朧月おぼろづき)” の例文
朧月おぼろづきに透して見るまでもなく、磁石じしやくと鐵片のやうに、兩方から駈け寄つた二人が、往來の人足のまばらなのを幸ひ、ひしと抱き合つた時
とにかく驚いて顔を上げると、自分の身体からだのある処よりもはるかに低く、雨気あまけを帯びた雲の間をば一輪の朧月おぼろづきが矢の如くに走っているのを見た。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「思わせぶりをしないでもいいじゃないか。このごろは朧月おぼろづきがあるからね、そっと行ってみよう。君もうち退さがっていてくれ」
源氏物語:06 末摘花 (新字新仮名) / 紫式部(著)
落花を踏み朧月おぼろづきに乗じて所々を巡礼したが、春日かすが山の風景、三笠のもりの夜色、感慨に堪えざるものがあったといっている。
惜し気もなく散る彼岸桜ひがんざくらを誘うて、さっと吹き込む風に驚ろいて眼をますと、朧月おぼろづきさえいつのに差してか、へっついの影は斜めに揚板あげいたの上にかかる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうして空の朧月おぼろづきは、橇が進もうが走ろうがそんなことには頓着せず、高い所から茫々ぼうぼうと橇と人とを照らしている。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
朧月おぼろづきけている。——夜はまだ明けず、雲も地上も、どことなく薄明るかった。庭前を見れば、海棠かいどうは夜露をふくみ、茶蘼やまぶき夜靄よもやにうなれている。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それはもう四つ(午後十時)過ぎで、半分ほど咲きかかった軒の桜が朧月おぼろづきの下にうす白い影を作っていた。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
よこれて田畝道たんぼみちを、むかふへ、一方いつぱうやますそ片傍かたはら一叢ひとむらもり仕切しきつた真中まんなかが、ぼうひらけて、くさはへ朧月おぼろづきに、くもむらがるやうなおくに、ほこら狐格子きつねがうしれる
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
朧月おぼろづきの夜、葛城家の使者といつわる彼は、房総線ぼうそうせんの一駅で下りて、車に乗ってお馨さんの家に往った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
腰にはいかめしき刀を差し、時々は扇子せんすかなめ柄頭つかがしらのあたりに立てて、思い出したように町並まちなみや、道筋、それから仰いで朧月おぼろづきの夜をながめているのは、いつのまにこの地へ来たか
しばしやどかせ春のゆくと舞ひくるもみゆ、かすむ夕べの朧月おぼろづきよに人顔ほのぼのと暗く成りて、風少しそふ寺内の花をば去歳こぞ一昨年おととしもそのまへの年も、桂次此処に大方おほかたは宿を定めて
ゆく雲 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
東風から類推し得るもの——春風、春雨、かすみ朧月おぼろづきなど。……天文上の現象
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
黙礼の跡見かへるや朧月おぼろづき 柳之
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
さしぬきを足でぐ夜や朧月おぼろづき
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
伽羅きゃらくさき人の仮寐かりね朧月おぼろづき
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
もう子刻ここのつ(十二時)近いでしょう。街は灰をいたように鎮まって、朧月おぼろづきの精のように、ヒラヒラと飛んで来る花片はなびら
朧月おぼろづきの深夜で、往来ゆききの人はなく、犬の吠え声がずっと遠くの、露路の方から聞こえて来た。お筒持ちの小身の武士達の長屋町なので、道幅なども狭かった。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その夜は朧月おぼろづきが麗しかった。五台山の半身をぼかした夜霞が野にかけ銀をいたような朧をひいていた。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わし没分暁漢わからずやの一巡査であるが、生理学教室に雛を祭ることにおいて、一石橋の朧月おぼろづき一片の情趣を会得した甲斐に、緋緘ひおどしの鎧の袖に山桜の意気のうらやましさに堪えんで。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし何でも構わない、気が落ちついて呑気のんきになればいい。それから「正一位しやういちゐ、女にけて朧月おぼろづき
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しばしやどかせはるのゆくひくるもみゆ、かすむゆふべの朧月おぼろづきよに人顏ひとがほほの/″\とくらりて、かぜすこしそふ寺内じないはなをば去歳こぞ一昨年おとゝしそのまへのとしも、桂次けいじ此處こゝ大方おほかた宿やどさだめて
