上下うえした)” の例文
雪国のならいとして、板屋根には沢山の石が載せてあるので、彼は手当てあたり次第に取って投げた。石のつぶてと雪の礫とが上下うえしたから乱れて飛んだ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
北をさすを、北から吹く、逆らう風はものともせねど、海洋のなみのみだれに、雨一しきり、どっと降れば、上下うえしたとびかわり、翔交かけまじって
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
女は上下うえしたともまっ白な着物で、たいへん美しい。三四郎は生まれてから今日に至るまで西洋人というものを五、六人しか見たことがない。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
四ん這いになってマン・ホールを覗き込んでいる男の顔と、黒い水に浮ぶ夢の様な女の顔とが、上下うえしたでじっと目を見合せていた。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と、その顔が充血して、もっと可愛らしく見えるんですがね、その顔を上下うえしたへコクコクして、そうして『アッ、アッ、アッ』と云うのです。
奥さんの家出 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
近づいた時、ひとみを大きくして見ると、侍だ。はっきり姿の見えない筈、上下うえした黒ぞっきの着流しに、顔まで眉深まぶかなお十夜頭巾じゅうやずきん
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うっすりとあるかなきかのまゆの下にありあまる肉をかろうじて二三上下うえしたに押し分けつつ開きし目のうちいかにも春がすみのかけたるごとく
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
すると、くろいうさぎが、ちいさなあたま上下うえしたうごかしながら、せきをしたのです。ひとたちは、はらかかえてわらいました。
うさぎと二人のおじいさん (新字新仮名) / 小川未明(著)
内供は横になって、鼻を床板の上へのばしながら、弟子の僧の足が上下うえしたに動くのを眼の前に見ているのである。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
鼻は尖つて、干からびた顔の皮は紙のやうになつて、深く陥つた、周囲まはりの輪廓のはつきりしてゐる眼窩がんくわは、上下うえしたの瞼が合はないので、狭い隙間をあらはしてゐる。
板ばさみ (新字旧仮名) / オイゲン・チリコフ(著)
その不可思議な眼は、彼の手の中でとてもぎらぎらと光って、さかしげに彼の顔を見上げて、上下うえしたまぶたさえあれば、ぱちくりとでもやりそうな様子に見えました。
為に黒田勢三百余忽ち討たれて少しくしりぞくのを、忠之怒って、中白上下うえしたに紺、下に組みの紋ある旗を進め励ます。睡鴎は然るに自若として牀に坐して動こうとしない。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
白絹のように白い月の光には、恋に狂うの群が舞踊していた。池の面にはかすかな閃光せんこうが浮び、ぴたぴたとを立てて、上下うえしたに浮き沈みした。だが今でも分らないんだ。
... 造ってそれを鍋に入れて上下うえしたへ火を置けば牛肉のロースも出来るし大概な西洋菓子も出来る」大原
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ちゃんと立派なくら手綱たづながついていて、そのまま乗れるようになっているのです。そのそばの壁には、こしらえたばかりの立派な服が、上下うえしたそろえてくぎにかけてありました。
黄金鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
品夫は作りつけの人形のように伏せていた長いまつげを、静かに二三度上下うえしたに動かすと、パッチリと眼を見開いた。そうして黒い瞳を空虚うつろのようにみはりながら、仄暗ほのくらい座敷の天井板を永い事見つめていた。
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
街を上下うえしたおおあばれ
まざあ・ぐうす (新字新仮名) / 作者不詳(著)
はし上下うえした
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
乱れて咲いた欄干のたわわな枝と、初咲のまましおれんとする葉がくれの一輪を、上下うえしたに、中の青柳は雨を含んで、霞んだたもとを扇に伏せた。——
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
長い足を楽に延ばして、それを温泉の中で上下うえしたへ動かしながら、とおるもののうちに、浮いたり沈んだりする肉体の下肢かしを得意に眺めた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「あたしね、おとうさま、おとうさまてばヨウおとうさま」と振り分け髪はつかまりたる中将の膝を頡頏台はねだいにしてからだを上下うえしたに揺すりながら
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
根の所で、きたない黄いろになっている髯も、それにつれて上下うえしたへ動く、——それが如何にも、見すぼらしい。
仙人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
忍剣はこおどりして見まわすと、そこに、思いがけない美少女がみをふくんで立っている。少女の足もとには、なぞのような黒装束くろしょうぞく上下うえしたがぬぎ捨てられてあった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
からだ左右さゆうするのは、うれしいかんじをあらわすことであり、あたま上下うえしたうごかすのは、なにかべるものをしいというこころしめすものだということは、見物けんぶつにもわかったのであります。
白いくま (新字新仮名) / 小川未明(著)
ターツは今のペースを上下うえしたへ敷いてひらたく焼いた菓子です。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「貴方、到頭大島が出来たわ。上下うえした揃ってよ。」
大島が出来る話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
土手の道哲の地内じないに、腰衣で土に坐り、カンカンと片手でかねを、たたき、たたき、なんまいだなんまいだなんまいだ、片手は上下うえしたに振っている。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「それじゃ、君はこの穴のふちつたって歩行あるくさ。僕は穴の下をあるくから。そうしたら、上下うえしたで話が出来るからいいだろう」
