いとま)” の例文
さて官事のいとまあるごとに、かねておおやけの許しをば得たりければ、ところの大学に入りて政治学を修めんと、名を簿冊ぼさつさせつ。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「それが、親分さんの信用でございます。あまり遅くなると店の方が面倒になりますから、これでおいとまいたします。それではどうぞ」
しかも、これが動物となると一層吾々人間の注意を惹き易いので、その最も顕著な実例だけでも殆んど枚挙にいとまがないくらいである。
霊感! (新字新仮名) / 夢野久作(著)
美沢が、明朝八時から練習があるので、七時前に起きなければならぬのを思い出して、急にいとまを告げた時は、九時を少し廻っていた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
車が迎えに来て、夫妻はいとまを告げた。鼈四郎はこれからどちらへとくと、夫妻は壬生寺みぶでらへおまいりして、壬生狂言の見物にと答えた。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それからかれこれ一時間も引き留められたが、いとまを告げる時、お作は低声こごえで、「お産の時、きっと来て下さいよ。」と幾度も頼んだ。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
併し、千代子はその上白鳥の正体を見極めるいとまもなく、更らに奇怪な、若しくは艶麗なある光景に目をみはらねばなりませんでした。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「沢庵どの。……今おいとました丹左でござるが、この先の林の中に、若い者がふたり、樹から落ちて気を失ったまま仆れておりますが」
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家事をかえり見るいとまのすけなかった人や、それほどまでに栄達して、世の重き人となろうとは思わなかった人の、軽率な、というより
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
余は某の好意に対して深く感謝の意を表する者なれども、奈何いかんせん余が現在の苦痛余り劇しくしていまだ永遠の幸福を謀るにいとまあらず。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
今はこれまで、いとまをくれよう、どんな夫を持とうとも、そうなれば仔細しさいはないと、穏厚人おんとじん、出方がまことにおとなしい。……もっとも
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ロセスはそれを読むと、たちまち顔色を変え、「暴動がある。」と叫びながらそこそこにいとまを告げて、単騎で智恩院へ駆けつけた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そこで、冷かしも、ぜっ返しも気に掛けるいとまなく、見栄みえ糸瓜へちまも棒に振って、いきなり、おはちからしゃくって茶碗へ一杯盛り上げた。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何故かといえば、その度ごとに、私たちは十分のいとまを得た。眺望し観察し散策し撮影もしたのであった。だが、もうこれきりであろう。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
青差あおざし拾貫文じっかんもん御褒美下し置かるゝ有難く心得ませい、かつ半右衞門の跡目相続の上、手代萬助は其の方において永のいとま申付けて宜かろう
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
鼻にかけて我々を見下し不孝の事のみ多く其上下女などに不義ふぎ仕懸しかけ何一ツ是ぞと云取處とりどころなく斯樣かやうの者に家を渡す事は勿論もちろん忠八にいとま
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
事柄の内容のみならずその文章の字句までも、古典や雑書にその典拠を求むれば一行一行に枚挙にいとまがないであろうと思われる。
西鶴と科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
最後に居残ったランジェもいとまをつげて、ほの暗くなった廊下へ出ると、マダム・ヴァンクールがそっと追かけて来て早口にいった。
ふみたば (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
午後私は車に乗つて本郷へ行つた。生田いくたさんへ最初に行つたが生田さんはお留守であつた。奥様とお話して一時間程でおいとました。
六日間:(日記) (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
自分が今催促されて参入する気忙きぜわしさに、思慮分別のいとまも無く、よしよし、さらば此の石帯を貸さんほどにく疾く主人あるじかたにもて行け
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そうして二、三時間も、無駄話を、していたでしょうか? さ、随分長話をしてしまった、ソロソロおいとましようかねと、坐り直した途端
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「髪や着物などはかまいませぬ、あのお君が帰って来さえすれば、直ぐにおいとまをして屋敷へ帰りたい、早くあの子へ沙汰をして」
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
多くの子どもや長年添うた夫を明るい世にのこし、両親が会いにくるにも間に合わないで永久の暗に沈まんとする、最後を嘆くいとまもない。
去年 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
山百合やまゆりは花終らば根を掘りて乾ける砂のなかに入れ置けかし。あれはかくせよ。これはかうせよと終日ひねもすたすきはづすいとまだになかりけり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
あたりはいつか薄暗くなって、もう晩の支度にも取りかかる時刻であるから、お光はお仙の帰ったのをしおいとまを告げたのである。