ゆく雲 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
逢ひ見しは女のすり朧月おぼろづき 太祇たいぎ
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
伽羅きゃらくさき人の仮寝や朧月おぼろづき
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
して内裏だいり拝まん朧月おぼろづき
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
高貴の美女と高貴の美男は、こうして誰にもわずらわされず、心ゆくまでその媾曳あいびきを、朧月おぼろづきの下辺に続けて行く。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もう子刻こゝのつ近いでせう。街は灰をいたやうに鎭まつて、朧月おぼろづきの精のやうに、ヒラヒラと飛んで來る花片。
夢中でぽかんとしているから、もう、とっぷり日が暮れて塀越の花のこずえに、朧月おぼろづきのややななめなのが、湯上りのように、薄くほんのりとしてのぞくのも、そいつは知らないらしい。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その間に一刻の余も費やしたと見えて、ぼやっとした朧月おぼろづきも、いつか江戸城の西の方——紅葉山もみじやまの襟筋へ隠れかかって、どこともない有明の色が、四林の梢に仰がれて来ました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おやとまた吃驚びっくりする。次を見ると「花の影、女の影のおぼろかな」の下に「花の影女の影をかさねけり」とつけてある。「正一位しやういちゐ女に化けて朧月おぼろづき」の下には「御曹子おんざうし女に化けて朧月」とある。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
くもりたる古鏡の如し朧月おぼろづき
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
よき人を宿す小家や朧月おぼろづき
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
引掛ひっかかりそうに便たよりなくひびきが切れて光景ありさまなれば、のべの蝴蝶ちょうちょうが飛びそうななまめかしさは無く、荒廃したる不夜城の壁の崩れから、菜畠になった部屋が露出むきだしで、怪しげな朧月おぼろづきめく。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
朧月おぼろづきが空にかかっていた。四辺あたりが白絹でも張ったように、微妙な色にかされていた。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
門番は恐ろしく権柄けんぺいずくに案内します。千二百石取りの屋敷というにしては場所柄決して広くはありませんが、庭にはもう桜が咲いて、夢見るような朧月おぼろづきが照らしている風情でした。
満山まんざんを鳴らして、ゴーッという一じんの松風が、朧月おぼろづきすみをなすッてすぎさった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何故なぜぼうっとしているかというと、あなたの筆が充分にえているにかかわらず、あなたの描く景色なり、小道具なりが、朧月おぼろづきかさのように何等か詩的な聯想れんそうをフリンジに帯びて、其本体と共に
木下杢太郎『唐草表紙』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
船の出るまで花隈はなくま朧月おぼろづき
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
以前いぜん牛込うしごめ矢來やらいおくころは、彼處等あすこいら高臺たかだいで、かへるいても、たまにひとふたつにぎないのが、ものりなくつて、御苦勞千萬ごくらうせんばん向島むかうじまめぐりあたり、小梅こうめ朧月おぼろづきふのを
番茶話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
思わず挙げた母の顔、朧月おぼろづきの中に、倅のそれとピタリと合ったのです。
修道士イルマンすがたの黒いかたちが、朧月おぼろづきの大地へほそながくかげをひいた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
思はず擧げた母の顏、朧月おぼろづきの中に、伜のそれとピタリと合つたのです。
朧月おぼろづきで、生暖かい晩、あんな声を聞かされちゃ全くたまりません」
二人はまりの如く、朧月おぼろづきの街に飛び出したのです。
朧月おぼろづきの影をくだいて浮きつ沈みつする喜三郎。
朧月おぼろづきが影をくだいて浮きつ沈みつする喜三郎。
朧月おぼろづきであったよ」
朧月おぼろづきであつたよ」