たくまし)” の例文
その事なれば及ばずながら、某一肢の力を添へん。われ彼の金眸きんぼう意恨うらみはなけれど、彼奴きゃつ猛威をたくましうして、余の獣類けものみだりにしいたげ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
私はあへてそれを試みた。そして其間に推測をたくましくしたには相違ないが、余り暴力的な切盛きりもりや、人を馬鹿にした捏造ねつざうはしなかつた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
だから師匠はやはり発句の中で、しばしば予想をたくましくした通り、限りない人生の枯野の中で、野ざらしになつたと云つて差支へない。
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
なんだか運命の威力というものも常にすまっている処でなくては、人の心の上に抑圧をたくましゅうする事が出来ないのではないかとさえ思われた。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
かつてはそこで弁信法師と共に、業火に焼けるわが家の炎をながめながら、一流の強弁をたくましうして、弁信と論じ合ったところ。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いわんや爾は海外の小邦、高麗の附国、之を中国に比すれば一郡のみ。士馬芻糧万分に過ぎず。螳怒是れたくましうし、鵝驕不遜なるがごときだに及ばず。
岷山の隠士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あかつきの夢にその面影を見かけたといったとしても、誰がそれを過度の空想をたくましうしたものといってむげに非難し得るであろう。
けだしこの運命は恐らくは優人自身といへども予知せざる所。吾人何んぞ今にして其前途のために小心なる妄想をたくましくせんや。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
有松氏はずつと前から、自分の管内にさういふ忠実まめな狗が居る事を自慢にしてゐた。で、その日も出迎への俥の先に蹲踞かいつくばつてゐるたくましい狗を見ると
一層不思議なのは、此遭遇の記念が僕の頭の中で勢をたくましうして来て、一夜水に漬けて置いた豆のやうにふやけて、僕の安寧を奪ふと云ふ一事である。
壓制あつせい僞善ぎぜん醜行しうかうたくましうして、つてこれまぎらしてゐる。こゝおいてか奸物共かんぶつども衣食いしよくき、正義せいぎひと衣食いしよくきうする。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
あの、さきへ立って、丸太棒をついた、その手拭てぬぐいをだらりと首へかけた、たくましい男でがす。奴が、女﨟の幽霊でねえか。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この事情にしたがっ維新いしんの際に至り、ますます下士族の権力をたくましうすることあらば、或は人物を黜陟ちゅっちょくし或は禄制ろくせいを変革し、なおはなはだしきは所謂いわゆる要路の因循吏いんじゅんりを殺して
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
非常識にまで豪胆ごうたんであり、いかに無人の境をくような猛暴をたくましうしたかは、この、犯行の場所を選ぶ場合の彼の病的な無関心だけでも、遺憾いかんなくうかがわれよう。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
種々に空想をたくましうしたが、未だ其人をさへ見た事の無い身の、完全にそれを断定することが何うして出来よう。つひに思切つて、そして帰宅すべく家路に就いた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
真実しんじつ外国干渉のうれいあるを恐れてかかる処置しょちに及びたりとすれば、ひとみずから架空かくう想像そうぞうたくましうしてこれがために無益むえき挙動きょどうを演じたるものというの外なけれども
わたくしは、毒に報いるのには毒を以てしたいと思ひます。陰謀に報いるには、陰謀を以てしたいと思ひます。相手が悪魔でも恥ぢるやうな陰謀をたくましくするのですもの。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
だから先がどれほどうまく論理的に弁論をたくましくしようとも、堂々たる教頭流におれを遣り込めようとも、そんな事は構わない。議論のいい人が善人とはきまらない。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
然れども彼等はこと/″\暴戻ばうれい悪逆なる者のみにあらず。悉く兇横なる暴威をたくましうする者のみならず。中にはわが枕頭に来つて幼稚なる遊戯をなしつ禧笑きせうする者もあるなり。
松島に於て芭蕉翁を読む (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
量の増加につれて、主義、理想、正義等はことごとく多数者の為に没却せられてしまふ。政治上の種々なる党派は常に虚偽と欺瞞と狡猾と陰謀をたくましうして相互の主権を争つてゐる。
少数と多数 (新字旧仮名) / エマ・ゴールドマン(著)
今日ではもっぱら知力を用いて相互に呑噬どんぜいたくましうするよりほかなき境遇にいたったのである。
脳髄の進化 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
俳句界は一般に一昨年の暮より昨年の前半に及びて勢をたくましうし後半はいたく衰へたり。わが短歌会は昨年の夏より秋にかけていちじるく進みたるが冬以後一頓挫とんざしたるが如し。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
詭弁きべんたくましくせし時に彼れは之を難詰して許さゞりき、彼は世の称讃する大家先生の前に瞠若たるものに非らず、彼れは自らの力を信ぜしかば、容易に他人に雷同せざりし也。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
同く慇懃いんぎんに会釈はすれど、疑も無く反対の意を示せる金壺眼かなつぼまなこは光をたくましう女の横顔を瞥見べつけんせり。静にしたる貫一は発作パロキシマきたれる如き苦悩を感じつつ、身を起して直行ただゆきを迎ふれば
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ただ攘夷を口実としてその野心をたくましうせんとする浮浪に非ず。彼が攘夷は敵愾心てきがいしんの凝結したるものにして、その立意誠実にして、また一種の経綸ありしや、また決して疑を容れず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
慾心も時に威をたくましうするあり、余のかく不幸に陥りしは或はこれらのためならんか…………………………………………………………………………………………………………………………ママ
