へつら)” の例文
「お追従ついしょうは止して下さい。ひとりの姜維を得たとて、街亭の大敗はおぎなえません。いわんや失った蜀兵をや。へつらいは軍中の禁物です」
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
へつらつてもらはなくちやならない——音樂にダンスに交際社界がなくちやならない——でなければがつかりして滅入めいり込んでしまふ。
さるにても暢気のんき沙汰さたかな。我にへつらい我にぶる夥多あまたの男女を客として、とうとき身をたわむれへりくだり、商業を玩弄もてあそびて、気随きままに一日を遊び暮らす。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼我に、わが求むるものはその反對うらなり、こゝを立去りてまた我に累をなすなかれ、かくへつらふともこの窪地くぼちに何の益あらんや 九四—九六
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
最後に「信」の重要性を説いた章と、三代の「礼」の恒久性を説いた章と、「其のに非ずして祭るはへつらうなり、義を見てざるは勇なきなり」
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
また曰く「田中は選挙民にへつらうために絶叫するだけのことだ。鉱毒運動をやめれば無競争では出られない。選挙運動だ」
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
彼が成功してるからといってへつらってくる者ども——オービネのいわゆる、「一匹の犬がバタつぼに頭をつっ込むと祝賀のためにそのひげをなめに来る」
クサカはまだ人にへつらう事を知らぬ。余所よその犬は後脚で立ったり、膝なぞに体を摩り付けたり、嬉しそうに吠えたりするが、クサカはそれが出来ない。
この時私はどこの国でも下の者に対してむやみに威張る奴は必ず上に対してへつらう奴、上に対して非常に諂って居る奴はきっと下に対して威張る奴で
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
そして、モーガンが彼の席へよろめき帰ると、シルヴァーは私に内証話のような囁き声で言ったが、それは非常にへつらうような調子に私には思えた。——
きらわれないでしかも恐れられることが肝心なのである。彼はまた政治家はその周囲に優秀な人物を持たねばならぬが、へつらい家はさけねばならぬという。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
第一幕の幕が開くと周旋人のゴローが、ピンカートンに木と紙で出来た二人の愛の家の説明をへつらいながらしてきかせ、女中や下男を呼び出して紹介します。
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
多右衛門は別に辞退もせずさりとていやしくへつらいもせず平気で飲みもし食いもしたがやがてゴロリと横になった。
日置流系図 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そこでホヒの神をつかわしたところ、この神は大國主の命にへつらいて三年たつても御返事申し上げませんでした。
何物かにへつらふ習癖、自分自身にさへひたすらに媚び諂うた浅間しい虚偽の形にしか過ぎないのであつた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
肩をそびやかしてへつらい笑い、巧言令色、太鼓持ちのこびを献ずるがごとくするはもとより厭うべしといえども、苦虫を噛み潰して熊のをすすりたるがごとく
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
なぜかと云ふにセルギウスが目にはどうも、ニコデムスは長老に媚びへつらつてゐるやうに見えてならない。さてそのニコデムスが側へ来て、叮嚀に礼をして云つた。
しきりに勧業の事に心を用ひしかば上の好む所下之よりはなはだしき者ありて地方官の如きは往々民間の事業を奪ひて之を県庁の事業とし以て大官にへつらはんとする者あり。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
さすがに可哀かわいそうに思ってそれを彼らの方へ廻してやると、満面にへつらい笑いを浮べて引ったくるようにして取り合い、そういう時には何ほどうれしいのであろうか
(新字新仮名) / 島木健作(著)
ひとかれあざむいたり、あるいへつらったり、あるい不正ふせい勘定書かんじょうがき署名しょめいをすることをねがいでもされると、かれえびのように真赤まっかになってひたすらに自分じぶんわるいことをかんじはする。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
山科の丿観へちかんは、利休と同じ頃の茶人だった。丿観は利休の茶に幾らかへつらい気味があるのを非難して
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
貧しい者の悲しみや、露骨なみにくい競いや、へつらいをこれ事としている人間を見て大きくなった。
海賊と遍路 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
手もく書く、力も強く、ひといやへつらうなどと申すが、うでない、真実愛敬のある人で、わたくしが此の間会った時にこれ/\云って、彼は誠の侍でどうも忠義一途いちずの人であります
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
しておもう、混淪こんりんの二気、初めて天地の形を分つや、高下三歳、鬼神の数を列せず。中古より降って始めて多端をはじむ。幣帛へいはくを焚いて以て神に通じ、経文を誦して以て仏にへつらう。
令狐生冥夢録 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
役者の真似事まねごとまで、なにによらず一と通りのところまでやるので、一廉ひとかどの器量の持主のように買いかぶられるが、内実は我意の強い狭量な気質で、こびるものやへつらうものは大好きだが
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
真の意義に於いての道徳にかなつてゐるでせう。それに人間が皆絶大威力の自然といふ主人の前に媚びへつらつて、軽薄笑ひをして、おとなしく羊のやうに屠所へ引いて行かれるのですね。
