“陸奥:みちのく” の例文
“陸奥:みちのく”を含む作品の著者(上位)作品数
吉川英治10
中里介山4
泉鏡太郎3
泉鏡花3
芥川竜之介3
“陸奥:みちのく”を含む作品のジャンル比率
社会科学 > 風俗習慣・民俗学・民族学 > 伝説・民話[昔話]6.7%
文学 > 日本文学 > 小説 物語0.8%
文学 > 日本文学 > 詩歌0.5%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
陸奥みちのく真野まぬ草原かやはらとほけども面影おもかげにしてゆとふものを 〔巻三・三九六〕 笠女郎
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
このほか、さきには陸奥みちのく、越後、硫黄島へまで流された僧侶もあるから、宮方加担の僧はほとんど根絶されたといっていい。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
——木曾、中山道なかせんどうから江戸へと志して、その江戸にはいること僅か数日で、再び陸奥みちのくの旅へ去った彼であった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これは不来方城はんの鐘楼から、幾百年来同じ鯨音おと陸奥みちのくそらに響かせて居る巨鐘の声である。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「じゃあ、将門。自重してくれ。——陸奥みちのくの帰りには、また、きっと寄る。冬を越えて、来年になるだろうが、必ず、立寄るから」
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし陸奥みちのくゆえに、夏草の上をかすめて夕陽を縫いながら吹き渡る風には、すでに荒涼こうりょうとして秋の心がありました。
これも奥の方は、陸奥みちのくと同じく、久しく異民族住居の化外の地で、これを出端いではしと言つたのであらう。
津軽 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
さきに、顕家と別れて、この吉野へ来ておられた義良よしなが親王は、そのため三たび、陸奥みちのくの任へ就いてくことになった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれど、一昨年ぶらりとお姿を見せ、陸奥みちのくの戻りにはまた、立ち寄るようなことをいわれていたという話に、
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
書紀によると、日本では、推古すいこ天皇の三十五年春二月、陸奥みちのくで始めて、むじなが人に化けた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その果てが、もつれに一そう、もつれを深め、相互、「かくてはらちもあかじ」とばかり、ついに陸奥みちのくの火の手になったものだという。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
親王は七ツ、顕家もまだ十六のときから、この幼い君臣は、朝廷を代表して、陸奥みちのくの遠くへ赴任し、多年風雪の苦を共にしてきたのである。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大伴家持は、天平感宝元年五月十二日、越中国守の館で、「陸奥みちのく国よりくがねを出せる詔書をことほぐ歌一首ならびに短歌」を作った。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
それを語っている旅びとは陸奥みちのくから戻って来た金売かねうりの商人あきうどであった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「その下の乳呑みは、鞍馬へ追いあげられ、稚子ちごとなっていたそうじゃが、いつの間にやら、それも巣立ちして、陸奥みちのくへ逃げ走ってしもうたとか」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
などと聞く陸奥みちのくに、そんな所があろうわけはないと、頭から嘘にしてしまうのであった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
野州から陸奥みちのくにつづく大きい平原は、大きい夜の底に墓場のように静かに眠っていた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
磐城の連山の雲霧の彼方かなたに、安達ヶ原がある、陸奥みちのくのしのぶもじずりがある、白河の関がある、北海の波に近く念珠ねずせきもなければならぬ。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
表高おもてだかは、六十余万石だが、内容は百万石以上もある陸奥みちのくの大藩)
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「天晴れぞや。——俊二郎とやら、陸奥みちのくの秋風はまたひとしお身にしみる喃」
後柏原ごかしわばら天皇大永たいえい年間、陸奥みちのく一円にかくれなき瀬越の何がしという大賊、仙台名取川なとりがわの上流、笹谷峠ささやとうげの附近に住み
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そして背には負仏おいぼとけを納めた箱一つ、これは陸奥みちのくの端より佐渡ヶ島、特に佐渡ヶ島には法縁が豊かであったと見えて、幾多の堂宮、仏体、巻軸が残っている。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
立って北上川及びその彼方かなた、漠々と連なる陸奥みちのくの平野を見ているうちに、白雲は旅心濛々りょしんもうもうとして抑え難く、やがて大きな声をあげて歌い出しました。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
頼朝よりとも公と不和になられた義経よしつね公が、弁慶べんけい亀井かめい伊勢いせ駿河するが常陸坊ひたちぼうの四天王を引きつれて陸奥みちのくへ下向される。
津軽の豪族、安藤季長あんどうすえなが、安藤五郎、ほかすべての一族同士が、各〻、伝来受領じゅりょうの領域を争いあい、ついに陸奥みちのく一帯に布陣し出したということだった。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
陸奥みちのくに友は死につつまたたきのひまもとどまらぬ日の光かなや
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
一旦は船へ戻るとしても出直して、北上の竿頭かんとうさらに一歩を進めて、陸奥みちのくくがの果てなる恐山——鬼が出るか、じゃが出るか、そこまで行って見参したいものだな。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
業平なりひら朝臣あそん実方さねかたの朝臣、——皆大同小異ではないか? ああ云う都人もおれのように、あずま陸奥みちのくくだった事は、思いのほか楽しい旅だったかも知れぬ。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
