寝転ねころ)” の例文
旧字:寢轉
省作は出してもらった着物を引っ掛け、兵児帯へこおびのぐるぐる巻きで、そこへそのまま寝転ねころぶ。母は省作の脱いだやつを衣紋竹えもんだけにかける。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
芝生に寝転ねころんだような気が、なさった? フム……青臭い匂いがなさった? と。……フム……フム……奥様これは、その時麻酔剤を
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
しかしそれがなかなか極まらないので、お父様は心配しておいでなさる。僕は平気で小菅の官舎の四畳半に寝転ねころんで、本を見ている。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
春雨がしとしと降ってる静かな日に、宿の隣家おとなりで美人が琴をいてるのを、気楽に寝転ねころんで聴いているのは、詩的でいいじゃありませんか
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その間、ピラムはピラムで、もうどうする力もなく、日蔭ひかげをさがし、ちょっと寝転ねころんでは、舌をいっぱいに垂れ、呼吸をはずませている。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
隣室となりへ酒を出して置いて、私はひとりで寝転ねころびながら本なぞを読みます。すると茶屋の姉さんが『橋本さん、貴方は妙な方ですネ』なんて……
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「もっと暑くなると、この草が長く伸びましょう。その中に寝転ねころんで、草の間から月を見ていると、それあいい気持ですぜ」
蒼白い月 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
中に入ると速水は悠々と床下に寝転ねころがった。そして肩から長い革袋を下すと、その口を開いた。僕は何が出てくるかと興味をもって眺めていた。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
だが、薄暗い六畳の一間をのぞくと、枕屏風まくらびょうぶと、鼠不入ねずみいらずのほか、何もない古畳の真ん中に、一人の図う体の大きな男が、仰向けに寝転ねころがっている。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は近寄って箱のふたを明けましたが、直ぐに飛び出して来ようともしません。寝転ねころんだままで悠々ゆうゆうとしている処、どうも動物とはいえ甚だ権が高い。
組打ちと云ってもそれは立って組打ちをしているのではない。寝転ねころんで組打ちをしているのである。私は猫の交尾を見たことがあるがそれはこんなものではない。
交尾 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
僕のいわゆる折々退け、折々冥想めいそうせよということは、単に不精ぶしょう寝転ねころんでおれ、不精にかまえろというのとは大いに違う。また折々という文字がばくとしたことである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「ふん。すると彼らは百本の力漕を練習しているのだな。あのピッチじゃ一分間三十六本ぐらいだから」と窪田はまた艇内に寝転ねころびながら、誰れに言うともなく言った。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
そして、何だか怒鳴り返していたが、やがて、奥庭おくにわ寝転ねころんでいた「熊」を呼んでしかけた。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
真蔵は銘仙の褞袍どてらの上へ兵古帯へこおびを巻きつけたまま日射ひあたりの可い自分の書斎に寝転ねころんで新聞を読んでいたがお午時ひる前になると退屈になり、書斎を出て縁辺えんがわをぶらぶら歩いていると
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
男はしばらくたったのち、ごろりと仰向あおむきに寝転ねころぶと、独り言のようにこう云った。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その晩、私達は宿の二階の部屋に寝転ねころびながら、深沢さんが夕方描き上げて来た雑木林の絵を前にして、いろんなこの村の話をしあっていたが、きょう宿の主に聞いたじいやの話も出た。
朴の咲く頃 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
其時そのときはこの時雨榎しぐれえのきえだ両股ふたまたになつてるところに、仰向あをむけ寝転ねころんでて、からすあしつかまへた、それからふごれてある、あのしめぢたけつた、沙魚はぜをぶちまけて、散々さんざ悪巫山戯わるふざけをした揚句あげく
化鳥 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
こんな天気のいゝ時だとおもおこそろは、小生せうせいのいさゝかたぬことあれば、いつも綾瀬あやせ土手どてまゐりて、ける草の上にはて寝転ねころびながら、青きは動かず白きはとゞまらぬ雲をながめて
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
「みんな、あすこのくさうえへいって、寝転ねころぼうよ、あめをやるから。」
こま (新字新仮名) / 小川未明(著)
譲吉は、久し振りに暢然のんびりとして一日を暮して見たいと思った。朝飯が済むと、彼は縁側に寝転ねころんで、芽ぐむばかりになった鴨脚樹いちょうの枝の間から、薄緑に晴れ渡った早春の空をながめて居た。すると
大島が出来る話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
この鉱山のために炭を焼きて生計とする者、これも笛の上手じょうずにて、ある日ひるあいだ小屋こやにおり、仰向あおむき寝転ねころびて笛を吹きてありしに、小屋の口なる垂菰たれごもをかかぐる者あり。驚きて見れば猿の経立ふったちなり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
なぜといふに、自分じぶんしゆきみおもたてまつると、其聖墓そのおはかこゝろうちにもうはいつてゐるからだ。亜孟アメン。どれ、日射ひあたりのいゝ此処ここへでも寝転ねころばうか。これこそ聖地せいちだ。われらが御主おんおるじ御足みあし何処どこをもきよくなされた。
寝転ねころんでおれは舞踏ぶたふといふことを考へてゐた時。
詩集夏花 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