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
これそもそも人心の奇を好むによるかたその間必然の理勢ありて存するか流行の勢は滔々とうとうとして氾濫の力をたくましくし下土を水にし陵谷をべきにし天下を挙げて深淵に溺没せざるものは幾稀矣ほとんどまれなり
史論の流行 (新字旧仮名) / 津田左右吉(著)
人心噪然そうぜんとしてたださえ物議の多い世の様、あらぬ流言蜚語りゅうげんひごたくましうする者の尾に随いて脅迫ゆすり押込おしこみ家尻切やじりきり市井しせいを横行する今日このごろ、卍の富五郎の突留めにはいっそうの力を致すようにと
百戦孤城力支へず 飄零いずれの処か生涯を寄せん 連城且擁す三州の地 一旅俄に開く十匹の基ひ 霊鴿れいこう書を伝ふ約あるが如し 神竜海をみだす時無かる可けん 笑ふ他の豎子じゆし貪慾たんよくたくましふするを
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
しかしてその中で一番世人の蒙を啓きたいことはハスの花も葉もその真相がよく分らず、またその根を総ていわゆる蓮根だと思い違えて居り、否なむしろ見ずして空想をたくましうして居ることであります。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
お前は長い間己の境界に、吸引の力をたくましゅうして
俊助は大井に頓着とんちゃくなく、たくましい体を椅子いすから起して、あの護謨ごむの樹の鉢植のある会場の次の間へ、野村の連中を探しに行った。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
女をつかまへたら、力一杯それを引き着けてゐなければならない。女は筋肉のたくましい男の腕の上でのみねむる事が出来る。
わたくしは、毒にむくいるのには毒をもってしたいと思います。陰謀に報いるには、陰謀を以てしたいと思います。相手が悪魔でも恥じるような陰謀をたくましくするのですもの。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
さん豺狼さいろう麋鹿びろくおそれ従はぬものとてなかりしかば、虎はますます猛威をたくましうして、自ら金眸きんぼう大王と名乗り、数多あまた獣類けものを眼下に見下みくだして、一山万獣ばんじゅうの君とはなりけり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
諧謔かいぎやくたくましふすべき目的物たるに過ぎざりしなり、彼等は愛情を描けり、然れども彼等は愛情を尽さゞりしなり、彼等の筆に上りたる愛情は肉情的愛情のみなりしなり
内部生命論 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
自分はいよ/\空想をたくましうして、其村、その静かな山の中の村に一度は是非行つて見度いと、其頃から自分の胸はその山中の一村落に向つて波打なみうちつゝあつたので……。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
国と国が争う時には、幾万の人の命が犠牲になるではないか……自然が威力をたくましうした時、おびただしい人畜を殺すこともあるではないか。誰が国と自然との罪を責める?
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
余は高いこの影を眺めて、いつの間にか万里の長城に似た古迹こせきそばでも通るんだろうぐらいの空想をたくましゅうしていた。すると誰だかこの城壁の上を駆けて行くものがある。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自家の空想をたくましうし、例えば動植物生々の理、地球の組織又その天体との関係、化学のはたらきは果していずれの辺にまで達すべきや、宇宙勢力の原則は果してすでに定まりたるやいな
人生の楽事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
これよりさき、相貌堂々として、何等か銅像のゆるぐがごとく、おとがいひげ長き一個の紳士の、にぎりしろがねの色の燦爛さんらんたる、太くたくましステッキいて、ナポレオン帽子のひさし深く、額に暗きしわを刻み
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どの牛を見ましてもそのたくましさは驚かれるばかりでございましたが、いよいよ最終の競技となって、宮廷闘牛の現われました時には、その巨大おおきさと獰猛さに、見物はすっかり気を呑まれて
闘牛 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
らずらずの間に、私の想像力がたくましうして、無中むちゆういうを生じた処も無いには限らない。しかし大体の上から、私はかう云ふことが出来ると信ずる。私の予想は私を欺かなかつた。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
しこうして彼れ聴かざるのみならず、かえってその兇威きょういたくましうし、外交事迫るの後既に朝廷に分配したる権力すら、再び幕府に回収せんと欲するを見る。彼この時においていずくんぞ遅疑ちぎせんや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
の中に愛憎の念を挾み、妬評とひやう諛評ゆひやう、悪言罵詈ばりたくましくし、若しくは放言高論高く自ら標し、己を尊拝して他人を卑しみ、胸中自家の主義を定めて人を上下するが如き者奚ぞ批評の消息を解せん。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
京に江戸にその勢力をたくましうするに至りぬ。
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
が、大井はまるでお藤の存在には気がつかなかったものと見えて、たくましい俊助の手に背中を抱えられながら、口一つかずにその前を通りすぎた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
特に大に好事心をたくましうせんとしてその方法を得ざるがごとき境遇に際することもあらんには、むかし/\明治二十六年十一月十一日、慶應義塾にて云々うんぬんの演説を聴きしこともありと
人生の楽事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
小鼻の左右に展開した、一銭銅貨くらいの眼をつけた、毬栗頭いがぐりあたまにきまっていると自分で勝手にめたのであるが、見ると考えるとは天地の相違、想像は決してたくましくするものではない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼はもっぱら威福をたくましうせり、しかれども威福を逞うせんがためにしかするにあらず、政権の分裂をふさぎ、主権の統一を幕府に占めずんば、天下の事決して為すべからざるを信じたるがためのみ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)