おか)” の例文
多少の線はおかしても、敵方の給与を少々こちらへも廻してもらうしかありません。どうか今日のところはお見のがしを。……はははは
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女にして見たいような美男子だが、底になんとなくりんとしたところがあっておかしがたいので、弥生より先に鉄斎老人が惚れてしまった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
右半身がきかなくなり、頭さえもおかされたのであるが、災禍はそればかりではない。同時に彼の劇場は破産してしまったのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
七曲ななまがりの険をおかして、やっとのおもいで、ここまで来たものを、そうむやみに俗界に引きずりおろされては、飄然ひょうぜんと家を出た甲斐かいがない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
昔なら、危険をおかしてでも外に出て、口笛を吹いたり、歌をうたったり、足を踏みならしたりして、さかんに相手をおどかそうとしたものだ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
その兵馬は不幸にして、このごろ熱におかされています。そうして枕が上らないでいるのを、例の同室の奇異なる武士が介抱していました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
恐れあることにはそうらえども、召させたもう御鎧直垂おんよろいひたたれと、おん物の具とをたまわって、御諱おんいみなの字おかさせくださるべし、御命に代わり申すべし!
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
船長は日毎ひごとにだんだんおかしくなってくる。わたしは彼自身が暗示したことが本当のことであり、またその理性がおかされているのを恐れた。
人にさそはれ夕凉ゆうすずみいづる時もわれのみはあらかじめ夜露の肌をおかさん事をおもんばかりて気のきかぬメリヤスの襯衣シャツを着込み常に足袋たびをはく。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
善庵は次男かくをして片山氏をがしめたが、格は早世した。長男正準せいじゅんでて相田あいだ氏をおかしたので、善庵の跡は次女の壻横山氏しんいだ。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
提灯の火影に照らして、くらき夜道をものともせず、峻坂しゅんはん嶮路けんろおかして、目的の地に達せし頃は、午後十一時を過ぎつらん。
黒壁 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかも私の医者は、わたしの頭や消化力や視力が病いにおかされているために、時どきに固執性の幻想が起こってくるのであると解釈している。
今この重い皮膚病を患っている人はイエス様に癒していただきたい一心で、厳重な律法の禁止をおかし、人垣をかきわけて他人の家に入ってきた。
それをおかして、安全に十分の兵力をマライ上陸させるためには、船が足らん、飛行機が足らん、更に兵員がうんと足らんぞ
諜報中継局 (新字新仮名) / 海野十三(著)
清ちやんは、内膜から外膜をおかされ、最後に激烈な腹膜をやられた患者として、この部屋の隅へ収容されたのであつた。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
かよわい女性が、貞操の危険をおかしてまで、戦っている時に、第一の責任者たる自分が、茫然ぼうぜんと見ていられるだろうか。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その当時、飛騨国ひだのくに地頭職じとうしょくは藤原姓をおか飛騨判官朝高ひだのほうがんともたかという武将で、彼も蒙古退治の注進状ちゅうしんじょうに署名したる一人いちにんであった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「未練の仰せなり、きみのおんいみなおかしてふせぎ矢つかまつるあいだ、此処はいかにもして浜松へ退きたまえ、ごめん」
死処 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
俺はとにかく万死をおかして吉良邸へ入りこんだこともある。そして、当夜の一番槍にも優る功名ぞと、仲間の者から称美されるほどの手柄も立てた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
その時を見計みはかろうて中村(諭吉、当時は中村の姓をおかす)は初めから中津に帰る気はなかった、江戸に行くと云て長崎を出たと、奥平にも話して呉れ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
これを春琴伝は記して汝等なんじらわらわを少女とあなどりあえて芸道の神聖をおかさんとするや、たとい幼少なりとていやしくも人に教うる以上師たる者には師の道あり
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
従ってこの真珠は、特許をおかして密造されたものになります。そして同時にその密造者は、養殖技術をも特許権の所有者から盗み出した事になるのです。
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
それを知りつつ出て来たのはラサ府に起ったやむを得ぬ事情のために出て来たので、私がダージリンで病気にかかったのもそういう危険をおかしたからです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
しかしたら、それは通り魔の様に、人間の心をかすめおかす所の、一時的狂気のたぐいででもあったであろうか。
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そして、ついにこのくににきて、金峰仙きんぷせんというやまのあることをいて、艱難かんなんおかして、そのやまにのぼりました。
不死の薬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
確かに無理とは思われたが、輜重しちょうの役などに当てられるよりは、むしろおのれのために身命を惜しまぬ部下五千とともに危うきをおかすほうを選びたかったのである。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