聞くところによればユーゴーは快走船ヨットの上へ寝転ねころんで文章の趣向を考えたそうだから、船へ乗って青空を見つめていれば必ず逆上受合うけあいである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「あの書生たちは、自分たちは一日ごろごろ寝転ねころんでいて、この体の不自由な老人を不断に使いやがってしようがない。」
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
丈八は、一学のうちを覗いた。昼間は、たいがい長屋にもどって、休息している一学であった。寝転ねころんでいたらしく
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
東京へ帰って来て見ると、あの京都の宿でせめて半日なりとも寝転ねころんで来て好かったとさえ思うくらいであった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
小径こみちをぐるぐる廻り、ここという場所を探し、そこで銀貨を「く」し、かかとで押し込み、腹這いに寝転ねころがる。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
下女があつらえた水菓子をはちに盛って、梯子段はしごだんを上って来たので、「あの女」の話はこれで切れてしまった。自分は寝転ねころんだまま、水菓子を食った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
笹村は机の前に飽きると、たばこを袂へ入れて、深山の方へよく話しに行った。T—は前の方の四畳半に、旅行持ちの敷物を敷いて、そこに寝転ねころんでいた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
八月のさかりに風通しの好いところへ花莚はなむしろを敷いて、薄化粧でもして、サッパリとした物を着ながらひとりで寝転ねころんで見たなんて——私はそういう人が面白いと思います
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
にんじん——それに、とうさんだって、ここより水っぷちのほうがいいよ。草の上へ寝転ねころんどいでよ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「うん、ここで寝転ねころんで、あのごうごう云う音を聞いている方がらくなようだ。ごうごうと云やあ、さっきより、だいぶはげしくなったようだぜ、君」
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
じめじめした細い横町、なまけものの友達と一緒に、厭な学校の課業のあいだを寝転ねころんでいた公園のしめやかな森蔭の芝生——日に日に育って行く正一を見るにつけて
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼は東京の方へ帰って行った後の多忙いそがしさを予想して、せめて半日その宿の二階座敷で寝転ねころんで行こうとした。同じ部屋には旅行用の画具なぞをひろげた画家が居て
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
無論我々二人は朝から晩までのべつに喋舌しゃべり続けている訳ではありません。御互が勝手な書物を手にしている時もあります、黙って寝転ねころんでいる事もあります。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ふとると帳場つづきの薄暗いお神の居間に、今まで寝転ねころんでいたらしい倉持が起きあがってせきをした。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と復たお種が言って、弟の側に寝転ねころんだ。東京にある小泉の家のことは自然と姉の話に上った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
もう「あの女」の事は聞くまいと決心した自分は、なるべく病院の名前を口へ出さずに、寝転ねころびながら彼と通り一遍の世間話を始めた。彼はその時人並ひとなみの受け答をした。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わたし寝転ねころんだまゝ、彼方此方あちこちうごかしてゐるうち、ふとめうものいた。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
B君は西洋でこの花のことを聞いて来て、北海道とか浅間山脈とかにあるとは知っていたが、なにしろあまり沢山あるのでしまいには採る気もなかった。二人とも足を投出して草の中に寝転ねころんだ。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
動物園の虎が見物人をにらめて、寝転ねころんでいると同様な平和である。おりの鉄棒が一本でも抜けたら——世はめちゃめちゃになる。第二の仏蘭西革命フランスかくめいはこの時に起るのであろう。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こうして十年も旅舎に寝転ねころんで、何事なにてるんだか解らない人だと世間から思われても、別に俺は世間の人に迷惑を掛けた覚は無し、兄貴のところなぞからびた一文でも貰って出たものでは無いが
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
庸三はちょうど寝転ねころんでストリンドベルグの戯曲を読みふけっていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
けれども宿の二階に寝転ねころびながら、一日いちにち二日ふつかは少しずつでも前の続きを読む事ができた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
書籍ほんを読もうと、寝転ねころぼうと、どうなりと御勝手だ」
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
顔中はあがったようにふくれている真中に、ずんぐりした肉の多い鼻が寝転ねころんで、細い眼が二つ着いている。南亜なんあの大統領にクルーゲルと云うのがあった。あれによく似ている。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
綺麗きれいな草花の上にわざと寝転ねころんで、花も茎も容赦ようしゃなく散らしたり、倒したりした。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
或る日例のごとく吾輩と黒は暖かい茶畠ちゃばたけの中で寝転ねころびながらいろいろ雑談をしていると、彼はいつもの自慢話じまんばなしをさも新しそうに繰り返したあとで、吾輩に向ってしものごとく質問した。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)