便たより)” の例文
優しい親切な人で、「恭やん、淋しいことおへんか、田舎へ帰りとうおすやろ、お父つあんから便たよりおすか? ろても辛抱おし。」
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
その舌のもつれたような、便たよりのない声を、蚊のうなる中に聞きながら、私がうとうとしかけました時でした。そっと一人がゆすぶり起して
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
高野に汝あること風の便たよりに聞きしゆゑ、汝を頼みて戒を受け、さまを變へ、其上にて心安く都にも入り、妻子にも遇はばやとこそ思ふなれ
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
拙者主家しゅうかの御領分越後えちご高田たかたよりの便たよりによれば、大伴蟠龍軒似寄によりの人物が、御城下にきたりし由、多分越後新潟辺にるであろうと思われます
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それにつれなきは方様かたさま其後そののち何の便たよりもなく、手紙出そうにも当所あてどころ分らず、まさかに親子おいづるかけて順礼にも出られねばう事は夢にばか
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「わたしかい、何ね、少し頭痛がするものだから。——時候のせいだろうよ。——武男さんから便たよりがありましたか、浪さん?」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
とにもかくにも今一目見ずば動かじと始におもひ、それはかなはずなりてより、せめて一筆ひとふで便たより聞かずばと更に念ひしに、事は心とすべたがひて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
九郎右衛門や宇平からは便たより絶々たえだえになるのに、江戸でも何一つしでかした事がない。女子おなご達の心細さは言おう様がなかった。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その兄がいてからの賀古氏は、どれだけお寂しかったでしょう。晩年に主人や私へよくお便たよりを下さいましたのも、以前にはないことでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
彼は平岡夫婦を三年前の夫婦にして、それを便たよりに、自分を三千代から永く振りはなさうとする最後のこゝろみを、半ば無意識的につた丈であつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
豊雄は元より願うところであるが、「親兄弟おやはらからに仕うる身の、おのが物とては爪髪そうはつの外なし、何をろくに迎えん便たよりもなければ」
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
実にこの胸に眠っているものを、よる吹く風が遠い便たよりを持って来るようにお蔭で感じるといったのう。実に君は風の伝える優しい糸のだったよ。
此処はただ草のみ生ひて、樹はまれなれば月光つきあかりに、路の便たよりもいとやすかり。かかる処に路傍みちのほとりくさむらより、つと走り出でて、鷲郎が前を横切るものあり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
父の死後便たよりのない母親の辛苦心労を見るに付け聞くに付け、小供心にも心細くもまた悲しく、始めて浮世の塩が身にみて、夢の覚たような心地。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
源氏が須磨すまへ引きこもったうわさも、遠い国で聞いて、悲しく思いやらないのではなかったが、音信をする便たよりすらなくて
源氏物語:16 関屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
平仮名なれば、ごくごく低き所にて、めしやの看板を見分くる便たよりにもなるべきことなれども、片仮名にてはほとんど民間にその用なしというも可なり。
小学教育の事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「上田は家が岐阜だから、便たよりはないが、大方疎開してゐるだらう。疎開のおかげで、此方こつちもまアかうして居られるわけだ。何一ツ燒きやアしないよ。」
羊羹 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
がなんらの便たよりもない、彼は居ないのであろうかと疑ってみた、しかし確かに居る、今何かささやいているのを聴いた。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
小畑が熊谷からやって来るという便たよりがあったが、運わるく日曜が激しい吹き降りなので、郁治と二人といから雨滴あまだれが滝のように落ちる暗い窓の下で暮らした。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
女ながらも一念力! お照は声を便たよりにしっかと仙太の手を執りて、引揚げんとする時、後より這上らんとする男の、必死ともがく手頭てさきにむずと袂を掴まれたり。
片男波 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
いよ/\一室をてらさば吾が身上のこらずのちからつくしてもとむべし、なかだちして玉はるべしといひしが、そのゝちなにの便たよりもなくてやみぬ、空言そらごとにてありしと思はる云云。
たとい一物を買わずとも散策運動の便たよりとなり、地方繁栄の外観をも増すが常なるに、わが邦にはかかる無謀の励行で寂寥たる資材をますます貧乏せしむるも怪しむべし。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
だが、母もマリヤもおれがこう踠死もがきじにに死ぬことを風の便たよりにも知ろうようがない。ああ、母上にもう逢えぬ、いいなずけのマリヤにもう逢えぬ。おれの恋ももう是限これぎりか。
一日散歩のついで、吾友の上をおもひつゝ、かの猶太廓ゲツトオに入りぬ。若し期せずして其人に逢はゞ、我友の怒をはら便たよりにもならんとおもひき。されど我は彼翁をだに見ざりき。
ここより遠からねば、此の小休をやみに出で侍らんといふを、五六あながちに此のかさもていき給へ。五七いつ便たよりにも求めなん。雨は五八更にみたりともなきを。さて御住ひはいづぞ。
三人で甲板へ出て、来る日も来る日も魚の便たよりを待ったが、そうなっては雑魚もかからない。
