せば)” の例文
旧字:
わしはあの吉助きちすけが心からきらいなのだ。腹の悪いくせにお追従ついしょうを使って。この春だってそ知らぬ顔でうちの田地の境界をせばめていたのだ。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
けれども封建時代にのみ通用すべき教育の範囲をせばめる事なしに、現代の生活慾を時々刻々にたして行ける訳がないと代助は考へた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
珊瑚樹垣さんごじゅがきの根にはふきとうが無邪気に伸びて花を咲きかけている。外の小川にはところどころ隈取くまどりを作って芹生せりふが水の流れをせばめている。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
後にはかしらもいたく、何となう心地悪しければ、しばし休まむとするに、いとせばき所に人多くゐれば、足踏みのばさむやうもなし。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ちょうど、もう撥条ばねを巻かれなくなった振り子が、しだいに振動をせばめてついに止まってしまおうとしてるのによく似ていた。
いつもの馬の目隠しのやうなものが、又自分の限界をせばめてくれた。それでセルギウスは強ひて自ら安んずる事が出来た。
しかしそれよりもその瞬間に葉子の胸を押しひしぐようにせばめたものは、底のない物すごい不安だった。木村とはどうしても連れ添う心はない。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
即ち近代絵画の画面の容積はせばまって来ている事は確かである。そして小さい画面へ人間の神経をなるべく簡単にして深く鋭く表現しようとする。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
浅草観音堂裏手の境内がせばめられ、広い道路が開かれるに際して、むかしから其辺に櫛比しっぴしていた楊弓場ようきゅうば銘酒屋のたぐいがことごとく取払いを命ぜられ
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
逸りきったる若き男の間違いし出して可憫あわれや清吉は自己おのれの世をせばめ、わが身は大切だいじ所天おっとをまで憎うてならぬのっそりに謝罪らするようなり行きしは
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ちがった信仰をもつ為政者いせいしゃが、単なる殖産政策の立場から、すすさとして神山の樹をらせ、それを開墾して砂糖黍さとうきびなどをえさせ、鼠の居処をせばめて
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
木は新しいが、陰々と、奈落に一足ずつ踏込むような、段階子を辿たどる辿る、一段ごとに底の方は、深く、細く、次第にせばんで、足も心も引入れられそう。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
地が高くなるにつれてせばまった両岸の平野はそこではもうほとんどなかった。静かな澄んだ藍色の大空の下に、河流は深い淵をつくって緩かに流れていた。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
いかにやつれたことであろう! 高い鼻は尖ってとげのようになり顳顬こめかみは槌で叩かれたかのように、痩せてくぼんでへっこんで、広がった額がせばまって見える。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
とらの描く円周は、だんだんせばめられていった。そして、時々立ち止まると、ちょっかいを出すように、その前脚を上げて、女人のからだにさわろうとする。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
工場から電車路に出るところは、片方が省線の堤で他方が商店の屋並にせばめられて、細い道だった。その二本目の電柱に、背広が立って、こっちを見ていた。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
次には「またその強き歩履あゆみせばまり、その計るところは自分を陥しいる、すなわちその足にわれて網に到り、また陥阱おとしあなの上を歩むになわそのくびすまつわわなこれをとらう」
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
私をぐるりと取り巻いて眺めている人々の気配が、だんだん輪をせばめて、終には私の肩の辺ではっはっと呼吸をするのが聞え出した。生ぬるい人間の呼吸が気味悪い。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
楽堂の片隅に身をせばめながら自分相応の小さな楽器を執って有名無名の多数の楽手が人生をかなでる大管絃楽の複音律シンフォニイかすかな一音を添えようとするのが私のこころざしである。
鏡心灯語 抄 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
江戸時代になってだんだんにせばめられたのだそうで、わたくしどもの知っている時分には、岸の方はもう浅い泥沼のようになって、夏になると葦などが生えていました。
半七捕物帳:08 帯取りの池 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
殻片かくへんが開いたその際は、その種子があたかも舟に乗ったように並んでいるのだが、その殻片かくへんがだんだんかわくと、その両縁が内方に向こうて収縮しゅうしゅく、すなわち押しせばめられ
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
何気なきていで遊戯に誘い入れ、普通本邦婦人が洗濯する体にうずくまらしめ、急に球をげると両手で受け留むる刹那せつなまたを開けば女子、股をせばむれば男子とは恐れ入ったろう。
淀を右塁とし、勝龍寺の城を左塁とし、能勢のせ、亀山の諸峰と、小倉之池にせばめられたこの京口の隘路あいろを取って、羽柴軍を撃摧げきさいせんとなす準備行動のそれは第一歩とみられた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そんな事を言って振り返ると、妙子は僅かにうなずき乍ら、細そりした身体を尚おもせばめて、運命に導かれて行く偶人にんぎょうのように、真にトボトボと私の後を跟いて来るのでした。
順作はうっとりと何か考え込んだが、気がいて近くの瓶の傍へ往って、せばまっている底のほうに力を入れて押してみた。かめはなかなか重かったがそれでもななめに傾きかけた。
