緑と褐色の三色を以て染分けたる格子となし、これを遠近法によりて配列せしめたる事なり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかし君とちがうのは、君はるとすぐえがきたくなる僕はただ感ずるばかりだ。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
文麻呂 (不尽を凝視みつめながら、静かに)……僕が夢にえがいていた通りでした。長いこと夢に画いていた通りでした。……お父さん、僕はたった今「物語」をひとつ書き上げて来たんです。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
若者の背後はいごには何ものにもまさって黒いかれ影法師かげぼうしが、悪魔あくまのように不気味な輪廓りんかくをくっきり芝生の上にえがいていた。老人は若者の背後にまわってそのかげのはしを両足でしっかりふまえた。
おしどり (新字新仮名) / 新美南吉(著)
彼は孫真人そんしんじんが赤い虎を従えている図をかかせて、それを町の店なかに懸けて置くこと数年、だんだん老境に入るにしたがって、毎日唯ぼんやりと坐ったままで、えがける虎をじっと見つめていた。
其景じつえがくが如きなり、此他石南樹、「ななかまど」「さはふたぎ」、白樺、楢類等多しとす、草類に於ては「わうれん」、「ごぜんたちばな」、「いはべんけいさう」、「まひづるさう」
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
その目のさはやかにしてしたたるばかりなさけこもれる、そのまゆの思へるままにえがき成せる如き、その口元のつぼみながらに立つと見ゆる、その鼻の似るものも無くいと好く整ひたる、肌理濃きめこまやかに光をさへ帯びたる
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
画龍点睛がりゅうてんせいという言葉がある。龍をえがいて眼をてんずる! この点睛に相違ない。『しとう』というのは『指頭しとう』のことだろう。指先ということに相違ない。『きようだ』というのは『強打』なんだろう。
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
えがいた人は非常にちがった状態において迫害されました。
都鳥飛んで一字をえがきけり
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
一、空想によりて俳句を得んとするには、兀坐ごつざ瞑目めいもくして天上の理想界をえがき出すも可なり。机頭きとう手炉しゅろようして過去の実験を想ひ起すも可なり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
はじめは円をえがき、それからだんだんと径を大きくして、外側へ大きく円を画きつづけるのだ。つまり螺旋形らせんけいの航路をとって探していくのである。
宇宙戦隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして化水院、無量光院むりょうこういんなどをあけの橋や廊でつなぎ、つまりは王朝貴族の浄土具現の道楽をそのあるかぎりな財富で地にえがきつくしたようなものだった。
これは純一の空想に度々えがいだされたものであった。鬱蒼うっそうたる千年の老木の間に、温泉宿の離れ座敷がある。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それは細かな線で海ののような、また見ようによっては水の渦巻のような物をえがいたものであった。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
黒髪さっと夜風に乱して白き衣服きものを着けたるが、月明りにてえがけるごとく、南をさして歩むがごとし。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それゆえ、彼は自らの持論に従って、車裂くるまざきの刑なら自分の行く手に思いえがくことができたのである。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
彼は彼がえがいた道徳的社会の実現を欲した。そうして再び醜が不可能となる世界の再建を求めた。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そういう場合に債権者は債務者の不意を襲うてその身辺に円をえがく。すると後者はその債務を果たすまでその円以外に踏み出す事が出来ない。もし出れば死刑に処せられる。
マルコポロから (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
中国で貨幣をえがき焼いて冥府へ届くるごとく、附け木へ六道銭を描いて月給に遣わすべしだ。
有名なるレンブラントがえがそろ饗宴の図にも孔雀が尾を広げたるまま卓上によこたわり居りそろ……
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)