へつらう心から生れた親切や同情やを私自身において経験しなかったといえようか。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
人に使われつけている身が主筋に対して、何ぞの愛嬌に、身うちのことを手柄のように暴露して、へつらおもねる例は世間によくあり勝ちです。嘉六はいまそれをやっているのでしょうか。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
今はかく芸人の片端かたはしぢや、此頃の乱暴はうぢや、めひを売つて権門にへつらふと世間に言はれては、新俳優の名誉にかゝはるから、其方そちを取り戻すなどと、イヤ、飛んだ活劇をし居つたわイ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
めぐらしけるしかるに高田役所にても先の奉行并びに下役の者ども替り新役になりければ此時ぞと思ひ役人に賄賂まいないを遣ひ傳吉のことを惡樣あしざまに言なしける傳吉は元正直律義の生れ故へつらふことを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
お上人も房籠りというて他所よそへはおいでにならないで、九条殿へだけおいでになるということは、人によっては上人程のお方でも貴顕へはへつらっておいでになるとそしる者がないとは限りません。
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼世人にへつらうが故に彼の教会に聴衆多しと、某氏の学校の隆盛を聞けばいわく彼高貴にこぶるが故に成功したりと、余は思えらく真正の善人にして余と説を同うせざるの理由なしと、天主教徒たり
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
さりとてへつらひの草履ざうりとりもあまりほめたはなしではなけれど开處そこ工合ぐあいものにて、清淨せいじようなり無垢むくなり潔白けつぱくなりのお前樣まへさまなどが、みぎをむくともひだりくともくむひとはづなれどれではわたられず
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
もしまた当地滞留中いささかも行いをみださなんだら、和女そなたわれに五百金銭を持って来なとかけをした。それからちゅうものは前に倍してしげく来り媚びへつらうに付けて、商主ますます心を守って傾く事なし。
人にむかつては心弱く、へつらひがちに、かくて
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
横著者がずるずるとへつらい寄ることもあり
へつらふことさへもあり。
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
片田舎かたいなかの荒れ地へ追いやられ、ただ口先の弁巧べんこうで、ぬらりくらり身を這い上げたへつらい者が、びょうに立ち、政治を私しているのではないか。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これをもって世の人心ますますその風になびき、官を慕い官を頼み、官を恐れ官にへつらい、ごうも独立の丹心を発露する者なくして、その醜体見るに忍びざることなり。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
つて主人持ちであったものがことにひどい。犬と猫とでは犬の方がひどい。要するに人間にへつらって暮らすことに慣れて来たものほど落ちぶれ方がみじめなのである。
黒猫 (新字新仮名) / 島木健作(著)
しかれどもただ、わざのみ敬いて、誠の心うすければ、君にへつらうに近うして、君を欺くにも至るべし。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
(十五) 子貢曰く、貧しくしてへつらうことなく、富みておごることなきは何如いかん。子曰く、可なり、(しかれども)未だ貧しくして道を楽しみ、富みて礼を好むものにはかざるなり。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
殊に其の方を世話いたした渡邊を殺害せつがい致したり、もと何処どこの者か訳も分らん者を渡邊が格別取做とりなしを申したから、お抱えになったのじゃ、かみへつらこびを献じて、とうとう寺島主水を説伏せ
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
受取るまでは、へつらうように仕事に精を出す。——平生の見方をかえなかった。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
無論むろん放逐はうちくすることなどはぬので。ひとかれあざむいたり、あるひへつらつたり、あるひ不正ふせい勘定書かんぢやうがき署名しよめいをすることねがひでもされると、かれえびのやうに眞赤まつかになつて只管ひたすら自分じぶんわるいことをかんじはする。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
それにへつらう末社の奴原やつばら
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
……いや怖かろう、あいつは、日野の学舎まなびやにいても、叡山えいざんにいても、師に取り入るのが巧く、長上にへつらっては、出世したやつだ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
多数読者の嗜好を探り、その嗜好に投じながら、自己の思想を植え付けることは、作家として最も大切では無いか。決してへつらうことでは無い。大衆作家はれをしている。
愚言二十七箇条 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
卑しいへつらむしの仲間が温い寝床と食うものを与えられて、彼のような奴が棄てられたということは人間の不名誉でさえある。しかも彼は落ちぶれても決して卑屈にならない。
黒猫 (新字新仮名) / 島木健作(著)
いわんや貧富のごときは、学を好む者の眼中にあってはならない。貧しき者がへつらわないことに努め、富める者がおごらないように用心するのは、まだ貧富にとらわれているのである。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)