藍瓶 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ことばはせばめられた胸の中から、ただの叫びとなってほとばしり出るのであった。
前には俄かに急になつた路面がいつのまにかせばまつて来た山合ひにぐつととつついてゐるのが見えた。房一はうつすらと汗ばんでゐた。だが、彼の見たものは路や山肌ではなかつた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
此秋山のみちはすべて所の人のかよふべきためにのみひらきたる道にて、牛馬はさらにつかはざる所なれば、ことさらにみちせば小笹をざゝなどふかくしてやう/\道をもとむる所しば/\なり。
家に置いて来た娘お粂のことも心にかかりながら、半蔵はその足で木曾のかけはし近くまで行った。そこは妻籠あたりのような河原かわらの広い地勢から見ると、ずっと谷のせばまったところである。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
地形がせばまって田原町になる右の角に蕎麦屋があって、息子むすこ大纏おおまといといった相撲すもう取りで、小結か関脇位まで取り、土地ッ児で人気がありました。この向うに名代の紅梅焼きがありました。
なぜでしょうか、自力に立つ故、道が難行なんぎょうなためであります。個人にとどまるため、世界がせばめられてしまうからであります。まして偉大な個性を、そうざらに予期することは出来ません。
益子の絵土瓶 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
私たちはやがて村の中途から街道をはずれて対岸へ渡った。この辺でたにはようやくせばまって、岸がけわしい断崖になり、激した水が川床の巨岩につかり、あるいは真っ青なふちたたえている。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
なんじみずからの信仰、爾をいやせり」というキリストのお言葉は、即ち自業自得を意味して居るのでありますけれども、今はこの自業自得の理は教会的キリスト教の為に甚だ範囲をせばめられて
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
父はその芒のえていた空地の一部を借りて、そこへ細工場を建て増すことになった。それは私がいつもこっそりと一人でさまざまな事を夢みていた隠れ場所を早くもせばめることになった。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
彼はフランス語の会話を聞き取るの疲れ以外に、文学——俳優、作者、出版者、文学上の楽屋や寝所——の詩ばかりなのにも、聞き疲れていた。世界がそれだけの範囲にせばまったかのようだった。
吾人は東洋の一端に棲居するが故に欧洲の大勢を顧眄こべんするの要なしと信ずる一種の攘夷論者の愚を、笑はんとす、世界は日にせばまり行きて、今日の英国は往日の英国の距離にあらざる事を思ふべし
一種の攘夷思想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
おくみはそこに膝を突いた儘、お向ひのお家の二階屋根の片面に、黄ろい色にせばまつた夕日の影を見るとしもなく見入つてゐた。今度はもう平河さんのお家へもさう長く御厄介になつてゐたくない。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
幅のせばい帯を締めて姉様あねさまを荷厄介やっかいにしていたなれど、こましゃくれた心から、「あの人はお前の御亭主さんにもらッたのだヨ」ト坐興に言ッた言葉の露をまことくんだか、初の内ははにかんでばかりいたが
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
夏堀なつぼりせば水曲みわたの葦むらはたださわさわし小舟しつつ
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
小さい焦点へ絞りせばめるだけでも人一倍骨が折れた。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
遡つても遡つても川幅は、せばまらなかつた。
繰舟で往く家 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
Kは、眼をせばめながら女を見つめた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
三間半の南向の椽側に冬の日脚が早く傾いて木枯こがらしの吹かない日はほとんどまれになってから吾輩の昼寝の時間もせばめられたような気がする。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
村についた共有の萱野というものは、広くなる場合などはひとつもなく、せばめられる原因はいくつもあった。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
いくら騒いでも、怪物が微動さえしないので、人々は段々大胆になって、一歩一歩円陣がせばめられて行った。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
両側とも菜飯田楽なめしでんがく行燈あんどうを出した二階だての料理屋と、往来おうらいせばむるほどに立連たちつらなった葭簀張よしずばり掛茶屋かけぢゃや
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
山と山とにせばめられた地形の中の決戦なので、馬のいななきも、槍太刀のひびきも、吠えあい、名のりあう武者声も、木魂こだまにひびいて、天地の鳴るような、無気味さだった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
塀と母屋おもやに押しせばめられて、あまり陽の目をみない中庭は、ひどくジメジメして居りますが、平次と八五郎が念入りに調べたところでは、足跡らしいものは一つもありません。
わづかに畳三ひらばかり鋪ける、ささやかなる所に、九人押し合ひてゐたり。あかしさへ置きたれば、いよゝせばきに、をさなきものねむたしとて、並みゐる正中たゞなかに足踏み伸して臥す。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
無い時もあった。此のような生活をしながらも、目に見えぬ何物かが次第に輪をせばめて身体をめつけて来るのを、私は痛いほど感じ始めた。歯ぎしりするような気持で、私は連日遊びほうけた。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)