いさぎ)” の例文
音楽の処女地であった日本に、陳、呉の役目を果すためには、単にレコードの悪口を言っていさぎよしとしているわけには行かなかった。
日露戦争の当時、人のすすめに応じて、株に手を出して全く遣りそくなってから、いさぎよく祖先の地を売り払って、北海道へ渡ったのである。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
以て親と思ふの孝心かうしんいさぎよく母に暇乞いとまごひなし五兩の金を路用にと懷中して其夜は十三淀川よどがはの船に打乘うちのり一日も早くと江戸へぞくだりける
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
我身に罪は無しとは云え、いずれとも免れぬ場合、いさぎよく伏罪し苦しみを短かくするにくなしと無念をのみ断念あきらめし者ならぬか
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
重太郎はいさぎよくお葉を思い切ったのであろうか。彼はお葉から受取うけとった椿の枝を大事に抱えて、虎ヶ窟のかた悄々しおしお引返ひっかえした。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
金を路傍ろぼう土芥どかいのごとくみなすのはいかにもよくがなくいさぎよく聞こえるが、また丁寧ていねいに考えると金は決しておのれの物ではない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
自己を下賤醜悪にしてまで存在を続けて行く必要が何処にあろう。いさぎよく落花の雪となってきゆるにくはない。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
なにはゞかりての御遠慮ごゑんりよぞやくわんずれば御恨おうらみも未練みれんなにもあらずお二かたさま首尾しびとゝのひしあかつきにはいさぎよく斯々かう/\して流石さすが貞操みさをたつるとだけきみさまにられなばそれ
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そしてさう云ふ馬鹿々々しい『いさぎよさ』に負けない丈けの強さとひがみを持つた人は無理に悪魔主義になつてその尊い生命を持ちくづし、自棄やけに棒に振つて了ふのです。
その活動力くわつどうりよくうしなつてあひだは、如何いかんともすること出來できません、吾等われらいさぎよく其處そこ身命しんめいなげうこと露惜つゆをしまぬが、其爲そのために、海底戰鬪艇かいていせんとうていつひ彼等かれら掠奪りやくだつされて御覽ごらんなさい
へんに「いい子」になって、人々の同情をひくよりは、かえっていさぎよいことだと思っていた。それが、いけなかったのである。現世には、現世の限度というものが在るらしい。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
わたくしはたま/\近所からそれを土産に貰って食べるとき、歯を宛てゝ煎餅の片れがいさぎよく噛み破られる音を、何か無限なものの韻に触れるような期待で聴き惚れるのでした。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
僕は自分でやりますと云つたんですけれど、「そんな事を云ふな、天野朱雲が最後の友情を享けていさぎよく行つて呉れ。」と云ひ乍ら、涙を流して僕には背を向けて孜々せつせと握るんです。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
私の背後からはまる麦稈帽むぎわらぼうに金と黒とのリボンをひらひらさして、白茶しろちゃの背広に濃い花色のネクタイを結んだ、やっと五歳と四ヶ月の幼年紳士がとてもいさぎよく口をへの字に引きめて
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
涙を隠し愁懼しゅうくを包み、いさぎよく彼の門出かどでを送りしごとく彼の遠逝えんせいを送らんのみと。
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
最後はいさぎよくするつもりで、ちょうど昔から女には好意をもたれないように生まれついているものと、自分で決めていたと同じ自己否定の観念や、年齢や生活条件もそれに加算してのうえで
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「はい、どうせあなたと別れては、誰一人たよるものもないわたしの身、後に残って、一人で生きて行こうとは思いませぬ。どうぞわたしを手に懸けておいて、いさぎよう敵討かたきうちのお供をしてくださりませ」
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
ただいさぎよう思い切って、山名に縁組みしてくるれば、三方四方が無事に納まるというものじゃ。聞き分けてくれ、応と言え。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その言葉は全く正反対で、ベートーヴェンのいさぎよさに比べて、モーツァルトの心事を疑うものがあるかも知れない。が、それは大変な間違いである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