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やがて日落ちて黄昏たそがれ寒き風の立つままに、二片ふたつの雲今は薔薇色ばらいろうつろいつつ、上下うえしたに吹き離され、しだいに暮るる夕空を別れ別れにたどると見しもしばし
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
黄色い芭蕉布ばしょうふすすけた紙の上下うえしたをたち切った中に、細い字で「赤き実とみてよる鳥や冬椿」とかいてある。小さな青磁の香炉が煙も立てずにひっそりと、紫檀の台にのっているのも冬めかしい。
老年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
素気すげなきカーフの背を鈍色にびいろに緑に上下うえしたに区切って、双方に文字だけをちりばめたのがある。ざら目の紙に、ひんよく朱の書名を配置したとびらも見える。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
続き、上下うえしたにおよそ三四十枚、極彩色の絵看板、雲には銀砂子、ふすま黄金箔きんぱく、引手に朱のふさを提げるまで手をめた……芝居がかりの五十三次。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一言ずつ、呼気いきくと、骨だらけな胸がびくびく動く、そこへ節くれだった、爪の黒いてのひらをがばと当てて、上下うえしたに、調子を取って、声を揉出もみだす。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「こりゃ空気が悪い。毒だ。少しけよう」と上下うえした栓釘ボールトを抜き放って、真中の円鈕ノッブを握るや否や、正面の仏蘭西窓フランスまどを、ゆかを掃うごとく、一文字に開いた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
髪はかささぎの尾のごときもののね出でたる都髷みやこまげというに結びて、歯を染めしが、ものいう時、上下うえしたの歯ぐき白く見ゆる。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
甲野さんは上下うえしたへ手を掛けて、総体を煖炉のそばまで持って来たが、やがて、無言のままんだ。重なるものは主人公の手を離るると共に一面にくずれた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この月二十日の修善寺の、あの大師講の時ですがね、——お宅のそば虎渓橋こけいばし正面の寺の石段の真中まんなかへ——夥多おびただし参詣さんけいだから、上下うえした仕切しきりがつきましょう。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分もとうとうこの御仕着おしきせを着る始末になったんだなと思いながら、かすりを脱いで上下うえしたとも紺揃こんぞろいになった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その上下うえしたに巻いて廻るのを、蛇が伝う、と見るとともに、車麩がくるくると動くようで、因果車がうねって通る。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
御作さんはおよごしになって、障子しょうじの前に取り出した鏡台を、立ちながらのぞき込んで見た。そうして、わざとくちびるを開けて、上下うえしたとも奇麗きれいそろった白い歯を残らずあらわした。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
次の六畳の真中の、耳盥みみだらいから湧くように、ひらひらと黒い影が、鉄漿壺を上下うえしたに二三度伝った。黒蜻蛉くろとんぼである。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それが一直線に暗い中を上下うえしたに揺れつつ代助の方にちかづいて来るのが非常に淋しく感ぜられた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
聞分ききわけもなく織次がそのたもとにぶら下った。ながしは高い。走りもとの破れた芥箱ごみばこ上下うえしたを、ちょろちょろと鼠が走って、豆洋燈まめランプ蜘蛛くもの巣の中にぼうとある……
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ミルクホールに這入はいる。上下うえした硝子ガラスにして中一枚をとおしにした腰障子こししょうじに近くえた一脚の椅子いすに腰をおろす。焼麺麭やきパンかじって、牛乳を飲む。懐中には二十円五十銭ある。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この根際ねぎわひざをついて、伸上のびあがっては挽き下ろし、伸上っては挽き下ろす、大鋸の歯は上下うえしたにあらわれて、両手をかけた与吉の姿は、鋸よりも小さいかのよう。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
上着と下着と長襦袢ながじゅばんと重なり合って、すぽりと脱ぎ捨てられたまま、畳の上にくずれているので、そこには上下うえした裏表うらおもての、しだらなく一度に入り乱れた色のかたまりがあるだけであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そして何よ、ア、ホイ、ホイ、アホイと厭な懸声がよ、火の浮く時は下へ沈んで、火の沈む時は上へ浮いて、上下うえした底澄そこずんで、遠いのが耳について聞えるだ。」
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
唇の薄い割に口の大きいのをその特徴の一つとして彼は最初からながめていたが、美くしい歯をき出しに現わして、潤沢うるおいゆたかな黒い大きな眼を、上下うえしたまつげの触れ合うほど、共に寄せた時は
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただその上下うえした装束そうぞくにも、支度の夜は丑満うしみつ頃より、女紅場じょこうばに顔を揃えて一人々々沐浴ゆあみをするが、雪のはだえも、白脛しろはぎも、その湯は一人ずつべにを流し、白粉おしろい汲替くみかえる。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
道義心と利害心が高低こうていを描いて彼の心を上下うえしたへ動かした。するとその片方に温泉行の重みが急に加わった。約束を断行する事は吉川夫人に対する彼の義務であった。必然から起る彼の要求でもあった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)