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
それは一時間も、一秒間も待たずに、自分でこの世のいとまを取る事である。それなら、病気で死ぬるのを待つより、少しは男らしいだろう。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
「はいはい有難うございますが、いえそうしてもおられません、そろそろおいとまを致さねば……痛、痛、痛! また差し込みが!」
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
これの件々は逐一ちくいちかぞうるにいとまあらず。到底とうてい上下両等の士族はおのおのその等類の内に些少さしょう分別ぶんべつありといえども、動かすべからざるものに非ず。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しかもそはそはしたB達はそれ以上言葉を交すいとまを持つてゐなかつた。その行くべきはうへと各自に行かなければならなかつた。
(新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
それから四時過ぎやや日蔭の出来るのを待って、九州ホテルにいとまを告げ、そのさんと共に島原にくだった。しかしそれは雲仙と別れたのではない。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
「あなたが頭がわるい頭がわるいとおっしゃるなら、僕はもうおいとまいたします。それではお相手をしてもなんにもなりません」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
はたけ作主さくぬしその損失そんしつ以外いぐわいにそれををしこゝろからかげいきほはげしくおこらうともそれはかへりみるいとまたない。勘次かんじせた茄子畑なすばたけもさうしておそはれた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
われもいとまあらば共にこそ往かまほしけれ。ヱズヰオに登らんはわづらはしけれど、ポムペイの發掘の近状を見んこと面白かるべし。
突然いとまを告げて、そしてぼんやり自宅いえに帰った。かれは眩暈めまいのするような高いところに立っていて、深い谷底を見ろすような心地ここちを感じた。
まぼろし (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
御機嫌ごきげんちがひたらばれまでとしてあそびのかはりのおいとまねがひしに流石さすが日頃ひごろつとめぶりもあり、一日すぎてのつぎはやきてはやかへれと
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
伝蔵もながいとまとなるべきであったが、六年も勤め通した者でもあり、小才覚もあって何かの役にも立つので、これはそのままに残して置いた。
半七捕物帳:61 吉良の脇指 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
では、アイス・クリームの溶けぬうちに、そろそろおいとまいたします。はなはだ勝手でございますが、これで失礼させていただきとう存じます。
好機いっすべからずとて、ついに母上までもあざむき参らせ、親友の招きに応ずと言いつくろいて、一週間ばかりのいとまを乞い、翌日家の軒端のきばを立ちでぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
母が答へるいとまのない中に父は足早に家の方へ行つてしまひ私は朝貌あさがほつるを手に持つたなりで惘然ぼんやりとあとを見送つて居り升た。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
朗かな談笑の笑声さえ漏れていた。酒だけが楽しみのような一松斎の頬に、赤い血の色が、ぼうっと上る頃、雪之丞は、いとまを告げようとした。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
早々においとましましたが、帰りしなに勝手へ出て女中に聞きましたら、「行くなとおっしゃるのに、お出かけになったのです」
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
するとこの時何者かが矢庭に背後から彼を引っつかむと、彼が抗ういとまもなく兇暴なる腕は、彼の首をしめつけたまま忽ち壁に向って押し戻した。
「では、くれぐれもお大事にね」と彼女は、いとまを告げる彼を見送って蝋燭ろうそくを手に階段のところまで出ながら言うのだった。
可愛い女 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
阿房たわけものめが。いわ。今この世のいとまを取らせる事じゃから、たった一本当の生活というものをとうとばねばならぬ事を、其方そちに教えて遣わそう。
一、幼少の折、学校で学問の大事なことをいて、よし学者にならなくとも、勉学読書はいとまあるごとにおこたるまいと思った。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
しかし前から下調したしらべをしておくようないとまが無かったのだから、何事もそのつもりで聞いて貰わなければならない。あるには有る。例えば羅馬ローマという国だ。
不吉の音と学士会院の鐘 (新字新仮名) / 岩村透(著)
いとまを貰つて大阪へ下ると云ひますからコイツ変な奴だと思ひまして、無理に座敷へ上らせ酒を呑ませて酔つた時分に、根掘り葉掘り問ひますと
千里駒後日譚 (新字旧仮名) / 川田瑞穂楢崎竜川田雪山(著)
の時にあたつて、天下岌岌、生民死を救うていとまあらず、士大夫乃ち流宕かくの如し。歎ずべけんや。或は無聊の故に出づるか。(渭南文集、巻三十)
其の不快を極むるところの一路なるをも忌みきらふにいとまあらずして渠身不相応なる大船の数々出入するに徴して知るべし。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
すると私が心の中で、はっと思ういとまさえなく、今まで息もしなかった菰だれの向うの摩利信乃法師が、たちまち身を起したらしいけはいを見せて
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)