不死人は、妓たちを、駒に乗せ、自分も馬の背にまたがり、陸奥みちのく商人あきゅうどが国へ帰るものととなえて——手下の禿鷹、蜘蛛太、穴彦などに馬の口輪を持たせ、都から東海道を下って行った。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
娘は陸奥みちのくに落ちて来て、尼となった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
中国を征し、九州を略し、四国を治め、陸奥みちのくつとも、それのみで、かみ朝廷を安んじ奉り、四民を和楽せしめ、しかも次の文化の建設、世々の隆昌のいしずえがすえられるとはいえません。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この歌のうたうとおり、蔵王山は、陸奥みちのくを二つに分けているのであって、一方は日本海、一方は太平洋に面しているわけである。そこでこの山が、冬山に遊ぶ人々の聖地になった理由をのべることにしよう。
樹氷の科学 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
奥羽の藤太と豊後の小五郎とが、もと一つ筋の譚から分岐した兄弟であることは何人も疑わないところであろうが、それが黄金花咲く陸奥みちのくから起って、遠く九州くんだりまで飛んで行ったと解する必要はない。
陸奥みちのく塩竈しほがまの景色を写したので名高いあの東三条の河原院に、夜な/\現はれると云ふ噂のあつたとほるの左大臣の霊でさへ、大殿様のお叱りを受けては、姿を消したのに相違ございますまい。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
……ときなびきかゝるくもいうなるさへ、一てん銀河ぎんが髣髴はうふつとして、しかも、八甲田山かふださん打蔽うちおほふ、陸奥みちのくそらさびしかつた。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
山上憶良の言い草ではないが、白銀しろがね黄金こがねたまとを人間第一の宝として尊重せられた奈良の御代において、陸奥みちのくから黄金が発見されたと聞いては、我も我もとその宝の山に分け入りたくなる。
かしここそ陸奥みちのくざかひ、
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
かの陸奥みちのくの野に住めり
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
夏の休みを陸奥みちのく
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
形見の名箏と、名剣を守って、賢吾氏が一人さびしく朱絃舎の門標のある家に残っているのを見ると、彼女が娘であって、わたしが陸奥みちのくの山里にいたころ、毎日毎日、歌日記をよこしてくれて、ある日、早いはぎの花を封じこめ
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
金十郎はいちどは手の中にあった、大切なものを取り落したことに気がついて愕然がくぜんとし、こく切れから、お暇勝手次第の触れが出たのを幸いに、御役ご免を願い、すぐにも陸奥みちのくに下るつもりで、そうそうに江戸へ帰った。
奥の海 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
やがては、いま安土に醗酵はっこうしつつある生気溌剌はつらつたる新文化が、東国をも陸奥みちのくの果てをも、また北陸や中国九州までも、満潮みちしお干潟ひがたひたしてゆくように、余すところなくみなぎってゆくであろう。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
身不肖にして小藩に人となり、田舎まわりの乞食絵かきのようなザマはしているが、いまかつて折助風俗に落ちた覚えはないのに、陸奥みちのくはてへ来て、しかも子供の口から、こういったあざけりをあてつけられようとは、あさましい。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「まだ家がほしいと思ったことはありません。それよりも、九州の果て、長崎の文明、また新しい都府と聞くあずまの江戸、陸奥みちのく大山たいざん大川たいせんなど——遠い方にばかり遊心が動いています。生れながら私には、放浪癖があるのかもわかりません」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こうした政治的・地理的な事実が背景となっていたため、西は九州、東は信州・北陸から関東・陸奥みちのくにかけ、常に連絡も取れたし、それに北条氏討伐御計画の頃、護良もりなが親王の令旨は全国に飛んでいるので、地方には最後まで吉野朝に味方した豪族が多くあった。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
後に至って政宗方との領分争いに、安達ヶ原は蒲生領でも川向うの黒塚というところは伊達領だと云うことであった時、平兼盛の「陸奥みちのくの安達か原の黒塚に鬼こもれりといふはまことか」という歌があるから安達が原に附属した黒塚であると云った氏郷の言に理が有ると認められて
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
興に乗らないのみならず、右の青年武士は、その「永徳」とは何だと反問して、豊臣時代の狩野かのうの画家の名であることを知り、今日のこの時勢に、一枚の絵を見ようとして、陸奥みちのくまで出かける閑人ひまじん……一人の画工にあこがれて、千里を遠しとせざる愚物が存することを冷笑しました。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
汽車きしやこゝろざひとをのせて、陸奥みちのくをさしてくだく——れかゝる日暮里につぽりのあたり、もり下闇したやみに、遅桜おそざくらるかとたのは、夕靄ゆふもやそらきざまれてちら/\とうつるのであつた。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
が、中に一人、眼だつて事ありげに見えたのは、先年陸奥みちのくの戦ひに餓ゑて人の肉を食つて以来、鹿の生角いきづのさへ裂くやうになつたと云ふ強力がうりきの侍が、下に腹巻を着こんだ容子で、太刀を鴎尻かもめじりらせながら、御縁の下にいかめしくつくばつてゐた事でございます。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そしてその歌の、「陸奥みちのくのあさかの沼の花がつみかつ見る人に恋やわたらむ」の花ガツミはマコモ、すなわち真菰まこもの花をしたもので、なんらこのハナショウブとは関係はないが、園養のハナショウブを美化びかせんがために、いてこの歌を引用し、付会ふかいしているのは笑止しょうしの至りである。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
白河しらかははやがて、きしきるかはづこゑ、——かはづこゑもさあとひゞく——とゝもに、さあとる、ながれおとわかるゝごとく、汽車きしやあだかあめ大川おほかはをあとにして、また一息ひといきくら陸奥みちのくしづむ。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)