重吉漂流紀聞 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
出たぎりかう便たよりもないゆゑ私しも兄弟きやうだいじやうにて今頃は何國いづくに何をして居けるやら行當り爲撥ばつたりしにはせぬかなどと案じて見たが其後三年ばかり立と不※ふと讃岐さぬきの丸龜より書状しよじやうが屆いたゆゑ夫を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「前野氏にも、知らせとうはござるが、前野氏の麹町の住居までは、よほどの道程でござる。もう、初更も過ぎているほどに、知らすべき便たよりはござらぬ。前野氏には、この次のおりもござろう」
蘭学事始 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
自分で書いたらしい首人形のついた絵葉書に京子からこんな便たよりがあった。
千世子(二) (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
どんな美しい使者をでも、悪い便たよりみにくく見せる。
こゝもとはおもふ便たより須磨すまの浦 猿雖えんすい
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
便たよりもてきぬ、うれしきふみを。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
「加州は百万石の城下だからまた面白い事もあろう、素晴しい事が始まったら風の便たよりにお聞きなさいよ。それじゃあ、あの随分ねえ。」
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鹽「いや屋敷奉公をすると便たよりが出来ん、殊にお前の為めにならんから、こりゃ多助、此の親は仮の親と心得て、沼田のおとっさんに孝行をしろ」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
さて抽斎が弘前にいる間、江戸の便たよりがあるごとに、必ず長文の手紙が徳から来た。留守中の出来事を、ほとんど日記のようにくわしく書いたのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
彼は平岡夫婦を三年前の夫婦にして、それを便たよりに、自分を三千代から永く振り放そうとする最後の試みを、半ば無意識的に遣っただけであった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「上田は家が岐阜だから、便たよりはないが、大方疎開しているだろう。疎開のおかげで、此方こっちもまアこうして居られるわけだ。何一ツ焼きゃアしないよ。」
羊羹 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
翌日果して熱海より便たよりはありけれど、わづかに一枚の端書はがきをもて途中の無事と宿とを通知せるに過ぎざりき。宛名は隆三と貫一とを並べて、宮の手蹟しゆせきなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
何を便たよりに尋ぬべき、ともしびの光をあてに、かずもなき在家ざいけ彼方あなた此方こなた彷徨さまよひて問ひけれども、絶えて知るものなきに、愈〻心惑ひて只〻茫然と野中のなかたゝずみける。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
今は汽車の便たよりありて深谷ふかやより寄居に至る方、熊谷より寄居に至るよりもやや近ければ、深谷まで汽車にて行き越し、そこより馬車の便りをりて寄居に至り
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
これは手段なのである、自分では手段でありながらも人には知られぬ手段である。彼はこの手段には成功を期したが格子戸の処まで達してもなんらの便たよりもない。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
いよ/\一室をてらさば吾が身上のこらずのちからつくしてもとむべし、なかだちして玉はるべしといひしが、そのゝちなにの便たよりもなくてやみぬ、空言そらごとにてありしと思はる云云。
又生きてゐるものなら、途中から何等かの便たよりがありさうなものである。しかし金も持つて行つた形跡もなければ、あらかじめさうした予定があつたらしい痕跡も残つてゐない。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
その内に、父が亡くなったから暫く田舎へ行きます、という便たよりがはつからあったので、それもよかろう、あの目の悪い人と東京で暮すのでは骨が折れようからと思いました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
千々岩は早くこの将軍の隠然として天下に重き勢力を見ぬきたれば、いささかの便たよりを求めて次第に近寄り、如才なく奥にも取り入りつ。目は直ちに第一の令嬢浪子をにらみぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「いや知らすべき便たよりがないとは、限り申さぬ。本石町の木戸ぎわには、さだめし辻籠がいることでござろう。手紙を調しつらえ、辻籠の者に置き捨てにいたさすれば、念がとどかぬことはござるまい」
蘭学事始 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
体好く書生にされて私は忌々いまいましくてならなかったが、しかし其でも小狐家おぎつねけを出て了う気にはならなかった。初のうちは国元へも折々の便たよりに不平を漏して遣ったが、其ものちにはふつと止めて了った。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
草枕はるけき旅路のいたはりにもあらで、一九観念修行くわんねんしゆぎやう便たよりせしいほりなりけり。
文明の教育稍々ややあまねしといえども、中年以上のおもなる人は迚も洋学の佳境に這入はいることは出来ず、なんか事をはかり事を断ずる時には余儀よぎなく漢書を便たよりにして、万事ソレから割出すと云う風潮の中に居て
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
とらへ又は目顏めがほにて知らせけるに兩親は只一人の娘なればあしき蟲でもついてはならずと心をくばり母は娘のそばはなれぬやうにする故何分なにぶん云寄いひよる便たよりなく源八は種々しゆ/″\心をつくしけるが或時あるとき下男の與八と云者いふものに酒を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)