取なといはるゝに忠右衞門殊勝けなげにも然らば父上ちゝうへ御免をかうむり御先へ切腹仕つり黄泉くわうせん露拂つゆはらひ致さんといさぎよくも短刀たんたうを兩手にもち左の脇腹わきばらへ既に突立つきたてんとする折柄をりから廊下らうか
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
また妻子を苦しめて自分のみいさぎよいということがほんとの神聖とも思わない。天が我に子供を与えた以上は、彼らをして僕以上の者にするだけの義務は僕にある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「そうだ。だから、この事に対して、君の僕等に与えようとする制裁はいさぎよく受ける覚悟だ。今のはただ事実をそのままに話しただけで、君の処分の材料にする考だ」
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あれは快よくめいする事が出来ると遺書ゆゐしよにも有つたと言ふでは無いか、あれはいさぎよくこの世を思ひ切つたので、お前の事も合せて思ひ切つたので決して未練は残してゐなかつたに
うつせみ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
みづか爆發藥ばくはつやくもつ艇體ていたい破壞はくわいして、いさぎよく千尋ちひろ海底かいていしづまんとの覺悟かくご
今宵こよいかぎりいさぎよく青春を葬ろうか。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「女から愛憎あいそ尽かしをすると、下々の者は、もう少しいさぎよい事を申します。殿様、もうお目にはかかりません」
裸身の女仙 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
に御名將の思召おぼしめしいさぎよく御座候と申上られ是より中納言樣には御老中御列座れつざの御席へ渡らせ給ひ越前守を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
状態じやうたいは、不幸ふかうにして宗助そうすけやまらなければならないまでほど新生面しんせいめんひら機會きくわいなくつゞいた。いよ/\出立しゆつたつあさになつて宗助そうすけいさぎよく未練みれんてた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「そうですとも……。あんなうちへは決して二度と足踏あしぶみませんよ。」と、市郎はいさぎよく答えた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
冒頭ぼうとうに掲げた米人の言うごとく、おのおのがいさぎよい愛情から起算して、(親なり妻なり子なり、最も自分に近いゆえに最も自分に親しい情合じょうあいに基づいて)おのれの日々ひびの事務をおこたらず、百姓は百姓
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
多分何も彼も濟んで、いさぎよく自首して出るつもりのが、機會をうしなつてこんな事になつたのでせう。
お身たちはいかに藻掻いても狂うても、しょせん助からぬ運命じゃで、今夜のうちにここでいさぎよく自滅せられい。それが小坂部殿の申し伝えじゃ。なんと合点せられたか。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
自分は自分の思う通りを父に告げる、父は父の考えを遠慮なく自分にらす、それで衝突する、衝突の結果はどうあろうともいさぎよく自分で受ける。これが代助の予期であった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
社交機關を持たない娘達や、遊里いうりに出入りするのをいさぎよしとしない純情な息子達の間に、かうした病氣の流行はやるのも、嬉しくしをらしい現象であつたかも知れません。
朝早く床の上に起き直って、向うの三階の屋根と吾室わがへや障子しょうじの間にわずかばかり見える山のいただきを眺めるたびに、わが頬のいさぎよく剃り落してあるなめらかさをで廻してはうれしがった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただいさぎよく今宵のうちに……。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「成程、御武家はさすがにいさぎよいもので、隨分、その三千兩を見付けてあげないものでもありませんが、伊八の娘のお信乃しのには、何んのおとがめもないことでせうな」
強いられた時、余はやむなく細長くかえった硝子のくだを傾けて、湯とも水ともさばけないしるを、舌の上にすべらせようと試みた。それが流れて咽喉のどくだあとには、いさぎよからぬねばり強いみだりに残った。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その方を親の敵と狙う、万田龍之助まんだりゅうのすけは父祖由緒の地に其方を迎えて、かたき名乗をあげるだろう。最早主家帰参ののぞみも絶えた其方だ、いさぎよく龍之助に討たれて、孝子の志を遂げさせるがよい。
大江戸黄金狂 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
いよいよ出立の朝になって宗助はいさぎよく未練をてた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さう言ふところは、なか/\いさぎよい男前です。