古来、仏教では「法をみだりにおかしたものは、その罪、死に値す」とまでいましめておりますが、この意味において、私もおそらく、死に値する一人でありましょう。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
またむかし武田勝頼たけだかつより三河みかわ長篠城ながしのじょうを囲み、城中しょくきもはや旬日じゅんじつを支え得なかった時、鳥居強右衛門とりいすねえもん万苦ばんくおかして重囲をくぐり、徳川家康とくがわいえやすまみえて救いを乞い
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
世界の大勢にもたてつき、わざと険をおかして辞せず、命をも賭けるほど熱情と真摯しんしと沈勇とがあります。
婦人も参政権を要求す (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
愛国心に燃ゆる吾々が、ある目的のため危険をおかす場合に演じる一幕は、役者が命がけでやっている芸なのですから、見物人が魂を奪われたって仕方がありますまい。
妖影 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
僕は高橋信造たかはししんぞうという姓名ですが、高橋の姓は養家のをおかしたので、僕の元の姓は大塚おおつかというです。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
額に水平にピストルの筒を当ててひきがねを引けばよかったものを、奇を好んで、てっぺんから垂直に打ちこんだため、弾丸たまは脳の中へはいって、笑いの中枢をおかしただけで
二重人格者 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
そうして間もなく無心に眠ってしまった。二人の姉共と彼らの母とは、この気味の悪い雨の夜に別れ別れに寝るのは心細いというて、雨をおかし水を渡って茶室へやって来た。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
十九年の十一月頃、ふと風邪ふうじゃおかされ、漸次ぜんじ熱発はつねつはなはだしく、さては腸窒扶斯チブス病との診断にて、病監に移され、治療おこたりなかりしかど、熱気いよいよ強くすこぶ危篤きとくおちいりしかば
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
彼は冒険好奇の人なり、そのみずから品題するや曰く、「吾が性は迂疎うそ堅僻けんぺきにして、世事において通暁する所なし。独り身を以て物に先んじ、以て艱を犯し険をおかすを知るのみ」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
或るものはあめれてち出立すべしと言ひしも、予等の予定よていは最初より風雨に暴露ぼうろせらるる十日間にわたるもあへいとはざるの决心なるを以て、断然だんぜんあめおかして進行しんかうすることとはなれり
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
どこに不忠の嫌疑をおかしても陛下をいさめ奉り陛下をして敵を愛し不孝の者をゆるし玉う仁君となし奉らねばまぬ忠臣があるか。諸君、忠臣は孝子の門に出ずで、忠孝もと一途である。
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
だのにあなたはこんな人生が、つかのまの満足のために危険をおかしてはならないほど大事なものだと、真顔まがおでわたしに説教なさるおつもりね。——わたし、もう幸福なんかどうでもいいの
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
造化は今のたいの弱みに乗じたるものならんか、いわゆる富士山頂の特有とも称すべき、浮腫ふしゅおかされ、全身次第にふくれて殆んど別人を見るが如き形相となりたり、この浮腫ふしゅということは
高下駄あしだ爪皮つまかわもなかった。小さい日和洋傘ひよりがさで大雨をおかして師のもとへと通った。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
一等運転手と船長がコンナ下らない議論をしているところへ、俺は危険をおかして梯子ラダを這い登って行った。船長は、真向いのセントエリアスの岩山に負けない位のゴツゴツした表情で云った。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
帝勇武を負い、毎戦あやうきをおかす、楡木川ゆぼくせんの崩、けだ明史みんしみて書せざるある也。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
文「さては噂に聞いたお町を助けし熊はこれなるか、しか遥々はる/″\越後から雨をおかして此の山奥まで尋ね来て、お町で無かった日にゃア馬鹿々々しいな、うかお町であってくれゝばいが」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼はまたその雨をおかして坂を上下したが、その日もとうとう見えなかった。
赤い花 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
走者は匆卒そうそつの際にも常に球の運動に注目しかかる時直ちに進んで険をおかし第二基に入るか退いて第一基に帰るかを決断しこれを実行せざるべからず。第二基より第三基に移る時もまたしかり。
ベースボール (新字新仮名) / 正岡子規(著)
こんなふうに手を貸してやるのはいまいましかったが、もうこの馭者とかかわりをもってしまったので、Kはそりのそばでクラムに不意打ちされる危険までおかして、馭者のいうことをきいた。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
「なるほどそれじゃ莫迦莫迦ばかばかしい。危険をおかすだけ損のわけですね。」
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
放蕩児ほうとうじの名をおかしても母がその最愛の長女を与えたことを逸作はどんなに徳としたことであろう。わたくしはただ裸子のように世の中のたつきも知らず懐より懐へ乳房を探るようにして移って来た。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そしておかすべからざる冷静沈著のうちに、やがてその一生を終った。
私は断片的になる危険をおかして一気に書き続けようと思う。
夏目先生の追憶 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)